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【第1部】第1章 神木家の三兄妹弟
第4話 天使と悪魔
しおりを挟む今日は、厄日だ。
──と、狭山はアイスの代金を払ったあと、一人項垂れた。
午前中から街にでて、モデルにはなれそうな子を探していたのに、目の前の少年に声をかけてしまったばかりに、高いアイスを奢るハメになってしまった。
しかもその後も少年に「モデルにならないか」と勧めたのだが、彼は頑なに拒み続けた。
なんとか名刺だけは受け取ってもらい、諦めて事務所に戻ろうと、狭山がポケットから車のキーを取り出した、その時だ!
「狭山さん、車? じゃぁ乗っけてよ。俺んち、この近くだから♪」
と、再び少年の声が降ってきたのである。
「おい! 近頃のガキはどうなってんだ! 見ず知らずのお兄さんの車に乗るとか、ダメだろ! もっと自分の顔、鏡で見て身の振り方考えなさい!」
「大丈夫だよ。俺、人を見る目はあるんだーそれにお兄さん面白いし♪」
「え? 面白いの、俺」
「うん。俺のこと、女と間違えた挙句、首まで絞めてきたの(マフラーで)お兄さんくらいだよ? あれじゃ、仮にモデル目指してたとしても、お兄さんとは契約しないよね? 完全アウトだよね?」
「やめてくんない!? この仕事続けていく自信なくなっちゃうから!!」
丁度、アイスクリームショップ隣のコインパーキングに車を駐車させていたため、スムーズに帰路にはつけた。だが、狭山が店から出ると、さも当たり前のように、にこにこと笑いながらついてくる少年。
(ま、マジで乗る気か? どうしよう。でも、俺も少し強引だったしなぁ……)
知らなかったとは言え、アイスを買った帰りに、無理矢理引き止めてしまったことに、狭山は少しだけ罪悪感をいだく。
それに、ふと気がつけば、彼は常に笑顔を絶やすことなく微笑んでいた。
不機嫌そうな顔をしたのは、引き止めた時くらいかもしれない。笑っているのがデフォルメなのか? だが、不思議とその笑顔を見ると、どんな願いも聞き入れたくなってしまうのだ。
美人でイケメンで、おまけに笑顔も可愛いだなんて、なんて得なことだろう。
まさに、人生の勝ち組だ。
***
《料金を確認してください》
コインパーキングの料金所で、機械的な声が響く。料金を確認してお金を払うと、暫くして上がっていた車止めが解除された。
狭山は、車の前に移動しキーロックを解除すると、仕方なしに少年を助手席にのせる。その後、いつもとは違う助手席をチラッと覗き見ると、少年は平然とした様子で、ピコピコとスマホをいじり始めていた。
(てか、車に乗るとか、マジであぶねーだろ?)
このままほっておくと、いつか大変な事件に巻き込まれ兼ねない気がして、狭山は少年の身を案じた。
ただでさえ、こんな綺麗な顔をしているのだ。男とはいえ危険すぎる。
(危機感を覚えさせるためにも、このまま事務所に連れてってみるか? いやいや、でもそれじゃ、本当に誘拐するみたいだし……)
「これ、なーんだ?」
すると、狭山が真剣に考えているその横から少年が明るい声を発した。
狭山が訝しげに少年の方を見ると、見せつけられたのはスマホの画面に映し出された電話帳の欄だった。
「け……警視、……橘…………警…?」
そして、狭山はその電話帳の文字を目にして青ざめる。
──警視庁、橘警部!?
「この人ね、昔俺がストーカー被害にあった時に、色々相談にのってくれた警部さんなんだけど、何かあったらすぐ電話して、って言われてるんだー」
「つ……つまり?」
「うん。もし妙なことしたら……わかるよね?」
今までの笑顔がまるで嘘のような、どす黒い笑顔を浮かべた少年を見て、狭山は言葉を失った。
( なに、この子!? 見た目、天使なのに、中に悪魔飼ってるよ!! 天使と悪魔共存してるよ! 魔王の息子レベルのドスグロさなんだけど!! てか、さっき人を見る目あるっていってたよね!? 全く信用されてないよね俺?! 確実に俺のこと「ブタ箱」に送り込む気、満々だよね!!?)
狭山は、ハンドルを握りしめたまま、とてつもない脱力感にさいなまれた。
だが、それなりに危機管理はしているようで、狭山はほっと息をつくと、その後、渋々車を走らせ少年の家に向かう事にした。
車のエンジンをかけ、パーキングから車道にでると、狭山は少年の案内通りに進む。すると、そこから5分もかからない場所で「ここでいいよ」と、停止の合図を出された。
目の前にそびえ立つのは、30階建ての高級マンション。言うなれば、お金持ちが暮らすマンションだ。
狭山は、言われた通り、そのマンション前の路肩に車を寄せ一時停車させると、少年はお礼を言って車から下りた。
「あ、まって! せめて名前だけでも、教えてくれない?」
その後、狭山も車からおりると、最後にと言わんばかりに、狭山は少年の「名前」を尋ねた。
だが…
「やだ!」
「え!? なんでだよ?!」
「だって、名前教えて勝手に『偽造契約書』とか作られて、脅されたら嫌だし」
「なにそれ!? 実話なの! 怖すぎるんだけど!?」
「あはは、でも俺、本当にモデルになる気はないから……諦めてよ──」
そう言って、少年はまたにこやかに笑う。だが、ほんの一瞬だけ、その瞳が暗く影を宿したのを狭山は見逃さなかった。
綺麗な青い瞳が、切なそうにゆれる。
彼が、そこまでモデルを嫌がるのには、何かワケでも、あるのだろうか──
「あの、もし、なにか悩みがあるなら、いつでも、聞いてやるぞ?」
「……なにそれ? 口説いてんの?」
「ちげーよ! お兄さん、そっちの趣味はないからね!」
「あはは。まーありがとうね。もし、また次会った時に、俺がお兄さんのこと覚えてたら、その時は名前教えてあげる♪」
そう言って、今度は小悪魔じみた笑みをみせると、少年はヒラヒラと手を泳がせ、目の前の高級マンションに入る。
……の、かと思いきや、そのマンションを通り過ぎると、なぜか更に奥の路地へと消えていった。
「…………あれ?家、ここじゃないの?」
どうやら、目の前の高級マンションは、彼の家ではないらしい。
そんな少年の危機管理能力の高さに、狭山が一人唸ったのは、言うまでもない。
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