殺伐蛮姫と戦下手なイケメン達

博元 裕央

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・第三話「文明帝国蛮姫を知る事(後編)」

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「……なんち?」

 恥ずかしい醜態を晒してしまったとはいえ咄嗟に恩人を突き転がしてしまうとは何たる不始末。詫びねばと思いながらその転がったカエストゥスを追いかけた先。じたばたした腕で払っただけなのにアルキリーレの馬鹿力故にえらく遠くまで行かせてしまった路地裏で、酷く慌てた様子のカエストゥスをアルキリーレは見た。

「む?  何だ、まさか……待て、交渉を!?」

 何かを察した様子でカエストゥスは狼狽していた。要求を突きつけられることを察知したが到底それに応えられぬと悟った時と、恐怖を悟ったような気配。

 地面に尻餅をついて転がったままのカエストゥスの向こうに、五人の人影。一見すればレーマリアの衛士警察剣士めいた姿。

 揃いの紺色の鍔広羽根付帽子とマント、その下に赤い上着と紺ズボン。黒と赤、そこに銀の鎧を纏う軍の装いをアレンジした姿。

 だが、帽子の下が違う。てんでばらばらの仮面、覆面、そして何より、首元や手首など露出する肌の色がレーマリア人より浅黒い。

東吼トルク人か)

 正体を見破るアルキリーレ。レーマリアより東方に住まい、北摩ホクマより一足先に纏まりを強めレーマリアと争い始めているという。衛士警察剣士マントの下から武器を抜く東吼トルク人達。レーマリア風の細剣や短剣から東吼トルク風の曲刀短刀鎚矛、思い思いの武装を……

「チェストォッ!」

 断! 抜く前にアルキリーレはその手を一閃! スカート下に隠し持っていた斧投擲! 刺客一人顔面両断殺!

 刺客! そう、アルキリーレは戦士としての感覚で仮面覆面の視線表情仕草武器の抜き方からこいつらの〈要求〉が命である、カエストゥス暗殺を目的とした刺客だと判断したのだ! 即断即決即殺!

「ッ」
「な」

 カエストゥスは突然の無残スプラッタに息を呑んだ。突っ転んでいなければ腰を抜かしていただろう。刺客の顔を覆っていた仮面が割れた先の光景に顔面蒼白、地面に突いた手の指がわなわなと震えた。

 だが無理も無い。責める余地も無い。それは本人の意思もへったくれもない生理的反応というものであった。何となれば、刺客達もまた仮面から僅かに露出した浅黒い皮膚を引き攣らせたのだ。吹き出る血潮。あっという間の早業に、まだ血潮が地に落ちる前から。そしてその恐怖を、アルキリーレは叫びと共に拡張する!

「KIEEEEEEE!」
「ッ!?」
「~~~~~~~っ!?」

 斬! 一人目がまだ倒れる前、疾走しカエストゥスの横を走り抜けたアルキリーレ、鉈を抜き即座に二人目斬殺!

 何故カエストゥスを刺客が襲う? カエストゥスは何者だ? 恐らく一廉の地位のある人物である事は確かか。

 その程度は瞬時に想像がつく。故郷では王をしていたアルキリーレだ。だが王であるより前に、北摩ホクマの戦士だ。戦うと決めた以上殆ど本能的に反射的に全力かつ最高効率で全身全霊を戦闘に目掛けて突貫させる。余計な事はそれ以上考えぬ。

 カエストゥスは振り返って目を疑った。振り返った先に既にアルキリーレは居なかった。刺客達も同様であった。アルキリーレが消えた。そう見えた瞬間には既に懐に飛び込んできていた。

 どちらともアルキリーレの咆吼に竦んでいた。それは正に獣の咆吼だった。しかも武器を持っている獣だった。即ち武器の有利を打ち消され丸腰で獣に襲われる同然の恐怖。更にアルキリーレは竦んでいる事を考慮しても尚、動体視力を越えて速かった。

「うおおおおっ!?」
「何……!?」
「くそ、諸共に斬れ!」
「あ、あ」

 残り三人が漸く武器を抜いた。諸共に斬れという言葉でカエストゥスを狙った刺客である事を自ら証明しながら。細剣、曲刀、短刀。未だ尻餅をついたままのカエストゥスが呻く。時間の流れがまるで違う。雲燿の刹那をアルキリーレは刻み続ける。ドレスの裾が重く、金髪が軽く閃いた。あまりの速さにまだ倒れきっていない一人目の死体から顔面にめり込んでいた斧を回収。

「おおおっ!」

 武器を手に手に刺客達が漸く襲いかかる。同時アルキリーレは斧を順手に、鉈を逆手にしてその峰を己の前腕に這わせるように。

「遅か、軟弱ずんだれがぁ!」

 アルキリーレが怒号した。刺客達の、切りつけてくる曲刀を鉈を持った腕で払う。堅牢な柄と鞘に細工を備え柄に鞘や棒を差し込む事で長巻や槍としても使えるよう切っ先を備えた剣鉈は繊細な受けも可能とする。突きかかってくる細剣を、斧の平を盾めいて使い逸らす。短刀持ちが回り込もうとする。

 その時にはもう、決着はついた。

「KIEEEEE!!」

 ドッと二柱、脳漿混じりの血飛沫が迸った。曲刀の刺客と細剣の刺客が、揃って同じ姿勢……武器を水平に構え打ち下ろされるアルキリーレの武器を受け止めようとした姿勢で絶命し倒れた。

 アルキリーレの武器は斧も鉈も、獣の軋るが如き凄まじい叫びと共に、防ごうとした相手の武器諸共相手の頭を右手左手同時に両断していた。地面に崩れ落ちる死体の横に折れた剣と刀が散った。

(何と言う凄まじさ)

 カエストゥスは圧倒されていた。黄金の獅子、戦士の心。それを比喩として使ったが、理解が浅薄であったと感じ取る。本物の獣、本物の戦士はどうであるかを。

(これ程圧倒的か!?)

 刺客は圧倒された。柔弱な貴公子一人襲うだけの簡単な任務の筈が。獣であるだけならば恐れはしない。身体能力で獣は人何人分にも勝るが、人には武器があるし獣はあくまで本能に則って動く。本物の戦士であるだけならば恐れはしない。人と人で比べ合って如何に技量に長けようが覚悟があろうが、人一人分の力には限界がある。

 だが獣の身体能力に戦士の技量と戦意が乗った相手は別だ。武器術が覚悟と獣の力でもって振るわれるのである、抗しようが無い。

 最後の刺客は敗北を悟った。死体が倒れ伏し、己が回り込むまでの間に、相手は構え直していた。短刀であの斬撃を受ける事は出来ぬ。攻めかからんとしたとて先手を取られる。さりとて逃げた所で追いつかれるか投げ斧で頭を割られるか足を折られるかだ。

 ならどうする。何か出来る事は。今から出来る事。機密を守る事? ならば。

「待て! 死なんでいい、追わん!」
「!?」
なんち?」

 割って入ったのは刺客の決意の自刃でもアルキリーレの刃でも無かった。尻餅を突いていたカエストゥスであった。それも聞き間違いで無ければ、刺客にとってもアルキリーレにとっても予想外の言葉であった。

「去れ東駆トルク人! アルキリーレ、助かった、だがもう、斬らんでも……!」

 アルキリーレにも分かっていた。この局面、刺客が刺客としての使命を全うする為に取り得る行動としては自決しかあるまいと。暗殺が失敗に終わった以上、せめて命令の秘密は守らねばならぬと。

(そっが当然じゃ。命惜しむ刺客なんかおらんと)

 刺客ならば当然だろうし、祖国でも当然であった。北摩ホクマの男であれば、負ければ死ぬ。恥を濯げねば死ぬ。命など毛の如く軽い。

(じゃっどん、こん男は)

 捕まえぬが故逃げろと? 己を殺めんとした刺客に? 自決するなと?

 刺客も驚いただろう。驚きすぎて、自決する事を忘れたか。アルキリーレが驚いた隙に、刺客は逃げだしていた。無論アルキリーレならば即座に追いつくなり投げ斧なりで仕留められただろうが……

「奇態な男じゃ、いい大人おせじゃろうに。おいの故郷くになら、殺さぬもん臆病者すくたれものぞ、何されても文句は言えもはんど」
「……かもしれないね、北摩ホクマじゃ私は生きていけないだろう」

 いぶかしみながらも襲われた当人であるカエストゥスの言葉を尊重するアルキリーレに、カエストゥスは苦笑。その言葉からするに風貌やこれまでの会話や戦いぶりを見て既に北摩ホクマ人と見抜いていたか。しかし、甘いという事を認めた自嘲の後、カエストゥスはこう続けた。

「だけど、私は生かす事が、生きる事が好きなんだ……死ぬ事、即ち生きない事が尊いなら最初から生まれるような仕組みなんてなければいい。だけど人は生まれる。なら生きる事の方が尊いんだ。だから私は、どうしても殺さなければ生きられないような状況以外で殺すのは論理的ロゴスじゃない、そう思いたいのさ……兎も角助かった、ありがとう」
「……ふん。あん程度の腕の雑兵、なんち事無か」

 聞いた事のない言葉、思った事も無い考え方だった。議を言うなと、考える事を否定して戦士として種族の魂の在り方を固定する北摩ホクマには無い言葉。

 ともあれ、かくして蛮姫アルキリーレはレーマリアと出会った。レーマリアは、カエストゥスは彼女を知った。レーマリアが彼女によって動き、彼女がまたレーマリアによって新しい事を知る。変化の始まりだった。
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