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第四章
第十八話
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城に運ばれた「傷顔」は気絶させられ、無力化されてから傷の手当を受け、持ち物を取り上げられた後、魔法によって身体能力を大幅に削がれた上で地下牢にぶち込まれた。
彼が眠りから覚め、陽の光の射さない独房の中で状況を理解したのは、日付が変わる一時間前のことだった。
今がいつかも分からないものの、長い間寝たという感覚だけは持っていた彼はパニックになり、痛みも顧みず鉄の檻に向かって何度も突進を繰り返した。
もし「足跡」と「いわくつきの宝物」が既に“ここ”を去っていたなら終わりだ。
ユメリアはこれまでそうであったように依頼の失敗に対して懲罰を課すとは言わなかったが、この傷だらけの男にとっては彼女からの「信用」をほんの少しでも損なうことが何よりも恐ろしかった。
「おい」
数十回にも及ぶ突進のさなか、隣から声が聞こえた。
「今は夜だ。みんな寝てんだから静かにしろ」
「今は夜」。その言葉を聞き漏らさぬよう、トロールは静かになった。
「それからよ、新人。その檻は絶対に壊せねえ。強い魔法が掛かってんだ。無駄なことはやめておけ」
「なんで、そんなこと、分かるんだ…? 無駄だなんて…」
未だ感情と緊張を伴い、震え気味の声で尋ねた。
囚人は答えた。
「俺はここに20年居る。領主が前の代の時からだ。だがその20年でこいつを攻略できた奴を見たことは一度もねえ。5年前に入って来た魔法使いが魔法のせいだと言っていた。檻と俺たち、両方に掛けられた魔法のせいだとさ。経験と知識の二通りで説明してやったが、どうだ、納得できたか?」
確かに冷静になれば、格子から漂う魔力も感じられるし、肉体にはいつものような力みなぎる豪快な感覚がない。
「この説明には慣れっこでな、新顔を落ち着かせる為に何を言えばいいのかはもう頭に入ってる」
「傷顔」は先程より冷静になり、無駄な足掻きの代わりに思考を駆動させようとした。
途端、思い出したようにズボンの右足を破り、その下の包帯を剥がす。
何重にも巻かれたボロ布の下からは、主人から頂いた「最強の武器」が現れた。
(もしも更なる力が必要になればこれをお使いなさい)
その大きな身体を丸め、思い切りむしゃぶりつく。
(「蟲王」の心臓です)
全員が集まった夕日の射しこむ部屋で、ウロが今回の襲撃事件の情報共有を行っていた。
「…ってな感じで撃退した。一般人が通報したみたいで、衛兵がやって来て運んでった。向こうは話が分かってるみたいで、広場の損壊の賠償は不要。しかも明日の依頼料の支払いの時に追加報酬をくださるんだと」
マギクが話を聞き、頷く。
「なるほど、よく分かった。とにかく君たちが無事で良かった。しかし、トロールがここに居るということも珍しいし、ウロの攻撃を耐える並外れた頑丈さもある…一体何者なんだろう」
「あたしみたいな『特異体質』じゃないか?」
そう唱えたのはリレラだ。
「それを活かして暗殺をやってるとか」
「…有り得るね。仮にそうなら、今日を生きる為に仕事するような、切迫した仕事人だろうと僕は思う。報酬を多少多く積まれたとしても『金級』を標的にしたいとは思わない。しかも、手口からして、誰かの下で技術を身に着けた、所謂『本業』暗殺者でもない」
「もし暗殺か傭兵を仕事にしてるってんなら、『主』が居るはずだ」
ジールバードが鋭い視線を向ける。
「あの女だろ」
「ユメリアか」
襲撃犯と同じくトロールで、かつて「夜明けの旅団」に接触したことがあり、べレムジアに滞在し、事件のほんの数日前に忽然と行方をくらませた。
この仮説はもはや確定的だった。ある一点を除いては。
「でも、僕たちを襲撃する理由が彼女にあるとは思えないんだ」
マギクは論じる。
「貴金属同盟」と蜜月な「レセモ商会」に所属している以上、襲撃を企てたことが知られれば「個人の責任」では済まない。さらには、もし作戦が成功していたとして、数に限りのある「金級」を失って「冒険者協会」が黙っているはずがない。そして何より、「夜明けの旅団」はユメリアと完全な友好関係にある筈だということ。
「膨大なリスクを背負ってまで、味方を敵に変える必要があるのかってことだ」
「…確かにそうだな。でも、わからんぞ?」
ジールバードは議論の発展を深める為、敢えて反論した。
「あいつに関して俺たちが知っているのは何だ? 俺たちは、あいつがどうやってキリカを見つけ出したかも知らない。どんな人生を送ってきたかも、何歳なのかも、商会でどういう立ち位置なのかさえも。出身はあの村だろうが、厳密には確定ではない。リスクなど軽く霞んでしまう程に大きな、何かしらの秘密を隠し持っていないとも限らない。謎のある者は多かれ少なかれ、必ず想定にない行動を取る」
「確かにね」
マギクは深く頷いた。
「ただ、それを言っちゃ何だってそうじゃねえか?」
そう反駁したのはウロ。
「逆に、ゲーレントは最初からオレらを潰す気で来てる。今更リスクもクソもねえ。しかもテンの話では既に『代行者』以外の、質が危うい連中にも手を出してる。そういう意味ではユメリアよりも有力だ」
その後も議論は続いた。
一段落した所で七人は夕食を食べに出掛け、帰ってきたらすぐに就寝した。
明日は城で領主から報酬を受け取る約束だ。
彼が眠りから覚め、陽の光の射さない独房の中で状況を理解したのは、日付が変わる一時間前のことだった。
今がいつかも分からないものの、長い間寝たという感覚だけは持っていた彼はパニックになり、痛みも顧みず鉄の檻に向かって何度も突進を繰り返した。
もし「足跡」と「いわくつきの宝物」が既に“ここ”を去っていたなら終わりだ。
ユメリアはこれまでそうであったように依頼の失敗に対して懲罰を課すとは言わなかったが、この傷だらけの男にとっては彼女からの「信用」をほんの少しでも損なうことが何よりも恐ろしかった。
「おい」
数十回にも及ぶ突進のさなか、隣から声が聞こえた。
「今は夜だ。みんな寝てんだから静かにしろ」
「今は夜」。その言葉を聞き漏らさぬよう、トロールは静かになった。
「それからよ、新人。その檻は絶対に壊せねえ。強い魔法が掛かってんだ。無駄なことはやめておけ」
「なんで、そんなこと、分かるんだ…? 無駄だなんて…」
未だ感情と緊張を伴い、震え気味の声で尋ねた。
囚人は答えた。
「俺はここに20年居る。領主が前の代の時からだ。だがその20年でこいつを攻略できた奴を見たことは一度もねえ。5年前に入って来た魔法使いが魔法のせいだと言っていた。檻と俺たち、両方に掛けられた魔法のせいだとさ。経験と知識の二通りで説明してやったが、どうだ、納得できたか?」
確かに冷静になれば、格子から漂う魔力も感じられるし、肉体にはいつものような力みなぎる豪快な感覚がない。
「この説明には慣れっこでな、新顔を落ち着かせる為に何を言えばいいのかはもう頭に入ってる」
「傷顔」は先程より冷静になり、無駄な足掻きの代わりに思考を駆動させようとした。
途端、思い出したようにズボンの右足を破り、その下の包帯を剥がす。
何重にも巻かれたボロ布の下からは、主人から頂いた「最強の武器」が現れた。
(もしも更なる力が必要になればこれをお使いなさい)
その大きな身体を丸め、思い切りむしゃぶりつく。
(「蟲王」の心臓です)
全員が集まった夕日の射しこむ部屋で、ウロが今回の襲撃事件の情報共有を行っていた。
「…ってな感じで撃退した。一般人が通報したみたいで、衛兵がやって来て運んでった。向こうは話が分かってるみたいで、広場の損壊の賠償は不要。しかも明日の依頼料の支払いの時に追加報酬をくださるんだと」
マギクが話を聞き、頷く。
「なるほど、よく分かった。とにかく君たちが無事で良かった。しかし、トロールがここに居るということも珍しいし、ウロの攻撃を耐える並外れた頑丈さもある…一体何者なんだろう」
「あたしみたいな『特異体質』じゃないか?」
そう唱えたのはリレラだ。
「それを活かして暗殺をやってるとか」
「…有り得るね。仮にそうなら、今日を生きる為に仕事するような、切迫した仕事人だろうと僕は思う。報酬を多少多く積まれたとしても『金級』を標的にしたいとは思わない。しかも、手口からして、誰かの下で技術を身に着けた、所謂『本業』暗殺者でもない」
「もし暗殺か傭兵を仕事にしてるってんなら、『主』が居るはずだ」
ジールバードが鋭い視線を向ける。
「あの女だろ」
「ユメリアか」
襲撃犯と同じくトロールで、かつて「夜明けの旅団」に接触したことがあり、べレムジアに滞在し、事件のほんの数日前に忽然と行方をくらませた。
この仮説はもはや確定的だった。ある一点を除いては。
「でも、僕たちを襲撃する理由が彼女にあるとは思えないんだ」
マギクは論じる。
「貴金属同盟」と蜜月な「レセモ商会」に所属している以上、襲撃を企てたことが知られれば「個人の責任」では済まない。さらには、もし作戦が成功していたとして、数に限りのある「金級」を失って「冒険者協会」が黙っているはずがない。そして何より、「夜明けの旅団」はユメリアと完全な友好関係にある筈だということ。
「膨大なリスクを背負ってまで、味方を敵に変える必要があるのかってことだ」
「…確かにそうだな。でも、わからんぞ?」
ジールバードは議論の発展を深める為、敢えて反論した。
「あいつに関して俺たちが知っているのは何だ? 俺たちは、あいつがどうやってキリカを見つけ出したかも知らない。どんな人生を送ってきたかも、何歳なのかも、商会でどういう立ち位置なのかさえも。出身はあの村だろうが、厳密には確定ではない。リスクなど軽く霞んでしまう程に大きな、何かしらの秘密を隠し持っていないとも限らない。謎のある者は多かれ少なかれ、必ず想定にない行動を取る」
「確かにね」
マギクは深く頷いた。
「ただ、それを言っちゃ何だってそうじゃねえか?」
そう反駁したのはウロ。
「逆に、ゲーレントは最初からオレらを潰す気で来てる。今更リスクもクソもねえ。しかもテンの話では既に『代行者』以外の、質が危うい連中にも手を出してる。そういう意味ではユメリアよりも有力だ」
その後も議論は続いた。
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