魔王メーカー

壱元

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第四章

第三十七話

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 テンに別れを告げてから数日後のある夜、夕食後にマギクとリレラはまた二人で森の奥へ消えていった。
また残った四(実質三)人で話すことになるかと思われたが、
「ちょっと水を飲みすぎちまったもんでな。ちょいと『雉撃ち』行ってくるぞ」
と限界だったのかジールバードもそそくさと退出してしまった。
ウロと私、しばらく二人きりで黙っていた。
何か話したいと思って声を出した時、完全にウロと被ってしまった。
「なんだ?」
「どうぞ」
「いや、お前から言え。なんだ?」
他愛のないことだった。ここ数日あったことを気ままに話すだけ。
そうか、良かったな、おう、などそれっぽい相槌は打ってくれるが、いつもに比べるとどこか上の空と言うべきか、なんだか活気や余裕が無い。
まるで口だけが独立して明るく振舞っている様にまで思える。
「…ねえ、どうしちゃったんですか?」
意を決して質問した。
「…何がだ」
「ウロ様、いつもはもっと元気じゃないですか」
「ああ…まあな」
「何かあったんですか?」
しばしの沈黙を挟んだ後、彼は静かに答えた
「…色々思い出すんだよ。気の合う奴がまた一人死んで…」
ウロは俯いたまま、静かに語り出した。
「オレは見た目も中身もイカレちまってるからよ、昔から他の連中とはウマが合わなかった。…お袋は病気だった。クソ親父がオレたちを捨てて夜逃げしやがったせいで、オレは働かねえとならなかった。なにせ金がねえもんで、メシもろくに食えてねえ。だから力が弱くて役に立たなかった。さっき言っただろ。オレははみ出し者だったから、一緒に働いてたクソ共にも気に食わないっつって何度もボコられたさ」
白い肌に残る無数の傷跡。それは目を覆いたくなるほど痛々しい過去の現れなのかもしれない。
「お袋は結局病気で死んじまった。食う物にだって困ってんだから、薬も医者も当然買えたもんじゃなかった。お袋が死んじまってからも、オレには金が必要だった。オレには、妹が居たんだ」
かつてした会話がふと蘇る。
(「私、一人っ子だったのでよく分からないですけど、もし兄が居たらこんな感じなんじゃないかなって。…そういえば、ウロ様にはご兄弟はいらっしゃいますか?」
「ああ。…いや、居ねえ。…兄弟も、姉妹もオレには居ねえ」)
「アイツの為に稼がなきゃならなかった。でも、それで良かった。オレにとってアイツは生きる意味だった。とにかく気が合って、この世界でただ一人、オレを受け入れてくれた。オレが何を言ったって否定しなかった。楽しそうに笑ってくれた。キレイだったんだ。クソ親父に似ちまったオレなんかと違ってお袋似で、ブロンドで、本当にキレイだった。笑った顔を見るだけで、もう食い物なんて要らなくなった。それだけで腹いっぱいになれた。でもな…」

「…確か、オレが15で、アイツが…8か9だったな。アイツもお袋と同じ病気になっちまった。カラダばっかデカくなって、稼ぎはちっとも増えなかった。どうしても薬が買えなくて、医者のところに土下座しにいったこともあったな。でもアイツらは金で動くんだ。『人を助ける』とかほざいてやがるが、金が無いと口をきいてさえくれねえ。貧乏人は死んで当然だと思ってやがる。毎日顔が白くなっていった。咳をしたら血を吐くし、指が小枝みたいだった。アイツがどんどん弱ってくのを、オレはただ見てるだけしか出来なかった。それが何よりツラかったな…」
ウロの表情は今まで見たことがないほど穏やかだった。
「アイツは死んだ。ムカついてムカついて仕方がなくて、仕事場の連中と喧嘩した。そしたら、それを見てた剣術の道場のジジイが、鍛えてやるから来いって言ってきてさ。妹を殺したクソ医者をブッ殺したくて必死で鍛えたよ。でも、いざ敵討ちに行こうとしたら、もうあの野郎はとんずらしちまってたんだ。怒りのやり場がなくなったんだろうな。もうどうでもよくなって道場の連中を斬った。それがあんまり上手くいったもんだから、いいストレス発散方法だって思って他の道場にも殴り込んだ」
「それが道場破りだと」
「ああ、そうだ。勝ったり返り討ちに遭ったりして、そのうち技を習って飽きてから道場破りするやり方になった。でもいくら強くなっても、敵討ちは出来ねえし、アイツは戻ってこないんだよ…」
静かに顔を上げ、月を見上げる。
「今オレは金級になって、金も腐るほどある。温泉の話だって出てただろ? 薬だって何百個も買える。買えるんだ。医者だって何十人も雇ってやれる。それでも、アイツは戻ってこないんだ。皮肉なもんだぜ。生きる意味が無い訳じゃねえ。生きる気力が無い訳でもねえ。でも、今もなんだか虚しくなっちまう」
再び少しの沈黙の時間を経た後、なあ、とウロはこちらを見た。
「アイツが生きてたら、今のお前くらいの歳になるんだ。オレと気が合うくらいだから、もしかしたらあんまり周りの凡な奴らとツルむのは上手くねえかもしれねえけど、優しくてキレイで、元気で、オレのことを分かってくれる…」
私は思い出していた。
(「はい。なんというか…お兄ちゃんみたいです」)
「正直、お前がオレを慕ってくれてんのが嬉しかった。最初は、罪滅ぼしのつもりだった。キリカは仲間だ。オレにだって許せない気持ちがあるのは分かってくれるよな?」
「はい。当然といえば当然です。それに、今はこういう風にパーティの一員として受け入れてもらえて感謝していますから、根に持つなんて以ての外です」
「そうか…やっぱりお前は本当によく分かってるし、マジで優しいんだな。でも、あの時のオレはお前のことを理解しようなんて微塵も思わなかった。ダチを殺ったクソ野郎で、辺境伯をブチ殺して国に喧嘩を吹っ掛けた大悪党だと、ただそう思ってそれ以上考えなかった。でもお前がパーティの為に色々やってくれて考えが変わった。オレのやったことは妹と同い年の少女を、無抵抗なまま一方的に虐待したことだと気付いた。全部はその罪滅ぼしだった。だが、お前にこういう風に慕ってもらえて、また考えが変わったんだよ」
「なるほど、そうだったんですね…」
首に掛けた太陽モチーフなデザインの、ウロがプレゼントしてくれた魔石ネックレスを撫でながら、私は物思いに耽っていた。
かつては私を心から憎んでいたウロが、今は私と妹さんとを重ねている。
「ウロ様」
私は笑いかけた。その瞬間、ウロもこちらを見て目を見開いた。
「こんなに複雑な心情を聞かせてくれて、ありがとうございました。確かに、亡くなった方は帰ってきません。でも…」
私は自分の胸の中心に手を当てて言った。
「ウロさんには、私たちが居ます! 『夜明けの旅団』が付いています。だから、どうか元気を出してください!」
ウロはしばらく目を大きく開いたまま黙っていた。
だが、にやりと笑うと、
「そんぐらいわかってるっつーの。オレはお前より先輩なんだぜ?」
といつもどおりの自信げな様子で返した。
「悪いな、今戻った」
その時、木の影からジールバードが出て来た。
「へっ、どんだけなげえ小便なんだよ」
きっと真相に気付いているのだろう。その声は楽しげだったが、同時にどこか優しくもあった。
 その後、マギクとリレラも戻ってきてから明かりを消し、皆で就寝した。
あと一週間ほどでケンダル王国の首都、ケンデシュバールに到着する。そしてその後大陸最大級の温泉地帯である隣国ワイバール王国のセレミタットへ向かう予定だ。
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