大人になったら母さんと結婚すると言っていた俺も大人になりました……だから母さん、結婚しよう

れん

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03、母に贈る酒を選ぶ

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 気分を切り替えて午前の仕事をなんとかこなしたあとの昼休憩。母が作ってくれた弁当を一人静かに食べつつ調べ物をする。

 自分が酒を飲まないから、どんな酒があるのか、どんな酒が女性に好まれるのか……さっぱり解らない。
 アッサリしてて甘い系が良いとか聞くけど、甘ったるいと嫌だとか、香りが苦手とか、考え出すとキリがない。

「お? どうした、仕事以外で珍しく難しい顔をしているな……悩み事か?」

 そんな俺を見かねたのか、先輩が声をかけてくれた。

「あ、樹先輩……悩み事というか、週末だから母が久しぶりに酒を飲みたいって言われて、母に合う酒を何か選んで買ってこいと言われたんです。

 でも、俺って下戸で酒飲めないから、酒の味が解らなくて……どんな酒があるのかとか、どんな酒が良いのかとか、女性にはどんな酒が合うのかとか、全然まったくさっぱり解らなくて」

 上司や御姐様達も優しいが、この人はバイト時代からいつも俺のことを気にかけてくれる。気さくな人で、『数少ない後輩だから、頼ってくれるとめっちゃ嬉しい!』と言ってくれるので色々相談しやすく、今日も気兼ねなく悩みを打ち明けることができた。

「あー、たしかに。人の好みって色々あるし、自分が飲まないならさらに難しいよな……うーーん、そうだな。女性なら、甘いカクテルとか良いんじゃないか? それと、せっかく相手のことを考えて贈るなら、少し趣向を凝らすと面白いよな。そうだ、カクテル言葉って知ってるか?」

「カクテル言葉? えっと……流れ的に、花言葉みたいなものですか?」

「そうそう。そんな感じ。花言葉みたいに、カクテルにも銘柄ごとに当てはまる言葉あるんだよ。それを調べて、日ごろの感謝の気持ちを酒に当てて贈るとかお洒落じゃないか? それにサプライズで女性が好きそうな花……バラとかを花束を添えてみるとかさ……女性って、そう言うの好きだろ?」

 正直、あまり期待はしていなかったが、予想外なアドバイスが返ってきたことに驚かされる。

「へぇ、良いですね、それ。うちの母、そう言うロマンのあるもの大好きだし、面白そうです」

「しかもバラは色と本数でも意味が変わってくるんだから面白いんだよ。俺も実際に贈ったらめっちゃ喜んでもらえてさ……まぁ、花言葉の意味とか、教えてくれたのは嫁なんだけど」

 なるほど。先輩のお嫁さんの話なら、参考にしても大丈夫だろう。

 決して、先輩の言葉が信用できないというわけじゃない。ただ、それだけだとやや不安が残ると言うだけで、信用していないわけじゃないのだ。

「なんか、失礼なこと考えてないか?」

「気のせいです。先輩の話はいつもとても参考になるなと、感動していただけです。ちなみに、先輩は何を贈ったんです?」

 鋭い……今のは危なかった。ここで不快にさせると今後の仕事に悪影響が出るし、これ以上情報を引き出せない。気をつけないと。

「ああ、俺の時は母の日で、仕事終わりに探しに行ったから定番のバラとかカーネーションは売り切れててな……店の人におすすめを教えてもらって、赤と黄色とオレンジのチューリップを贈ったんだ」

「チューリップ、ですか? なんか、意外な花が出てきましたね」

「チューリップ全体の花言葉は『愛の告白』『博愛』『思いやり』で、さらに色によってまた違う言葉が当てられているらしい……まぁ、これはプレゼントを渡した後に嫁から『意味、解ってて贈ってくれたんでしょ?』って言われて慌てて調べて知ったんだけどな」

 先輩赤・オレンジ・黄色の3色を4本ずつ、計12本を花束にして、女性にも飲みやすい甘口のポートワインと一緒にプレゼントしたらしい。

 赤いチューリップには「家族への感謝」「愛の告白」、オレンジのチューリップは「照れ屋」、黄色は「正直」「名声」「望みのない恋」「報われぬ恋」という意味が当てられている。

 3本なら「あなたを愛しています」
 12本なら「恋人(妻)になってください」

 ここに3色の花言葉を掛け合わせると、「照れ屋な私は望みのない、報われない恋と解っていても、あなたを愛している。あなたに愛の告白をしたい。あなたを一生愛します。私の妻になってください」という意味になってしまったらしい。

 めっちゃ熱烈で激重な告白文だ。

 しかも、酒にも意味があるのかと調べると、酒には酒言葉というのがつけられていて、贈ったポートワインには「愛の告白」という、チューリップと同じ意味が当てられていたとか……。

「先輩……さすがにそれ、盛ってません?」
「本当だって! 嘘じゃないから!!」

「いや、まぁ、先輩が隠し事ができなくて、演技も下手で嘘をつけるようなタイプの人じゃないのはバイト時代からイヤと言うほど見てますけど……それにしても、できすぎじゃないです? 知らずにそんな低確率引きます? 無料単発ガチャでシークレットSSR引き当てる確率じゃないですか……お酒の方も合わせたら2連続で」

「いや、まぁ……そう言いたくなるのは解るけどな……と言うか、何気にお前、俺のことバカにしてない?」

「バカにはしてません。ただ、先輩らしいなと。この前も『やばいミスった!』って叫んだと思ったら正解引いてたり、勘違いして先走って動いたらそれが頼もうと思った仕事を先回りして終わらせてくれたと評価されたり、なんかこう……失敗が失敗していないというか、運が良すぎるというか」

「あー、それ、まぁ……幸運の女神様が傍にいるからかもな。嫁と結ばれてから、今まで以上に仕事が評価されて、体調もよくて良いことばかりだし。めっちゃ充実してるよ」

「うわ、惚気ですか? 彼女いない歴=年齢の後輩に嫁がいるマウントですか? 最近子供も授かったらしいし……爆散してください」

「後輩の毒が強い! だが俺は嫁と子供のためにもまだ散るわけにはいかんのだ!!

 まぁ、話を戻して……俺のアドバイスはそんなもんだ。腹黒いお前のことだから抜かりなく外堀全部キッチリ埋めて退路を断った上で完璧に墜とすだろうけど、男女の駆け引きに油断は禁物だ。決めるときはしっかりとどめまで刺せよ?」

「外堀埋めてとどめを刺すって……贈り物の相手、母親なんですけど? 酒買うのも晩酌に付き合うためで、愛の告白じゃないんですけど?」

「いやいや、お前の意中の相手って、自分の母親だろ? スマホの待ち受け画面母親だったし。先輩たちも『あいつもか……』って言ってたからな」

 なん、だと?
 先輩に、バレていた!?

「えっと、先輩の先輩『たち』って……まさか、」

「ああ……お察しの通り。我らが上司様と、そのまた上司様だな。あの二人も同士だぞ?」

 悲報、先輩どころか上司達にもバレてた。
 俺って、そんなに解りやすいのだろうか。

「あー、まぁ、そう凹むな。他の人は気づいてないよ……多分。あの人の観察力と同士を探り当てる嗅覚はスゴいからな。

 近親者しか愛せない人は、その対象と同じ世代にの異性にやたら優しかったり、女性社員に性的な目をまったく向けないから、解る人には解るらしい。

 まぁ、あの人は同士と解れば親身に協力してくれるぞ? 変に取り繕って否定していらんこと言って嫌われるより、素直に認めて上手く利用しとけ。

 あの人には俺も助けられてるし、味方は少しでも多い方が良い……世間一般じゃ、俺らの方が白い目で見られる鬼畜外道のアウトローなんだからな」

「……そうします」

「さて、休憩時間は残ってるけど、俺は退散するぞ。嫁に定時連絡入れんといけないからな。これしとかないと寂しくて拗ねるんだよ……普段はしっかりしてて頼りになるのに、こういうところが可愛くてなぁ~。

 っと、また長くなりそうだった。まだ調べ物するくらいの時間はあるだろ? お前のことだから大丈夫だとは思うが、頑張れよ!」

「ありがとうございます。方向性が見えただけでも大きいです。助かりました」

「お礼はお前のノロケ話で良いからな~」

 そう言って先輩は去っていった。

 先輩の成功例はかなりレアケースだとは思うけど、行動せずに成功することはあり得ない。迷うくらいなら動け。動けば変わる、動かないと変わらないだ。

 とりあえず、カクテル言葉と花言葉を調べて、買って帰る物の候補を絞る、これだけでもだいぶ違うだろう。

 どんなものでも、下調べしているかどうかは大事。知っているかいないかじゃ、話が全然違う。0と1の差は本当に大きい。

 終業後のことが頭の半分以上を占めた状態だったがなんとか無事終業時間を迎え、早々に職場を後にして、酒を買うために店にはいるとその量の多さに驚かされる。

「酒って、こんなに種類があるのか……」

 見渡す限り酒瓶がぎっしり納められた棚が迷路のように店いっぱいに広がっている。

 一周ぐるりと回ってみると日本酒、焼酎、果実酒、ご当地ビール、ワイン、ウイスキー、リキュール、カクテル、シロップ……なにこれ。カットフルーツにオリーブの実の瓶詰めとか、こんなのどうするんだ? おつまみ? いや、おつまみはまた別コーナーがあるっぽいな。さっぱり解らん。

「えっと、これ……どうしたらいいんだ?」

 最初は缶のカクテルを適当に数本だけにしようと考えていたが、甘かった。ここまで種類があるともっと良い選択肢があるんじゃないかと迷ってしまう。

 一度迷いが生じると泥沼だ。

 つい気になってあれこれ見始めてしまい、選択肢が増えて混乱してくる。

「あ、あの、すみません」
「はい、どうされました? 何かお探しですか?」

 とりあえず店員を捕まえ、いつも家事をしてくれて支えてくれる人に日ごろの感謝の気持ちを込めて宅飲みをすることを説明。甘口のワインやカクテルとかだと飲みやすそうだが、自分が下戸でどう言った酒が良いのかよくわからないので助けてほしいと伝えた。

「うーーん、お相手は女性で、宅飲みでおもてなしをすると言うなら、ワインやカクテルが定番ですが、お客様は色々と演出にもこだわりたいご様子……なので、カクテルを自作してみてはどうでしょうか。

 外出自粛があった影響で、『ホームバー』っていうのが流行ったんです。簡単なカクテルなら材料を混ぜるだけで出来ますし、オリジナルのカクテルが試せて奥が深いんです。

 これをきっかけにハマって、中には家の一部をDIYして、バーカウンターを作っちゃう人もいるんですよ。それで、材料になるお酒がバラバラな位置にあると買うのが大変というお客様の声を受けて、自作カクテルの特設コーナーを作ったんです。機材やグラスも取り揃えていますよ?」

 と言い、案内してくれて、色々助言してくれた。

 お試し用の小さなボトルなら価格を低くでき、使い切る見通しが立つから始める敷居を下げられる。

 そこから面白いと感じればさらに違うカクテルに挑戦したり、器具を増やして本格的にこだわって色々買うようになる……外出自粛という逆境を上手く逆手に取ったな。こういう機転は見習わないとな。

 酒屋の戦略に感心しつつあらかじめ調べていたカクテルの材料になるお酒のミニボトルと計量器具、混ぜ棒にシロップにどうせならと可愛い感じのグラスまで買ってしまった。

 両手いっぱいの荷物の重さにやらかしたかなと思ったが、母はこうした演出が好きそうだし、目の前でカクテルを作って披露するのは面白そうだ。

 それに、アルコールの濃さを自分で調節できるのも色々と都合が良い。

 それから花屋にも立ち寄って、バラを買う。

 花言葉と本数の意味までしっかり調べた上で注文すると店員にニヤニヤされた……さすがプロ。花言葉の意味はしっかり把握されていた。

 ラッピングしてもらっている間に『買い物終わったよ』『すぐに帰ります』とメッセージを送る。

 すぐに『了解!』『いつもより遅いので心配してたけど、それだけ熱心に選んでくれたのかな?』『晩ご飯の準備は出来ています』『お酒の瓶を割らないよう、安全第一に帰ってきてね?』とメッセージが返ってきたのを確認するとスマホをポケットにしまい、店員から花束を受け取る。

「お待たせしました。この組み合わせをされるなんて、お客様、花言葉をご存知なんですよね?

 はぁ、羨ましい……私がこんな花束贈られたら、もうイチコロですよ! 熱烈で素敵なメッセージ、お相手に届くと良いですね。告白が上手くいくよう、気合いを入れてラッピングさせていただきました! きっと上手くいくと思うので、頑張ってください!!」

「あ、え、えっと、……ありがとう」

 店員の熱いエールと花束を受け取って、俺は早足で家に向かった。

 家につくと、玄関で待っていてくれた母は俺の大荷物を見て「どうしたのよ、その大荷物!」と驚きの声をあげた。

「こっちは母さんご要望のお酒で、こっちは日ごろの感謝の気持ちを込めてのプレゼント。二人っきりで宅飲みするなら、少しくらいテーブルをお洒落にしても良いかなってことで、花を添えてみようと思って買ってきた」

 そう言いながら花束を差し出すと、戸惑いながらも受け取ってくれた。

「あ、ありがとう……え、ほんと、どうしたのよ急に……ただの宅飲みなのに、こんなキレイなバラの花束……」

「前々から考えてはいたんだよ。母さんに感謝と労いの気持ちを贈りたいって。良いタイミングだと思ったから、思い切って用意してみたんだ」

「日頃の感謝って……あなた、毎年母の日と誕生日、欠かさず何かしてくれてるなじゃい。家事も手伝ってくれるし、ありがとうって言ってくれるし、いつもお母さんと一緒にいてくれるのに……これ以上は、お母さんの方が貰いすぎになっちゃうじゃない」

「家事を手伝って感謝を伝えるのは当たり前のことでしょ? 母の日と誕生日は決められた行事なわけで、それ以外の日にサプライズで贈るから、特別感というが出るわけ。

 行事や節目の様式じゃなく、ちゃんと日頃からそう思ってるんだよって伝えたいんだから、俺の気持ち、受け取ってほしい」

 そこまで言うと、母は涙ぐんで花束を抱きかかえて顔を隠す。

「そこまで言われたら、受け取らないわけには、いかないわね……ありがとう、スゴく嬉しい。ふふ、初めてバラの花束、もらっちゃった……素敵な贈り物、ありがとう。すごくキレイで、いい匂い……本当に嬉しい」

「ちょうど今日寄った花屋にいろんな種類のバラが入荷してたから、色も3種類選んでみたんだ。

 他にも綺麗な花が色々あったけど、母さん、ドラマとか恋愛漫画が好きだから赤系のバラが良いかなって思ってそれにしてみたけど、正解だったっぽい?」

「ええ、もう、大正解よ! ママ友たちの『旦那さんから花束貰った』って惚気話をされるたびに羨ましいなって、ずっとずっと、憧れてたの……息子がそんな私の夢を叶えてくれるだなんて……もう、最高よ!」

 今日が語呂合わせで何の日なのかとか、バラにこめられたメッセージ……赤とピンクと紅の3種を4本ずつ。12本のバラに込められた俺の想いには気づいてないっぽいな。

 もし気づいたら、どんな反応するんだろう……今ここでバラしたいけど、母には自分で気づいてほしいから、今はまだ黙っておこう。

「喜んでもらえて良かったよ。それじゃあ、次は母さんに合うと思って買ってきたお酒を紹介したいんだけど……そろそろ中に入れてくれない?」

「え? あ、ごめんなさい。つい舞い上がっちゃって……いつまでも玄関ふさいでたら、通れないわよね。ご飯の準備はできてるから、シャワー浴びて着替えてきなさいな。その間にお母さんは花瓶と食事を並べるから。ふふふ、花瓶どこにしまったかしらぁ~♪」

 花束をもらえたのが余程嬉しかったのか、母は歌いながら家の中に入っていった。
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