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最終第四章

・最終回第百一話「逆襲物語ネイキッド・ブレイド(エピローグ)」

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・最終回第百一話「逆襲物語ネイキッド・ブレイド(エピローグ)」


 そして、世界の果てと世界の果ての狭間で。

「……僕達は、これからどうなるんでしょうね」
「……分からんさ」

 果てしない、余りにも果てしない空間。最早【巨躯】を維持する力まで使い尽くして、ただ発動し続ける【真竜シュムシュの鱗棘】により、二人、裸で、互いのビキニアーマーで守られていない部分を密着させ守り合うようにひしと抱き合ったまま、リアラとルルヤは世界の狭間を流れていた。呟くように問うリアラに、ルルヤは答える。

 全てを使い尽くし、戦いの果て、二人は漂流していた。あてもない。先も、希望も分からない。

「分からないが、どうありたいか望む事は出来る。ただ生まれて消えるだけの命の無い星よりは、私達二人の小さな世界には、無限大と言っていい可能性がある」

 静かに、包み込むように、ルルヤは答える。

 リアラは涙を溢した。この世界と世界の狭間の漂流は、最後まで続くのではないだろうかと。己がそれを恐れてではない。リアラは、ここまで彼の人生を見てきた読者の皆さんは何となく感じておられるかもしれないが、他人の為に泣く事の方が多い存在だ。故に思う。

「……ルルヤさんにはもっと色々なものを見せてあげたかった……たった季節一巡りの間の故郷の外の混珠こんじゅ世界と、数日の地球とその間に触れられた物語の断片だけじゃなく……」

 この漂流は、戦い戦いそして戦い、殺し殺しそして殺した自分への罰だろうかと。

 だとしたら自分だけがこの罰を受けたかった。ルルヤさんを巻き込まずに。

 それとも、だからこそこれが僕の罪への罰なのだろうか。

 そう思って己の腕の中で震えるリアラに、ルルヤは笑った。

「はは。私は、後悔していないよ。リアラはいっぱい傷ついた、運命が代価を払わせるなら、それで十分だろう。何より、私はこれで終わる心算も無いさ」

 二人きりの漂流という小さな世界の臥所でルルヤはリアラを抱き締め、撫で、寝物語を語る。

「人間、生きている限り死ぬまで生きているものだ。逆に言えば、死んだ後には、もう死を意識する事も無い。言わば、生きている限り人は死なないのだ……ううん、これはあまりうまくない話かもしれないが……」

 後悔は無い、する暇も無い。それでも生きる。辿り着けるか分からずとも未来を見て笑う。

「兎に角、最後の瞬間までまだ生きていたら何をするかを考え続けるしかあるまい。人生が有限なら死んでいる暇なんて無いんだからな。自分という物語は世界という物語の一部で、私達の物語は誰かの物語に繋がっていく。その果てに何かがあるかどうかは分からない。分からないからこそ、希望も絶望も定まりはしない。誂えられた物語じゃない、自分だけの物語があった。私達も、そう生きてきたし、そうして色々な事を成してきた。満足しているし、し続けているし、潰える最後の一瞬まで、次は何をしようと考えていられる。お前のくれた物語が、私の心をそう動かしているんだから…一つの世界と一つの世界がこうして呼応しあっている。だから奇跡はあるのだと信じようじゃないか。これが、神々めいた力すら振り回して戦った、神秘の踏破者である私達に尚残る、何に頼る必要も無い奇跡の可能性だと」

 そう、己の物語を描く、最後の一瞬まで。己の人生を描き進み続けるしかないのだ。それだけを考えればよいのだと、これはあくまで一つの慰めのか達でしかないが……そんな自分達一人一人が小世界である人間達は、一人じゃないんだ、と。これは、先ほどまでの戦いの中での言葉の集大成で、『全能』からも、この戦いに携わった全ての命から引き継いで、私達の物語を知る皆に引き継がれて、その物語を知る者が作った物語に更に変わりながら溶け合いながら引き継がれていく。その物語を信じ心の救いとしよう、異世界転生チートなんて無くても、人はそれで十分救われる事が出来ると。

「……ルルヤさん……! 大好きです、愛してます……!」
「……ああ、勿論だルルヤ。私もお前が大好きで、お前を心から愛している……」

 悔いはない。奇跡すら起こせそうな愛がある、希望がある。それが、自分の人生という物語から生まれたのだという、奇跡の実在という希望の証明がある。

 これがあれば命を最後まで生きられる、生きる事も死ぬ事も耐えられると、リアラはルルヤの胸に顔を埋め、すがり付いて漸く自分の喜びで泣いた。

 ルルヤは笑った。リアラという物語で、既に自分の物語に彩を加え救われているのだから。その笑顔は穏やかであった。そしてルルヤは、静かに次の物語を語る。

「ところでそら、ガルンが昔、真竜シュムシュの後継者をどうすると言ったのを覚えているか? あれから色々あって、お互い想いも深まった。まあ存外、あれはあれで私達の娘と言えなくもないラトゥルハがどこかでそれを作るかもしれないが……」

 過去の不安、今にして思えば小さな事を語り、リアラの心をルルヤは刺激する。既に蒔かれた種について語りながら……

「やはり私はリアラに私の卵を産んでほしい。こんな所で諦める心算は無いさ」
「待って♪」

 あんまりぶっとんだ発言に、思わずリアラは笑顔で突っ込んでしまった。

 僕達の物語は皮肉やパロディはあったけど、本質的には果てもないシリアスな戦いだったが、笑い話もまた良いものなので、もしできれば次があればそうあれればなあ、と、そのぶっとびっぷりに思ってしまいながら。

「卵!?」
「あぁまあ、例え話だ、分かるな? (////赤面)」
「わ、分かりました(////赤面)……って、それは兎も角」

 ……赤面するルルヤさんの美しさに何度でも参ってしまうリアラ。けどまあ。

「あの、僕が産むんですか!?」

 最大のツッコミ所を確認するリアラだ。ラトゥルハにもお母様と呼ばれていたけど、僕元男ですよと。

「……何となくそういうイメージだが、どう思う? 私が産んでもいいが」
「いやその、手段は!?」

 ガチでルルヤもそのイメージで確定している事を悟りもう世界間の孤独とかそういうのそれどころでなく動転するリアラに、ルルヤは堂々と答えた。

「今更常識的に考えろも何も無いがな、リアラ、地球宇宙の輪廻を何度も繰り返し数多の魂を操り他の世界を幾つも滅ぼし侵食してきた神を打倒するのと、女同士で子供を作るのと。どっちが難しいと思う?」
「……そ、そりゃそうですね……」

 ぐうの音も出なかった。地球で昔見たアニメ〈宇宙海賊アドベンチャー・アバレンボー〉では、普通に最初少年だった主人公が宇宙的すったもんだの挙げ句肉体再生の途中で女性化してしまいナチュラルにヒロインと同姓結婚してたっけなあ、等と思い出すリアラ。

 考えればそれくらいの事をしたんだなあ、と。そして確かに前者に比べれば、後者は余りにも些細だ。

「……ここからどこかに漂着して、混珠こんじゅや地球に連絡を入れるか、混珠こんじゅに帰る確率を合わせても、まだ何とかなりそうな気がしてきますね……」

 ああ、と、そのリアラの言葉に頷いて、ルルヤは付け加えた。

「少なくとも実際に世界間を渡った奴等も複数勢力存在した訳だしなあ……」

 玩想郷チートピアと、浄化委員会と、そして浄化委員会残党に協力していたそれとは別の色々な世界の存在達。緑樹みき歩未あゆみが感じた、世界と世界はそもそも人と人の心のように繋がっているという可能性。

 そこには心配があり、希望があり、未来があり、命があった。混沌があり、物語があった。

「……だから。どんな可能性だってある以上、生きられるだけ、生きてみるさ」
「ええ、物語を、続けられるだけ続けていきましょう。一つの物語が終わっても、また別の、新しい物語を」

 故に、希望はあるのだと。悔いは無いと思うと同時に、二人はそう物語りあい、そして……


 暫くの時が流れた。

 その時の流れの中、地球は大きな衝撃を受けた結果、日本共和国の再度の自立復興を目指す動きや神秘の復活等社会的な大変化が発生していく中、緑樹みき歩未あゆみも、歩未あゆみの父母と時にぶつかり合いながら時に腹を割って話し合いながら生きていき。

 混珠こんじゅは平和の時代が訪れた事により、名無ナナシの新しい名前に関するすったもんだや戦後の人魔の交渉、外界の観測や神話時代に水沈した第二大陸の再浮上計画等、様々な出来事のある歴史を生きていき。

 それらの詳細は、語られる事の無いまた別の物語になるが、様々な出来事があって。それら一連の出来事の果てに。

「……まさか本当に僕がルルヤさんの子を産む事になるなんてなあ」

 ……細かい事をすっ飛ばして言うと、リアラとルルヤは様々な出来事と様々な世界を踏破する旅の果て混珠こんじゅに帰還し、そういう事になった。元男だけど慈母の表情でリアラは、重ねて言うけど元男だけどお腹を痛めて生んだ我が子を胸に抱いた。小さく、丸く、二人に似てだけど同時に間違いなく独自でどちらでもない、青空色の髪に薄金の瞳。まだどんな物語になるかも分からない命。

「……かわいい子だ」

 失った故郷、失った家族、それを想い、感嘆の言葉と共に、初産のリアラと愛し子を労りながら守る事を誓う凛々しい美貌に一筋涙を溢すルルヤ。

「ええ、勿論、ルルヤさんの子ですもん」
「リアラの子だからでもあるからな」

 そんなルルヤに、同じく仮定的には不遇の面もあったリアラも感無量ながらルルヤを労り返し、二人は微笑を交わしあった。

 何れにせよ、この驚天動地の出来事は、リアラとルルヤの人生における様々な物語の一つであったが、二人の最後の物語ではなかった。

 そう、リアラもルルヤも、この逆襲物語だけではない様々な冒険をしながら、人生を生きていくのである。世界に負けぬその強さで、幾多の冒険を、不快で不出来な続編が勝手に書かれる余地の無い正しく良い続編に満ち満ちた人生として生きていく事になると宣言しよう。

 即ち。

 この日。二人の、理不尽に抗う者達チートスレイヤーズとしての戦いは終わった。

 これは、異世界転生チートが怒涛の様に全てを覆い押し流そうとしていた時代に、それに逆襲を行った者達の物語であった。

 故に、今ここにまず刻む。

 逆襲物語ネイキッド・ブレイド 完

 そう、逆襲物語はここで終わる。だが、リアラとルルヤの物語じんせいと、これを見た貴方を含む皆それぞれの人生ものがたりは続く。

 だから、最後までこう言おう。リアラとルルヤの物語、そして私や貴方達の物語は、この物語が終わっても尚、未完であり、続くのだと!

 どうか、良い物語となりますように!
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