殺伐蛮姫と戦下手なイケメン達

博元 裕央

文字の大きさ
4 / 63

・第四話「蛮姫事情を知り複雑に思いつつも呆れ怒る事(前編)」

しおりを挟む
執政官コンスルじゃっとぉ!?」

 事件後武器を収め、カエストゥスにそもそも何故狙われたか心当たりはあるのか尋ねて、帰ってきた答えにアルキリーレは仰天した。

 レーマリアは帝国と呼ばれているが、帝と呼ばれるのは教帝きょうていと呼ばれる宗教指導者で政治に実権は持たず、実際の所は貴族達による元老院が政治を行っている。その元老院議員の中から選挙で選ばれる最高位の政治の代表者が執政官コンスルであり……目の前のこの男、カエストゥス・リウスはその執政官コンスルだと言うのだ。

「護衛つけんかあ!?頼りないほがないのお!?」
「すまん、公的な護衛は一応居るんだがしょっちゅう勝手に一人歩きしていた。流石に暗殺未遂は初めてなので、今後は心配させないよう用心するから不用心だったのは勘弁してくれないかっ」
お前おはんのお……」

 詫びるカエストゥスに、初めてだからってそんな弁解通るかよ、と呆れてその豪奢な金髪を掻くアルキリーレである。大体己の命の危機、ひいては政体の危機であろうに、おいに詫びてどうする。……この男としてみれば、女性に心配をかけてしまった所が悔やむべき所だというなら、全く徹底的色男と言うべきだが。

 尤もアルキリーレもそもそも護衛をそこまで信頼していなかったし実際クーデター時に護衛が相手側について素通しされた故にそこまで激しく怒れないのだが。しかし素で自分が強いアルキリーレと違い、どう見てもカエストゥスは武勇の心得は一切なさそうである。己と違い、カエストゥスにはもっと用心と信頼できて身軽な護衛が必要だろう。

(そもそもこう軟弱で執政官コンスルなど務まるのか?)

 暗殺者にすら慈悲をかけたあり方。見た事も聞いた事もない。為政者としては失格だと思う。秩序や権威や掟を何と心得るか。だが、どうも怒りきれない。大嫌いな故郷の男共と真逆だからだろうか?

(いや、務まっては居る、のか。少なくとも統治は)

 彼の政治的能力の少なくとも一端は、これまで見てきた光景が証明していると言えた。無能な統治者にはこんな繁栄は作れない。少なくとも富み栄えさせるという事においては彼は有能なのだろう。その大変さは、乱世を戦う事を主とするとはいえ王をしていた身故に故にアルキリーレは理解出来た。

「今後は気をつけるっ! それはそれとして、貴方は私の命の恩人だ。そもそも食事代も無かったように恐らく宿のあても無いと見受けられるが、なので礼として、是非我が家に心ゆくまで逗留して頂きたいが、どうだろうか……」
「ぬ。ままば奢られたこつん礼と、突き飛ばしちもうたこつん詫びんつもりやっちが……」

 ともあれ、此方の返礼更に返礼をされては辻褄が合わぬというか礼を返しきれぬ思うアルキリーレではあったが……

「……臥所を共にばせんぞ」
「お礼だと言っているだろう!?」

 最終的にはそう言った上で受ける事とした。色男ぶっている癖に直裁な物言いにえらくカエストゥスは狼狽するものだ、とアルキリーレは感じた。

 思えば先程刺客共を屠った時も、やや狼狽した様子であった。単純に流血沙汰になれていないのか。それとも女はしとやかであるべきと考えている手合いか。

(いや、違うな。なんというかもっと、まるで、悲しんでいるような。だが何故だ? 同じ表情だ。刺客の時と、今と)

 どちらも違うように思われた。刺客を刺客と見抜き武器を抜く前に仕掛けたように、故郷で土壇場まで追い込まれながらも即座に敵を駆逐したように、険しい北国で鍛えられたアルキリーレの勘は、流石に己の目の届かない所で進んでいた故郷での陰謀は兎も角、五感が働く範囲では短期的な予知能力や読心能力めいて鋭い。……尤も後者は、相手の意思を汲むより相手に己の意思を押しつける事をこそ目指し突き進んできたアルキリーレにとっては、いまいち使いこなせているものではなかったが。心の色は読めても、それが何故なのかを察するのがいまいち苦手なのだ。

 そのアルキリーレの勘が言っている。この男が浮かべる感情の色は悲しみでは無かろうかと。命が失われる事への悲しみか? だがだとしたら、何故今のアルキリーレの発言にも同じ色が滲んだのか。

おいを哀れんどるとか?)

 その発想には、不思議に心が掻き乱された。普段ならば、哀れみなど……侮りや見下しと同じだ、生かしてはおかぬ。舐められたら殺す。それは生きる為に必要な事だ。舐められれば四方八方から襲われ奪われ毟られ殺される。常に力を示し続けていなければならぬ。力を示していて尚、ただ女だからと言うだけで侮られ全てを失った。

 だが違う。哀れみではない。哀れみ、侮り、見下しに己は敏感だ。だが……これは、もっと、何と言うか、純粋なように感じた。

 分からない。分からないが。

 いずれにせよ少なくとも害意はなさそうだ。ならば、無碍にするのは良く無い。ついでに宿のあてが無いのも事実だ。

 あくまで前者が主な理由だ。アルキリーレはそう考えこの申し出を受ける事にした。

「時に、東駆人とるくもんも、ただ無意味に執政官コンスルだからと襲うチェストす訳でも無かろう。理由ゆえあろう。最近運悪ぶがわるせわしかばってん、後で教えていっかすいてくいもはんかのう」
「いいとも。だが、出来れば君についても教えてくれないかな」

 歩き出す前にそう問い、そう問い返されるアルキリーレ。

あ、しまったちょっしもた自分おいのこつ、言うとらんわ」

 ややこしい状況かつカエストゥスの勢いよいアプローチからの急転直下の展開とはいえ、名乗ってすらいなかった。

 その事に気づき、軽く舌打ちして苦笑するアルキリーレ。

 そして、二人は歩き出した。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

転生したら乙女ゲームの主人公の友達になったんですが、なぜか私がモテてるんですが?

山下小枝子
恋愛
田舎に住むごく普通のアラサー社畜の私は車で帰宅中に、 飛び出してきた猫かたぬきを避けようとしてトラックにぶつかりお陀仏したらしく、 気付くと、最近ハマっていた乙女ゲームの世界の『主人公の友達』に転生していたんだけど、 まぁ、友達でも二次元女子高生になれたし、 推しキャラやイケメンキャラやイケオジも見れるし!楽しく過ごそう!と、 思ってたらなぜか主人公を押し退け、 攻略対象キャラからモテまくる事態に・・・・ ちょ、え、これどうしたらいいの!!!嬉しいけど!!!

悪役令嬢はモブ化した

F.conoe
ファンタジー
乙女ゲーム? なにそれ食べ物? な悪役令嬢、普通にシナリオ負けして退場しました。 しかし貴族令嬢としてダメの烙印をおされた卒業パーティーで、彼女は本当の自分を取り戻す! 領地改革にいそしむ充実した日々のその裏で、乙女ゲームは着々と進行していくのである。 「……なんなのこれは。意味がわからないわ」 乙女ゲームのシナリオはこわい。 *注*誰にも前世の記憶はありません。 ざまぁが地味だと思っていましたが、オーバーキルだという意見もあるので、優しい結末を期待してる人は読まない方が良さげ。 性格悪いけど自覚がなくて自分を優しいと思っている乙女ゲームヒロインの心理描写と因果応報がメインテーマ(番外編で登場)なので、叩かれようがざまぁ改変して救う気はない。 作者の趣味100%でダンジョンが出ました。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない

陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」 デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。 そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。 いつの間にかパトロンが大量発生していた。 ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?

異世界猫カフェでまったりスローライフ 〜根暗令嬢に憑依した動物看護師、癒しの猫パラダイスを築く〜

きよぴの
ファンタジー
​「もし、動物の言葉がわかれば、もっと彼らを救えるのに――」 ​動物病院で働く動物看護師、天野梓は、野良猫を庇って命を落とす。次に目覚めると、そこは生前読んでいた恋愛小説の世界。しかも、憑依したのは、主人公の引き立て役である「根暗で人嫌いの令嬢」アイリスだった。 ​他人の心の声が聞こえる能力を持ち、そのせいで人間不信に陥っていたアイリス。しかし、梓はその能力が、実は動物の心の声も聞ける力だと気づく。「これこそ、私が求めていた力だ!」 ​虐げる家族と婚約者に見切りをつけ、持ち前の能力と動物たちの力を借りて資金を貯めた梓は、ついに自由を手に入れる。新たな土地で、たくさんの猫たちに囲まれた癒しの空間、「猫カフェ『まどろみの木陰』」をオープンさせるのだった。

転生したら悪役令嬢になりかけてました!〜まだ5歳だからやり直せる!〜

具なっしー
恋愛
5歳のベアトリーチェは、苦いピーマンを食べて気絶した拍子に、 前世の記憶を取り戻す。 前世は日本の女子学生。 家でも学校でも「空気を読む」ことばかりで、誰にも本音を言えず、 息苦しい毎日を過ごしていた。 ただ、本を読んでいるときだけは心が自由になれた――。 転生したこの世界は、女性が希少で、男性しか魔法を使えない世界。 女性は「守られるだけの存在」とされ、社会の中で特別に甘やかされている。 だがそのせいで、女性たちはみな我儘で傲慢になり、 横暴さを誇るのが「普通」だった。 けれどベアトリーチェは違う。 前世で身につけた「空気を読む力」と、 本を愛する静かな心を持っていた。 そんな彼女には二人の婚約者がいる。 ――父違いの、血を分けた兄たち。 彼らは溺愛どころではなく、 「彼女のためなら国を滅ぼしても構わない」とまで思っている危険な兄たちだった。 ベアトリーチェは戸惑いながらも、 この異世界で「ただ愛されるだけの人生」を歩んでいくことになる。 ※表紙はAI画像です

悪役令嬢の慟哭

浜柔
ファンタジー
 前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。  だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。 ※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。 ※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。 「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。 「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。

処理中です...