お嬢様と執事は、その箱に夢を見る。

雪桜 あやめ

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第12章 執事の恋人

執事の正体

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「おい、ルイ!」

 その後、屋敷を後にしたレオとルイは、お互い素に戻り、あまり人通りのない路上を歩いていた。

 夕日が照らす中、スタスタと先を行くルイにレオが声をかければ、ルイは足を止め、ご立腹なレオに一言。

「そんなに怒らないでほしいな」

「怒りたくもなるだろ! 今頃、結月は……」

「婚約者に電話中なんでしょ? 僕だって、そんなことわかってるよ。でも、次いつ会えるか分からないし、今伝えておくべきだと思って」

「伝えるって、なにを」

 その後、怪訝な顔を浮かべたレオを、ルイは真っ直ぐに見つめた。

 先程、結月には「誰にも言わないでください」といわれた。あんなにも切実に、レオには知られたくないと願っていた。

 それでも──

「レオは、気づいてないの?」
「え?」

 その言葉に、より一層苦い顔をした友人を見て、ルイは、まだ気づいていないのだと悟る。

 あんなにも顔を赤くし、分かりやすい反応をしていたのに……

 いや、それだけ彼女も、必死に隠していたのだろう。今の二人の……お嬢様と執事としての日常を守るために──

「好きみたいだよ、レオのこと」
「……え?」

 夕日がゆっくりと落ちる中、ルイがはなった言葉に、レオは混迷し更に眉を顰めた。

 それは、あまりにも唐突で、一瞬、何の話をしているのか、うまく飲み込めなかった。

「好きって……」

「だから、結月ちゃん、レオのことが好きみたいだよ。家族や使用人としてじゃなくて、ちゃんと"男"として──」

「……ッ」

 ハッキリと断言された言葉。
 それと同時に、心臓が激しく波打つ。

「好き? 結月が?」

「なに、僕の言葉、信じられない? 言っとくけど、冗談じゃないよ」

「それは、分かるが……でも、俺を好きなら、なんでわざわざ彼女に会いたいなんて……」

「忘れるためだよ」

「え?」

「恋人に会えば、忘れられると思ったんだって。執事を好きになってしまった、その『恋心』を」

「……っ」

 秋の夕暮れに、風が冷たく吹きぬけた。

 ルイの悲し気な瞳が、よりいっそう哀愁を誘って、レオはその言葉の重みをかみしめる。

 なんど、願ったか分からない。
 結月が、また自分を愛してくれたらと。

 だけど、その結月は、今、その自分への思いをなかったことにしようとしている。

 忘れようとしている。

 その事実に、息も出来ないほど、胸が苦しくなる。

「レオもバカなことしたね。前任の執事の件もあったし、使用人たちの警戒をとくためだったんだろうけど、正直、彼女がいるなんて言ったのは、確実にレオの落ち度だ」

「……」

「まぁ、記憶が戻りさえすればなんとかなると思ったのかもしれないけど、君にしては浅はかだったね。愛があれば、思い出すと思った? でも、残念ながら、レオがどんなに結月ちゃんの事を想っても、彼女は、自分がレオの彼女だなんて一切気づきもしないし、今は完全に僕がレオの恋人だと思ってる。さっき言われたよ『五十嵐と幸せになってください』って」

「……」

「あはは、笑っちゃうよね。僕のこと完全に女だと思ってるし、思い出すどころか、嫉妬の一つもしやしない。むしろ、僕となら本気でレオが幸せになれると思ってる。どうする? 執事さんなら、その"お嬢様の望み"も叶えてあげるの? なんなら、僕と本当に結婚しちゃう?」

 クスクスと笑うルイの声は、陽気な声音とは対照に、少し苛立っているようにも感じた。

 それは、結月にか
 それとも、この不甲斐ない執事にか──


「ねぇレオ。正直思うんだよね。どうしてレオだけが、こんなに苦しまなきゃいけないのかなって……」

「……」

「レオが結月ちゃんのことを、大事に思ってるのはわかるよ。傷つけたくないのも、悩ませたくないのも……でもさ、本当に愛し合ってるって言うなら、じゃない?」

 二人で──それはまるで、どんな苦労も共に分かち合おうと誓いあった夫婦のように、結月と共に苦しめと、そう言われているようにも聞こえた。

 苦しめたくなかった。
 困らせたくなかった。

 だからこそ、自然と記憶を思い出してくれるのを待ち続けた。

 でも──

「このままいけば、バッドエンド。君は、忘れられて、彼女は婚約者のものになる」

「……」

「レオは、いいの? このままなかったことにされて。せっかく、好きになってくれたのに──、忘れられてもいいの?」



 ✣

 ✣

 ✣



「いらっしゃい、黒沢くろさわ

 阿須加家の別邸にて──結月の母親である美結が、ペルシャ猫を愛でながら声をかけた。

 ゆったりと広いソファーに腰かけて、優雅に猫を撫でる美結。すると、その前に立ったの、阿須加専属の運転手──黒沢くろさわ 人志ひとし

 そして、数枚の書類が入っているであろう封筒を差し出されれば、要件がなにかはすぐに分かった。

「奥様、探偵に依頼していた『望月もちづき 玲二れいじ』の件ですが……」

 望月 玲二──その名を聞いて、美結が手を止めると、膝元にいたペルシャ猫が、するりと美結の元から抜け出した。

 ちょうど利き手が空き、美結が封筒を受け取れば、その中にはいっている書類を一枚一枚、確かめ始める。

「……思ったより、時間がかかったわね」

「それはもう。なんせ8年も前に事故死した男のことですから、あまり情報もなく」

 美結が書類に目を通せば、それと同時に黒沢が要点のみ伝えた。

「望月 玲二は、当時阿須加のホテルでコンシェルジュとして働いていました。妻は他界していて、家族構成は、高齢の母親と息子の3人。事件の後、母親の方は姉家族が引き取ったそうですが、息子の方は養子にだされたそうです」

「養子? その息子の引き取り先が書かれてないけど?」

「それは、どうやら施設を介さず、引き取られたようで。しかも海外に移住したらしく、引き取り先のことまで詳しくは」

「そう……役に立たないわね」

 手にした書類を見つめ、美結が不満そうに眉をひそめた。すると……

「まぁ、いいわ。は分かったから」

 だが、美結が目にした、その書類には『望月 玲二』の息子の名が、しっかりと明記されていた。

 ──『望月もちづき レオ』と。


「どうやら……私の予想通りだったみたいね」

「え?」

「いいえ、こっちの話よ。そうだわ、黒沢。このことは一切他言しないでね。もちろん、洋介にも」

「旦那様にも、ですか?」

「えぇ……まぁ、どのみち死んだ従業員のことなんて、洋介は記憶にもないでしょうけど」

 そう言うと、美結は黒沢からライターを借り、書類に一枚一枚、火を付け始めた。

「ちょ、奥様、なにを!?」

「もう、必要ないわ。こんな書類」

 燃え盛る書類を数枚、洋介が日頃使っている灰皿の中にへ放り込む。

 少しずつ形の無くなる書類を見つめながら、美結は小さく目を細めた。

(『望月 玲二』の息子が、今更、うちに何の用かしら?)

 疑惑は、確信に変わり、美結は、屋敷に潜り込んだの姿を思い浮かべた。

 名前を変えて潜り込んできた──あのの姿を。

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