殺伐蛮姫と戦下手なイケメン達

博元 裕央

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・第四十四話「機動戦と騎兵戦の事(前編)」

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「よかかお前等。今回は会戦ではなか。派手いっちゃびらな鎧下と陣羽織タバード外套マントば捨て、こいば着ろ。鎧も、表面ば砂で擦って輝きを消した物に泥を塗るど。会戦のたまにゃちゃんとしたものば着せっ故今回はそうせい。新しい鎧の心配はせんでよかど。こんレーマリアには物資だけはっ程あるからのう」

 教帝近衛隊ケレレス執政官親衛隊プラエトリアニの騎兵部隊、そして剣闘士グラディアトル部隊から馬に乗れる者達を選り出して、アルキリーレは泥と朽葉を混ぜたような色の布を突きつけそう命じた。

 教帝近衛隊ケレレス執政官親衛隊プラエトリアニは平均的な部隊と比較して騎兵の比率が高く、兵力は合計して一個大隊コホルス六百名程か。数こそ少ないが、これはレーマリアが有する軍の中では最精鋭部隊と言って良いだろう。

「泥を……?」

 その命令に、騎兵達は戸惑った。騎兵は伸るか反るかの突撃に命を賭けレーマリア兵がこれまで命懸けだったかは兎も角、戦局を一変させる戦場の華で、騎兵は女に特にモテるし、華やかに着飾り磨き上げられた鎧を輝かせるものだった。

 教帝近衛隊ケレレス執政官親衛隊プラエトリアニより遙かに戦いの場数を踏んでいる剣闘士グラディアトルやそれを率いるアントニクスですら少々戸惑っていた。剣闘士グラディアトルは見られてこその商売故に。

 だがアルキリーレは本気だ。大体、アルキリー自身隠密用の黒灰色の鎧を纏っていた。色こそ地味だが、アルキリーレの体にぴったりと合い、その引き締まった美しいボディラインを強調するかのような鎧。美しい金細工を施した鎧を造っていたレオルロに、追加注文してもう一領造らせたのだ。


 それ故に、注文した時は……

「えーっ、鎧をもう一領!? それも汚して使うの!?」

 芸術家だけに美しい鎧に拘りのあるレオルロは驚いた。というか、フルオーダーメイドの全身鎧というのは、神秘を使っても造るのに手間がかかるものなのに、という所もあったが。

 チュッ。
「頼むど」
「はいやります!なんだったら三領でも!」
「二領で十分たい」

 だがアルキリーレはレオルロの頬に口付けをして頼んだ。レオルロは発憤した。徹夜はいい加減にしろとアルキリーレが諭す必要がある程発憤して、鎧は完成した。


 ともあれ、場面を出撃時に戻して。

派手いっちゃびらな鎧は、戦場ゆっさばでの活躍むしゃぶりと手柄ば輝かせ、名声ほまれば得る為のものじゃ」

 それは、アルキリーレにも分かる。だが。

「ヒロス・モデルトゥス」
「は、はい!?」

 アルキリーレは人の名を呼んだ。それは教帝近衛隊ケレレスに所属する騎兵の名前だった。急に名を呼ばれた彫りの深い男は目を白黒させる。

「ポルトス・マクシムス」
「お、俺!?」

 続いて、執政官親衛隊プラエトリアニの騎兵である、レーマリア人としては珍しくごつくて大柄な男が名をばれた。

「ゴンサロ・コルサロ」
「お、おう!?」

 続いてレーマリア風でない名前は呼ばれたのは西馳ザイン人の剣闘士グラディアトルだ。西馳ザインでは支配階級以外馬に乗れないので一応上流階級出身だが、剣闘士グラディアトルをやっている経緯を聞けば、上流階級といっても上の下どころか上の下の下、貧乏騎士で、収入は中流並みだが出費は上流並、体面と貧乏と誇りに引き裂かれてこんな所までやってきたと言う。

お主達おはんらの名は皆知っちょっ。お主達おはんらが手柄も活躍も、皆おいが見っど。おいいど。おいが称えさすど。おいがお前達と共に突撃すっでな。派手いっちゃびらな出で立ちをしなくてもしちょらじもおいは見ちょっど。前後左右をしかと掌握出来でけんようでは北摩ホクマけ森での野戦は生き残れんからな。故に華美いっちゃびらな装いは今は不要いらんじゃ。よかな?」
「「「「「「はい!!!!!!」」」」」」

 教帝親衛隊ケレレス執政官親衛隊プラエトリアニからすれば自分達をしごきにしごいた鬼教官、剣闘士グラディアトルからすれば自分達をギタギタにぶちのめした恐るべき戦士。

 それだ、一兵卒に至るまで名を覚えている。これは強烈に騎兵達の心を掴んだ。既によく従うよう訓練されていたが、それ以上に強い戦意が燃え上がる。

「よか! 行くど、敵の騎兵きばむしゃば狩る!」

 そんな騎兵達に、アルキリーレは宣言した。


収穫・・が足りない。足を伸ばす前にもう少し漁るぞ、次の村へ向かう」

 僧侶バラーム将軍シディナン師は、東吼トルク第一軍の騎兵部隊の半数たる軽騎兵アキンジ部隊三千五百を率いて、各地を略奪して回っていた。正確に言えば内五百は小分けにして各地の偵察に出している為この場には三千。仮面の将軍に率いられる角付兜に毛皮外套を羽織った軽騎兵アキンジを率いる様は、さながら災厄の化身のようであった。事実、各地の村々を襲い、兵糧を略奪して回っているのだから、災厄そのものであった。

 僧侶バラームでありながら何て事してやがると言いたくなるが、天教テンゲリの神秘による兵や家畜の統率能力を持つシディナンだからこそ、東吼トルク軍の中でも一際野蛮で放っておけば統率の取れた軍事行動では無く欲望の赴くままに振る舞いかねない軽騎兵アキンジを効率的に動かせるのだ。寧ろそれを専門の仕事としている為に、恨まれる事を前提に復讐を避けるた為に仮面をつけているのだ。シディナンという名も偽名の、汚れ屋仕事である。

「羊共め、大人しく毛を刈られる事も出来んのか」

 軽騎兵アキンジを率いて新しい村を目指して馬を進め、征服する事で天教テンゲリに基づく正しい上下関係をもたらしてやるのだ、と汚れ屋仕事を寧ろ正しく誇りある事と思いながら、シディナンは弱いレーマリア人を羊に例え吐き捨てた。

 シディナンに与えられた任務は二つ。一つは物資の略奪による自活を行う事での兵糧の節約。そして本命のもう一つは、戦略的な奇襲と言うべき機動戦闘である。

 即ち、大きく回り込み、第一軍を迎撃しに出てくるであろうレーマリア軍の後方を遮断し襲いかかる事である。

 東吼トルク軍は、今度こそ完全にレーマリアを征服するつもりでいる。前の戦争で、レーマリア軍が恐ろしく弱体である事は知れ渡っていた。あの時は第一軍だけで西東吼トルクの駐屯軍を撃破し、更にレーマリア第三正規軍団レギオーと幾つかの地方軍団アウクシリアを撃破出来た。

 だがレーマリア軍は簡単に負けるが中々滅ばない。物凄く弱いが兵士は死ぬより先に物凄い勢いで逃げ出す為だ。第三正規軍団レギオーが半減したのは兵士達がもう兵士はこりごりだ! と田舎に逃げた為だ。故に逃げ出させない為に後方を遮断する。

 楽な戦だと認識していたし、シディナンの上役にあたる第一軍を率いる筆頭将軍ガルジュンは、第一軍でレーマリア軍を倒してみせると考えていた。

 何となれば、第二軍、第三軍には別の戦う相手があるからである。それは、各地を守っている地方軍団アウクシリア達だ。

 レーマリアと東吼トルク、彼我の兵力差には、実はトリックが存在する。それはレーマリア側の兵数が〈野戦に投入できる戦力〉である事だ。それ以外に数に入れられていない、各地を守って動かない地方軍団アウクシリアがいる。数はそれなりに。だが、故郷以外の地で戦わせるとすぐ逃げ出す弱兵、戦力として勘定するには微妙な存在として。

 故にアルキリーレの命令で、はなから自分達の街を守る時以外戦意が薄く野戦に連れ出しても戦力的にあてにならない地方軍団アウクシリアには、正規軍団レギオーと合流して野戦をするのではなく、それぞれに防衛戦を行わせていた。

 だが、その防衛戦というものが前回とは違っていた。それぞれの地方領土全てを守ろうとするのではなく、領民を連れ持てる限りの物資を以て、最寄で一番強固な拠点に立て籠もるのだ。長期の籠城に耐える程の兵糧を、国家から分け与えられて。

 北摩ホクマでは戦時平時問わず略奪が盛んな為それへの対策を知っていたアルキリーレの指示だ。とはいえ北摩ホクマではもっと物資が逼迫し住民が不満を貯めるのだが、レーマリアでは民衆が従順に従う範囲で済んでいた。それはカエストゥスの仁政の結果であり、物資的には恐ろしく潤沢なレーマリアならではだ。

 更に、海戦で地方艦隊アエガデスが奮戦したように、東吼トルクに考え無しに降伏する事が如何に拙い事態を招くかをチェレンティが触れ回った結果、籠城はかなり頑固に行われていた。第二軍と第三軍が攻撃しても短時間では陥落しない程には。

 自分達の街を守る為以外の理由で戦う時は腰抜けの地方軍団アウクシリアだが、故郷を守る時くらいは結構頑張れるのだ、降伏する事を考えなければ。鍵をかけ忘れたり夜中に見張りも立てずに寝呆けたりするなも、ちゃんと伝えた。

「だが、野戦軍が崩れれば士気も崩壊し、雪崩を打って屈するだろう」

 故に、どうにも略奪が進まない。持って行けなかった分の物資は回収できたが。しかしそれも、一勝すれば崩せる薄氷の持久に過ぎぬと、シディナンだけでなく東吼トルク軍全体が考えていた。そして、捕捉さえすれば確実に勝てると。

 ……この手の後方に回り込む機動は、東吼トルクが遊牧民だった頃からの得意の手段だ。だがそれは、だだっ広い平原が何処までも続く東吼トルクで育まれた戦術で、東吼トルクやや近い環境であるサバンナや砂漠の多い西南黒ナンゴクや北南黒ナンゴクでこそ最大の効果を発揮する手だ。

 だがレーマリアには丘もあれば森もある。加えて、山と森の深い北摩ホクマ出身のアルキリーレの騎兵戦は、東吼トルクの戦略機動とは全く違う答えを出した。即ち、戦術奇襲。戦術で戦略を凌駕するという常識の転倒。

「むっ……!?」
穿ち抜けチェストェォオオオオオオァッ!!」

 即ち直後、仮面の奥でシディナンが目を細めるのと同時。軽騎兵アキンジ隊が近づいた村に近い丘の横にある森から、爆発するが如き勢いと、凄まじいアルキリーレの叫びと共に彼女が率いるレーマリア騎兵隊が襲いかかった!

「敵襲!(だが何故ここまで的確な!?)」

 奇襲だ。シディナンは理解する。だがどうやってだ。こちらの偵察はレーマリア軍主力の位置を把握している。どうやってそれを掻い潜った? そしてどうやって此方の位置を正確に捕捉した? 疑問を感じながらも即座にシディナンは配下に叫んだ。

 ここに第二次レーマリア・東吼トルク戦争の最初の騎兵戦が始まった。
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