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・第五十三話「都市防衛戦の事(後編)」
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「……敵が崩れない……?」
漸く攻城兵器が相手の方を向いた。だがそこでマイスィルとアドミリハは違和感を感じた。あの弱いレーマリア軍が、敵将が戦闘に立って突撃している訳でも無いのに崩れていないのだ。あのレーマリア軍である。被害が出ていれば崩れぬ筈が無い。つまり、弓による攻撃が意外な程効いていない?
「これは!?」
「あー、はっはっは……馬車ん城に篭るくらいならお主等にも何とか出来るじゃろち思うちょったが……」
何故か引き攣った半笑いで、アルキリーレは本来の策について口にした。そう。弓が意外と効いていない事も事実であり、その本来の理由は馬車であった。アルキリーレはこれがなければそれはそれで別の手を使っていたが、カエストゥスが大量に持ち込んだ馬車を戦術に組み込んでいたのだ。
そこら中に乗り付けた馬車を、即席の盾、いや野戦築城にしたのだ。馬を外し横倒しにして完全に壁にしたものもあれば、馬は外したが荷車部分はそのままに垣盾を詰みっぱなしにして垣盾ごと押して動かせるようしたもの。
そして投矢機等を詰んだ馬を外した荷車を、垣盾を詰んだ荷車と一緒に押して動かして射撃位置に配置する。こうすれば、押す兵は敵の射撃から守られ続けるから、レーマリア兵でも何とか行動出来る……というものだったのだが。
正直、それでもアルキリーレは正面切っての戦いとなる為ある程度の味方が崩れる事は覚悟していた。兵の死は考えられる限り極限する手は打ったが、死ななくても逃げ散ってしまう者は結構居るのではないのかと。
そう。本来。だが、そうならなかった。……その本来の想定を良い意味で裏切った想定外が出現していた。それが女性中隊の存在だった。
アルキリーレも、レーマリア人が女好きである事、郷土のような感情的に守るべきだと思っている対象を守る時や顔なじみと共に戦う時はまともな戦意を持つと言う事は理解していた。だが。
「こげん事で精鋭部隊にあっちゅうまに生まれ変われるんじゃったら最初っからそう言わんかあああ!? と、ともあれよか!よかがまだ守れ!押し返すに留めぃ!」
「「「「「うおおおおお女達を守れぇええええええええい!!!!!」」」」」
「「「「「「な、何だ何だ!?」」」」」
アルキリーレがとうとう精神的衝撃の臨界点を越えて血反吐を吐かんばかりに絶叫する。女性中隊を部隊の後方に置いて戦闘を開始した途端、女達を守ろうと女達に良いところを見せようと、全レーマリア兵が北摩の蛮兵に勝るとも劣らぬ勇猛果敢さを手に入れたのだ。テンション上がりすぎて寧ろアルキリーレが落ち着いて守りを固めろと命令しなければならない有様だが、士気に於いては東吼軍が動揺する程で、平均練度の差を押し返して全軍が互角以上の勝負を突然するようになったのだ。
嬉しい事だけどそれはそれとして今までのその戦意の無さを補う為の練兵や策や努力は何だったんだとアルキリーレが金髪を掻き毟って叫びたくなるのもまあ分からんでもない筈だ。女性中隊の存在だけではなく、余所の街とはいえ女性の住民を助けに行くのだという事をアルキリーレがきちんと事前に言っていた事もレーマリア軍のテンションを爆発させる一助になったかもしれないが。
つまりこの時点で両軍は野戦築城対野戦築城の対決となった。そして元々この場では互角だった数だけでなく戦意によって質も互角となった。ならば、そこで勝敗を決するのは何か?
「押し出せぇい!」
「うおおおおっ!」
「は、はっはっは! 東吼者共! そん布陣では、今のレーマリアの衆に対してはチェストが足りもはんなチェストが足りもはんな……!」
それは言わば布陣に於ける思想の違いだ。東吼側の布陣は攻城戦の陣形を単にひっくり返したもので布陣は横に広く、回転式大型投石機も攻城塔も簡易小型投石機も広い陣地に点在している。
それに対してレーマリア軍は、有る限りの兵器を一点に集中していた。それも曲射が出来るものを後ろに、直射の方が強いものを前に置いて、着弾値点が敵陣をぶち抜く一列の線を為していくように。
そしてアルキリーレがやけっぱち気味に笑うように、今のレーマリア軍はその攻撃的な布陣を生かすに足る戦意を有していた。
「兵子共、かく撃て!」
垣盾荷車が周囲にあるとはいえ、その射撃兵器群の戦闘にアルキリーレは立っていた。レオルロが発明した新しい種類の射撃武器を使う為だ。操作できるものがまだ小数なのだが、流石にレオルロを最前線に立たせる訳には行かないと。
それは、通常の弩と同じサイズで持ち運んでは故障しやすいからと改良をアルキリーレが依頼した連弩の、短時間しか使用しないと割り切った騎兵用騎兵連弩と真逆の発想に行った兵器。
三脚で支えられた連弩を投矢機と同じ程まで重く頑丈に大きく造る事で、投矢機に威力は劣るし直射しか出来ないものの、弩や複合弓に勝る威力と射程の太矢をあるだけ延々連射が可能な、重連弩機。
連続装填射撃機構が照準と引金は両手を使うからと足漕ぎ式にした為、下手すると太矢が切れる前に射手の体力が切れかねないという問題点はあるが、そこはアルキリーレの身体能力で補えるし、照準を旋回させながら引金を引き続ける事で薙ぎ払う事すら可能な天才レオルロ脅威の新兵器だ。
「微塵と散れぃ!」
シュバババババババババババババババ!!
それを全軍の先頭に立ちアルキリーレが発射する。これまで戦場に響いた事の無い長い連続発射音と共に太矢が一直線の嵐となり敵兵をなぎ倒す。
周囲の垣盾荷車や重連弩機を乗せた荷車にバシバシと敵の矢が刺さり、己の鎧にもガチガチと鏃が当たる。レオルロが丹精込めた鎧の防御力が示されるとはいえ今レーマリア軍の中で最も命を危険に晒しながらアルキリーレは射撃を行った。普段と違い足を装填に使っているから避けられず、腕を照準に使っているから切り払えないのだ。鎧がアルキリーレの獅子の神秘で増幅された超人的身体能力を前提に並の倍の厚みにされていなければ命を失っていたやもしれぬ。
だが、アルキリーレの超人ぶりに合わせて作られた鎧は耐え抜いた。そして、耐えられるかギリギリの危険に見合う成果はあった。
「「「「「「うおおおおおお!!」」」」」」
レーマリアの兵達も、上がった士気のままに敵の矢を恐れず射撃を集中した。
結果アルキリーレが狙う一直線上の兵は、重連弩機の直射で水平に連続して飛んでくる太矢、ギリギリ曲射が出来ない事も無い仰角を付けた投矢器が放つ斜め上から突き刺さる槍矢、投石機が放り投げ上から落ちてくる石、五月雨式に振る一般射撃兵の矢と太矢に陣地を切り裂かれていく。全体にバラバラと散る回転式大型投石機と違い、それは一点に未知の集中射撃もあり大きな混乱をもたらした。そして、その場にいる兵士がある者は討ち死にしあるものは逃げ惑うとなれば、その一点の混乱が周囲に波及する。死の一直線から逃れようと左右に兵が逃げれば、当然隣の兵も体勢が乱れ、そうなればそのまた隣の兵はすわ敗走かと思う。混乱が連鎖する。
「な、何!?まさか、狙いは……!」
そしてアドミリハは仰天した。曲射された投矢器の槍矢と投石機の石が、己の陣幕の近くに落ちてその陣幕を揺らしたのだ。
死の一直線は、己を狙っている。釣り野伏も穿ち抜けも通じない野戦築城に、無理矢理穿ち抜けが通用する一直線の道を造ろうとしているのだ!
アルキリーレが肉に噛み付く獣の笑みを浮かべた。
「勝機! 荷車押しの兵子共、こんまま押せぇ!これぞ新式北摩軍法、車撃ちぞ!」
それぞれの射撃兵器や弓や弩には有効射程がある。このままでは相手陣地の最奥までは届かない。……投矢器や投石機は元々移動させる事は出来るが、移動したまま射撃する事は出来ない。付属の車輪を使って移動させて、射撃値点に落ち着けて固定し、装填し、それで漸く撃てる。
だが荷車の上に乗せて置けば、移動すると同時に固定された状態でもある。同じ荷車の上に装填と発射を行う兵を乗せれば、馬に荷車を引かせると速度が出ない上に荷車の前に出る事になるから忽ち飛び交う弓矢でやられてしまう為兵士が荷車をその荷車を盾にする格好で押さねばならないが、それさえ出来れば移動しながら装填と発射をこなせる。この移動射撃法をアルキリーレは車撃ちと名付けた。
無論これは回りを垣盾荷車で守ってやらねば兵士は幾ら命があっても足らず、相手が野戦築城に篭っている状態でも無ければ荷車を押す兵があっという間に敵兵に包囲されてしまうので使える状況は限りなく限られる。加えてそれでも尚兵士に相当の度胸を要する。本来勇猛と言えないレーマリア兵が辛うじてこれを行えているのは、アルキリーレが先頭で一番危険な直射を担当している為でもあるが、女性を守る為という事でレーマリア兵のテンションが爆裂している為も大いにあったが……
「騎兵衆、馬ば持てぃ!突っ込むど! 他の兵子共!俺等が決めるまで耐えよ!」
更に言えば、何も敵の本陣までこの山車行列で突っ込む訳ではない、敵本陣の手前まで完全に射程に捕らえればいいのだ。せいぜい、あと数十歩尺、そこまで移動すれば、後はこの射撃によって相手の陣地に空いた風穴に騎兵で突っ込んでけりを付けられる。やっている事は歩兵で守り射撃兵で崩し騎兵で止めを刺すこの時代の戦術の派生形だ。だからこそ、確実に効く。
「いかん、止めろ、止めろ! 歩兵隊踏み留まれ! 射撃隊、あの荷車を撃て! 騎兵隊、奴等を蹂躙しろ!」
新戦術とはいえあくまで応用でだと理解したアドミリハは矢継ぎ早に指示を下す。垣盾荷車の一つが回転式大型投石機の石弾をモロに受けて砕け散った。飛び散る木片に周囲のレーマリア兵が倒れる。だがそこまでだ。相手を一方的に射竦める勝ったも同然の攻城戦に慣れた兵達は浮き足立っている。回転式大型投石機は配置の幅が広すぎて効果的な密度で射撃が出来ない。そして騎兵は。
「退け!者共退け!歩兵隊も続ける者は俺に続け!」
「おのれ屑王子があああああああ!!」
よりによって、既に勝敗は決したと判断して一足早く、自分を置いて野戦築城の中に篭ったアドミリハを見捨てマイスィルは逃げに入っていた。
「アルキリーレ!馬だっ!」
今や出会った頃と違い騎兵戦最精鋭となった執政官親衛隊騎兵隊長が、己の馬を駆りながら片手で手綱を取ってアルキリーレの馬を引いて併走させながら重連弩機の隣へやってきた。
「応! 蹂躙しろ、チェストォオオッ!」
これ以上重連弩機を射撃すると突撃する味方の騎兵を巻き込んで撃ってしまう。アルキリーレは即座に重連弩機を、もうこれ以上は撃ってられぬという風に手放して馬に乗り移ると、車撃ちで切り開いた血の道に穿ち抜きを仕掛けた。
レーマリア兵は、黄金の怒れる女神が戦場を駆け抜けていく背中を見て、耐え抜きまた自分達も突き進んだ。そこには勇者達の伝説があった。
東吼兵は、チェストの叫びが自分達兵が存在せぬが如く空いた道を駆け抜け、進路上の全ての敵にぶち当たった刹那首を天高く飛ばす恐怖の伝説を見た。
「あ、お、あ……こんな、こんな馬鹿な!? ゆくゆくは東吼宰相たる筈のこの私が、こんな所で……!?」
そして圧倒されたマイスィルは、ある意味アドミリハの判断が正しかった事をすら理解する羽目になった。
ズ、ドン!
轟音が響く。フロレンシアの城壁が一部崩れていた。何故?そこからフロレンシア防衛部隊が湧き出してくる。そいつらが東吼軍の後背を突く。
……東吼軍の兵器が城門を狙っているから、これまでの攻防でボロボロになっていた城壁の一番ボロボロになった部分を内側から壊して狙われていないそこから出てきたのだ。これで東吼軍はレーマリア軍に後方を塞がれ、防ごうとした穿ち抜けと釣り野伏による包囲を両方受けたような状態になってしまい。
「チェーーストーーーーッ!!!」
「無茶苦茶だ……!?」
三度戦場に敵将の首級を挙げるアルキリーレの叫びが轟き、その叫びを逃げる背中に受けてマイスィルは震え上がった。
普通こんなにも将が戦死する事等あり得ぬ事なのだ。北摩以外で過去の戦争で将がこうも死ぬ戦はない。恐ろしい。
……こうして、フローレンシア防衛戦はレーマリアの逆転勝利で終わった。
だが、戦争は続く。思いもよらぬ情勢に激動して。
漸く攻城兵器が相手の方を向いた。だがそこでマイスィルとアドミリハは違和感を感じた。あの弱いレーマリア軍が、敵将が戦闘に立って突撃している訳でも無いのに崩れていないのだ。あのレーマリア軍である。被害が出ていれば崩れぬ筈が無い。つまり、弓による攻撃が意外な程効いていない?
「これは!?」
「あー、はっはっは……馬車ん城に篭るくらいならお主等にも何とか出来るじゃろち思うちょったが……」
何故か引き攣った半笑いで、アルキリーレは本来の策について口にした。そう。弓が意外と効いていない事も事実であり、その本来の理由は馬車であった。アルキリーレはこれがなければそれはそれで別の手を使っていたが、カエストゥスが大量に持ち込んだ馬車を戦術に組み込んでいたのだ。
そこら中に乗り付けた馬車を、即席の盾、いや野戦築城にしたのだ。馬を外し横倒しにして完全に壁にしたものもあれば、馬は外したが荷車部分はそのままに垣盾を詰みっぱなしにして垣盾ごと押して動かせるようしたもの。
そして投矢機等を詰んだ馬を外した荷車を、垣盾を詰んだ荷車と一緒に押して動かして射撃位置に配置する。こうすれば、押す兵は敵の射撃から守られ続けるから、レーマリア兵でも何とか行動出来る……というものだったのだが。
正直、それでもアルキリーレは正面切っての戦いとなる為ある程度の味方が崩れる事は覚悟していた。兵の死は考えられる限り極限する手は打ったが、死ななくても逃げ散ってしまう者は結構居るのではないのかと。
そう。本来。だが、そうならなかった。……その本来の想定を良い意味で裏切った想定外が出現していた。それが女性中隊の存在だった。
アルキリーレも、レーマリア人が女好きである事、郷土のような感情的に守るべきだと思っている対象を守る時や顔なじみと共に戦う時はまともな戦意を持つと言う事は理解していた。だが。
「こげん事で精鋭部隊にあっちゅうまに生まれ変われるんじゃったら最初っからそう言わんかあああ!? と、ともあれよか!よかがまだ守れ!押し返すに留めぃ!」
「「「「「うおおおおお女達を守れぇええええええええい!!!!!」」」」」
「「「「「「な、何だ何だ!?」」」」」
アルキリーレがとうとう精神的衝撃の臨界点を越えて血反吐を吐かんばかりに絶叫する。女性中隊を部隊の後方に置いて戦闘を開始した途端、女達を守ろうと女達に良いところを見せようと、全レーマリア兵が北摩の蛮兵に勝るとも劣らぬ勇猛果敢さを手に入れたのだ。テンション上がりすぎて寧ろアルキリーレが落ち着いて守りを固めろと命令しなければならない有様だが、士気に於いては東吼軍が動揺する程で、平均練度の差を押し返して全軍が互角以上の勝負を突然するようになったのだ。
嬉しい事だけどそれはそれとして今までのその戦意の無さを補う為の練兵や策や努力は何だったんだとアルキリーレが金髪を掻き毟って叫びたくなるのもまあ分からんでもない筈だ。女性中隊の存在だけではなく、余所の街とはいえ女性の住民を助けに行くのだという事をアルキリーレがきちんと事前に言っていた事もレーマリア軍のテンションを爆発させる一助になったかもしれないが。
つまりこの時点で両軍は野戦築城対野戦築城の対決となった。そして元々この場では互角だった数だけでなく戦意によって質も互角となった。ならば、そこで勝敗を決するのは何か?
「押し出せぇい!」
「うおおおおっ!」
「は、はっはっは! 東吼者共! そん布陣では、今のレーマリアの衆に対してはチェストが足りもはんなチェストが足りもはんな……!」
それは言わば布陣に於ける思想の違いだ。東吼側の布陣は攻城戦の陣形を単にひっくり返したもので布陣は横に広く、回転式大型投石機も攻城塔も簡易小型投石機も広い陣地に点在している。
それに対してレーマリア軍は、有る限りの兵器を一点に集中していた。それも曲射が出来るものを後ろに、直射の方が強いものを前に置いて、着弾値点が敵陣をぶち抜く一列の線を為していくように。
そしてアルキリーレがやけっぱち気味に笑うように、今のレーマリア軍はその攻撃的な布陣を生かすに足る戦意を有していた。
「兵子共、かく撃て!」
垣盾荷車が周囲にあるとはいえ、その射撃兵器群の戦闘にアルキリーレは立っていた。レオルロが発明した新しい種類の射撃武器を使う為だ。操作できるものがまだ小数なのだが、流石にレオルロを最前線に立たせる訳には行かないと。
それは、通常の弩と同じサイズで持ち運んでは故障しやすいからと改良をアルキリーレが依頼した連弩の、短時間しか使用しないと割り切った騎兵用騎兵連弩と真逆の発想に行った兵器。
三脚で支えられた連弩を投矢機と同じ程まで重く頑丈に大きく造る事で、投矢機に威力は劣るし直射しか出来ないものの、弩や複合弓に勝る威力と射程の太矢をあるだけ延々連射が可能な、重連弩機。
連続装填射撃機構が照準と引金は両手を使うからと足漕ぎ式にした為、下手すると太矢が切れる前に射手の体力が切れかねないという問題点はあるが、そこはアルキリーレの身体能力で補えるし、照準を旋回させながら引金を引き続ける事で薙ぎ払う事すら可能な天才レオルロ脅威の新兵器だ。
「微塵と散れぃ!」
シュバババババババババババババババ!!
それを全軍の先頭に立ちアルキリーレが発射する。これまで戦場に響いた事の無い長い連続発射音と共に太矢が一直線の嵐となり敵兵をなぎ倒す。
周囲の垣盾荷車や重連弩機を乗せた荷車にバシバシと敵の矢が刺さり、己の鎧にもガチガチと鏃が当たる。レオルロが丹精込めた鎧の防御力が示されるとはいえ今レーマリア軍の中で最も命を危険に晒しながらアルキリーレは射撃を行った。普段と違い足を装填に使っているから避けられず、腕を照準に使っているから切り払えないのだ。鎧がアルキリーレの獅子の神秘で増幅された超人的身体能力を前提に並の倍の厚みにされていなければ命を失っていたやもしれぬ。
だが、アルキリーレの超人ぶりに合わせて作られた鎧は耐え抜いた。そして、耐えられるかギリギリの危険に見合う成果はあった。
「「「「「「うおおおおおお!!」」」」」」
レーマリアの兵達も、上がった士気のままに敵の矢を恐れず射撃を集中した。
結果アルキリーレが狙う一直線上の兵は、重連弩機の直射で水平に連続して飛んでくる太矢、ギリギリ曲射が出来ない事も無い仰角を付けた投矢器が放つ斜め上から突き刺さる槍矢、投石機が放り投げ上から落ちてくる石、五月雨式に振る一般射撃兵の矢と太矢に陣地を切り裂かれていく。全体にバラバラと散る回転式大型投石機と違い、それは一点に未知の集中射撃もあり大きな混乱をもたらした。そして、その場にいる兵士がある者は討ち死にしあるものは逃げ惑うとなれば、その一点の混乱が周囲に波及する。死の一直線から逃れようと左右に兵が逃げれば、当然隣の兵も体勢が乱れ、そうなればそのまた隣の兵はすわ敗走かと思う。混乱が連鎖する。
「な、何!?まさか、狙いは……!」
そしてアドミリハは仰天した。曲射された投矢器の槍矢と投石機の石が、己の陣幕の近くに落ちてその陣幕を揺らしたのだ。
死の一直線は、己を狙っている。釣り野伏も穿ち抜けも通じない野戦築城に、無理矢理穿ち抜けが通用する一直線の道を造ろうとしているのだ!
アルキリーレが肉に噛み付く獣の笑みを浮かべた。
「勝機! 荷車押しの兵子共、こんまま押せぇ!これぞ新式北摩軍法、車撃ちぞ!」
それぞれの射撃兵器や弓や弩には有効射程がある。このままでは相手陣地の最奥までは届かない。……投矢器や投石機は元々移動させる事は出来るが、移動したまま射撃する事は出来ない。付属の車輪を使って移動させて、射撃値点に落ち着けて固定し、装填し、それで漸く撃てる。
だが荷車の上に乗せて置けば、移動すると同時に固定された状態でもある。同じ荷車の上に装填と発射を行う兵を乗せれば、馬に荷車を引かせると速度が出ない上に荷車の前に出る事になるから忽ち飛び交う弓矢でやられてしまう為兵士が荷車をその荷車を盾にする格好で押さねばならないが、それさえ出来れば移動しながら装填と発射をこなせる。この移動射撃法をアルキリーレは車撃ちと名付けた。
無論これは回りを垣盾荷車で守ってやらねば兵士は幾ら命があっても足らず、相手が野戦築城に篭っている状態でも無ければ荷車を押す兵があっという間に敵兵に包囲されてしまうので使える状況は限りなく限られる。加えてそれでも尚兵士に相当の度胸を要する。本来勇猛と言えないレーマリア兵が辛うじてこれを行えているのは、アルキリーレが先頭で一番危険な直射を担当している為でもあるが、女性を守る為という事でレーマリア兵のテンションが爆裂している為も大いにあったが……
「騎兵衆、馬ば持てぃ!突っ込むど! 他の兵子共!俺等が決めるまで耐えよ!」
更に言えば、何も敵の本陣までこの山車行列で突っ込む訳ではない、敵本陣の手前まで完全に射程に捕らえればいいのだ。せいぜい、あと数十歩尺、そこまで移動すれば、後はこの射撃によって相手の陣地に空いた風穴に騎兵で突っ込んでけりを付けられる。やっている事は歩兵で守り射撃兵で崩し騎兵で止めを刺すこの時代の戦術の派生形だ。だからこそ、確実に効く。
「いかん、止めろ、止めろ! 歩兵隊踏み留まれ! 射撃隊、あの荷車を撃て! 騎兵隊、奴等を蹂躙しろ!」
新戦術とはいえあくまで応用でだと理解したアドミリハは矢継ぎ早に指示を下す。垣盾荷車の一つが回転式大型投石機の石弾をモロに受けて砕け散った。飛び散る木片に周囲のレーマリア兵が倒れる。だがそこまでだ。相手を一方的に射竦める勝ったも同然の攻城戦に慣れた兵達は浮き足立っている。回転式大型投石機は配置の幅が広すぎて効果的な密度で射撃が出来ない。そして騎兵は。
「退け!者共退け!歩兵隊も続ける者は俺に続け!」
「おのれ屑王子があああああああ!!」
よりによって、既に勝敗は決したと判断して一足早く、自分を置いて野戦築城の中に篭ったアドミリハを見捨てマイスィルは逃げに入っていた。
「アルキリーレ!馬だっ!」
今や出会った頃と違い騎兵戦最精鋭となった執政官親衛隊騎兵隊長が、己の馬を駆りながら片手で手綱を取ってアルキリーレの馬を引いて併走させながら重連弩機の隣へやってきた。
「応! 蹂躙しろ、チェストォオオッ!」
これ以上重連弩機を射撃すると突撃する味方の騎兵を巻き込んで撃ってしまう。アルキリーレは即座に重連弩機を、もうこれ以上は撃ってられぬという風に手放して馬に乗り移ると、車撃ちで切り開いた血の道に穿ち抜きを仕掛けた。
レーマリア兵は、黄金の怒れる女神が戦場を駆け抜けていく背中を見て、耐え抜きまた自分達も突き進んだ。そこには勇者達の伝説があった。
東吼兵は、チェストの叫びが自分達兵が存在せぬが如く空いた道を駆け抜け、進路上の全ての敵にぶち当たった刹那首を天高く飛ばす恐怖の伝説を見た。
「あ、お、あ……こんな、こんな馬鹿な!? ゆくゆくは東吼宰相たる筈のこの私が、こんな所で……!?」
そして圧倒されたマイスィルは、ある意味アドミリハの判断が正しかった事をすら理解する羽目になった。
ズ、ドン!
轟音が響く。フロレンシアの城壁が一部崩れていた。何故?そこからフロレンシア防衛部隊が湧き出してくる。そいつらが東吼軍の後背を突く。
……東吼軍の兵器が城門を狙っているから、これまでの攻防でボロボロになっていた城壁の一番ボロボロになった部分を内側から壊して狙われていないそこから出てきたのだ。これで東吼軍はレーマリア軍に後方を塞がれ、防ごうとした穿ち抜けと釣り野伏による包囲を両方受けたような状態になってしまい。
「チェーーストーーーーッ!!!」
「無茶苦茶だ……!?」
三度戦場に敵将の首級を挙げるアルキリーレの叫びが轟き、その叫びを逃げる背中に受けてマイスィルは震え上がった。
普通こんなにも将が戦死する事等あり得ぬ事なのだ。北摩以外で過去の戦争で将がこうも死ぬ戦はない。恐ろしい。
……こうして、フローレンシア防衛戦はレーマリアの逆転勝利で終わった。
だが、戦争は続く。思いもよらぬ情勢に激動して。
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本を愛する静かな心を持っていた。
そんな彼女には二人の婚約者がいる。
――父違いの、血を分けた兄たち。
彼らは溺愛どころではなく、
「彼女のためなら国を滅ぼしても構わない」とまで思っている危険な兄たちだった。
ベアトリーチェは戸惑いながらも、
この異世界で「ただ愛されるだけの人生」を歩んでいくことになる。
※表紙はAI画像です
悪役令嬢の慟哭
浜柔
ファンタジー
前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。
だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。
※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。
※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。
「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。
「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。
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