お嬢様と執事は、その箱に夢を見る。

雪桜 あやめ

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第17章 恋人たちの末路

執事と恋人

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 その後、夜は静かに時を刻んでいた。

 結月を抱きしめて、しばらく、どれだけの時間が経ったかは分からないが、髪を撫でながら、レオは優しく結月に語りかけた。

「もう……平気?」

 そう言って、泣き止んだ結月に囁けば、レオの胸に顔を埋めた結月は、コクリと頷いた。

 できるなら、まだ、こうしていたい。だが、屋敷の中にいる限り、自分たちは、まだ、お嬢様であり、執事でもある。

 ならば、ずっと、このままという訳にはいかない。

「もう、大丈夫……ごめんなさい。燕尾服を濡らしてしまったわ」

「大丈夫だよ、このくらい。すぐに乾く。それより髪を乾かそう。風邪をひくといけない」

「……うん、そうね」

 二人ゆっくりと離れ、そのまま、ドレッサーの前へと進んだ。

 キングサイズのベッドの隣にあるドレッサーは、イタリアの職人が作ったもの。

 華美な装飾がほどこされた、その鏡の前に立てば、執事は普段通りドライヤーを手に取り、髪を乾かす準備を始めた。

「あ、ダメ!」
「!?」

 だが、その瞬間、急に結月が、ダメだと言い出して、レオは呆気に取られた。

「ちょ、結月……っ」

 何がダメなのか?
 見れば結月は、自分から、必死にドライヤーを奪い取ろうとしていた。

「……何やって」

「ドライヤー、貸して。今日から、自分で乾かすから」

「え? でも……これは、執事オレの仕事で」

「だから、これから私の前で、仕事をしなくていいわ。熱があるのよ! レオは、そこで何もせず、黙って見てて!」 

 すると、結月が強引にレオを押しやると、バランスを崩したレオは、あっさりベッドの上に座り込んだ。

 そして、そのレオの手から、難なくドライヤーを取り上げた結月は、そそくさとドレッサーまで戻り、髪を乾かす準備を始めた。

(自分でねぇ……)

 頑なに、やるという結月。
 それをみて、レオはやれやれと言った様子で頬杖を付く。

 幼い頃も、こうして結月のわがままに応えてやることがあった。見ていられず、お節介をやこうとする自分に「黙って見てて!」と、よく怒られたもので……

 だが、その頃を思うと、今のこの瞬間が、無性に愛しくなった。

 今の結月は、自分を『執事』ではなく『恋人』としてみている。

 あの頃のように、家族として見てくれている。

「ふふ……」

「? なに、笑ってるの?」

「いや……じゃぁ、俺はここで、なにもせず、黙って見てればいいんだな?」

「うん。そうよ。何もしちゃダメよ」

「はいはい」

 軽く相槌を打って、レオは大人しく待つ。

 結月を見れば、ドライヤーをコンセントに差し込み、なんとか自分の力で、髪をかわかそうとしていた。

 だが、レオがあまりにも、じーーーーーっと、結月を見つめるものだから、さすがに集中できなかったらしい。

「ちょ、ちょっとレオ? そんなにジーと見ないで?」

「どうして? っていったのは、結月だろ?」

「そ、そうだけど……そんなに見つめらると、なんだか、やりにくいわ……っ」

「気にしなくていいよ。それとも、やっぱり俺がする?」

「ダメ!!」

 すると、またもやダメと返事が返ってきて、レオは肩を竦めた。

 仕事と言う名のこのを、結月自身に奪われるとは思わなかった。

 だが、決して、悪い気はしない。

 なぜなら、これは、結月の優しさだから。
 自分の身体を気遣う、優しくて温かい──思い。

「あ、結月。それはダメだ」
「へ?」

 だが、その後、髪を乾かし始めた結月を、レオが慌てて静止する。

「いきなり熱風なんて当てたら、髪が傷む。まずは、髪の水分をある程度、タオルで拭き取ってから」

「え?……あ、水分?」

「うん……て、違う。そんなにゴシゴシ拭くと……やさしく包み込むようにだよ。俺が、いつもやってるだろ?」

「えっと……いつも?」

 執事のやり方を思い出しながら、見様見真似でチャレンジする、お嬢様。だが、残念ながら、全く出来ていなかった。

「お前、毎日、何を見てたんだよ」

「み、見てないわ! だってレオは、私の後ろにいるもの!」

「屁理屈いうな。やっぱり、俺がやるよ。綺麗な髪が台無しになる」

「……っ」

 業を煮やしたレオが、ベッドから立ち上がり、結月の元に歩み寄ると、結月は悔しそうに唇をかみ締めた。

「やっぱり、私……全然ダメね」

「……ぁ、ごめん。言いすぎた?」

「うんん。私、本当は、この8年で、色々勉強しておくつもりだったの。レオが迎えに来るまでに、外の事をしっかり学んで、足でまといにならないようにしようって……だけど、記憶を無くしたせいで、その8年を、全部無駄にしてしまったわ」

「…………」

 不甲斐ない自分を憂いているのか、結月は、涙目になり呟いた。

 確かに、8年あれば、多くの事を学べただろう。
 生きていくための術を──

「結月」
「……っ」

 だが、傷心する結月に、レオが声をかければ、結月は、恥じらいながらも、またレオに視線をむけた。

「レオ……?」

「8年なんて、すぐ取り戻せる。前にも言っただろ? 分からないことは、全部、俺が教えてあげるって」

「全部?」

「うん、全部」

 頬に指を這わせ、お風呂上がりの瑞々しい肌を撫でる。

 分からないことは、全て教えてあげる。

 むしろ、たくさん教えてあげたい。

 このまっさらな女の子を、全て、自分だけの色に染め上げてみたい──…

「じゃぁ……まずは、髪の手入れの仕方から」

「え?」

 だが、その後、クスリ笑った執事に、結月はキョトンと首を傾げた。

 なんだかその笑顔が、とても意地悪なものに見えたから。

「え? あの、レオ? 何考えてるの?」

「ん? だから、教えてあげるって言っただろ。結月の身体が、しっかり覚えるように、手取り足取り、ね♪」


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