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本編
6.帰ってきた幼なじみ
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低く、そして軽やかな声。
なんで気づかなかったんだろう。なんでわからなかったんだろう。
イルサの心の声は音になっていたらしい。
「気づかなかったのは、呪いだよ。でも」
明かりが差し込み、男の顔が暗闇に浮かび上がる。
イルサはその男の表情が分かった。濡れた服が重い。息が苦しい。でも、彼から目が離せない。
それは蕩けるような、別れ際の笑顔と同じ。
「呪いはもう解けた」
そこにいるのはレイモンド・フォルードだ。
◇◇◇
イルサが気が付いたとき、王宮の客間にいた。
天井の絵を眺め、体をおこす。
両手を広げれば、そこにあるのは自分の手だ
「……いきて、る……ケホッ」
声は出たが、すぐにせき込んだ。
体が重い。
「――お嬢様!」
聞き知った声がした。室内にいたらしいアンネがベッドの枕元にかけつけた。
「無茶をなさって……体の調子はいかがですか」
「その、多分、大丈夫……」努めて明るい声を出そうとして失敗する。
せき込むイルサに、アンネは水のはいったコップをさしだした。
「ありがとう、アンネ。……その、ドレスごめんなさい」
「お嬢様!そんなこと、気になさらないでください」
アンネの目に涙が溜まっている。
イルサはもう一度謝ってから、ふと気づく。
「ところで、レイモ、いえ、レイはどこにいますか?」
イルサの言葉にアンネは「あぁ」と声を上げた
「レイ様はどうやら、リチャード様とグレン様と一緒にいるようです。――そうだ。お嬢様が目をさましたことを、まだリチャード様に伝えていません、お医者様にも見ていただかければなりませんし、少し呼んできます」
そういってアンネは部屋を出ていってしまった。
イルサは枕元に置いてあったストールを肩にかけ、アンネの準備した水を口に含む。
「ベルン卿も無事かしら?」
敵はそんなに人数はいないはずだ。
ベルン卿に化けたレイ――いや、レイモンドとイルサを追ってきた様子をみると、きっと見事にだますことができたに違いない。
そうなれば無事に、彼も逃げおおせたのだろう。
「万事解決、であればいいけど……」
イルサはぽつりとつぶやいた。そして、ふと気づく。
ドアの向こうで何か声がしたのだ。ノックの音が聞こえた。
「はい、どうぞ」とイルサは声をかける。
「イルサ!!!大丈夫!?」
ドアが開き、現れたのはエレンナと同僚たちだった。
「みんな……」イルサが思わず微笑めば、皆、ほっとしたように顔を見合わせた。
「心配してたのよ。そもそも突然帝国大使の通訳だの護衛だのなんて押し付けられて」
「そこから心配したんだから」
「殿下も心配されていたから、また、業務の間にあいさつにくるそうよ」
口々に色々と言われ、イルサはなんてこたえてよいのかわからなくなった。
たとえ騎士としても、こういう場では口数が多いのはやっぱり女性だからか。
「――本当によかったわ」
今まで騒がしい様子をみていたエレンナがぽつりをつぶやく。
「心配かけてすみません。でも、もう、大丈夫です」
「よかった。でも、しっかり休んだ方がいいわ。チェドリン宰相補佐にもちゃんといっておくから」
「わかりました」
うなずいたイルサをみて、エレンナはイルサの頭を撫で、そのまま抱きしめられた。
「こどもみたいにあつかっちゃってごめんなさい、でも、本当に無事でよかった」
エレンナの言葉は暖かかった。
そこに、再びドアがノックされる音が響いた。
「はい」
声をかけると、入ってきたのはリチャードとグレンだった。
エレンナと同僚たちはスッと背筋をのばし、一歩下がる。
リチャードはベッドに近づき、イルサに「無事でよかった」といった。
そして、エレンナ達に視線をやり、
「すこし、今回の件でイルサに伝えたいことがある、君達はいったん席をはずしてくれないか」
といった。
エレンナ達は敬礼し、部屋から出た、
その姿を見守り、ドアが閉まってから、リチャードはイルサに向き直った。そして、頭を下げた。
「リチャード……」
「イルサすまない、結局君に迷惑をかけたな」
「そんな。すこしでもお役に立ててよかったです」
「すこしどころじゃないさ」とリチャードは苦笑いをした「ベルン卿は無事に国に向かっている。将軍が海軍を動かすことを承知してね。帝国もごちゃごちゃしているが……ベルン卿に恩を売ることができた」
「そうですか」
「彼も君に感謝をしていたよ。今後こそゆっくり二人で食事をとれる日を楽しみにしているとおっしゃっていた。ここは聞き流していいと思うが」
「ふふ、そうですね」
何があっても大使の口説き言葉を捨てない姿に少し面白くなる。
思ったより悪い人ではなかった。いや、どこまでが彼の本当の姿かはわからないがしかし。
次にこの国にきたとき、食事くらいはしても良いかもしれない。
「帝国の暗殺事件については、まだ詳しいところがわかっていなくてね。あちらもごちゃついているようだ。やけに情報が早かったことを考えるとそれも一つの罠かも知れない」
「というと?」イルサは首を傾げた
「スーベが絡んでいた可能性が高いらしい」
「え」
イルサは目を瞬いた。
「スーベと帝国の反乱分子が手をつないだ可能性がある。実はだいぶ前からその気配はあってね。私たちはそれで動いていた」
「しかし、スーベと帝国との関係は」
「今うまくいっているところでも実際どこまでかはわからないよ。そもそも、あの国はある種の呪いにかかっている。解けたはずの呪いが再び目が覚めていても私は驚かない」
王位や財に対する執着のことをリチャードは以前から呪いと呼んでいた。
この国よりも隣国は王位に執着するものが多いという。それは流血を呼ぶことでもある。
「そう。ですか」
イルサはつぶやいた。
「そんなことより、君に会わせたい人がいるのだが」
リチャードの言葉に首をかしげる
「既にあっているから、いまさらだけど。でも、君は僕に何もいわないんだね」
「それは」イルサは彼が何を言おうとしているのか察し、唇を噛んだ。
「何を言っていいのかわからなくて」
「そうだね、正直むずかしいところだ、でもひとつだけ」
リチャードは言った。
「彼自身から聞いた方がいい、これは確実だ」
イルサはリチャードの言葉にうなずいた。
◇◇◇
イルサはリチャードが去ってすぐ、アンネが呼んできた医師の診察を受けた。
数日間の安静は必要。水を飲んだが、長時間ではなく、その後の処理も適切だったため、命に別状はない等々……
イルサよりもアンネのほうが熱心に話を聞いていたくらいだ。
ともかく、イルサは改めて訪れたエレンナに状況を伝え、10日間の休暇を得た。
そして、今日はもう遅いから、と王宮の客間に一泊してから自宅に帰ることとなった。
一晩寝ずの番をする等と言い出したアンネには「家の準備を整えてもらいたい」「アンネのシチューを飲みたい」と言い聞かせ、どうにか家に帰らせることができた。
王女や王の見舞いの話はあったが、リチャードが後日改めて、と気を回してくれたようだ。
そのため、イルサはゆっくりと休むことができそうだった。
暗闇の中、ふとイルサは目を覚ました。夕飯を食べたところまでは覚えているが、そのあといつの間にか寝てしまったらしい。
「誰かいるの?」
「いる」
涼やかな声に、イルサは驚くよりも安心した。
夢、幻ではない。
「レイ、いえ、レイモンド」
「そうだよ」
そこにいたのは、騎士の制服をきたレイ――レイモンドだった。
赤毛に碧眼、整った顔立ち。ただ、左目には見慣れない眼帯をつけている。
イルサは彼をみて微笑み。次に、どうしようと不安になった。
「あ、あの、レイモンド」
「イルサ、ごめん先にすこしだけ」
体を起こして、レイモンドになんていおう、と頭を悩ませたイルサだったが、次の瞬間には彼に抱きしめられていた。
「っレイ」
「ずっとこうしたかった」
細身に見えても、騎士は騎士、鍛え上げられた体は大きく、イルサを簡単に包み込んでしまう。
イルサは彼の暖かさを感じながら、両手を伸ばし、彼の背中に回した。
「――なんで私に隠してたの?」
思ったよりもかわいくない台詞が自分から出てきたので、イルサは少し笑いそうになった。
「賭けだったんだ。一回本当に死んで、それから悪魔と取引をして生き延びた。いや、無理やり生きてることにしたのかも」
「無理やりって……」
「僕の体は死んだ。でも悪魔がね、自分を救ってくれた代わりに、一つの賭けをしようと言い出したんだ」
「賭け?」
「君が僕の魂に気づくかどうか。気づいたら、許してくれるって」
「でも、私の前に来る前にリチャードとかグレンのところには行ったんでしょう?」
「うん、まぁ色々必要なものはあったし。彼らにはだいぶ貸しを作っていたからね、ちょっとくらいわがままいって形を整えてから君に会いに行く準備を整えたんだ」
レイモンドはそういいながら、少し体を離してイルサと目を合わせた。
「君も、準備が整ったようだし」
「準備って……」
イルサは顔を赤らめた。
「なんの話かしら」
「あのとき、君は愛してるっていった。僕には聞こえたよ」
レイモンドはイルサの輪郭に手を添えた。
月明かりで照らされたレイモンドの顔は真摯だ。イルサは吸い込まれるように息を飲む。
「……その」
「3年前の君は、僕がいうことすら拒否したのに」
「……そうね」
イルサは視線を下にやった。
三年前誕生日の前祝だとレイモンドに言われた日、イルサは彼に同じように抱きしめられていた。
それを、彼が何か言う前に押し戻して、早く仕事に戻るように言ったのはイルサだ。
「あれは」
「わかってるよ。君はいつだって嘘つきだ。自分の気持ちに嘘をつく」
「……」
「原因は見当がつく。だから別に怒ったりも悲しんだりもしないけど」
レイモンドはイルサの耳元に顔を寄せ、触れる距離でつぶやいた
「僕も君のことを愛してる。初めて会ったときから好きだったし、君だってそうだよ」
「……私の気持ちを勝手に決めつけないで」
「まぁそうだけど。でも、結局君は僕に愛してるって言った。言ってほしかったから、っていうのも、嘘をついた理由の一つかもね」
嘯くレイモンドの言葉は耳に入るが、理解するまでに時間がかかる、何しろ近すぎる。
「愛してる、イルサ」
「わ、わたし」
「うん」
「私も……」
尻つぼみになったイルサの言葉に、レイモンドは小さくわらった。そして、「今はそれでもいいよ」といって、イルサにキスをした。
「ん」
小さく声がでた。伸し掛かる体重。
いつのまにかイルサは押し倒されていた。
重ねるだけだった唇はすぐにレイモンドの舌によって開かれ、イルサの舌はレイモンドのそれによってからめとられる。
一瞬たりとて動きを止めない彼は、イルサの舌をなぞり上げてから、歯列をたどり、口腔中を暴く。
「……ッ」
息ができずもだえるイルサをレイモンドは離さなかった。
永遠にも思える口づけが終わった時、イルサは死んでしまうのではないかとおもった。
「――ねぇ」
イルサが肩で息をしていると、レイモンドは彼女に伸し掛かったまま、両手を彼女の身体の表面をたどるように動かした。
「んんっ、レイ、レイちょっ」
「大丈夫最後まではやらないよ、でもイルサ。あんまり大きな声をだしてしまうと、衛兵が部屋までやってきてしまうかもしれない。静かに楽しんで」
「楽しむって……!」
「うそうそ。君は療養中の身だ。そこまで不届きなことはしないよ」
レイモンドは笑った。
「3年どころか10年以上待ったんだ。君とキスできただけで、だいぶ幸せ。っていうのは見栄を張った嘘だけど。――少し仕事があるから数日家には帰れないけど、それが終わったら君の所に戻るよ」
そう言い残すと、レイモンドは立ち上がった。
「おやすみイルサ」
「――おやすみなさい、レイモンド」
なんで気づかなかったんだろう。なんでわからなかったんだろう。
イルサの心の声は音になっていたらしい。
「気づかなかったのは、呪いだよ。でも」
明かりが差し込み、男の顔が暗闇に浮かび上がる。
イルサはその男の表情が分かった。濡れた服が重い。息が苦しい。でも、彼から目が離せない。
それは蕩けるような、別れ際の笑顔と同じ。
「呪いはもう解けた」
そこにいるのはレイモンド・フォルードだ。
◇◇◇
イルサが気が付いたとき、王宮の客間にいた。
天井の絵を眺め、体をおこす。
両手を広げれば、そこにあるのは自分の手だ
「……いきて、る……ケホッ」
声は出たが、すぐにせき込んだ。
体が重い。
「――お嬢様!」
聞き知った声がした。室内にいたらしいアンネがベッドの枕元にかけつけた。
「無茶をなさって……体の調子はいかがですか」
「その、多分、大丈夫……」努めて明るい声を出そうとして失敗する。
せき込むイルサに、アンネは水のはいったコップをさしだした。
「ありがとう、アンネ。……その、ドレスごめんなさい」
「お嬢様!そんなこと、気になさらないでください」
アンネの目に涙が溜まっている。
イルサはもう一度謝ってから、ふと気づく。
「ところで、レイモ、いえ、レイはどこにいますか?」
イルサの言葉にアンネは「あぁ」と声を上げた
「レイ様はどうやら、リチャード様とグレン様と一緒にいるようです。――そうだ。お嬢様が目をさましたことを、まだリチャード様に伝えていません、お医者様にも見ていただかければなりませんし、少し呼んできます」
そういってアンネは部屋を出ていってしまった。
イルサは枕元に置いてあったストールを肩にかけ、アンネの準備した水を口に含む。
「ベルン卿も無事かしら?」
敵はそんなに人数はいないはずだ。
ベルン卿に化けたレイ――いや、レイモンドとイルサを追ってきた様子をみると、きっと見事にだますことができたに違いない。
そうなれば無事に、彼も逃げおおせたのだろう。
「万事解決、であればいいけど……」
イルサはぽつりとつぶやいた。そして、ふと気づく。
ドアの向こうで何か声がしたのだ。ノックの音が聞こえた。
「はい、どうぞ」とイルサは声をかける。
「イルサ!!!大丈夫!?」
ドアが開き、現れたのはエレンナと同僚たちだった。
「みんな……」イルサが思わず微笑めば、皆、ほっとしたように顔を見合わせた。
「心配してたのよ。そもそも突然帝国大使の通訳だの護衛だのなんて押し付けられて」
「そこから心配したんだから」
「殿下も心配されていたから、また、業務の間にあいさつにくるそうよ」
口々に色々と言われ、イルサはなんてこたえてよいのかわからなくなった。
たとえ騎士としても、こういう場では口数が多いのはやっぱり女性だからか。
「――本当によかったわ」
今まで騒がしい様子をみていたエレンナがぽつりをつぶやく。
「心配かけてすみません。でも、もう、大丈夫です」
「よかった。でも、しっかり休んだ方がいいわ。チェドリン宰相補佐にもちゃんといっておくから」
「わかりました」
うなずいたイルサをみて、エレンナはイルサの頭を撫で、そのまま抱きしめられた。
「こどもみたいにあつかっちゃってごめんなさい、でも、本当に無事でよかった」
エレンナの言葉は暖かかった。
そこに、再びドアがノックされる音が響いた。
「はい」
声をかけると、入ってきたのはリチャードとグレンだった。
エレンナと同僚たちはスッと背筋をのばし、一歩下がる。
リチャードはベッドに近づき、イルサに「無事でよかった」といった。
そして、エレンナ達に視線をやり、
「すこし、今回の件でイルサに伝えたいことがある、君達はいったん席をはずしてくれないか」
といった。
エレンナ達は敬礼し、部屋から出た、
その姿を見守り、ドアが閉まってから、リチャードはイルサに向き直った。そして、頭を下げた。
「リチャード……」
「イルサすまない、結局君に迷惑をかけたな」
「そんな。すこしでもお役に立ててよかったです」
「すこしどころじゃないさ」とリチャードは苦笑いをした「ベルン卿は無事に国に向かっている。将軍が海軍を動かすことを承知してね。帝国もごちゃごちゃしているが……ベルン卿に恩を売ることができた」
「そうですか」
「彼も君に感謝をしていたよ。今後こそゆっくり二人で食事をとれる日を楽しみにしているとおっしゃっていた。ここは聞き流していいと思うが」
「ふふ、そうですね」
何があっても大使の口説き言葉を捨てない姿に少し面白くなる。
思ったより悪い人ではなかった。いや、どこまでが彼の本当の姿かはわからないがしかし。
次にこの国にきたとき、食事くらいはしても良いかもしれない。
「帝国の暗殺事件については、まだ詳しいところがわかっていなくてね。あちらもごちゃついているようだ。やけに情報が早かったことを考えるとそれも一つの罠かも知れない」
「というと?」イルサは首を傾げた
「スーベが絡んでいた可能性が高いらしい」
「え」
イルサは目を瞬いた。
「スーベと帝国の反乱分子が手をつないだ可能性がある。実はだいぶ前からその気配はあってね。私たちはそれで動いていた」
「しかし、スーベと帝国との関係は」
「今うまくいっているところでも実際どこまでかはわからないよ。そもそも、あの国はある種の呪いにかかっている。解けたはずの呪いが再び目が覚めていても私は驚かない」
王位や財に対する執着のことをリチャードは以前から呪いと呼んでいた。
この国よりも隣国は王位に執着するものが多いという。それは流血を呼ぶことでもある。
「そう。ですか」
イルサはつぶやいた。
「そんなことより、君に会わせたい人がいるのだが」
リチャードの言葉に首をかしげる
「既にあっているから、いまさらだけど。でも、君は僕に何もいわないんだね」
「それは」イルサは彼が何を言おうとしているのか察し、唇を噛んだ。
「何を言っていいのかわからなくて」
「そうだね、正直むずかしいところだ、でもひとつだけ」
リチャードは言った。
「彼自身から聞いた方がいい、これは確実だ」
イルサはリチャードの言葉にうなずいた。
◇◇◇
イルサはリチャードが去ってすぐ、アンネが呼んできた医師の診察を受けた。
数日間の安静は必要。水を飲んだが、長時間ではなく、その後の処理も適切だったため、命に別状はない等々……
イルサよりもアンネのほうが熱心に話を聞いていたくらいだ。
ともかく、イルサは改めて訪れたエレンナに状況を伝え、10日間の休暇を得た。
そして、今日はもう遅いから、と王宮の客間に一泊してから自宅に帰ることとなった。
一晩寝ずの番をする等と言い出したアンネには「家の準備を整えてもらいたい」「アンネのシチューを飲みたい」と言い聞かせ、どうにか家に帰らせることができた。
王女や王の見舞いの話はあったが、リチャードが後日改めて、と気を回してくれたようだ。
そのため、イルサはゆっくりと休むことができそうだった。
暗闇の中、ふとイルサは目を覚ました。夕飯を食べたところまでは覚えているが、そのあといつの間にか寝てしまったらしい。
「誰かいるの?」
「いる」
涼やかな声に、イルサは驚くよりも安心した。
夢、幻ではない。
「レイ、いえ、レイモンド」
「そうだよ」
そこにいたのは、騎士の制服をきたレイ――レイモンドだった。
赤毛に碧眼、整った顔立ち。ただ、左目には見慣れない眼帯をつけている。
イルサは彼をみて微笑み。次に、どうしようと不安になった。
「あ、あの、レイモンド」
「イルサ、ごめん先にすこしだけ」
体を起こして、レイモンドになんていおう、と頭を悩ませたイルサだったが、次の瞬間には彼に抱きしめられていた。
「っレイ」
「ずっとこうしたかった」
細身に見えても、騎士は騎士、鍛え上げられた体は大きく、イルサを簡単に包み込んでしまう。
イルサは彼の暖かさを感じながら、両手を伸ばし、彼の背中に回した。
「――なんで私に隠してたの?」
思ったよりもかわいくない台詞が自分から出てきたので、イルサは少し笑いそうになった。
「賭けだったんだ。一回本当に死んで、それから悪魔と取引をして生き延びた。いや、無理やり生きてることにしたのかも」
「無理やりって……」
「僕の体は死んだ。でも悪魔がね、自分を救ってくれた代わりに、一つの賭けをしようと言い出したんだ」
「賭け?」
「君が僕の魂に気づくかどうか。気づいたら、許してくれるって」
「でも、私の前に来る前にリチャードとかグレンのところには行ったんでしょう?」
「うん、まぁ色々必要なものはあったし。彼らにはだいぶ貸しを作っていたからね、ちょっとくらいわがままいって形を整えてから君に会いに行く準備を整えたんだ」
レイモンドはそういいながら、少し体を離してイルサと目を合わせた。
「君も、準備が整ったようだし」
「準備って……」
イルサは顔を赤らめた。
「なんの話かしら」
「あのとき、君は愛してるっていった。僕には聞こえたよ」
レイモンドはイルサの輪郭に手を添えた。
月明かりで照らされたレイモンドの顔は真摯だ。イルサは吸い込まれるように息を飲む。
「……その」
「3年前の君は、僕がいうことすら拒否したのに」
「……そうね」
イルサは視線を下にやった。
三年前誕生日の前祝だとレイモンドに言われた日、イルサは彼に同じように抱きしめられていた。
それを、彼が何か言う前に押し戻して、早く仕事に戻るように言ったのはイルサだ。
「あれは」
「わかってるよ。君はいつだって嘘つきだ。自分の気持ちに嘘をつく」
「……」
「原因は見当がつく。だから別に怒ったりも悲しんだりもしないけど」
レイモンドはイルサの耳元に顔を寄せ、触れる距離でつぶやいた
「僕も君のことを愛してる。初めて会ったときから好きだったし、君だってそうだよ」
「……私の気持ちを勝手に決めつけないで」
「まぁそうだけど。でも、結局君は僕に愛してるって言った。言ってほしかったから、っていうのも、嘘をついた理由の一つかもね」
嘯くレイモンドの言葉は耳に入るが、理解するまでに時間がかかる、何しろ近すぎる。
「愛してる、イルサ」
「わ、わたし」
「うん」
「私も……」
尻つぼみになったイルサの言葉に、レイモンドは小さくわらった。そして、「今はそれでもいいよ」といって、イルサにキスをした。
「ん」
小さく声がでた。伸し掛かる体重。
いつのまにかイルサは押し倒されていた。
重ねるだけだった唇はすぐにレイモンドの舌によって開かれ、イルサの舌はレイモンドのそれによってからめとられる。
一瞬たりとて動きを止めない彼は、イルサの舌をなぞり上げてから、歯列をたどり、口腔中を暴く。
「……ッ」
息ができずもだえるイルサをレイモンドは離さなかった。
永遠にも思える口づけが終わった時、イルサは死んでしまうのではないかとおもった。
「――ねぇ」
イルサが肩で息をしていると、レイモンドは彼女に伸し掛かったまま、両手を彼女の身体の表面をたどるように動かした。
「んんっ、レイ、レイちょっ」
「大丈夫最後まではやらないよ、でもイルサ。あんまり大きな声をだしてしまうと、衛兵が部屋までやってきてしまうかもしれない。静かに楽しんで」
「楽しむって……!」
「うそうそ。君は療養中の身だ。そこまで不届きなことはしないよ」
レイモンドは笑った。
「3年どころか10年以上待ったんだ。君とキスできただけで、だいぶ幸せ。っていうのは見栄を張った嘘だけど。――少し仕事があるから数日家には帰れないけど、それが終わったら君の所に戻るよ」
そう言い残すと、レイモンドは立ち上がった。
「おやすみイルサ」
「――おやすみなさい、レイモンド」
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