殺伐蛮姫と戦下手なイケメン達

博元 裕央

文字の大きさ
49 / 63

・第四十九話「会戦後の事」

しおりを挟む
 レーマリア軍は初の大勝利に、平和を好み争いを好まぬ国民性とはいえそこそこ沸き返っていた。大勝利なのにそこそこなあたりどれだけ平和的なのかというところだが、実際完全に包囲し将を討ち取ったにも関わらず、第一軍は潰走したが殲滅されきってはいなかった。

 これはアルキリーレが兵の練度と追い詰められた敵が死に物狂いで抵抗した場合の損耗を思えば殲滅は不可能であると考えた事もあるが、ある程度鍛え上げられたとはいえ敵を討ち取ることより自分達が生き残ることを優先し死を敵味方問わず忌むレーマリア人気質のせいもあった。民族冗談エスニックジョークとして〈好戦的なレーマリア人は国土拡大期に皆戦って死んだので今は平和的なレーマリア人しかいない〉と言われる事もあるが……

 ともあれそれ故包囲の隙間を抜けて落ち延びる東吼トルク軍もいたが、アルキリーレも兵が包囲殲滅に及び腰である事と損害を軽微に留める事を重んじた上で同時に無論敵兵をできる限り漸減しその戦意を砕いて他の東吼トルク軍に再合流する数を最低限に留めるべく、投矢機バリスタや弓や弩で〈追い払う為〉と称して射撃させ、また自身直属の騎兵を噴き居て追い立て追い散らしてやった。故に少なくとも戦力としての第一軍は壊滅したとも言えた。また、完全包囲殲滅を狙ってしつこく戦い続け無かった為にレーマリア軍の損害はある程度軽微に留められた。今、手元の戦力は負傷による後送も計算に入れて二万三千五百程か。

勝利万歳サルヴェ・ヴィットリア! 将軍万歳サルヴェ・ドゥクス!」
「ありがとー!」
「生き残れたー!」
「助かったー!」
勝利万歳サルヴェ・ヴィットリア! 将軍万歳サルヴェ・ドゥクス!」

 敵を倒せた国を守れたというより生き残れたという感慨の方が強いし、少ないとは言え亡くなった者を痛む気持ちもレーマリア人は非常に強い。それでも大勝利だからこそ犠牲者が少なく、また生き残れた者が多かったのだという事から、勝利に、そして勝利をもたらした将軍ドゥクスたるアルキリーレに兵達は歓呼の声を挙げた。

執政官万歳サルヴエ・コンスル! 教帝陛下万歳!」

 アルキリーレがそう叫び答える。レーマリア人の平和気質からしてまあまずあるまいが、将軍ドゥクスたる己の声望が執政官コンスルや競帝の権威を越えてしまっても問題があるだろ、という表情でアルキリーレは傍らのチェレンティを見た。アントニクスは何も考えずに万歳三唱していたが、チェレンティはちょっと悪戯がばれた子供のように苦笑した。ここでアルキリーレを押し立てれば天下が取れるんじゃないか?とつい思いついてしまったことを、やるつもりはないと詫びるように。アルキリーレも苦笑した。

単神万歳アヴェ・モナド! 摂理と愛に栄えあれ! 諸君等の献身に実りはある! 神それを望み給うモナド・ウルト!」

 ペルロ十八世も勝利を神に感謝する祈りを高らかと唱え、レーマリア中原は各機に包まれた、が。

「さて、お主等おはんら! 次ん戦場ゆっさば急ぐせっど!」
「「「「「ええーっ!?」」」」」

 直後アルキリーレが次の戦いに向けての行動開始を宣言し、兵士達は驚愕した。

 既にすっかり、いやぁ勝った勝ったと言いながら、兵糧で美味しい料理を作り勝利の美酒を味わい一晩心ゆくまで祝宴を楽しむつもりだったのである。

(いやお前等ええーってなあ!?)

 アルキリーレとしては寧ろ兵士達が驚愕した事に驚愕したかったのだが、正直流石のアルキリーレとしても、戦場で何とかきちんと戦う程度の勇敢さと武芸を仕込む事までは行ったが、連戦の根気や国家観・戦略を教え込む事までは時間が足りなかった。それは仕方ないし、きちんと休ませてやらねば戦えないというのも分かるのだが。

 何しろ的はまだ第二軍も第三軍も本軍も健在であり、七万人もいるのだ。

「こうしちょっにも三つん街が攻められちょっど、放っちょけっか! 我々わいどん直ちにたっちに農商都市フロレンシアん救援に向かうど!」

 加えてこの戦況は初戦を飾ったとはいえ大局的には第一軍敗れるの報が第二軍・第三軍・本軍に伝わるまでの時間との尚武であり、また敵が各都市を陥落させた場合の影響も計り知れない。第二軍・第三軍・本軍に包囲や合流をされたら拙い。

 故に敵第二軍・第三軍がそれぞれの都市にへばりついている間に背後を襲って、敵の後背を突き都市を防衛する地方軍団アウクリシアとで挟み撃ちにする事で味方の犠牲を最低限にして撃破しなければならないのだ。

「皆、聞いてくれ!」

 悩むアルキリーレを助けるべく、そこでカエストゥスが立ち上がった。

「既に首都ルームに早馬を送った。大勝に報いて、直ちに恩賞と祝勝の糧食を満載し諸君等を輸送する為の馬車隊が訪れる! 今宵の勝利の宴は馬車の中でしようではないか! 但し次の戦に二日酔いを残さぬように!」

 絶妙のタイミングで声を張る。そしてそれ以上に絶妙のタイミングで、既に手を打っていたのだ。およそ人を喜ばせる事に関してはレーマリア随一と呼ばれる男の面目躍如として、兵士全員に移動手段と高級な酒食に特別恩賞ボーナスまで払おうというのだ。

「「「「「おおーっ! 執政官コンスル! 執政官コンスル! 執政官万歳サルヴェ・コンスル!」」」」」

 勝った時より更に沸き立つ兵士達。何とも平和的というか文化的というか現金というか俗っぽいというか。

 これを見て、アルキリーレもまた方向性を変えてアピールを行う。

「それなら良かな! 農商都市フロレンシアの女子めどもの半分は街ば守った地方軍団アウクシリアに惚れようが、残り半分は街ば救ったお前等わいどんに惚れようぞ! 行くど!」
「「「「「おおーっ!」」」」」

 俗な話であるが、女の為なら頑張るというのは練兵の頃学んだ事である。これでレーマリア軍は再び動き出した。


「助かったど。やはりレーマリアば率いるはレーマリアん執政官コンスルよな」
執政官コンスルとしての仕事をしただけさ」

 移動準備、馬車の迎え入れ準備と、戦闘後の疲労を堪え働き始めたレーマリア軍を見ながらアルキリーレは苦笑し、カエストゥスは役割分担だと答えた。

「こげんな手はほんまに得意じゃの……じゃが大丈夫だいじょっじゃっど?」

 首都ルームの方向から集まってくる大量の馬車には文明人たるレーマリアの兵達の戦勝を寿ぎ慰撫する様々なものが、矢や太矢クォレルやの補給やレオルロが職人に設計通りの加工を依頼していた発明品の一部や医薬品に換えの武器等の軍需物資に加えそれらを押しのけかねない程パンパンに乗せられている。幾らレーマリアが富裕とはいえここまで大量の物資を動員して大丈夫か、故郷北摩ホクマの貧しさと比して圧倒的とはいえ流石に心配になってくるアルキリーレだが。

「我が家の私財も丸々投じて考えているが、今後のカウント来年度の予算は、国が滅ばなかった時考えればいいさ。今アルキリーレがする苦労の百分の一にも及ばない」

 実際それなりに無茶はしているようだった。

「…………」

 だが、それ以上にカエストゥスを苦しめているのは、兵士の死傷者の様子であった。血の跡の残る戦場に、悲しげな視線を注ぐ。

 アルキリーレのような戦人いくさびとからすれば、レーマリアの軍であの程度の犠牲で済んだのは快哉すべき壮挙である。だが平和になれたレーマリア人からすれば、この犠牲も耐えられるギリギリの悲しみなのだ。体は鍛えられる。勇気も、何とか鍛えられる。だが覚悟は一朝一夕には行かない。

「……」

 育ちの違い、感性の違い。アルキリーレは己の愛、愛する人々の為に戦う事が、必ずしも彼等の全てを救うわけでも無く、レーマリア人の深い愛が、時として己に価値観の断絶を与える事を噛み締めた。

 だが戦いは始まってしまったし、そして今後も続く。戦いを始めなければ、東吼トルクは塗炭の苦しみの隷属を強いるまで侵略の手を緩めなかっただろう。戦いに負けてもそうなる。

 故に戦いは続く。続けざるを得ない。アルキリーレに、愛に出来る事は何か。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

転生したら乙女ゲームの主人公の友達になったんですが、なぜか私がモテてるんですが?

山下小枝子
恋愛
田舎に住むごく普通のアラサー社畜の私は車で帰宅中に、 飛び出してきた猫かたぬきを避けようとしてトラックにぶつかりお陀仏したらしく、 気付くと、最近ハマっていた乙女ゲームの世界の『主人公の友達』に転生していたんだけど、 まぁ、友達でも二次元女子高生になれたし、 推しキャラやイケメンキャラやイケオジも見れるし!楽しく過ごそう!と、 思ってたらなぜか主人公を押し退け、 攻略対象キャラからモテまくる事態に・・・・ ちょ、え、これどうしたらいいの!!!嬉しいけど!!!

悪役令嬢はモブ化した

F.conoe
ファンタジー
乙女ゲーム? なにそれ食べ物? な悪役令嬢、普通にシナリオ負けして退場しました。 しかし貴族令嬢としてダメの烙印をおされた卒業パーティーで、彼女は本当の自分を取り戻す! 領地改革にいそしむ充実した日々のその裏で、乙女ゲームは着々と進行していくのである。 「……なんなのこれは。意味がわからないわ」 乙女ゲームのシナリオはこわい。 *注*誰にも前世の記憶はありません。 ざまぁが地味だと思っていましたが、オーバーキルだという意見もあるので、優しい結末を期待してる人は読まない方が良さげ。 性格悪いけど自覚がなくて自分を優しいと思っている乙女ゲームヒロインの心理描写と因果応報がメインテーマ(番外編で登場)なので、叩かれようがざまぁ改変して救う気はない。 作者の趣味100%でダンジョンが出ました。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない

陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」 デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。 そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。 いつの間にかパトロンが大量発生していた。 ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?

異世界猫カフェでまったりスローライフ 〜根暗令嬢に憑依した動物看護師、癒しの猫パラダイスを築く〜

きよぴの
ファンタジー
​「もし、動物の言葉がわかれば、もっと彼らを救えるのに――」 ​動物病院で働く動物看護師、天野梓は、野良猫を庇って命を落とす。次に目覚めると、そこは生前読んでいた恋愛小説の世界。しかも、憑依したのは、主人公の引き立て役である「根暗で人嫌いの令嬢」アイリスだった。 ​他人の心の声が聞こえる能力を持ち、そのせいで人間不信に陥っていたアイリス。しかし、梓はその能力が、実は動物の心の声も聞ける力だと気づく。「これこそ、私が求めていた力だ!」 ​虐げる家族と婚約者に見切りをつけ、持ち前の能力と動物たちの力を借りて資金を貯めた梓は、ついに自由を手に入れる。新たな土地で、たくさんの猫たちに囲まれた癒しの空間、「猫カフェ『まどろみの木陰』」をオープンさせるのだった。

転生したら悪役令嬢になりかけてました!〜まだ5歳だからやり直せる!〜

具なっしー
恋愛
5歳のベアトリーチェは、苦いピーマンを食べて気絶した拍子に、 前世の記憶を取り戻す。 前世は日本の女子学生。 家でも学校でも「空気を読む」ことばかりで、誰にも本音を言えず、 息苦しい毎日を過ごしていた。 ただ、本を読んでいるときだけは心が自由になれた――。 転生したこの世界は、女性が希少で、男性しか魔法を使えない世界。 女性は「守られるだけの存在」とされ、社会の中で特別に甘やかされている。 だがそのせいで、女性たちはみな我儘で傲慢になり、 横暴さを誇るのが「普通」だった。 けれどベアトリーチェは違う。 前世で身につけた「空気を読む力」と、 本を愛する静かな心を持っていた。 そんな彼女には二人の婚約者がいる。 ――父違いの、血を分けた兄たち。 彼らは溺愛どころではなく、 「彼女のためなら国を滅ぼしても構わない」とまで思っている危険な兄たちだった。 ベアトリーチェは戸惑いながらも、 この異世界で「ただ愛されるだけの人生」を歩んでいくことになる。 ※表紙はAI画像です

悪役令嬢の慟哭

浜柔
ファンタジー
 前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。  だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。 ※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。 ※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。 「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。 「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。

処理中です...