殺伐蛮姫と戦下手なイケメン達

博元 裕央

文字の大きさ
47 / 63

・第四十七話「会戦の事(中編)」

しおりを挟む
 同時刻。東吼トルク帝国陸軍第一軍。

「何ぃ!? シディナンめが討たれたぁ!?」

 僧侶バラーム将軍シディナン師率いる軽騎兵アキンジ隊敗北すの報に、第一軍司令官筆頭将軍ガルジュンはその猩々めいた顔いっぱいに驚愕の表情を浮かべた。小さな目が見開かれ、鼻孔が開き、野太い声が響く。

「ええいシディナンめ! レーマリアの如きザコ共に討たれるとは何と不甲斐ない奴だ、略奪に乗じて私腹を肥やす事にでもかまけておったのか!? この俺様の、第一軍の戦力を無駄に失わせおって! 敗走した軽騎兵アキンジ共はどれくらい戻ったぁっ!」

 シディナンが率いていた軽騎兵アキンジ重騎兵スィパーヒーと並ぶ騎兵の半数を占める戦力だ。

 東吼トルク軍団は三千五百の軽騎兵アキンジ、三千五百の重騎兵スィパーヒーからなる騎兵部隊七千、奴隷や捕虜・支配地からの徴兵者等からなる戦奴歩兵バジバズーク三千五百と東吼トルク国民からなる正規歩兵ディジェード三千五百の歩兵七千、同じく東吼トルク国民からなる正規射兵ニザーム三千五百と、戦奴歩兵バジバズークの管理並びに軍の司法、将軍のお目付役を兼ねる皇帝スルタン直属雇用で各軍団に派遣される督戦射兵ジャンダルマ三千五百の合計射撃兵七千で合わせて二万一千となる。

「偵察隊と合わせて千四百程……」
「むう……」

 伝令兵の報告を聞き、長く太く毛深い腕を組みガルジュンは素早く計算した。第一軍総数はこれで十八万九千。敵軍は二万五千と少し。軽騎兵アキンジは残り三分の一程。再編成をしても当てにはならぬが、東吼トルク軍法を以てすれば使えぬ事も無し。

 やや不利だ。だがそれは質が同等の軍勢ならばだ。前の戦いのレーマリア軍は弱兵の中の弱兵だった。同数よりやや不利であるが、前回の経験からすれば策を弄さず正面からぶち当たったとて勝てる戦力差でしかない……いや。

(ならばシディナンめの敗北は何故だ)

 当たり散らしたとはいえシディナンが本当に私腹を肥やすのにうつつを抜かしていたとしても劣弱レーマリア騎兵に不意を突かれた程度で討たれたというのにも無理はある。本来それほど迄に奴等レーマリアは弱い。であるならば、敵は以前より強いという事だ。

 諜報による情報の、執政官コンスルが私的に雇い入れたクリエンテスとした、内紛で頭角を現したとかいう新しい将軍とやらの力か。だがその将軍の情報は多く無い、過去来歴等が分かって居ないのだ。女だという事と、闘技場コロセウム事件で活躍したという事程度だ。

(宗教大臣の諜報部は何をしていたのか)

 チェレンティがある程度情報流出を防いだ結果だが、それは筆頭将軍ガルジュンとはいえ知る由も無い。

 現在第二軍はレーマリアでも珍しい橙大理石の建物が有名な水深き漁海都アクアリアを、第三軍は中部の農商業の要たる大都市フロランシアを、皇帝スルタン陛下の本軍は南部の貿易港都市ネアンパニウムを攻略せんとしている。本来の作戦計画ではここで第一軍がレーマリア野戦軍を撃破、首都ルームの危機に属州喪失も構わずと呼び寄せられるだろう第四・第五国家軍団レギオーを第二・第三・本軍で撃破した後首都ルームを制圧する計画だった。

(どうする)

 会戦を避け増援を乞えば己が弱腰と誹られ地位を失うだけでなくもし実際に交戦して弱敵だった場合無能とされ処刑もあり得よう。加えて当初のアクアリア・フロランシア・ネアンパニウム占領による補給の確保や第四・第五国家軍団レギオーとの交戦と言った作戦計画も大幅に乱れる事になる。

「敵本隊に関する情報は纏まったか」
「はっ、これに」

 敵背後を突くべく戦略機動をさせていた軽騎兵アキンジ隊は大打撃を受けたが、偵察に出していた舞台は、恐らくシディナンが交戦した敵騎兵隊と遭遇し壊滅した隊を除けば無事だ。その舞台から得た敵軍の情報、諸ベイ将軍達が整理した最終的な分析結果に目を通す。

「……ふむ」

 敵陣レーマリアの布陣、そして敵将アルキリーレに関する分かっている情報。敵軍レーマリアは強くなって等いない、少なくとも全軍は。最精鋭と呼べるのはごく少数、此方に対抗出来る部隊は幾つかある程度。残りは元の弱兵のまま。新しい将軍ドゥクスが就任してからの練兵に使える時間の限界、敵陣の旗印から想定される編成がそれを明らかに示している。

「初手の騎兵戦に最精鋭をぶつけてきたのは、此方の戦力を少しでも削ぐ為と兵の質を偽る為よ。少数の精鋭を的確に拘束し、多勢の弱兵を殺す。対処さえすれば問題は無い!」

 最終的にガルジュンに決断させたのは敵陣に関する偵察部隊からの情報だった。

 基本この時代の会戦の陣形は歩兵で守った射撃兵部隊で中央に横隊方陣を敷き、その左右に騎兵隊が位置する。それは東吼トルクも変わらぬが、その布陣においてレーマリアは精鋭部隊に合戦用の鎧を着せると、騎兵戦に参加しなかった精鋭歩兵を通常歩兵の前面と左右端に、精鋭騎兵を左右の通常騎兵の後ろに配置させたという。

 つまりこれこそ、大半の兵は雑魚であり、故に雑魚歩兵の前に精鋭歩兵を置いて雑魚歩兵をカバーし、此方の騎兵がレーマリア騎兵を防ごうと言う時に一般騎兵を切り離して精鋭騎兵を離脱させ迂回側面攻撃する作戦の現れに他ならぬ。

 大半の兵は弱兵だからそれしか討てる手はあるまい。最初に精鋭をぶつけ、全体が精鋭であるというハッタリに乗り軍の動きを鈍くしてしまえば奇跡の逆転はあったかもしれんが、敵戦力が事実上歩兵は先頭部隊だけで騎兵の前列は雑兵だと分かってしまえば、歩兵を速攻で貫き、射撃で雑兵騎兵を蹴散らせば精鋭騎兵を此方の騎兵で阻止出来る。あとは、中央突破でけりがつく。

「やるぞ者共!」

 かくして、会戦が行われる事が確定した。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

転生したら乙女ゲームの主人公の友達になったんですが、なぜか私がモテてるんですが?

山下小枝子
恋愛
田舎に住むごく普通のアラサー社畜の私は車で帰宅中に、 飛び出してきた猫かたぬきを避けようとしてトラックにぶつかりお陀仏したらしく、 気付くと、最近ハマっていた乙女ゲームの世界の『主人公の友達』に転生していたんだけど、 まぁ、友達でも二次元女子高生になれたし、 推しキャラやイケメンキャラやイケオジも見れるし!楽しく過ごそう!と、 思ってたらなぜか主人公を押し退け、 攻略対象キャラからモテまくる事態に・・・・ ちょ、え、これどうしたらいいの!!!嬉しいけど!!!

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

悪役令嬢はモブ化した

F.conoe
ファンタジー
乙女ゲーム? なにそれ食べ物? な悪役令嬢、普通にシナリオ負けして退場しました。 しかし貴族令嬢としてダメの烙印をおされた卒業パーティーで、彼女は本当の自分を取り戻す! 領地改革にいそしむ充実した日々のその裏で、乙女ゲームは着々と進行していくのである。 「……なんなのこれは。意味がわからないわ」 乙女ゲームのシナリオはこわい。 *注*誰にも前世の記憶はありません。 ざまぁが地味だと思っていましたが、オーバーキルだという意見もあるので、優しい結末を期待してる人は読まない方が良さげ。 性格悪いけど自覚がなくて自分を優しいと思っている乙女ゲームヒロインの心理描写と因果応報がメインテーマ(番外編で登場)なので、叩かれようがざまぁ改変して救う気はない。 作者の趣味100%でダンジョンが出ました。

悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない

陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」 デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。 そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。 いつの間にかパトロンが大量発生していた。 ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?

異世界猫カフェでまったりスローライフ 〜根暗令嬢に憑依した動物看護師、癒しの猫パラダイスを築く〜

きよぴの
ファンタジー
​「もし、動物の言葉がわかれば、もっと彼らを救えるのに――」 ​動物病院で働く動物看護師、天野梓は、野良猫を庇って命を落とす。次に目覚めると、そこは生前読んでいた恋愛小説の世界。しかも、憑依したのは、主人公の引き立て役である「根暗で人嫌いの令嬢」アイリスだった。 ​他人の心の声が聞こえる能力を持ち、そのせいで人間不信に陥っていたアイリス。しかし、梓はその能力が、実は動物の心の声も聞ける力だと気づく。「これこそ、私が求めていた力だ!」 ​虐げる家族と婚約者に見切りをつけ、持ち前の能力と動物たちの力を借りて資金を貯めた梓は、ついに自由を手に入れる。新たな土地で、たくさんの猫たちに囲まれた癒しの空間、「猫カフェ『まどろみの木陰』」をオープンさせるのだった。

転生したら悪役令嬢になりかけてました!〜まだ5歳だからやり直せる!〜

具なっしー
恋愛
5歳のベアトリーチェは、苦いピーマンを食べて気絶した拍子に、 前世の記憶を取り戻す。 前世は日本の女子学生。 家でも学校でも「空気を読む」ことばかりで、誰にも本音を言えず、 息苦しい毎日を過ごしていた。 ただ、本を読んでいるときだけは心が自由になれた――。 転生したこの世界は、女性が希少で、男性しか魔法を使えない世界。 女性は「守られるだけの存在」とされ、社会の中で特別に甘やかされている。 だがそのせいで、女性たちはみな我儘で傲慢になり、 横暴さを誇るのが「普通」だった。 けれどベアトリーチェは違う。 前世で身につけた「空気を読む力」と、 本を愛する静かな心を持っていた。 そんな彼女には二人の婚約者がいる。 ――父違いの、血を分けた兄たち。 彼らは溺愛どころではなく、 「彼女のためなら国を滅ぼしても構わない」とまで思っている危険な兄たちだった。 ベアトリーチェは戸惑いながらも、 この異世界で「ただ愛されるだけの人生」を歩んでいくことになる。 ※表紙はAI画像です

悪役令嬢の慟哭

浜柔
ファンタジー
 前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。  だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。 ※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。 ※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。 「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。 「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。

処理中です...