20 / 289
第3章 独占欲の行方
お嬢様の憂鬱
しおりを挟む「はぁ……」
その後、教室に入り、席についた結月は深いため息をついていた。
(……どうしよう)
やってしまった!
執事や使用人に、ワガママは言わないように心がけてきたのに、いくら執事が悪いとはいえ、あのように声を荒らげて怒鳴りつけてしまった。
しかも、他の生徒たちが行きかう、ロータリーのど真ん中で!!
(恥ずかしい……っ)
つい感情的になってしまい、結月は自分のはしたない行動を反省する。
あんなに声を荒らげたのは、どのくらいぶりだろうか?
結月は基本的に、ほとんど怒らない。それなのに、五十嵐の言葉を聞いてついムキになってしまった。
(今日からってことは、帰りも五十嵐が迎えに来るってことよね?)
そして『あんなふうに怒鳴りつけたあとに、どんな顔して会えばいいのか?』と結月は、悩む。
しかも、車の中は、二人きりの密室状態。
重い!
絶対、空気が重い!
もう、想像するだけで、胃が痛くなりそう!!
「はぁ……」
再度ため息をつくと、結月は、窓際の席から外を見つめた。
使用人達とは、仲良くしたい。
それは、五十嵐だって同じだ。
それなのに……
(五十嵐、私のこと嫌いなのかしら?)
嫌われるようなことをした覚えはないし、ここ一ヶ月、良好な関係を築けていた。
それが、斎藤がいなくなった途端、あんなことをしてくるなんて……
もしかしたら、元気づけようとしてチョコを差し出してきたのかもしれないが、この女子校は、かなり校則に厳しい。
お菓子なんて厳禁だし、もし先生に見つかったら大変なところだ。
そして、その規則は、五十嵐だって、知っているはずだった。
(五十嵐が何を考えてるのか、よく分からないわ……)
もしかしたら、本当に嫌われてしまったのだろうか。そう思うと、また涙が出そうになる。
だが、今からホームルームが始まる。
結月は、微かに滲む涙を拭おうと、ブレザーのポケットから、ハンカチを取り出そうとした。
カサ──
「?」
だが、その瞬間、ハンカチと一緒に、なにか別のものが指先に触れた。
(え?……なに?)
身に覚えのない感触に、結月は、なにかしら?……と、ポケットから、それを取り出す。
すると、そこに現れたのは、先程、五十嵐が差し出してきた──チョコレート!
「ひっ!?」
瞬間、結月は小さく悲鳴をあげた。
(な、なんで!? なんで、チョコが入ってるの!? ていうか、どうやって入れたの!?)
ポケットにチョコを入れられた感覚なんて、一切なかった!
もしこれが、先程のいざこざの最中に入れられたのだとしたら、スリレベルで手先が器用だ!!
(う、うそ、どうしよう……! お菓子を持ってきたなんて、先生にバレたりしたら)
未だかつて、結月は校則を破ったことがなかった。
それなのに、このことが先生にバレたりしたら、きっと、両親にも──
「阿須加さん!」
「きゃっ!?」
瞬間、名前を呼ばれ、結月は跳ね上がった。
慌てて、チョコレートをポケットの中に隠すと、結月は、声をかけてきた相手を恐る恐る見上げる。
だが、どうやら先生ではなかったようで、結月の元には、女生徒が二人パタパタと駆け寄ってきた。
「ごきげんよう、阿須加さん!」
「ご、ごきげんよう」
「ねぇ、少し聞いてもよろしいかしら? あれ? なんか目赤いけど、大丈夫?」
「え!? あ、だ、大丈夫よ! ちょっと目にゴミが入って」
涙目の結月に気づき、女生徒の一人が心配そうに覗き込んできた。
だが、まさか『執事にいじめられました!』なんていえるはずがない。
「そ、それより、聞きたいことって?」
「あ、そうそう! さっき若い男性と一緒だったでしょ? いつもの運転手の方はどうなさったの?」
「あ、それは……」
その言葉に、結月は再び斎藤を思い浮かべた。
(斎藤、本当にどうしちゃったのかしら? 挨拶もなく辞めるなんて、やっぱりおかしいわ。身体を悪くしたとか、そんなんじゃないといいけど……)
斎藤とは、もう長い付き合いだ。
体調を崩したのでは?
事故にあったのでは?
事態が急なことだったからこそ、結月は気が気じゃなかった。
「阿須加さん?」
「……あ、ごめんなさい。斎藤は辞めてしまったの」
「あら、そうだったの。じゃぁ、さっきの方は新しい運転手?」
「いいえ、彼は私の執事よ。斎藤が辞めてしまったから、運転手も兼任することになったみたいで……」
「えぇ!! あの方、阿須加さんの執事なの!? 羨ましい~!!」
「う、羨ましい?」
「だって、あんなに若くてカッコイイ方が執事だなんて! ねぇ、あの方お名前は? 年はいつくなの?」
「な、名前は『五十嵐』で、年は……20歳だったかしら?」
「私達と二つしか違わないじゃない! うちの執事なんて、もうおじいちゃんよ!」
「うちもそうよ。いいわねー、私の屋敷にも若くてハンサムな執事がきてくれないかしら?」
「ねぇ、なんの話ー?」
「阿須加さんの執事の話! 先程のロータリーで見かけたら、とても素敵な方だったの!」
急に執事の話題で盛り上がり始めたクラスメイト達。それを見て、結月は複雑な表情を浮かべた。
いくらお嬢様学校とはいえ、みんながみんなお淑やかなお嬢様ばかりではない。
お年頃というかなんというか、みんな、お洒落にも、恋にも、イケメンにも敏感な普通の女の子だ。
特に女子校は男性がほとんどいない環境だからか、こうして若い男性が現れると、その話題で、一気に持ち切りになる。
しかも、他の生徒の運転手たちは、大抵が30代以上の男性ばかり。だからか、五十嵐のような若い男性は珍しい。
そのうえ、五十嵐は身長も高く、顔立ちも良かった。
ならば、女子の噂の餌食になるのは、ある意味しかたのないことかもしれない。
「年が近い方が執事だなんて、さぞ話も盛り上がりそうね」
「そ、そんなことないわ。私、五十嵐が何を考えているのか、よくわからなくて」
「わからない?」
「えぇ……今までの執事とは、少し違っていて、困っているの」
「あら、そうなの。でも、素敵じゃない! 男性は多少ミステリアスな方が魅力的よ?」
(いや、ミステリアス通り越して、ちょっと怖いというか……!)
勝手に、ポケットにチョコを入れられてたんです!!
お嬢様の生活を円滑に進めるのが仕事のはずの執事が、逆にお嬢様を陥れるという、とんでもない事態になっているんです!!
「あ、そうだわ!」
「?」
だが、そんな中、女生徒の一人が結月の元を離れたかと思えば、自分の机の中から文庫本を取り出してきた。
「この本にでてくる執事が、とてもミステリアスな方でね。どこか五十嵐さんと雰囲気が似ている気がするの。なにかの参考になるかもしれないし、良かったら、貸して差し上げましょうか?」
「え?」
女生徒は、ブックカバーがかけられた文庫本を結月に差し出しながら、にっこりとほほ笑んだ。
すると、その場にいた、もう一人の女子生徒が
「あら、有栖川さん、また、そんな本もってきてるの?」
「またとはなによ。いいじゃない、小説は校則違反ではないわ。それに、これも立派な文学よ!」
二人の会話を聞きながら、結月は目の前の文庫本を見つめた。話を聞けば、五十嵐に似ている執事が出てくるらしい。
(これを読んだから、少しは五十嵐のこと、分かるようになるかしら?)
歩み寄りたいし、嫌われたくはない。
今の結月は、藁にも縋りたい気分だった。
なぜなら、これから長い付き合いになるかもしれないのだ。こんなところで気まづい関係にはなりたくない。
結月はそう思うと、その文庫本を受け取り
「ありがとう。せっかくだし、お借りしてみようかしら」
そう言って、ふわりと微笑んだ。
3
あなたにおすすめの小説
お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?
すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。
お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」
その母は・・迎えにくることは無かった。
代わりに迎えに来た『父』と『兄』。
私の引き取り先は『本当の家』だった。
お父さん「鈴の家だよ?」
鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」
新しい家で始まる生活。
でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。
鈴「うぁ・・・・。」
兄「鈴!?」
倒れることが多くなっていく日々・・・。
そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。
『もう・・妹にみれない・・・。』
『お兄ちゃん・・・。』
「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」
「ーーーーっ!」
※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。
※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。
※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)
借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる
しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。
いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに……
しかしそこに現れたのは幼馴染で……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる