魔王メーカー

壱元

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第四章

第十七話

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 ベンチに腰かけ、革袋を見守っていたテンの方へ、黒い外套を全身に纏った大柄な男がゆっくりと近付いてきた。

不審に思った「見張り役」は警戒態勢に入ったが、やがて男の目的が明らかにこちらにあることが察せられると、立ち上がって声を張った。

「何の用だ!」

その声に、広場に居た数少ない市民たちの意識が引き付けられた。

だが、数多の視線をその身に浴びながらも男は止まる気配なく、のみならず懐から手斧を取り出して見せた。

具現化した殺意の形を目の当たりにしたテンは、とうとうこの男に交渉が通じないことを悟った。

ともなれば今の彼に出来ることは一つ。

袋の紐に手を掛けた。

その瞬間、男に片手で投げ飛ばされ、地面に叩きつけられる。

「お前に用はない」

刹那、フードの隙間から覗いた赤く光る瞳と緑色の肌。

冷静に受身を取り、衝撃を受け流しているテンは襲撃者の正体の一面に早くも気付いていた。

しかし、「見張り役」としては遅すぎた。

身を起こしたとき、既に袋を開け、中を覗き込む敵の姿がそこにはあった。

だが直後、袋の中から何かが勢いよく飛び出し、その顎を下から撃ち抜いた。

左手にガントレット型の魔具を装備したウロが姿を現す。

続いて剣を手に携えたグレアも登場した。

「頭蓋骨を砕くつもりでぶん殴ったんだがな。ただのイカレ野郎じゃねえみたいだ」

後方に吹き飛ばされた敵が、顎を軽くさすりながら、のそりと立ち上がった。

敵の方を向いたまま、ウロは意識だけを後方へ向けた。

「ちびっ子、オレの袋を取ってくれ。投げ渡してくれりゃいい」

「わかりました!」

グレアが動く。

その時、敵も外套から「何か」を取り出そうとした。

しかし、その行動は鉄拳に阻止される。

ウロは左足で地面を蹴って空中をふわっと浮き、たった一歩で敵との距離数mを詰めた。

「蒼風流」の「そら渡り」だ。

たった数秒の間に、ウロの拳が数十回敵を打つ。

裸の右手と鉄の左手が交互に迫る。

その一撃一撃が武の技法であり、最大限の損害を与えられるよう計算されたものだった。

そして、その一撃ごとにガントレットに走る無数の溝にも魔力が充ちていく。

(頃合いだな…)

鼻頭にめり込んだ最後の一撃によって敵が吹き飛び、同時にガントレットが「完成」する。

ウロは倒れている敵目掛けて左腕を振り回した。

魔力によって凄まじい衝撃波が発生し、広場の床ごと敵を抉り、圧し潰した。

「…ちびっ子、袋」

「は、はい!」

ウロの雄姿に見惚れていたグレアが、慌てた様子で袋を投げ渡す。

だがそれを受け取ったウロは、すぐに彼女以上の慌てようで後ろへと跳んだ。

彼が先ほどまで立っていた場所には大型の短剣が数本刺さっていた。

トロールがさっきグレアに対して投げようとしたのと同じものである。

「てめえ、何モンだ…?」

ふらつきながらも敵は立ち上がった。

ぐちゃぐちゃの顔、服は破れ、全身はあざだらけ…

その姿はまるで死霊アンデッドであった。

 敵は手斧を振りかざし、ウロたちに再接近した。

ウロはすぐに構えを取った。しかし、直前で攻撃をやめ回避に転じる。

トロールは素早く距離を詰めてまた攻撃した。

ウロはカウンターを狙って攻撃態勢に入った。

だがまた直前で諦め、急いで距離を取る。

この数回の攻防の中、彼は「理識」を使って視ていた。

攻撃の為に伸ばした腕を掴まれてそのまま首を落とされるという未来、攻撃を耐えられてそのまま数本の短刀で滅多刺しにされるという展開、攻撃を中断せざるを得ないほどの不吉な「運命」の数々を。

武器を変えれば、或いは「流れ」を変えれば「運命」は変わり、形勢は瞬く間に逆転するはずである。

だが彼一人ではそうする隙を作れなかった。

「ウロ様」

刹那、グレアがトロールの横を「駿馬」の勢いのまま地面を滑り抜け、その膝を剣で斬り付ける。

そして立ち上がりながら背中に「穹砲スターヴォルト」を放つ。

グレアは分かっていた。

自分の斬撃や魔法の大半は敵に対して傷を与えられないこと、さらには有効であろう強力な魔法の扱いは自分には難しい為、素早い攻防戦の中に持ち込めば誤射の恐れがあり、それが取り返しの付かない事態を引き起こしかねないことを。

だが…否、だからこそ、この「最適解」を導き出すことが出来たのだ。

「これでいいんですよね?」

トロールがバランスを崩し、一瞬怯んだ。

ウロはニヤリと笑った。

「上出来だ!」

袋を投げ、中身を空中にぶちまける。

深紅のマスケット銃、一対の銀色と黒の拳銃、刃に四色の「魔法石」が埋め込まれ黄金で出来た中東地域のサーベル、打撃部がはち切れんばかりに大きく膨らんだメイス、満月を象った丸い大盾。

一見偶然の組み合わせのように思われるが、意図されたものだった。

トロールはグレアには気を取られず、またも素早くウロに襲い掛かった。

ウロはまずマスケット銃を受け取り、魔力を込めながら引き金を引いた。

銃口から真っ赤な光線が発射され、腹を貫き、脊髄を掠める。

相手はまだ止まらない。ウロは次に取った黄金のサーベルで素早く胸や腕、足などを斬り付ける。

これだけでもかなりの重症のように思えるが、たった今斬り付けたのと同じ箇所を、四方から現れた、「魔法石」と同じ色の魔力で出来た剣が順に斬っていく。

流石に一瞬たじろいだ敵の顔面をウロが思い切りメイスで叩く。

メイスの先端が魔力を発して小型の爆発を起こし、敵をひっくり返す。

満月の盾を受け取って構えながら、しぼんだメイスに魔力を溜め始める。

しかし、その視線は明後日の方向を向いていた。

それに気付いた敵が再び襲い掛かるが、盾で防がれる。

ウロは後方へ大きく押されたが、余裕げだった。

刹那、盾が赤く光り、トロールがふらつき始める。

さらに再びメイスで殴打され、地面に倒れた。

「三半規管も壊したし、『狂月つき』の光も浴びた。…もう立てねえし、なにも出来ねえだろ」

怪物は呻きながら地面でのたうち回っていたが、全くウロの推察通りの状態だった。

「金級」冒険者を脅かした巨人は、今や陸に上げられた魚よりも無力だった。

「ほら来た」

「大丈夫ですか!」

そこへ、四人の衛兵が現れる。

広場の隅に居た市民が、魔法を使って通報した結果だった。

彼らは魔法によってトロールを拘束し、城の方へ運ぶ準備を整える。

「ああ。結構な『大物』だったが、怪我人も死者もなしだ」

ウロはそう答えると、敵を見下ろした。

「てめえを殺さなかったのはわざとだぜ。罪から逃げるな。檻の中で苦しみ続けろ、クソ豚野郎」

広場で突如始まった激戦は7分程度で決着した。


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