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・第四話「蛮姫事情を知り複雑に思いつつも呆れ怒る事(前編)」
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「執政官じゃっとぉ!?」
事件後武器を収め、カエストゥスにそもそも何故狙われたか心当たりはあるのか尋ねて、帰ってきた答えにアルキリーレは仰天した。
レーマリアは帝国と呼ばれているが、帝と呼ばれるのは教帝と呼ばれる宗教指導者で政治に実権は持たず、実際の所は貴族達による元老院が政治を行っている。その元老院議員の中から選挙で選ばれる最高位の政治の代表者が執政官であり……目の前のこの男、カエストゥス・リウスはその執政官だと言うのだ。
「護衛つけんかあ!?頼りないのお!?」
「すまん、公的な護衛は一応居るんだがしょっちゅう勝手に一人歩きしていた。流石に暗殺未遂は初めてなので、今後は心配させないよう用心するから不用心だったのは勘弁してくれないかっ」
「お前のお……」
詫びるカエストゥスに、初めてだからってそんな弁解通るかよ、と呆れてその豪奢な金髪を掻くアルキリーレである。大体己の命の危機、ひいては政体の危機であろうに、俺に詫びてどうする。……この男としてみれば、女性に心配をかけてしまった所が悔やむべき所だというなら、全く徹底的色男と言うべきだが。
尤もアルキリーレもそもそも護衛をそこまで信頼していなかったし実際クーデター時に護衛が相手側について素通しされた故にそこまで激しく怒れないのだが。しかし素で自分が強いアルキリーレと違い、どう見てもカエストゥスは武勇の心得は一切なさそうである。己と違い、カエストゥスにはもっと用心と信頼できて身軽な護衛が必要だろう。
(そもそもこう軟弱で執政官など務まるのか?)
暗殺者にすら慈悲をかけたあり方。見た事も聞いた事もない。為政者としては失格だと思う。秩序や権威や掟を何と心得るか。だが、どうも怒りきれない。大嫌いな故郷の男共と真逆だからだろうか?
(いや、務まっては居る、のか。少なくとも統治は)
彼の政治的能力の少なくとも一端は、これまで見てきた光景が証明していると言えた。無能な統治者にはこんな繁栄は作れない。少なくとも富み栄えさせるという事においては彼は有能なのだろう。その大変さは、乱世を戦う事を主とするとはいえ王をしていた身故に故にアルキリーレは理解出来た。
「今後は気をつけるっ! それはそれとして、貴方は私の命の恩人だ。そもそも食事代も無かったように恐らく宿のあても無いと見受けられるが、なので礼として、是非我が家に心ゆくまで逗留して頂きたいが、どうだろうか……」
「ぬ。飯ば奢られた事ん礼と、突き飛ばしちもうた事ん詫びんつもりやっちが……」
ともあれ、此方の返礼更に返礼をされては辻褄が合わぬというか礼を返しきれぬ思うアルキリーレではあったが……
「……臥所を共にばせんぞ」
「お礼だと言っているだろう!?」
最終的にはそう言った上で受ける事とした。色男ぶっている癖に直裁な物言いにえらくカエストゥスは狼狽するものだ、とアルキリーレは感じた。
思えば先程刺客共を屠った時も、やや狼狽した様子であった。単純に流血沙汰になれていないのか。それとも女はしとやかであるべきと考えている手合いか。
(いや、違うな。なんというかもっと、まるで、悲しんでいるような。だが何故だ? 同じ表情だ。刺客の時と、今と)
どちらも違うように思われた。刺客を刺客と見抜き武器を抜く前に仕掛けたように、故郷で土壇場まで追い込まれながらも即座に敵を駆逐したように、険しい北国で鍛えられたアルキリーレの勘は、流石に己の目の届かない所で進んでいた故郷での陰謀は兎も角、五感が働く範囲では短期的な予知能力や読心能力めいて鋭い。……尤も後者は、相手の意思を汲むより相手に己の意思を押しつける事をこそ目指し突き進んできたアルキリーレにとっては、いまいち使いこなせているものではなかったが。心の色は読めても、それが何故なのかを察するのがいまいち苦手なのだ。
そのアルキリーレの勘が言っている。この男が浮かべる感情の色は悲しみでは無かろうかと。命が失われる事への悲しみか? だがだとしたら、何故今のアルキリーレの発言にも同じ色が滲んだのか。
(俺を哀れんどるとか?)
その発想には、不思議に心が掻き乱された。普段ならば、哀れみなど……侮りや見下しと同じだ、生かしてはおかぬ。舐められたら殺す。それは生きる為に必要な事だ。舐められれば四方八方から襲われ奪われ毟られ殺される。常に力を示し続けていなければならぬ。力を示していて尚、ただ女だからと言うだけで侮られ全てを失った。
だが違う。哀れみではない。哀れみ、侮り、見下しに己は敏感だ。だが……これは、もっと、何と言うか、純粋なように感じた。
分からない。分からないが。
いずれにせよ少なくとも害意はなさそうだ。ならば、無碍にするのは良く無い。ついでに宿のあてが無いのも事実だ。
あくまで前者が主な理由だ。アルキリーレはそう考えこの申し出を受ける事にした。
「時に、東駆人も、ただ無意味に執政官だからと襲う訳でも無かろう。理由あろう。最近運悪く忙しかばってん、後で教えてくいもはんかのう」
「いいとも。だが、出来れば君についても教えてくれないかな」
歩き出す前にそう問い、そう問い返されるアルキリーレ。
「あ、しまった。自分のこつ、言うとらんわ」
ややこしい状況かつカエストゥスの勢いよいアプローチからの急転直下の展開とはいえ、名乗ってすらいなかった。
その事に気づき、軽く舌打ちして苦笑するアルキリーレ。
そして、二人は歩き出した。
事件後武器を収め、カエストゥスにそもそも何故狙われたか心当たりはあるのか尋ねて、帰ってきた答えにアルキリーレは仰天した。
レーマリアは帝国と呼ばれているが、帝と呼ばれるのは教帝と呼ばれる宗教指導者で政治に実権は持たず、実際の所は貴族達による元老院が政治を行っている。その元老院議員の中から選挙で選ばれる最高位の政治の代表者が執政官であり……目の前のこの男、カエストゥス・リウスはその執政官だと言うのだ。
「護衛つけんかあ!?頼りないのお!?」
「すまん、公的な護衛は一応居るんだがしょっちゅう勝手に一人歩きしていた。流石に暗殺未遂は初めてなので、今後は心配させないよう用心するから不用心だったのは勘弁してくれないかっ」
「お前のお……」
詫びるカエストゥスに、初めてだからってそんな弁解通るかよ、と呆れてその豪奢な金髪を掻くアルキリーレである。大体己の命の危機、ひいては政体の危機であろうに、俺に詫びてどうする。……この男としてみれば、女性に心配をかけてしまった所が悔やむべき所だというなら、全く徹底的色男と言うべきだが。
尤もアルキリーレもそもそも護衛をそこまで信頼していなかったし実際クーデター時に護衛が相手側について素通しされた故にそこまで激しく怒れないのだが。しかし素で自分が強いアルキリーレと違い、どう見てもカエストゥスは武勇の心得は一切なさそうである。己と違い、カエストゥスにはもっと用心と信頼できて身軽な護衛が必要だろう。
(そもそもこう軟弱で執政官など務まるのか?)
暗殺者にすら慈悲をかけたあり方。見た事も聞いた事もない。為政者としては失格だと思う。秩序や権威や掟を何と心得るか。だが、どうも怒りきれない。大嫌いな故郷の男共と真逆だからだろうか?
(いや、務まっては居る、のか。少なくとも統治は)
彼の政治的能力の少なくとも一端は、これまで見てきた光景が証明していると言えた。無能な統治者にはこんな繁栄は作れない。少なくとも富み栄えさせるという事においては彼は有能なのだろう。その大変さは、乱世を戦う事を主とするとはいえ王をしていた身故に故にアルキリーレは理解出来た。
「今後は気をつけるっ! それはそれとして、貴方は私の命の恩人だ。そもそも食事代も無かったように恐らく宿のあても無いと見受けられるが、なので礼として、是非我が家に心ゆくまで逗留して頂きたいが、どうだろうか……」
「ぬ。飯ば奢られた事ん礼と、突き飛ばしちもうた事ん詫びんつもりやっちが……」
ともあれ、此方の返礼更に返礼をされては辻褄が合わぬというか礼を返しきれぬ思うアルキリーレではあったが……
「……臥所を共にばせんぞ」
「お礼だと言っているだろう!?」
最終的にはそう言った上で受ける事とした。色男ぶっている癖に直裁な物言いにえらくカエストゥスは狼狽するものだ、とアルキリーレは感じた。
思えば先程刺客共を屠った時も、やや狼狽した様子であった。単純に流血沙汰になれていないのか。それとも女はしとやかであるべきと考えている手合いか。
(いや、違うな。なんというかもっと、まるで、悲しんでいるような。だが何故だ? 同じ表情だ。刺客の時と、今と)
どちらも違うように思われた。刺客を刺客と見抜き武器を抜く前に仕掛けたように、故郷で土壇場まで追い込まれながらも即座に敵を駆逐したように、険しい北国で鍛えられたアルキリーレの勘は、流石に己の目の届かない所で進んでいた故郷での陰謀は兎も角、五感が働く範囲では短期的な予知能力や読心能力めいて鋭い。……尤も後者は、相手の意思を汲むより相手に己の意思を押しつける事をこそ目指し突き進んできたアルキリーレにとっては、いまいち使いこなせているものではなかったが。心の色は読めても、それが何故なのかを察するのがいまいち苦手なのだ。
そのアルキリーレの勘が言っている。この男が浮かべる感情の色は悲しみでは無かろうかと。命が失われる事への悲しみか? だがだとしたら、何故今のアルキリーレの発言にも同じ色が滲んだのか。
(俺を哀れんどるとか?)
その発想には、不思議に心が掻き乱された。普段ならば、哀れみなど……侮りや見下しと同じだ、生かしてはおかぬ。舐められたら殺す。それは生きる為に必要な事だ。舐められれば四方八方から襲われ奪われ毟られ殺される。常に力を示し続けていなければならぬ。力を示していて尚、ただ女だからと言うだけで侮られ全てを失った。
だが違う。哀れみではない。哀れみ、侮り、見下しに己は敏感だ。だが……これは、もっと、何と言うか、純粋なように感じた。
分からない。分からないが。
いずれにせよ少なくとも害意はなさそうだ。ならば、無碍にするのは良く無い。ついでに宿のあてが無いのも事実だ。
あくまで前者が主な理由だ。アルキリーレはそう考えこの申し出を受ける事にした。
「時に、東駆人も、ただ無意味に執政官だからと襲う訳でも無かろう。理由あろう。最近運悪く忙しかばってん、後で教えてくいもはんかのう」
「いいとも。だが、出来れば君についても教えてくれないかな」
歩き出す前にそう問い、そう問い返されるアルキリーレ。
「あ、しまった。自分のこつ、言うとらんわ」
ややこしい状況かつカエストゥスの勢いよいアプローチからの急転直下の展開とはいえ、名乗ってすらいなかった。
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