魔王メーカー

壱元

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第二章 後編

第九話

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   訓練二日目。

この日もバセリアは開始時間前に来て、腕立てに励んでいた。

「おはようございます」

「おはよう」

またも顔だけ上げて答える。

そして私の方も昨日と同様、彼女が満足するまで見ていることにした。

…やはりそうだ。

私は昨日覚えた違和感を再認識出来た。

腕立て伏せ中の彼女の身体からは、まるで波が押し寄せるように、定期的に膨大な量の魔力が放出されている。

いや、厳密には昨日の訓練の始めから今に至るまでの長時間中、ずっと周期が連続しているのだ。

放出時間はごく一瞬であり、気付くのは難しい程だ。だが、魔法使いがこれだけの魔力を解き放てば、途端に「大火球ビシア」を生成出来るだろう。

「悪いな。待ってもらって」

「バセリア様、どうしてそのように魔力を出しているのですか?」

「…なんだ、気付いたのか」

彼女曰く、これは「蒼風流」の技法の一つで、「回生」という名らしい。

身体を負傷して行動不能になった場合や、身体能力が及ばない場合などに、運動に必要な魔力に対して過剰量を全身に流し、発生したエネルギーによって強制的に身体を動かす技術である。

「私はこれを、教団の剣士と戦う時に使った。あいつに刺されて動けなくなったし、それまでの攻撃も通用しなかったからな。結果的にはあいつに勝てたが、もしあいつが私を刺して動けなくした後、すぐにケリをつけに来ていたら、私は死んでいただろう。私は運良く、あいつが油断したのに救われただけだ。だから、今度は押し勝てるように、あと、倒れてもすぐ立ち上がれるように、教団との戦いの後、ずっと『回生』の練習をしている。寝てる時も、食ってる時も、鍛錬の時も、便所に座ってる時もな」

「すごい…」

大量の魔力を操作するのは、意識的にそうしようとしても、一筋縄にはいかない。ましてや、無意識の内に、それも、絶えず継続するのはほぼ不可能と言えるだろう。

だが、バセリアはそれを、約三ヶ月に及ぶ血のにじむような努力によって成し遂げようとしている。

彼女は間違いなくこの世界最大の努力家だろう。

私はそんな人に師事しているのだ。


    私は木剣をしっかりと握りこんだ。

そして昨日の指摘を胸に、意識を研ぎ澄ます。

「ふーっ…」

一呼吸おく。

全身を適度に脱力させ、魂を込めて構える。

切り下ろし、上げ、そして薙ぎ払う。

「そこまで」

制止の声が掛かり、私は幽玄の世界から現へと引き戻された。

「まだ未熟だが、昨日よりだいぶ良くなった」

「ありがとうございます」

私が礼を言うと、バセリアは私の背中側に回り、右腕と左の太腿に軽く触れた。

「ここに力が入り過ぎだ。抜いてみろ」

「はい」

私が言われた通りにすると、彼女は突然剣を鞘ごと取り出し、私の目の前に突き刺した。

「自分の姿を見てみろ。姿勢を崩さずにな」

鏡面のような金属製の鞘には、落ち着き払って、瀟洒に構えた剣士の姿が映っていた。

昨日、穴が空くほど観察した師の立ち姿にも似ている。

「わかるか?   いついかなる時も、この構えを維持出来れば、攻撃に必ず対応出来る。」

「…そのようですね」

隙がない。

やっと深遠な剣の道に敷かれた数えきれない程多くの飛石、その一つ目を踏むことが出来たのだと思う。

    この日も朝から晩までひたすら基礎練習を積み、師の忠告を受けて帰った。

しかし、帰城の時間は、昨日よりも一時間遅くなった。


    訓練三日、四日、五日目も同様であったが、師からの指摘は日に日に減り、練習時間は日に日に増えていった。


    遂に入門から一週間が経った。

この日、素振りを見せると、バセリアはとうとう首を縦に振った。

「やっと形になったな」

「やったあ!」

凄まじい達成感であった。己が変わらず未熟なのは分かっていた。だが、確実に前進しているのだ。

この数日間の努力は無駄ではなかった。

   この日は今まで以上に熱心に練習に打ち込んだ。

そして気が付けば、バセリアの忠告を受けることなく過ごし、夕日を拝んでいた。

「おい」

バセリアは私の肩に手を乗せた。

「一緒に風呂でも行くか?」

「…喜んで」

    バセリアは試験や共同訓練の時に比べ、だいぶ打ち解けてきたようだった。

口調もより柔らかく、声色も明るくなった。

揃って湯船に浸かり、他愛も無い話をしていた時、問題が無いことを感じ、ふと質問してみた。

「ねえ、バセリア様」

「なんだ?」

「貴女の教え方は、すごく細かくて上手です。でも、ここに入る資格を測る試験の時、どうしてあれほど強引だったのですか?」

「…父上のやり方を真似したんだ。私はお前らみたいな連中と違って学がないし、雑だから、いい教え方なんて分からん。だから、父上がやっていたように、まず剣の道の厳しさを教えるつもりで接したんだ」

「…それ、剣術における弟子に対してやる事ですよね」

そういえば、盗賊に襲われた時、伯爵はバセリアを私の「未来の師」だと言っていた。

「バセリア様自身も最初から私を弟子にしたかったということですか?」

「まあ、そうだな。…前、私の昔の話はしたよな?」

「はい」

「私はお前の境遇を知って、私と似ていると思った。村の為に戦って、大好きだった物を全て失って、独りで旅をして、哀れな奴だと思った。だから私に似ているお前を弟子にしたかった。…それにお前は馬力があるし、身体が丈夫だ。最初にあんなに手荒い指導をしたもう一つの理由でもある」

私はバセリアに愛着を持ち始めていたが、話を聞いていると、「もう一人の師」の顔もちらついて、複雑な心境だった。

    風呂から上がり、着替えている間もバセリアの言葉が脳内で再三流れていた。

だがそこで、あることに気付く。

「バセリア様」

「どうした?」

何故ラーラが知らず、バセリアが知っている?

「どうやって、私の境遇について知ったのですか?   いや…」

違う。

バセリアは誰を経由してそれを知った?


「…閣下は、どうやって私の境遇を知ったのですか?   私は、それをラーラ以外に話した事はありませんが」

「…」

バセリアは片手で顔を抑えた。

そして、

「私じゃ誤魔化せないな」と諦め、全てを告白してくれた。

「『主君』は、お前が村に居た時から見ていた。だから一連の出来事を知っている。お前が逃げ出したのも見ていた。だから行き先を読んで私達はお前と遭遇した」

「そうだったのか…」

きっとアルクのお父さんだ…。

胸の奥に詰まっていた物が、すとんと落ちた気がした。

すると、爽快な気分の私の前にバセリアが師弟の身分差も気にせず、突如跪いた。

「お願いだ。閣下には言わないでおいてくれ」

私は驚いたが、

「安心してください。言いません。約束します」

と返答し、彼女の大きな手を取って立ち上がらせた。

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