お嬢様と執事は、その箱に夢を見る。

雪桜 あやめ

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エピローグ

空の箱

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「私、もう一度……あの屋敷に戻りたいの」

「え?」

 それは、酷く衝撃的な言葉で、レオは瞠目どうもくする。

 あの屋敷とは、つまり、のことだろう。

 結月の生家である阿須加家。
 だけど、その家に戻りたい?

(……何を言ってるんだ?) 

 流石のレオも、それには困惑した。
 
 ホームシックではないだろう、確実に。

 じゃぁ、新居が狭すぎて(十分、広いが)気に入らなかったのか?

 その言葉の真意を探ろうと、レオは必死なって、思考をめぐらせる。

 勿論、結月の頼みなら、何だって叶えてやりたい。
 だが、また戻るのは、流石に享受し難い願いだった。

 あの屋敷を出るのですから大変だったのだ。

 それなのに、また戻るなんて、わざわざ捕まりに行くようなものだ。

「なんで戻りたいの?」

 泣いている結月を見つめ、レオが不安げに問いかけた。

 やはり、お嬢様である結月に、庶民の暮らしはこくだったのだろうか?

 たった一日で根をあげてしまうほど、この生活は、受け入れ難いものだったのだろうか?

(やっぱり、住む世界が違うのか?)

 お嬢様と執事。
 それは、身分違いの不相応な恋だった。

 だからか、泣き顔を見ていると、良くないことばかり考えてしまう。

 もし、ここで、結月に捨てられてしまったら──

「……箱が」
「え?」
 
 だが、そんなレオの耳に、結月の悲痛な声が届く。

 あまりに小さな声に、聞き逃さなぬよう、レオが顔を近づければ、結月はレオの服を掴みながら、戻りたいと告げた理由を話し始める。

「箱が、ないの……レオから預かった、大切な箱が……っ」

 その声は、後悔と哀愁にまみれていた。

 途切れ途切れに紡がれた言葉は、生気せいきをなくしたように弱々しく、結月は、何度も謝りながら涙をながした。

「ごめんなさい……ごめんなさい……私、レオの大事なものを……っ」

 箱をなくしてしまった。
 だから、結月は泣いている。

 そして、それは、結月の背後にあるトランクをみて、レオは、すぐに察した。

 どうやら、屋敷に戻りたいと言っているのは、らしい。
 
「……なんだ、そんなことか」

 だが、泣きじゃくる結月とは対照的に、レオはほっとしたように息をついた。すると結月は、その反応に驚きながら

「そんなことって! あの箱は、レオのお父様の形見なのよ! それに、私だって、ずっと、あの箱に支えられてきたの。それなのに……っ」

 肩をふるわす結月は、溢れそうなほどの涙を浮かべていた。そして、その後、顔を両手で覆い隠し、泣き喚いた。

 なんの価値もない、空《から》の箱。
 それを失くしてしまったと、こんなにも激しく泣いている。

 だけど、結月が、そこまで、あの箱を大切に思ってくれていたことが、レオは嬉しかった。

 あの箱は、二人の大切なものだ。

 夢も、愛も、約束も。
 その全てを、あの箱の中に閉じ込めた。
 
 そして、それは、決して手放すことのできない、二人の思い出の箱になった。

「私……トランクに入れたはずなの……でも、どこを探しても見つからなくて……きっと、屋敷に忘れてきてしてしまったんだわ……だから、お願い……もう一度、あの屋敷に……っ」

 失くしてしまったが故に、結月は、ずっと泣き続けていた。

「お願い……必ず、レオに返すって……約束したのに……っ」

 するとレオは、結月の頬に手を添え、その涙を拭うと

「泣かないで。結月は、忘れてないよ。ちゃんとトランクの中に入ってた」 

「え? 入ってた? じゃぁ、なんでないの? 箱は、どこに」

「箱は、俺が持ってる」

「え?」

 その言葉に、今度は、結月は目を丸くする。
 レオが、持ってる??
 
「な、なんで、レオが」

「ごめん。勝手に持ち出して」

「うんん、それは構わないけど……でも、どうして?」

「…………」

 その言葉に、レオは黙り込んだ。

 言うのを躊躇しているような。
 何か、隠しているような。

 そんな意味深な沈黙に、結月は、不審がる。

「なんで黙るの? もしかして、私を屋敷に戻さないために、嘘をついてるんじゃ」

「違うよ。嘘なんてついてない」

「じゃぁ、なんで……っ」

 直接、目にするまで、安心できないのだろう。

 結月は、箱の在処ありかをずっと求めてきて、レオは、渋々立ちあがると、その後、タンスまで歩み寄り、一番上の引き出しを開けた。

 貴重品などを入れた鍵付きの引き出し。

 そして、その引き出しの中からは、レオの言ったとおり『箱』を取りだした。

 淡いブルー正方形の箱。
 そして、それを見て、結月はほっとする。

「良かった……っ」

 箱が見つかった。
 安心したのか、結月は濡れた瞳を細め、笑顔をうかべた。

 その愛らしい笑顔は、目に入れても痛くないほどで、レオは、再び結月の元に戻ると、今度は、その箱を、結月の手の平に乗せる。

 すると、その箱は、しっかりと結月の手に収まった。
 でも──

「あれ?」

 その瞬間、結月が、小首を傾げる。

 手に馴染なじむその箱は、いつもの"空っぽの箱"だった。

 だけど、いつも軽いその箱が、今は不思議と──重い。

「……中に、何か入ってるの?」

「さぁ、どうだろうね。気になるなら開けてみれば?」

 そう言われ、結月は、レオに言われるまま、その箱を開けてみる。

 カポッ──と、蓋をとれば、箱が開いた。

 そして、いつもなら、その中は空っぽで、箱の底が見えるはずだった。

 でも、今日は違った。

 箱の中には、もう一つ、別の『箱』が入っていた。
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