殺伐蛮姫と戦下手なイケメン達

博元 裕央

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・第五十二話「都市防衛戦の事(前編)」

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北摩ホクマの獣人だと? レーマリアの羊共め、恥も知らずに異国人に従い追って。その北摩ホクマ人も北摩ホクマ人だ。繁栄に値しない怠惰なレーマリア人の支配を粉砕し正しい上下秩序をもたらさんとするこの帝国の壮挙を、何故レーマリア人でもない、レーマリアに属州を奪われたままの分際で邪魔をするか!」
「殿下、如何致しましょうか」

 さて、農商都市フロレンシアを巡る東吼トルクの対応に今は描写を集中しよう。第三軍を指揮する軍大臣パシャアドミリハ、皇子将軍マイスィルも第一軍壊滅の状況を理解して翌朝対策を講じようとしていた。立場上第三軍を率いるのは軍大臣パシャアドミリハであり、皇子将軍マイスィルはその内騎兵部隊を率いるその部下に過ぎなかったのだが、アドミリハは寧ろマイスィルに意見を願った。

 これはアドミリハの無能を意味する訳では無い。確かにアドミリハは陸軍長官アミールの更に上役だが確かに軍全体を統括する立場なので直接指揮能力においてはより優れている訳ではない戦略政略寄りの人物だ。が、この言動はその政略においての意図がある。マイスィルを将来の皇帝とし、その臣として更なる権勢を得たいが為だ。その為にマイスィルには実績と見識を積んで貰いたいし……更に言えば己の元で己の選んだ形で見識を積み己と相談して物事を決める事を常態化した上で自信を深める事で、己と同じように考え己の言葉と素直に同じ事を考える操りやすい人物になってもらいたいのだ。

「ここまで攻略を進めたのだ、城の兵共には援軍に呼応する余裕はあるまい。そして我々は多数の兵器を設置したのだ。これを捨てて城から離れた位置で野戦をするのは得策では無いのではないか?」

 そんなアドミリハに対しマイスィルは意見を述べる。

 攻略の進まないアクアリアと比べ、フロレンシアは東吼トルク軍が有利に戦いを進めていた。野戦を想定する第一軍より射撃兵の装備として回転式大型投石機トレビシェットを多数揃え、更に周辺の農村の建物をばらして攻城塔と小型の簡易投石機カタパルトを追加で作成、運搬してきた石弾、レーマリアの投火機ポレミコン・ピロには劣るが石弾を可燃油に浸した布で包んで火を付けた火炎弾、周辺農村の家屋を崩し材料とした瓦礫弾等、多数の弾丸を降らせ、既にフロレンシア市街を守る城壁は多大な損傷を受けていた。

 ……家畜や人の死体を打ち込んで伝染病を発生させるという手は使わなかったが、これは人道的理由では無く短期決戦と占領を目指していた事と神秘がある効果を発揮しづらい事が理由である。

 いずれにせよ城側の投矢機バリスタ投石機マンゴネルや矢狭間は大半が潰れている。城内からの射撃攻撃は乏しい。

「殿下の見識、臣は感服仕りました。如何にもその通りと臣も考えます。念の為主力部隊を敵城の射撃武器の射程外まで前進させ、射撃兵器の二割を敵城門に集中させましょう。さすれば城兵は援護射撃も出撃も叶いますまい」

 堅実な判断だ、とアドミリハは判断した、だが同時に吝嗇で物惜しみする傾向、騎兵隊を率いながら射撃支援から離れる事を恐れる臆病さの匂いも感じないでも無い。だがまあ良い、持てない程に大きい器は邪魔なだけだ、と。

北摩ホクマ軍法への対策をどうすればいいと思う?」

 一方マイスィルも内心で己を傀儡にせんとするアドミリハの意図には気づいていた。伊達に幼い頃から強大と殺し合ってきた訳ではない。内政で成績を上げている国内に留まったハミドゥム皇子、東南黒ナンゴク総督を務めるアリード皇子、そして今回の戦に武装僧侶兵カサンフーシー五百を率いて父の元についてきた得体の知れないセフトメリム皇子。これでも半数に減ったとはいえ競争相手はまだ多い。こんな奴に騙されている暇は無い。せいぜい利用される振りをして利用するだけだとマイスィルは狼に似た容姿と似て非なる狐の考えをしていた。

北摩ホクマの軍法をレーマリアが使う事を知らなかったから我が軍は混乱し敗北したので御座います。北摩ホクマの軍法で来ると分かっていれば対策は容易な事。奴等の軍法は所詮穿ち抜けと釣り野伏くらい。後は捨て奸、でしたかな。あれは兵が北摩ホクマ人でなければ使えますまいからこの際宜しい。火力が優越しているこの状況であれば対応する布陣は歩兵隊・射撃兵隊にはございます」
「ああ、対策は俺の騎兵隊にもあるぞ」

 互いに対策を思いついたか、と、内心では知恵を競いながらも表面上頼りになる将と頼りになる主筋としてにやりと笑いを交わす両名。

 そして長身をすくっと立ち上がらせ、アドミリハは配下将兵に指示を出そうとした。……その時マイスィルは、物音を聞いた。多数の車輪が奏でる音。

「待てよ、おい、これは」

 マイスィルが呟いた時、遠くから声が聞こえた。

進め進めチェストイケぇええええっ!!」

 アドミリハが目を剥いた。戦がやって来たアルキリーレが来た


 大量の馬車を降りてレーマリア軍が展開していく。ひゅるひゅると、城内の兵に援軍来訪を告げる鏑矢が鳴る。

「カエストゥス! お主おはんの手配した馬車での機動、中々良かど!」

 兵達に無理をさせない代わりに、アルキリーレは馬車に無理をさせた。兵達が馬車の荷台で飲食する間、馬車を一晩中走らせたのだ。翌朝馬車の中の兵を叩き起こした時には、食事を取って休息しその後歩くという通常移動よりも大きな距離を稼いでいた。最初に東吼トルク軍がやろうとしていた戦略機動による奇襲のお株を奪った格好となり、おおよそ戦に於いて移動距離と移動時間を乱される程待ち受ける敵の予定を狂わす事は無い。

「アルキリーレ! この後どうするんだ!?」
「見ちょれ! 兵子へこ共降りぃ! 投矢機バリスタん類ば乗せた馬車は幌ば取れ! 馬車ば連ねて前に出せぃ!」

 だが戦略的に見れば奇襲だが、戦術的には強襲に近い。敵も準備が出来ては居ないが、味方も騎兵隊は一足先に馬に乗って全軍が馬の速度で移動できたとはいえ歩兵隊・射撃兵隊は馬車を降りる所から始めなければならない状態だ。

 対して勿論東吼トルク軍も、城に向けていた兵器類を野戦軍に向け方向転換し、陣形を釣り野伏と穿ち抜けに対応した布陣へと変更する所から始めなければならぬ。

 故に戦闘序盤はお互い大変な事になった。味方の損害を連戦の為出来るだけ抑えなければならないアルキリーレにとっては特に。女性軍一個中隊マニプルス追加の件もあるし。

 まず、こういう時に機先を制するのは騎兵の役目である。レーマリア軍側は唯でさえ騎兵を酷使していた事もあって騎兵も途中まで兵を馬車で運び、馬に関しては補給ついでに換え馬を得ていたので疲労は回復していた為即座に動けるが損耗は避けたい。対して東吼トルクは元々攻城戦に騎兵は対して役に立たない事もあって温存されていた為、若干の動揺はあったが最初に奇襲に気づいたマイスィル皇子が馬上に昇り指揮を執り始めるとこちらも素早く動き始めた。

「今は無理押しは避けぃ! 弩騎兵応戦! 降車中の歩兵と射撃兵に近づけるな!」

 ここでアルキリーレは混乱を発生させない為普段の印象に反し強攻を避けた。最初の騎兵戦で活躍した騎兵連弩クロスカービンも補給で回復したので、惜しみなくそれを使って牽制射撃を行い、また白兵戦担当の騎兵は馬車から降りる兵を守る事で同時に馬車自体を遮蔽物として使用して射撃から身を守る。

「射ろ!妨害するんだ!こちらの準備が整うまで!」

 またマイスィルの指揮も、奇しくもの牽制騎射であった。これはマイスィル自身が狡猾を自負する怯懦の持ち主であった事もあるが、やむを得ない理由もある。先の戦でガルジュンが見事に釣り野伏に引っかかった事もあり東吼トルク軍はどうしてもそれを警戒せざるを得ない。マイスィルもアドミリハもあくまで釣り野伏と穿ち抜けへの対策を主として軍略を組み立てる。アルキリーレが突進してくるのも怖いが、突進してこないからとて調子に乗って攻めるのも危険なのだ。

 そしてマイスィルの出した答えが常に敵軍の手前で回答し距離を取りながら射撃し続ける押し捻りパルティアンショットである。早い話が、敵が釣り野伏をしようとする前に此方が釣る側に回れば良いという事だ。あくまで距離を取って射撃をしては逃げ、距離を取って射撃しては逃げる。相手が歩射かけてくれば、準備を整えつつある味方の陣地に引きずり込んで討つ。怯懦であるが同時に確かに狡猾でもあるマイスィルの知恵は、場合によっては味方の歩兵と射撃兵が多少準備前に釣り野伏返しにかかって突っ込んできた相手に削られても、アルキリーレ一人が相手の軍の要である以上アルキリーレさえ犠牲多い反攻でもその中で死ねば勲功としてお釣りが来ると割り切っている所だ。事実個々で突っ込んでいったらレーマリア軍にある程度出血を強いる事は出来ただろうが、弓を得意とし剣戟を得手とせぬマイスィルはアルキリーレの神秘で強化された五感に捉えられたが最後、投斧で頭をカチ割られ騎兵戦力が瓦解していた可能性も高い為間違った選択とは言い切れず。

「回頭! 回頭!」

 そしてアドミリハの言う釣り野伏せも穿ち抜けもさせない対策とは、至極単純に言ってしまえば簡易野戦築城であった。

 フロレンシアを攻めるにあたり、数々の用意をしていた。攻城兵器、そして野戦築城。無人化した村から略奪した攻城塔や小型投石機カタパルトの材料にした意外の家の材料で柵を作り、塹壕を掘っていた。その柵と塹壕を中心に防備を固める。無論策も塹壕も本来城壁に向けて造ったものなので逆向きに用いる柵の普段と逆の側に陣取り、元々自分達が篭る筈だった塹壕が柵の外にあるような状態になってしまう。だがそれでも良いとアドミリハは考えていた。その場合柵の外にある塹壕は掘の代わりになる。更に城に向けて配置していた攻城塔を逆側に押し出せば、これも城壁の代わりになる。……北摩ホクマの城は原始的で小規模だ。北摩ホクマの軍略は城攻めを得意とせぬ。分厚く構えて己は中に篭れば穿ち抜けもそうそう刺さらないし、堅く守って追撃しなければ釣り野伏せにはかからない。

 城の門に一部の攻城兵器を向けて城門をいつでも撃てるようにしていれば、城の中の連中は出れば撃たれるので存在しないも同じ。そして時間を稼げば第二軍が来る。

(皇子殿下は、皇帝スルタン陛下の後継者として才あれば生き延びられるでしょう)

 だがこれは騎兵隊は野戦築城の外にいる事になってしまう。それに関するアドミリハの判断は、マイスィルにも生き延びて欲しいが、マイスィルより自分が生き残る事が優先であった。傀儡に出来ればいいが、生存と勝利はそれに優先する。あの皇帝スルタンは、息子一人の命より勝利を重んじる蛾故に。そう判断しアドミリハは一人先に籠城する。

(ちっ、だがやる事もはっきりしたな! やってやるぞ!)

 勝手に篭りやがって、と内心舌打ちするマイスィルだが、しかし同時に己がすべき事を見定める。全攻城兵器が野戦軍側に向くまで敵を牽制し、最終的に攻城兵器の射程に引っ張り込むのだ。

 それが出来ないのであれば味方の陣地を盾にすると保身も大事に考えながらも、いざ命を張らねばならぬ立場になれば可能な限りの勝利を目指して最適に邁進する。それは勝たねば死を強いられる今の東吼トルクらしい思考で、マイスィルとアドミリハの生き汚さはそれはそれで一廉の武人としての在り方でもあった。


 それでは、それに対してアルキリーレはどう対処したのか。

 穿ち抜けも釣り野伏せもままならぬ。それで屈するアルキリーレか?

 否。彼女は最強の北摩ホクマ人でありながら、最も北摩ホクマ人らしく無い北摩ホクマ人。泣くよりひっ飛べでは無く、ひっ飛ぶ前に勝ちを決める女。そして何より、現在文明に最も接した北摩ホクマ人なのだ。

「歩兵隊射撃兵隊、降車良かな! 今ぞ、撃ち返せぇええええいっ!!」

 大体、勝つ手があるから急いで来たのだ!
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