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・第十五話「蛮姫執政官親衛隊を練兵する事」
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まず誰が挑むかの男同士のすったもんだを切り抜けたのは、馬上短弩騎兵隊の隊長であった。槍騎兵隊が揉めていたのに対しやや統制が取れていたのか一般隊員に自信が無かったのか、俺が隊長だぞと即座に言い放って前に出たのだ。ちなみにカエストゥスはアルキリーレの腕前を知っているがそれでもハラハラしながら心配していた。
「一騎打ちに弩は無粋。ご安心あれ、それがし剣の技にも自信がござらば、美しい御手に花や指輪を贈る事はあれど傷はつけますまい」
気障ったらしく胸に挿した薔薇の花を投じながら、木剣のみを切り払ってご覧に入れると宣言する馬上短弩騎兵隊長。丁寧に鏝と香料で調えた巻き毛の金髪、華やかな美形だ。
「はは、都の武者は雅にごわすな!」
対してアルキリーレは豪快に笑いながら、投げられた薔薇の花を器用に籠手を付けた手指でさらい、馬の轡に挿して添えた。まるで馬が格好付けて薔薇の花を咥えているかのように。
どっ!
結構な笑いが溢れる。その笑いが掻き消したが、アルキリーレは薔薇の花を馬に咥えさせると同時、その耳元に囁きかけ。否。
(ぐるるるる……)
獅子が喉を鳴らすような唸り声を聞かせていた。馬が目を見開いた。
「いざ」
「どっせぇいっ!」
べごんっ!!
馬上短弩騎兵隊長が剣を振り上げ声を挙げ、アルキリーレが本気とは違う叫びを上げ……直後響いたのは金属が凹む音だ。
「「「「「……えっ?」」」」」
「げぼ~~~~~っ!?」
まだわいわい仲間内で順番争いをしていた騎士達兵士達が息を呑んだ。
地面に叩き付けられた馬上短弩騎兵隊長が、華やかな外套と陣羽織を土と吐瀉物で汚して地面をのたうち回っていた。その胴鎧にはまるで破城鎚で突いたような、否、そうだったら凹みは胴鎧の真ん中に円状に突くはず、それとは違う強いて言えば丸太を横に振り回して殴ったかのような凹みがべっこりと刻まれていた。
「っははは! 頑丈一辺倒の馬で構わんち言うたが、存外こん馬は速かぞカエストゥス! 鉈より組み討ちの間合いの方がやりやすか程ぞ!」
「」
馬の礼を言われたカエストゥスからして驚きすぎてぐうの音も出なかったというか動体視力が足りない分を推察で補おうと、目を擦った後必死で考えて、一拍遅れて漸く何が起きたかを理解していた。
アルキリーレはその手に普段使う鉈程の長さの木剣を持っていたが、それを使っては居なかった。
己が跨がる骨太の赤毛馬を兵が集まる迄の間にアルキリーレは乗り熟し従えていたが、その乗り熟し方は跨がった状態で獅子の咆吼の神秘を放ち、恐怖した馬が振り落とそうとするのを胴を腿で締めて許さず力を分からせながらそのまま背中に乗った獅子に食い殺されると錯覚し怯える馬に〈食われたくなくば従え〉と思い知らせる荒々しい北摩式で。
その結果恐怖に突き動かされ物凄い勢いで突っ走った馬の速度により一気に剣や鉈どころか組み討ちの間合いを横切り、その横切る時に腕を横に伸ばして相手の胴鎧を引っかけるようにぶん殴り叩き付けたのだ。
北摩で用いられる馬上組み討ち術の技の一つで本来相手の首に腕を引っ掛けるものだが、彼我の力量差的に引っ掛けたら首の骨をへし折ってしまうと、これでも手加減した結果なのだ。
「見ての通り、俺の手指には僅かの痣も無し。約束ば守れて良かったのう。そっちも、まあ加減の手応え的に肋骨は折れとらん筈じゃ。次!」
凹んで腹を圧迫する胴鎧を外され早速出番となったカエストゥスに配置を頼んでいた治療術に長けた司祭が手当する中、アルキリーレは手甲を外して白い手を示し、また手甲を嵌め直すと、くいくいと騎士達を手招きした。
これには騎士達は唸った。何とも洒脱で粋な返し。しかし同時に見事な挑発。だが訛りを除けば実に美しい。しかし強い。誰が彼女を手にする? 次は誰が挑む?
「……ふっ、所詮は馬上短弩騎兵、牽制の太矢を撃ち終えれば取って返す面々です。退屈させてしまいましたなご婦人。いざ、本職がお相手しましょうぞ!」
一瞬の逡巡を払ったのは、槍騎兵隊の副隊長。青みがかる輝く程真っ直ぐな銀髪、流麗な美形だ。先に剣で敗れた仲間の無様を払拭せんとばかりに、こちらも槍では無く剣を構え馬を走らせる。
「ほう、槍で無くて良かか? ならば、太刀打ちせん!」
対してアルキリーレも、今度は幾らか馬の足を加減して、剣戟の間合いに合わせ馬を走らせた。
ぼぎんぼぎん!
「ぐわああああああっ!?」
「」
「「「「「おおおおおおおっ!?」」」」」
轟く槍騎兵隊長の絶叫。またカエストゥスは声も出ず顔を覆った。
結果は、カエストゥスとアルキリーレが出会った初日、路地裏での刺客との戦いの手加減された再演となった。アルキリーレの木剣が槍騎兵副隊長の木剣を一方的に叩き折り……流石にそのまま頭をかち割る事は無く、肩をしたたか打ち据えたのだ。
無論副隊長は肩鎧を凹ませ骨折で司祭が手当てする中、兵士達は騒めいた。槍騎兵副隊長は仲間内では使い手という認識であった。それが手も無く捻られるという衝撃と、凄まじく強い美女に否応も無く認識を改められて感じてしまう痛快さ。息を呑んでいたカエストゥスは、兵士達のヒートアップに驚く。
「隊長さんはどうすっど?」
「……非礼をお詫び申し上げる。前二者とも、貴方を侮っていたようだ」
やや挑発的な昂ぶった獣の笑みを浮かべるアルキリーレに対して、槍騎兵隊長は深々と頭を下げた。黒々と豊かな鬢と口髭、下睫の長く彫りの深い濃い口の美形だ。
ふむ、と、アルキリーレはやや感嘆した。ここまでの反応、アルキリーレとしては引けない勝負に引きずり込んで力の差を分からせて従える荒馬乗り熟しに近い型となる可能性も考えていたが、もう少し魅了が効いて友好的な交流だった。
「故に、全力で活かせて貰おう。その艶やかな笑み、多少傷つけようと司祭の手を借りて癒し必ずや貰い受ける!」
アルキリーレが挑発的に牙を剥くように笑ったつもりでも、寧ろその想像以上に女好きのレーマリア人はそれでも十分冒険行の果て求めるべき美姫の試練と映ったのだろう。
槍騎兵隊長は覚悟の表情で木槍を取った。先端は刺さらぬよう加工が施されているが間合いの利は言うまでも無い。腰に木剣も帯び、盾も持ち、万全に備える。
「良か。来い!」
「うぉおおっ!」
高らか鳴り響く蹄の音。アルキリーレも槍騎兵隊長も同時に馬を走らせる。槍騎兵隊長の槍は正確にアルキリーレを狙い定め……
ガッ!
「ウワアアアアアアッ!?」
「あわわわわ!?」
「「「「「おおーっ!?」」」」」
その槍をアルキリーレの木剣が叩き伏せた。槍騎兵隊長が悲鳴を上げ、今度はカエストゥスも叫んだ。兵士達もまた見た事も無い光景への驚愕に叫んだ。
アルキリーレは、それも可能だったにも関わらずわざと今度は槍を折らなかった。槍を叩き、切っ先を下に向ける。そうしておいて、切っ先が地面にぶち当たると同時に馬の速度を乗せて己の体を槍騎兵隊長の懐に潜り込ませるようにぶつけてから背を伸ばし跳ね上げた。
結果鎧よりは柔い蹄に掘り起こされた地面に突き立った槍の穂先を支点に、梃子の原理で棒高跳びか投石機に放られる石の如く槍騎兵隊長は高々と空に跳ね上げられたのだ。飛ぶ! 落ちる!
「ほいっ」
このまま落ちれば骨折、頭から落ちれば命が危ない。それ故にカエストゥスは叫んだのだが、受け止めたのもまたアルキリーレだった。馬から飛び降りながら抱き留め、しなやかな全身で衝撃を殺す。鎧姿の槍騎兵隊長が、まるで王子の胸に抱かれる姫君のようにアルキリーレの腕の中に収まって。
「俺の勝ちで良かな?」
「お母ちゃん……」
アルキリーレの腕の中、両手で顔を押さえた槍騎兵隊長は思わず母を呼ぶ程までに精神的に追い詰められ、耳まで真っ赤にして恥ずかしがっていた。伊達男の槍騎兵隊長の醜態に兵士達はついどっと笑い、またアルキリーレの騎士道精神に口笛を吹き、またその腕に抱かれた隊長を羨ましがった。
「次、歩兵隊どうすっど?」
そして彼を地面に降ろしアルキリーレは下馬したまま今度は歩兵隊に呼びかけた。
ざわざわざわ……!
前より激しい動揺が走る。騎兵隊が散々に打ち破られた後だ。徒歩戦では馬の力が加わる事は無いとはいえ、流石に我こそはと言うには多大な勇気がいる。だが。
「ふう……欲しくは無かか?」
「「「「「欲しいです!!!!!」」」」」
くいと運動の火照りを逃すように鎧の胸元を寛げながら挿そう、アルキリーレの分かりやすい挑発に歩兵隊は全力で引っかかった。
(この方法で操れば火の中でも水の中でも引っ張り回せそうだな)
流石に余りの単純さにちょっと呆れかかるが、だがこれは有用だ、何より面白い、とアルキリーレは楽しみながら応じ。
「うおおーっ!」
「遅か!」
木製の長柄斧槍で打ちかかった篤実そうなナイスミドルの槍歩兵隊長が長柄斧槍を振り下ろす前にアルキリーレの木剣に叩き伏せられた。
儀仗の見栄えは良く派手で如何にも威力もありそうだが、遅く、そして言う程長くも無い。実用性に少々問題があるな、とアルキリーレは認識する。
「み、みどもの勇気を見よ!」
純朴な好青年の剣歩兵隊長が、木剣より盾を前に構えて突進した。鎧の重さを乗せた盾でぶちかましてその隙に木剣で打つ構え。
打音!打音!
「俺の装備こそば良く見ておくべきだったのう!」
「ぐああっ!」
アルキリーレは両手で二丁の武器を操れる。今日は斧は持たず鉈の大きさの木剣を使っていたが、手で握っていた方だけではなくもう一本を腰に下げていた。一本で太鼓でも叩くような音と共に盾を横に払い、もう一本で剣ごと腕を折った。
「ついでじゃ、射撃兵隊長、お前も来い!」
「な、し、しかし弩の威力というものは」
一騎打ちにお呼びはかかるまいと思っていた老紳士の射撃兵隊長は仰天した。弩は木剣のように手加減が効くものではありませんぞと。
「鏃無しの鏑矢を渡して置いたでは無かか。来い!」
「な、ならばっ!」
何かの号令に使うのかと思っていたがそういう意図だったのかと悟り、慌てて射撃兵隊長は弩を構えようとした。
「常在戦場の覚悟が足りなか!」
だがそもそも撃つと思ってすらいなかったのである。弩の装填には時間が掛かる、射撃兵隊長が動こうとした時にはアルキリーレは間合いを詰めており、軽々と弩を射撃兵隊長の手から叩き落とした。そして。
「じゃっでといって、形振り構わぬ汚い真似は恥ぞ!」
ばきっ!
「ぐおおおおお……!?」
黒く波打つ前髪を垂らした射撃兵副隊長が、鏃無しの鏑矢とはいえ一騎打ちに名乗りを上げずこっそり後ろから狙撃しおようとしていたのに、それを察して即座にアルキリーレは木剣を投げつける。斧程の威力ではないが木剣も十分投げられるのだ。
射撃兵副隊長は砕かれた手指を抱えて悶絶した。連戦に盛り上がり興奮していた兵士達からブーイングが飛んだ。そろそろ疲労した医療担当司祭が息をつきながら移動して治療に当たる。
「ふふ、まあ勝たんとすっ意気ば買う。が、無様な真似ばしなくても勝てるようになりたかろ? そうすればこそ持て囃されようぞ。さあ、俺の力ば見たか。俺の力は疑げようがないこっちゃ分かったじゃろ。どうすっど? 諦めるか? まだ戦るかの? そいとも俺ば将と認め命令に服し、俺の訓練教導ば受けっとか? 成長ば見せ良か兵子んなったと認めたら、手を握るなり酒を手づから酌するなり、都度都度褒美をばくれてやろうぞ!」
そしてアルキリーレは射撃兵副隊長の問題行為の空気を入れ変え兵達を煽った。名誉の傷つきを感じていた兵士達がどっと沸き返る。軍掌握の第一歩が踏み出された。
「ふうーっ……」
漸く一騎打ちが終わったようだ、と、安堵するカエストゥス。
「俺があんな奴ばらに掠り傷でも負うと思うたか?」
「そうは思っていないが、強いからって女の心配をしない男にはなりたくないのさ」
寧ろ一暴れ済ませてすっきりしたという風のアルキリーレはそんなカエストゥスの心配を最初は不服げだったが、カエストゥスの返事には目を丸くして、本当に優しか奴じゃ、と嬉しげに笑った。
尚、その後早速訓練が始まり、軟弱な兵士達はヒィヒィ言う羽目になったが……何か後半には美女に責めたてられるのに恍惚となる怪しい精神状態が生まれていたがそれで訓練を乗り越えられるなら良いだろうとアルキリーレは構わず訓練責めにした。
「お前は本当……俺より背も肩幅もあるのにないごてそがん弱かとじゃ……東吼に羽が長くて綺麗なのに飛ぶ事が寧ろ苦手な孔雀という鳥が居るというが、それみたいじゃな。胸板も薄かし。男なら辞典ば括り付けたがごたる胸板ば持たぬか!」
「む、無理……」
そして何故か訓練に参加させられたカエストゥスは疲労困憊し筋肉痛となった。
「一騎打ちに弩は無粋。ご安心あれ、それがし剣の技にも自信がござらば、美しい御手に花や指輪を贈る事はあれど傷はつけますまい」
気障ったらしく胸に挿した薔薇の花を投じながら、木剣のみを切り払ってご覧に入れると宣言する馬上短弩騎兵隊長。丁寧に鏝と香料で調えた巻き毛の金髪、華やかな美形だ。
「はは、都の武者は雅にごわすな!」
対してアルキリーレは豪快に笑いながら、投げられた薔薇の花を器用に籠手を付けた手指でさらい、馬の轡に挿して添えた。まるで馬が格好付けて薔薇の花を咥えているかのように。
どっ!
結構な笑いが溢れる。その笑いが掻き消したが、アルキリーレは薔薇の花を馬に咥えさせると同時、その耳元に囁きかけ。否。
(ぐるるるる……)
獅子が喉を鳴らすような唸り声を聞かせていた。馬が目を見開いた。
「いざ」
「どっせぇいっ!」
べごんっ!!
馬上短弩騎兵隊長が剣を振り上げ声を挙げ、アルキリーレが本気とは違う叫びを上げ……直後響いたのは金属が凹む音だ。
「「「「「……えっ?」」」」」
「げぼ~~~~~っ!?」
まだわいわい仲間内で順番争いをしていた騎士達兵士達が息を呑んだ。
地面に叩き付けられた馬上短弩騎兵隊長が、華やかな外套と陣羽織を土と吐瀉物で汚して地面をのたうち回っていた。その胴鎧にはまるで破城鎚で突いたような、否、そうだったら凹みは胴鎧の真ん中に円状に突くはず、それとは違う強いて言えば丸太を横に振り回して殴ったかのような凹みがべっこりと刻まれていた。
「っははは! 頑丈一辺倒の馬で構わんち言うたが、存外こん馬は速かぞカエストゥス! 鉈より組み討ちの間合いの方がやりやすか程ぞ!」
「」
馬の礼を言われたカエストゥスからして驚きすぎてぐうの音も出なかったというか動体視力が足りない分を推察で補おうと、目を擦った後必死で考えて、一拍遅れて漸く何が起きたかを理解していた。
アルキリーレはその手に普段使う鉈程の長さの木剣を持っていたが、それを使っては居なかった。
己が跨がる骨太の赤毛馬を兵が集まる迄の間にアルキリーレは乗り熟し従えていたが、その乗り熟し方は跨がった状態で獅子の咆吼の神秘を放ち、恐怖した馬が振り落とそうとするのを胴を腿で締めて許さず力を分からせながらそのまま背中に乗った獅子に食い殺されると錯覚し怯える馬に〈食われたくなくば従え〉と思い知らせる荒々しい北摩式で。
その結果恐怖に突き動かされ物凄い勢いで突っ走った馬の速度により一気に剣や鉈どころか組み討ちの間合いを横切り、その横切る時に腕を横に伸ばして相手の胴鎧を引っかけるようにぶん殴り叩き付けたのだ。
北摩で用いられる馬上組み討ち術の技の一つで本来相手の首に腕を引っ掛けるものだが、彼我の力量差的に引っ掛けたら首の骨をへし折ってしまうと、これでも手加減した結果なのだ。
「見ての通り、俺の手指には僅かの痣も無し。約束ば守れて良かったのう。そっちも、まあ加減の手応え的に肋骨は折れとらん筈じゃ。次!」
凹んで腹を圧迫する胴鎧を外され早速出番となったカエストゥスに配置を頼んでいた治療術に長けた司祭が手当する中、アルキリーレは手甲を外して白い手を示し、また手甲を嵌め直すと、くいくいと騎士達を手招きした。
これには騎士達は唸った。何とも洒脱で粋な返し。しかし同時に見事な挑発。だが訛りを除けば実に美しい。しかし強い。誰が彼女を手にする? 次は誰が挑む?
「……ふっ、所詮は馬上短弩騎兵、牽制の太矢を撃ち終えれば取って返す面々です。退屈させてしまいましたなご婦人。いざ、本職がお相手しましょうぞ!」
一瞬の逡巡を払ったのは、槍騎兵隊の副隊長。青みがかる輝く程真っ直ぐな銀髪、流麗な美形だ。先に剣で敗れた仲間の無様を払拭せんとばかりに、こちらも槍では無く剣を構え馬を走らせる。
「ほう、槍で無くて良かか? ならば、太刀打ちせん!」
対してアルキリーレも、今度は幾らか馬の足を加減して、剣戟の間合いに合わせ馬を走らせた。
ぼぎんぼぎん!
「ぐわああああああっ!?」
「」
「「「「「おおおおおおおっ!?」」」」」
轟く槍騎兵隊長の絶叫。またカエストゥスは声も出ず顔を覆った。
結果は、カエストゥスとアルキリーレが出会った初日、路地裏での刺客との戦いの手加減された再演となった。アルキリーレの木剣が槍騎兵副隊長の木剣を一方的に叩き折り……流石にそのまま頭をかち割る事は無く、肩をしたたか打ち据えたのだ。
無論副隊長は肩鎧を凹ませ骨折で司祭が手当てする中、兵士達は騒めいた。槍騎兵副隊長は仲間内では使い手という認識であった。それが手も無く捻られるという衝撃と、凄まじく強い美女に否応も無く認識を改められて感じてしまう痛快さ。息を呑んでいたカエストゥスは、兵士達のヒートアップに驚く。
「隊長さんはどうすっど?」
「……非礼をお詫び申し上げる。前二者とも、貴方を侮っていたようだ」
やや挑発的な昂ぶった獣の笑みを浮かべるアルキリーレに対して、槍騎兵隊長は深々と頭を下げた。黒々と豊かな鬢と口髭、下睫の長く彫りの深い濃い口の美形だ。
ふむ、と、アルキリーレはやや感嘆した。ここまでの反応、アルキリーレとしては引けない勝負に引きずり込んで力の差を分からせて従える荒馬乗り熟しに近い型となる可能性も考えていたが、もう少し魅了が効いて友好的な交流だった。
「故に、全力で活かせて貰おう。その艶やかな笑み、多少傷つけようと司祭の手を借りて癒し必ずや貰い受ける!」
アルキリーレが挑発的に牙を剥くように笑ったつもりでも、寧ろその想像以上に女好きのレーマリア人はそれでも十分冒険行の果て求めるべき美姫の試練と映ったのだろう。
槍騎兵隊長は覚悟の表情で木槍を取った。先端は刺さらぬよう加工が施されているが間合いの利は言うまでも無い。腰に木剣も帯び、盾も持ち、万全に備える。
「良か。来い!」
「うぉおおっ!」
高らか鳴り響く蹄の音。アルキリーレも槍騎兵隊長も同時に馬を走らせる。槍騎兵隊長の槍は正確にアルキリーレを狙い定め……
ガッ!
「ウワアアアアアアッ!?」
「あわわわわ!?」
「「「「「おおーっ!?」」」」」
その槍をアルキリーレの木剣が叩き伏せた。槍騎兵隊長が悲鳴を上げ、今度はカエストゥスも叫んだ。兵士達もまた見た事も無い光景への驚愕に叫んだ。
アルキリーレは、それも可能だったにも関わらずわざと今度は槍を折らなかった。槍を叩き、切っ先を下に向ける。そうしておいて、切っ先が地面にぶち当たると同時に馬の速度を乗せて己の体を槍騎兵隊長の懐に潜り込ませるようにぶつけてから背を伸ばし跳ね上げた。
結果鎧よりは柔い蹄に掘り起こされた地面に突き立った槍の穂先を支点に、梃子の原理で棒高跳びか投石機に放られる石の如く槍騎兵隊長は高々と空に跳ね上げられたのだ。飛ぶ! 落ちる!
「ほいっ」
このまま落ちれば骨折、頭から落ちれば命が危ない。それ故にカエストゥスは叫んだのだが、受け止めたのもまたアルキリーレだった。馬から飛び降りながら抱き留め、しなやかな全身で衝撃を殺す。鎧姿の槍騎兵隊長が、まるで王子の胸に抱かれる姫君のようにアルキリーレの腕の中に収まって。
「俺の勝ちで良かな?」
「お母ちゃん……」
アルキリーレの腕の中、両手で顔を押さえた槍騎兵隊長は思わず母を呼ぶ程までに精神的に追い詰められ、耳まで真っ赤にして恥ずかしがっていた。伊達男の槍騎兵隊長の醜態に兵士達はついどっと笑い、またアルキリーレの騎士道精神に口笛を吹き、またその腕に抱かれた隊長を羨ましがった。
「次、歩兵隊どうすっど?」
そして彼を地面に降ろしアルキリーレは下馬したまま今度は歩兵隊に呼びかけた。
ざわざわざわ……!
前より激しい動揺が走る。騎兵隊が散々に打ち破られた後だ。徒歩戦では馬の力が加わる事は無いとはいえ、流石に我こそはと言うには多大な勇気がいる。だが。
「ふう……欲しくは無かか?」
「「「「「欲しいです!!!!!」」」」」
くいと運動の火照りを逃すように鎧の胸元を寛げながら挿そう、アルキリーレの分かりやすい挑発に歩兵隊は全力で引っかかった。
(この方法で操れば火の中でも水の中でも引っ張り回せそうだな)
流石に余りの単純さにちょっと呆れかかるが、だがこれは有用だ、何より面白い、とアルキリーレは楽しみながら応じ。
「うおおーっ!」
「遅か!」
木製の長柄斧槍で打ちかかった篤実そうなナイスミドルの槍歩兵隊長が長柄斧槍を振り下ろす前にアルキリーレの木剣に叩き伏せられた。
儀仗の見栄えは良く派手で如何にも威力もありそうだが、遅く、そして言う程長くも無い。実用性に少々問題があるな、とアルキリーレは認識する。
「み、みどもの勇気を見よ!」
純朴な好青年の剣歩兵隊長が、木剣より盾を前に構えて突進した。鎧の重さを乗せた盾でぶちかましてその隙に木剣で打つ構え。
打音!打音!
「俺の装備こそば良く見ておくべきだったのう!」
「ぐああっ!」
アルキリーレは両手で二丁の武器を操れる。今日は斧は持たず鉈の大きさの木剣を使っていたが、手で握っていた方だけではなくもう一本を腰に下げていた。一本で太鼓でも叩くような音と共に盾を横に払い、もう一本で剣ごと腕を折った。
「ついでじゃ、射撃兵隊長、お前も来い!」
「な、し、しかし弩の威力というものは」
一騎打ちにお呼びはかかるまいと思っていた老紳士の射撃兵隊長は仰天した。弩は木剣のように手加減が効くものではありませんぞと。
「鏃無しの鏑矢を渡して置いたでは無かか。来い!」
「な、ならばっ!」
何かの号令に使うのかと思っていたがそういう意図だったのかと悟り、慌てて射撃兵隊長は弩を構えようとした。
「常在戦場の覚悟が足りなか!」
だがそもそも撃つと思ってすらいなかったのである。弩の装填には時間が掛かる、射撃兵隊長が動こうとした時にはアルキリーレは間合いを詰めており、軽々と弩を射撃兵隊長の手から叩き落とした。そして。
「じゃっでといって、形振り構わぬ汚い真似は恥ぞ!」
ばきっ!
「ぐおおおおお……!?」
黒く波打つ前髪を垂らした射撃兵副隊長が、鏃無しの鏑矢とはいえ一騎打ちに名乗りを上げずこっそり後ろから狙撃しおようとしていたのに、それを察して即座にアルキリーレは木剣を投げつける。斧程の威力ではないが木剣も十分投げられるのだ。
射撃兵副隊長は砕かれた手指を抱えて悶絶した。連戦に盛り上がり興奮していた兵士達からブーイングが飛んだ。そろそろ疲労した医療担当司祭が息をつきながら移動して治療に当たる。
「ふふ、まあ勝たんとすっ意気ば買う。が、無様な真似ばしなくても勝てるようになりたかろ? そうすればこそ持て囃されようぞ。さあ、俺の力ば見たか。俺の力は疑げようがないこっちゃ分かったじゃろ。どうすっど? 諦めるか? まだ戦るかの? そいとも俺ば将と認め命令に服し、俺の訓練教導ば受けっとか? 成長ば見せ良か兵子んなったと認めたら、手を握るなり酒を手づから酌するなり、都度都度褒美をばくれてやろうぞ!」
そしてアルキリーレは射撃兵副隊長の問題行為の空気を入れ変え兵達を煽った。名誉の傷つきを感じていた兵士達がどっと沸き返る。軍掌握の第一歩が踏み出された。
「ふうーっ……」
漸く一騎打ちが終わったようだ、と、安堵するカエストゥス。
「俺があんな奴ばらに掠り傷でも負うと思うたか?」
「そうは思っていないが、強いからって女の心配をしない男にはなりたくないのさ」
寧ろ一暴れ済ませてすっきりしたという風のアルキリーレはそんなカエストゥスの心配を最初は不服げだったが、カエストゥスの返事には目を丸くして、本当に優しか奴じゃ、と嬉しげに笑った。
尚、その後早速訓練が始まり、軟弱な兵士達はヒィヒィ言う羽目になったが……何か後半には美女に責めたてられるのに恍惚となる怪しい精神状態が生まれていたがそれで訓練を乗り越えられるなら良いだろうとアルキリーレは構わず訓練責めにした。
「お前は本当……俺より背も肩幅もあるのにないごてそがん弱かとじゃ……東吼に羽が長くて綺麗なのに飛ぶ事が寧ろ苦手な孔雀という鳥が居るというが、それみたいじゃな。胸板も薄かし。男なら辞典ば括り付けたがごたる胸板ば持たぬか!」
「む、無理……」
そして何故か訓練に参加させられたカエストゥスは疲労困憊し筋肉痛となった。
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2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
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