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【過去編】情愛と幸福のノスタルジア
第132話 情愛と幸福のノスタルジア③
しおりを挟む「夜中、私の部屋に、父親が入ってきたの……」
その言葉に、侑斗は思わず耳を疑った。
静かな病室内は、一段と静まり返り、するとそれから、少しだけ間を開けたかと思えば、ゆりは表情を険しいものに変え話し続ける。
「扉の音で、目が覚めたら、父親で……寝てる私の身体をいきなり触り始めて……声を出そうにも、怖くて出来なくて……ずっと、耐えるしか……なくて……っ」
俯き、言葉をつまらせながら話す、ゆりのその話は、あまりにも重く。
侑斗は、ただ呆然とその声に耳を傾ける。
「暫くしたら出ていったから、それ以上のことは、何も無かったけど……次は何されるのか、ホントにわかんなかったから……親の財布からお金盗んで、ホームセンターでいくつか鍵買って、外から入ってこれないように、内側から鍵を取り付けた」
「……」
「あー、親の財布からお金盗むなんて!なんて言わないでね? その時はそうするしかなかったの。あの家に、私の味方なんて誰もいない。父親も母親も、みんな敵」
苦痛な表情を浮かべながら話すゆりの話を、侑斗はあくまでも真剣な眼差しで聞いていた。
中学1年生なんて、まだ子供だ。
そんな子供に。
しかも、血がつながらないとはいえ、自分の娘に──
侑斗は、その父親のあまりの仕打ちに、憤懣を感じずにはいられなかった。
この子は、一体どんな思いで、自分の部屋のドアに、一つ一つ鍵をとりつけたのだろう。
「それからはね、家に帰るのが嫌になって、よく遅くまで友達と遊んで帰ってた。おかげでこんな不良娘になっちゃったけど……でも、この前は……帰ったら、もう私の部屋には父親がいて……いきなり押し倒されて、それで……っ」
「ゆりちゃん、もういい……!」
「あーやばいと思って、友達からもらった金属バット振り回して、必死の思いでにげてきたんだけど」
んん!?
なんか違った! 思ってたのと違った!
うん、よかった!
むしろ、よかったんだけど──金属バット!?
突然、聞こえた物騒なワードに、侑斗はひどく困惑した。
だが、どうやら未遂だったようで、いまだ腹ただしさはあるものの、それでも少しだけ安心した。
「でも、本当にもう、ダメかと……思ったのッ」
だが、安心したも束の間。まるで、火がついた赤子のように大粒の涙を流し始めたゆりの姿を見て、侑斗は目を見開いた。
「ッ、ぅう……すごくッ、すごく……怖くて……っ」
溢れんばかりの涙を溜めて、途切れ途切れに悲痛な声を漏らすゆりこ手元には、大きな粒となった涙がぽたぽたと落ちた。
涙を流す彼女は、今まで見てきた明るい彼女ではなく……
「お願い、だから見逃して! 私もう、絶対あんな家、帰りたくないッ!」
「……」
小さく体を震わせ、すすり泣く姿に。
涙を流し懇願する姿に。
侑斗は酷く胸を締め付けられた。
あの笑顔の裏に、こんなに辛い出来事があったなんて、考えもしなかった。
中学1年のその日から、一番安らげるはずの家の中で、この子は一人自分の身を守りながら、6年間も過ごしてきたのだろう。
きっとその6年は、地獄のような日々だったのかもしれない。
それこそ「いつ、死んでもいい」と、思ってしまうほどに──
「わかった……」
「……!」
「もう親に連絡するとか、言わないから、安心して──」
「っ、……」
侑斗は、ゆりの頭にポンと軽く手をのせると、子供を慰める様に優しい手つきで、その頭を撫でた。
すると、不意になでられた手があまりに優しかったからは、止めようにも止まらなくなったのか、ゆりは自分の口元を手で覆いながら、声を上げて泣きつづけた。
(家に……帰りたくない、か)
侑斗は、ベッドの上で体を縮こませながら泣くゆりを見て、ふと自分の子供のころを思い出した。
◆◆◆
《じゃぁねー侑斗~ママお出かけしてくるから、お昼はテキトーに買って食べて~》
俺の母親は、浮気ばかりするような人だった。
まだ幼い俺を残して、平気で不倫相手に会いに行くような人だった。
何人、男がいたのかは知らないけど、公務員だった父は、それが原因で家では酒ばかり飲んでた。
もうとっくに破綻した夫婦。
そのくせ、いつまでたっても離婚はしないで……
結局、母にとっての父は、金を稼いでくる、ただそれだけの男でしかなく、俺は、そんな両親を、反面教師として「あーはなりなくない」と思いながら育った。
自分のことしか考えられない。
子供すら、道具として使うような、そんな最低最悪な親。
特に母親は、父が仕事でいないのをいいことに、思春期真っただ中の息子がいるにも関わらず、昼間から、家に男を連れ込んでることもあって
見たくないもの、見せつけられて、何度、あの家に帰りたくないと思ったことだろう。
何度、あんな家、早く出ていきたいと思ったことだろう。
それを思うと、なんとなくだけど似ている気がした。
自分と、この子は──
────カタンッ!!
「……!」
瞬間、侑斗の背後から、何かが落ちる音が聞こえた。
振り返えると、病室の入口で抱きかかえた飲み物を盛大に落とし、顔を青ざめさせている飛鳥の姿が見えた。
「ゆりさん、どうしたの!? なんで、泣いてるの!?」
血相を変えて、ゆりのもとへ駆け寄ると、飛鳥は心配そうにその顔を覗き見る。
あ。ヤバい! 変なトラウマスイッチが入ってしまうかもしれない!
「飛鳥、落ち着け。大丈……」
「あすか~~」
だが、瞬間、顔を伏せていたゆりが、目を赤くして飛鳥のほうに視線を向けた。
「飛鳥のパパがね。私のこと、いじめるのー…」
「はぁ!!?」
声を震わせ、飛鳥に泣きつくゆりの言葉に、侑斗は顔をひきつらせた。
確かに、強引に聞き出したかもしれない。
だが、別にいじめわけではない!
ていうか──
「なんで? なんで、お父さん、ゆりさんのこと……いじめるの?」
ヤバい、うちの天使が今にも泣きだしそうだ!!
「いや、まて飛鳥! 俺はいじめてな……」
「……ふふ」
すると、今度は、手で顔を覆い隠しくすくすと笑いを堪えるゆりの姿が目にはいり、侑斗はハッとした。
どうやら泣き真似らしい。侑斗はそれに気づくと、ゆりに顔を近づけ飛鳥に聞こえない声で話しかけた。
「あのさ! 俺今、飛鳥から失った信頼を取り戻すのに一生懸命なんだよ! ただでさえ、パパ<ゆりさん、なんだからさ。マジでそういうのやめてくれない!?」
「自業自得~学校に連絡しようとする鬼畜パパには、このくらいしないと気が済まなーい♪」
さっきまで泣いていたのがウソのように、小悪魔じみた笑みを見せるゆりに、侑斗は落胆する。
「飛鳥、ゆりちゃんは退院後行くところがなくて泣いてるんだよ! 俺のせいじゃない……!」
「え? 行くところないの?」
飛鳥は、それを聞いて心配そうに、ゆりを見上げる。
「でも、家に帰らないにしても、退院後はどうするつもりだ? お金もそんなにないんだろ?」
「まー、何とかするよ。バイトさえ見つかれば、お金だってなんとかなるし。それまではマンガ喫茶とか、最悪、公園で野宿でもするし」
「あのな、それじゃ本末転倒だろ? 女子高生が公園で野宿なんて……」
「そんなこと言ったって……これ以上、友達の家にお世話になるわけにもいかないし」
「あ、じゃぁさ──」
すると、二人の会話を聞いていた飛鳥が、急に声を上げた。飛鳥は、ゆりの手をぎゅっと握りしめると
「俺たちと暮らそうよ!」
「え?」
「これからは、俺がゆりさんのこと守ってあげる。もう絶対に傷つけたり、悲しませたりしないから──だから、俺と一緒に暮らそう!」
にこりと満面の笑みを浮かべて、幼児らしからぬ発言をさらりと発した飛鳥を見て、ゆりは不覚にも顔を赤らめた。
「……え?」
「ちょっとまて、飛鳥ぁぁ!!?」
だが、それを聞いた侑斗が慌てて声を上げる。
「お前、いきなりなに言ってんの!? てか、お前なにその歳で、完璧なプロポーズ決め込んでんの!? 一緒に暮らそうじゃないだろ!? マジで、一回お父さん通して!!」
「ねぇ、飛鳥って本当に4歳? 怪しい薬飲まされて、体が縮んじゃったとかとそんな感じなんじゃないの?」
「バカいえ! リアル4歳児だ!!」
4歳にして、これとは、なんと末恐ろしい。
侑斗とゆりは、飛鳥の今後の行く末をひどく案じたとか?
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