お嬢様と執事は、その箱に夢を見る。

雪桜 あやめ

文字の大きさ
287 / 289
エピローグ

箱の中

しおりを挟む

「……箱?」

 中を見れば、そこには、もう一つ箱が入っていた。

 肌触りのよいベルベット素材の箱。
 そして、それは、元々この箱のものだったかのように、ピッタリと収まっていた。

 そして、ゆっくりとそれを取り出せば、結月は、それが何かを、すぐに察した。

 嬢様育ちの結月なら、幾度と目にしてきた形状だ。
 そう──それは、指輪を保管するためリングケース。

「レオ、これって……」

 結月が見つめれば、レオは、少し照れくさそうに、その箱を手に取り、そっと蓋を開けて見せた。

 すると、中には、予想通りが入っていた。

 リングの中央には、美しく輝くダイヤモンド。
 そして、その輝きは、朝日を浴びて、より鮮明に光り輝く。

「指輪……っ」

「うん、婚約指輪。本当は、もう少し落ち着いてから渡すつもりだったんだけど、こんなに早く、箱がないことに気づくとは思わなかった」

「っ……気づくわ。だって、大切なものだもの」

 言いながら、結月の瞳からは、また涙が溢れた。

 だが、それは、先程のような懺悔の涙ではなく、喜びに満ちた優しい涙──

「っ……いつの間に、指輪なんて」

「執事ですからね。ご主人様の知らないうちに準備するのは、いつものことですよ」

 すると、レオは執事らしく答えながらも、リングケースから指輪を外し、その指輪を、結月の指に通していく。

 左手の薬指には、ダイヤの指輪がするりと収まった。
 そして、それは、測ったかのようにピッタリで、さすが執事と、感心してしまう程。

「ピッタリ……」
「それは、良かった」

 するとレオは、結月の指で光る指輪を見つめながら
 
「どうして、婚約指輪を贈るか知ってる?」
 
「え?」

「婚約。つまり、結婚の約束するためのもの。でも、その他にも理由がある」

「理由?」

「うん。婚約指輪は、もし妻よりも先に、夫が先立った場合、残された妻が、指輪を売って生計を立てられるよう、財産的な価値があるものとして贈るんだ」

「財産的な?」

「そう、残された者の生活を保証するためのもの。だから、もともと、この箱にも、指輪が入ってたんだ」

「え?」

 するとレオは、再び、空っぽの箱を手に取った。

「この空の箱には、もともと、俺の父が、母に贈った婚約指輪が入ってた。だけど、その母は、俺を産んで亡くなってしまって、それから父は、祖母の手を借りながら、俺を育ててくれた。でも、生活は、あまり豊かではなくて、父は、母の指輪を売って、俺を育ててたんだ」

 それを知った時は、すごくショックだった。

 そして、父が残した黒革の手帳には、指輪を手放した時の思いも綴られていた。

 レオのためにも、許してくれ──と。

 まるで、手放すことを、懺悔するような言葉。
 そして、その言葉が、ずっと引っかかっていた。
 
 俺が、生まれてこなこれば、母は死ななかったかもしれない。俺がいなければ、父は大切な指輪を手放さずにすんだかもしれない。

 そう思えば、思うほど、生まれてきたことを後悔した。
 
 だけど、執事になるために、様々な知識を身につけるうちに、婚約指輪の意味を知った。

 残された者の生活を保証するため。

 そんな意味合いを持つ指輪の存在に、また、父のことを思い出した。

 父は、母の指輪を手放した。
 大切な人との思い出の品を──

 でも、そうまでして、俺を守ろうとしていたのだと。
 俺は、そんなにも、父に愛されていたのだと──

「大切なものを守るために、財産として贈るもの。婚約指輪は、元々、そういうものだったんだ。だから、結婚指輪とは、別に婚約指輪を贈る。いつか、手放しても大丈夫なように……だから、結月も困った時は手放していい。後悔なんてしなくていい。それで、結月が安心して暮らせるなら、俺にとっては、それが一番だから──それに、中身がなくなっても、愛はなくならない」

 箱の中には、確かに『愛』があった。

 見えなくても、空っぽでも、俺たちは、ずっと、このあいに支えられてきた。
 
 この箱に夢を見ることで、生きてこれた。

「だから、俺に万が一のことがあれば、これを売って、生活すればいい」

「万が一って……縁起でもないこと言わないで」

「大事なことだから話してるんだ。それに、俺は、あの時、死ぬはずだった」

「え?」

「結月に初めて会った時。本当は、死ぬはずだったんだ。父がなくなって、もう生きているのが苦しくてたまらなくなって、死んだほうがマシだと思った。だから、父のもとに行こうと思ってたんだ」

 きっと、その方が幸せだと思った。
 だから、父と同じように、川に飛び込もうとしていた。

「でも、そんな俺を、結月が助けてくれた。だけど、あの時は、余計なお世話だと思ったんだ。助けられたことを素直に喜べなかった。だけど、今なら、はっきり言える」

 レオは、再び結月をみつめると、結月の身体を、強く抱きしめた。愛しい人の温もりを感じながら、レオは、噛み締めるように囁く。

「あの時、助けてくれてありがとう。結月が、俺の命を救ってくれたおかげで、俺は今、こんなにも幸せだ」

「……っ」

 抱きしめながら、レオは、何度と感謝の言葉を述べた。
 
 もし、あの時、死んでいたら、きっと、こんな幸せは味わえなかったのだろう。

 だからこそ、今、生きていることに感謝する。
 心から、命を捨てなくて、良かったと思う。

「ありがとう。俺は、結月に救われた。結月がいてくれたら、今まで生きて来れた。だから、俺の人生は、全て結月に捧げる」

 結月には、一生かけても返せないほどの恩があった。

 命を救ってくれたこと。
 俺に夢を与えてくれたこと。
 そして、俺を愛してくれたこと──

「だから、結月には、1分でも1秒でも、俺より長く生きてほしい。そして、そのためなら、俺はなんだってする。何があっても、必ず君を守る。この命をかけて。だから──」

 抱きしめていた手を緩めると、レオは濡れた結月の瞳に、再び視線をあわせた。

 愛の言葉は、これまでにも何度と囁いてきた。
 だけど、この言葉は、これまでとは重みがちがった。

 レオは、真剣な表情で見つめると──

「俺と、結婚してくれますか?」

しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

ヤンデレにデレてみた

果桃しろくろ
恋愛
母が、ヤンデレな義父と再婚した。 もれなく、ヤンデレな義弟がついてきた。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?

すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。 お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」 その母は・・迎えにくることは無かった。 代わりに迎えに来た『父』と『兄』。 私の引き取り先は『本当の家』だった。 お父さん「鈴の家だよ?」 鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」 新しい家で始まる生活。 でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。 鈴「うぁ・・・・。」 兄「鈴!?」 倒れることが多くなっていく日々・・・。 そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。 『もう・・妹にみれない・・・。』 『お兄ちゃん・・・。』 「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」 「ーーーーっ!」 ※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。 ※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 ※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。 ※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)

借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる

しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。 いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに…… しかしそこに現れたのは幼馴染で……?

処理中です...