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二話 悪意のない理不尽
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二人は寮へ戻った。
部屋は隣同士で、アリスが101号室、ハーレが102号室だった。
ドアを閉めると、部屋の中はひどく静かだった。
校内に満ちていたざわめきが、嘘のように遠い。
私は荷物を床に置き、ベッドに腰を下ろす。
「……普通、こういう時ってさ」
独り言みたいに、天井を見上げる。
「神様とか、案内役とか……出てきたりしないのかな」
冗談半分だった。
けれど――
空気が、きらりと揺れた。
小さな光が生まれ、ゆっくりと膨らみ、輪郭を持つ。
やがてそれは、人の形を成した。
現れたのは、白髪の青年だった。
中性的な顔立ちに、年齢のわからない微笑み。
虹色にきらめく瞳は、綺麗すぎて――どこか現実感がない。
「……っ!」
反射的に身構える。
「ひどいなあ。いきなり変質者扱い?」
その声と同時に、ドアが勢いよく開いた。
「ハーレ! 大丈夫――って……誰?」
ノックもなく飛び込んできた想愛が、瞬時に警戒の表情になる。
どうやら、鍵をかけ忘れていたらしい。
「……夢?」
私が呟くと、青年は肩をすくめた。
「残念。ちゃんと起きてるよ」
楽しそうに、でもどこか軽く。
「私はこの世界の創造主。
まあ、君たちの言葉で言うなら――神様、かな」
空気が、ぴんと張りつめる。
「面白い世界だろう? マフィアの学校なんてさ」
まるで、自慢するみたいに。
「……どうして、最初に出てこなかったんですか」
想愛が、少しだけ躊躇いながら尋ねる。
「サプライズだよ」
即答だった。
私は、思わず口を挟んでいた。
「……サプライズって、普通は」
自分でも驚くくらい、声は落ち着いていた。
「相手を喜ばせるために、するものじゃないですか」
青年は一瞬だけ目を瞬かせ、
それから、少し困ったように笑った。
「おや。怒ってる?」
「……少しだけ」
「そっか」
悪びれた様子もなく、けれど否定もしない。
「私たちを転生させたのは、あなた?」
「うん。君たちの世界が、ちょっと退屈だったからね」
「……私たちが死んだのも?」
「それは偶然だよ」
本当に、あっさりと。
「世界の歯車が、たまたまそう回っただけ。
それに――ここは、私の世界だから」
ぞっとするはずなのに、
声の調子が柔らかすぎて、温度が合わない。
「君たちは、特別なんだ」
「……勝手ですね」
「うん。創造主って、だいたい勝手なんだ」
くすっと、子どもみたいに笑う。
「でもね、ちゃんと救済は用意してあるよ」
指を二本立てる。
「この世界で生きるか。
それとも、元の世界へ戻るか」
私と想愛は、同時に息を呑んだ。
「……戻れるんですか?」
「戻れるよ」
それから、思い出したみたいに付け足す。
「まあ、この世界の方が、ずっと楽しいと思うけど」
――ああ。
これは、選ばせているふりだ。
「それとね、もう一つだけ」
神様の視線が、静かに私へ向く。
「この“物語”の主軸は」
逃げ場のない、でも優しい目。
「君だよ、桜花」
「……は?」
「ゲームの設定を、少しだけ弄ったんだ」
少しだけ、なんて嘘だ。
「攻略対象の反応も、選択肢の重さも……
全部、君を中心に流れるようになってる」
背中を、冷たいものがなぞった。
「どんな選択をしてもね」
神様は、やさしく微笑む。
「君はきっと、“裏切り”に近づく」
光が揺らぎ、青年の輪郭が滲んでいく。
「じゃあ、良い学園生活を」
最後まで、穏やかに。
気づけば、部屋には私とりのあだけが残されていた。
しばらく、どちらも言葉を失っていた。
「……ねえ、桜花」
想愛が、震える声で言いかける。
私は、首を振った。
「大丈夫」
自分に言い聞かせるみたいに。
「まだ……選べるから」
けれど――
胸の奥で、静かな確信が芽生えていた。
この学園で、
選ぶたびに少しずつ壊れていくのは――
きっと、私の方だ。
部屋は隣同士で、アリスが101号室、ハーレが102号室だった。
ドアを閉めると、部屋の中はひどく静かだった。
校内に満ちていたざわめきが、嘘のように遠い。
私は荷物を床に置き、ベッドに腰を下ろす。
「……普通、こういう時ってさ」
独り言みたいに、天井を見上げる。
「神様とか、案内役とか……出てきたりしないのかな」
冗談半分だった。
けれど――
空気が、きらりと揺れた。
小さな光が生まれ、ゆっくりと膨らみ、輪郭を持つ。
やがてそれは、人の形を成した。
現れたのは、白髪の青年だった。
中性的な顔立ちに、年齢のわからない微笑み。
虹色にきらめく瞳は、綺麗すぎて――どこか現実感がない。
「……っ!」
反射的に身構える。
「ひどいなあ。いきなり変質者扱い?」
その声と同時に、ドアが勢いよく開いた。
「ハーレ! 大丈夫――って……誰?」
ノックもなく飛び込んできた想愛が、瞬時に警戒の表情になる。
どうやら、鍵をかけ忘れていたらしい。
「……夢?」
私が呟くと、青年は肩をすくめた。
「残念。ちゃんと起きてるよ」
楽しそうに、でもどこか軽く。
「私はこの世界の創造主。
まあ、君たちの言葉で言うなら――神様、かな」
空気が、ぴんと張りつめる。
「面白い世界だろう? マフィアの学校なんてさ」
まるで、自慢するみたいに。
「……どうして、最初に出てこなかったんですか」
想愛が、少しだけ躊躇いながら尋ねる。
「サプライズだよ」
即答だった。
私は、思わず口を挟んでいた。
「……サプライズって、普通は」
自分でも驚くくらい、声は落ち着いていた。
「相手を喜ばせるために、するものじゃないですか」
青年は一瞬だけ目を瞬かせ、
それから、少し困ったように笑った。
「おや。怒ってる?」
「……少しだけ」
「そっか」
悪びれた様子もなく、けれど否定もしない。
「私たちを転生させたのは、あなた?」
「うん。君たちの世界が、ちょっと退屈だったからね」
「……私たちが死んだのも?」
「それは偶然だよ」
本当に、あっさりと。
「世界の歯車が、たまたまそう回っただけ。
それに――ここは、私の世界だから」
ぞっとするはずなのに、
声の調子が柔らかすぎて、温度が合わない。
「君たちは、特別なんだ」
「……勝手ですね」
「うん。創造主って、だいたい勝手なんだ」
くすっと、子どもみたいに笑う。
「でもね、ちゃんと救済は用意してあるよ」
指を二本立てる。
「この世界で生きるか。
それとも、元の世界へ戻るか」
私と想愛は、同時に息を呑んだ。
「……戻れるんですか?」
「戻れるよ」
それから、思い出したみたいに付け足す。
「まあ、この世界の方が、ずっと楽しいと思うけど」
――ああ。
これは、選ばせているふりだ。
「それとね、もう一つだけ」
神様の視線が、静かに私へ向く。
「この“物語”の主軸は」
逃げ場のない、でも優しい目。
「君だよ、桜花」
「……は?」
「ゲームの設定を、少しだけ弄ったんだ」
少しだけ、なんて嘘だ。
「攻略対象の反応も、選択肢の重さも……
全部、君を中心に流れるようになってる」
背中を、冷たいものがなぞった。
「どんな選択をしてもね」
神様は、やさしく微笑む。
「君はきっと、“裏切り”に近づく」
光が揺らぎ、青年の輪郭が滲んでいく。
「じゃあ、良い学園生活を」
最後まで、穏やかに。
気づけば、部屋には私とりのあだけが残されていた。
しばらく、どちらも言葉を失っていた。
「……ねえ、桜花」
想愛が、震える声で言いかける。
私は、首を振った。
「大丈夫」
自分に言い聞かせるみたいに。
「まだ……選べるから」
けれど――
胸の奥で、静かな確信が芽生えていた。
この学園で、
選ぶたびに少しずつ壊れていくのは――
きっと、私の方だ。
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