124 / 289
第13章 誰もいない屋敷の中で
無防備な君に
しおりを挟む「冬弥様、そろそろ阿須加家に向かう、お時間です」
部屋の奥でくつろいでいた冬弥に、メイドが声をかけた。
キレイめの服装で、印象良くまとめた冬弥は、吸っていたタバコを灰皿に押し付け、深く息をつく。
(……よりによって、あの屋敷に呼ばれるなんて)
今日、阿須加家の令嬢・結月と会う。あれから、少しほとぼりが冷め、あちらも婚約することに多少の諦めがついた頃だろうと、こちらからしかけた。
だが、まさか会う場所が、あの屋敷とは思わず……
(あの女、思い出したりしないよな?)
微かな、不安がよぎった。昔一度だけ、あの阿須加の屋敷に訪れたことがあった。
好きな男がいると拒絶された、あの日だ。
もし、あの時のことを、結月が思い出してしまったら
(……俺たちの計画も、全部水の泡だ)
✣
✣
✣
「お嬢様。昨日は、突然お休みを頂き、申し訳ありませんでした」
冬弥を招く直前、部屋の中で身支度をする結月に、メイドの恵美が声をかけた。
昨日は、恵美も愛理も休んでいて、執事と二人きり。昨夜のことを思い出すと、自然と体が熱くなってくる。
だが結月は、それを気取られぬように、恵美にいつもどおり返事を返す。
「大丈夫よ。ご親戚が亡くなったのでしょう。恵美さんこそ、大丈夫なの? もうしばらく休んで、ご実家でゆっくりしてきてもよかったのよ」
「大丈夫です。親戚と言っても、あまり接点のない叔母ですし……それに私、今は両親と喧嘩中なので、あまり長居したくはなかったので」
「え?」
恵美の話に、結月は瞠目する。
まさか、両親と喧嘩中だったなんて──
「だから、うちで住み込みで働いてるの?」
「はい、そうなんです。家出した時に、たまたまメイド募集してるって話を聞いて……でも、この屋敷につとめるメイドや執事は、みんな優秀な方ばかりなので、ダメだろうとは思ったんですけが、斎藤さんと矢野さんが、行くところがないなら、うちで働きなさいって」
「……そうだったの」
「はい。申し訳ありません。本当なら、もっと優秀なメイドが来ていたはずなのに……」
しゅんとする恵美をみて、結月は「そんなことないわ」と、そっと恵美の手を握りしめた。
「私ね、恵美さんが来てくれてよかったって思ってりわ。歳が近くて、こんなに気さくに話してくれるメイドさん、今までいなかったから」
「お嬢様……っ、実は私の親もすごく理不尽で、だから、お嬢様の気持ちは、凄くよくわかるんです! もし困ったことや悩んでいることがあったら、遠慮なく相談してくださいね!」
「……ありがとう、恵美さん」
その言葉に、胸の奥がじわりと熱くなる。親には恵まれなかったけど、使用人には恵まれた。それを、改めて実感するから……
だけど、もしここで、恵美さんに五十嵐のことを相談したら、彼女は、どう思うのだろう。
さすがに、それだけは相談出来ない。
「お嬢様、失礼致します」
「……!」
すると、その瞬間、執事がやってきた。扉が開けと同時に目が合えば、結月は無意識に視線をそらす。
「相原さん、お嬢様の身支度は整いましたか?」
「はい、バッチリです! 今日は、一段と可愛らしいですよ!」
「そのようですね。冬弥様も、さぞかしお喜びになるでしょう」
ニコニコと、いつもの笑顔で、いつもと変わらない丁寧な返事をかえす執事。だが、冬弥が喜ぶといったその言葉が、どことなくトゲトゲしい。
まぁ、それに気づいたのは、結月だけだが……
「もうすぐですね、冬弥様がくるの」
「そうですね。相原さん、お嬢様のことは、あとは私がいたしますので、冬弥様をお出迎えする準備を、お願いできますか?」
「はい、かしこまりました。では、お嬢様、失礼します」
「え、えぇ……」
すると、恵美はそそくさと部屋から出ていって、部屋には、結月と執事の二人だけが残った。
空気が重い。
そして、二人きりになると、また昨夜のことを思い出してしまう。
(どうしよう。こんな状態で、冬弥さんに、会うことになるなんて……っ)
「お嬢様」
「はぃ、──んッ」
すると、執事が目の前まで来たかと思えば、また唇を奪われた。
頬に手を添え、同時にきつく抱きよせられれば、昨夜と同じように求められる。
「ん、……は、ぁッ」
熱い舌が口内に入り込めば、深く深く絡めとるような口付けに、結月は翻弄されていく。
屋敷の中で、それも鍵すらかかっていない部屋の中で。だが、それから暫くして、唇が離された。
結月が、涙目のままレオを見上げれば、悩ましげな表情を浮かべる結月を見て、レオが一笑する。
「一晩で、大分上達しましたね。呼吸の仕方くらいは覚えましたか?」
「っ……」
意地悪くそう言われ、顔が真っ赤になった。
昨晩、あんなにされたのだ。さすがに息の仕方くらいは覚えた。
「何考えてるのッ……今は、恵美さん達も屋敷にいるのよ……っ」
「分かっておりますよ。ですが、お嬢様があまりに無防備なので、忠告しておこうと思いまして」
「……忠告?」
「はい。そのように隙を見せるのは、私の前だけにしてください。特に、餅津木 冬弥の前では、もっと気を引き締めて頂かないと……ね?」
「ひゃ……ッ!」
すると、今度は耳元で遊びように囁きかけられた。まるで、聞き逃すなとでも言うように、甘い忠告の言葉が、鼓膜を伝って中に入り込む。
「す、隙なんて、見せてな……っ」
「そうでしょうか? 俺にあっさり唇を奪われて、今もこうして抱きしめられていて、隙だらけではありませんか」
「ッ……それは」
「それは?」
それは、きっと──五十嵐だから。でも
「と、冬弥さんの前では……こんなことにはならないわ!」
「……どうでしょうね? では、一つだけ約束をしてください」
「や、くそく?」
「はい。今日はあの男に、指一本ふれさせないようにしてください」
「え? 指、一本も?」
「はい」
「で、でも……んッ、」
そう言うと、また口付けられた。
まるで、反論すらさせないように、優しく優しく言葉を奪われて、呼吸の合間に、また愛の言葉を囁かれる。
「約束ですよ。お嬢様は、俺だけのものですから」
それはまるで、誰にも渡さないと、そう訴えかけるように。だが、不思議とそれを、心地よいと思っている自分に、結月は罪悪感を抱く。
(なんで……っ)
無理やりキスされているのに、それを受け入れしまう自分がいる。
突き放さなきゃいけないのに、縋り付くように、しがみつく自分がいる。
強引すぎるほどのその愛の言葉に、満たされてしまっている自分がいる。
(っ……最低)
自分はなんて、最低な女なんだろう。
選ぶべき相手は他にいるのに、冬弥さんのことを好きにならないといけないのに
その冬弥さんと会う前に
執事と、こんなことをしてるなんて──
「……来たみたいですね」
「……!」
瞬間、唇が離れたと同時にそう言われ、結月はハッと我に返った。
ふと外を見れば、屋敷の中に車が一台入って来るのが見えた。──餅津木家の車だ。
「約束、忘れないでくださいね」
すると、再び念押しするように、執事に囁かれた。
指一本触れさせるな──だが、婚約者が相手となると、それは、かなり難易度が高い。
「っ……で、でも」
「もし破ったら、次は、もっと酷いことをしてしまうかもしれませんよ」
「え……? もっと、酷いこと?」
その言葉に、キスより先のことを想像して、結月は混迷する。穏やかに笑いながらも、その声はとても低く、それが冗談でないことが伝わってくる。
だけど、それだけは、絶対に超えてはいけない。
「わ、わかったわ……必ず……守ります」
意を決して、そういうと、執事は満足そうに微笑んだ。
「では、私は冬弥様を、お出迎えして参りますので、お嬢様は、そのリンゴのように赤い顔を何とかしてから、下におりてきてくださいね」
「なっ!?」
誰のせいで、こうなっていると思っているのか!?
だが、また、楽しそうに笑った執事は、結月を置いて部屋から出ていって、結月は、まだ熱いその唇にそっと手を伸ばす。
「どうしよう……っ」
忘れようと思っていたのに、頭の中も、体の中も、なにもかもが、五十嵐のことばかりになってしまっている。
「これじゃぁ、忘れたくても……忘れられないじゃない……っ」
1
あなたにおすすめの小説
お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?
すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。
お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」
その母は・・迎えにくることは無かった。
代わりに迎えに来た『父』と『兄』。
私の引き取り先は『本当の家』だった。
お父さん「鈴の家だよ?」
鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」
新しい家で始まる生活。
でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。
鈴「うぁ・・・・。」
兄「鈴!?」
倒れることが多くなっていく日々・・・。
そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。
『もう・・妹にみれない・・・。』
『お兄ちゃん・・・。』
「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」
「ーーーーっ!」
※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。
※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。
※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)
借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる
しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。
いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに……
しかしそこに現れたのは幼馴染で……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる