神木さんちのお兄ちゃん!

雪桜

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第6章 転校生と黄昏時の悪魔【過去編】

第33話 転校生と黄昏時の悪魔 1

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 今から遡ること、10年前──

 それは、隆臣がもうすぐ小学5年生になろうという春のことだった。

 寒い冬が終わりを告げ、春休みを間近に控えた暖かい3月上旬。
 そんな頃に、突如ふりかかった『最悪の事態』に、隆臣はひどく頭を悩ませていた。

「母さん! なんで転校しなきゃならないんだよ!」

 キッチンで料理をしていた母の美里にに当時10歳の隆臣が声を荒らげた。母親譲りの赤毛に髪に、父親譲りの凛々しい顔立ち。
 だが、今では冷静な隆臣も、この頃はそれなりにやんちゃで活発な子供らしい子だった。

「……ごめんね、隆臣。お父さん、このまま警視庁で働くことになりそうなの。いつまでも単身赴任って訳にもいかないし、中学に上がる前に転校するなら、今のタイミングが一番いいかとおもって……だから申し訳ないけど、春からはあっちの小学校に通ってくれないかな?」

 酷く怒った顔をする息子を見つめ、美里が、申し訳なさそうに応えた。

 隆臣とて、親の事情がわからないわくではなかった。だが、この頃の隆臣はまだ子供で、そんな親の事情を簡単に納得できるはずもなく
 
「今まで通り、単身赴任でいいじゃん。親父なんて、いてもいないようなもんだし……!」

「ちょっと、隆臣!?」

 怒り任せに父の暴言を吐くと、隆臣はフンと母から顔を背けた。

 隆臣の父である『橘 昌樹』は、警視庁に勤める刑事だった。
 昌樹は隆臣が小学3年の時、警視庁への移動が決まり、それから2年間単身赴任を続けている。

 はたから見たら、立派な父かもしれない。
 だが、隆臣にとっての父は、休みの日でも事件とあれば現場に赴き、家族のことはほったらかしにする。

 そんな薄情な父でしかなく……

 隆臣はそんな父が、どうにも好きになれずにいた。

「最悪だ。今さら転校なんて…」
 
「大丈夫よ。隆臣なら、あっちの小学校でも、ちゃんとお友達作れるわ。でも、お友達を作りたいなら、そんな顔してちゃダメよ」

「じゃぁ、どんな顔しろって言うんだよ」

「そうね。やっばり、お友達を作りたいなら、まずは笑顔かな? 笑顔で話しかけたら、きっとみんな隆臣のこと好きになってくれるわ!」

「……」

 母のその場しのぎのような言葉が、隆臣を更にいらだたせる。

 母は、わかっていない。

 新しい学校で、また一から人間関係を築いていかなくてはならない、その『不安』と底しれない『重圧』に


「俺……笑顔とか、苦手なんだけど…」

 母に聞こえないように、そう、小さく呟くと、隆臣は深く深くため息をついた。


 目の前に現れた 「転校」という大きな試練。

 だが、この転校をきっかけに、隆臣は、後の親友となる「神木 飛鳥」と出会うことになる──
















◇◇◇


「はい。今日からみんなと一緒に勉強をすることになりました。橘 隆臣くんです!」

 4月──隆臣は、今まさに、その試練の時を迎えていた。

 教壇の前に立つのは、担任である女の先生。20代後半くらいの明るく活発そうなその先生は、元気な声を発しながら、黒板にスラスラとチョークを走らせていた。

「転校生だー」

 橘 隆臣──と、黒板に書かれた文字を見つめながら、クラスの生徒がヒソヒソと話をする。

 刺さるようなクラスメイトの視線を感じながら、隆臣はその居心地の悪さに思わず眉をしかめる。

 緊張で心臓が爆発しそうだ。
 早く席につきたい。

 だが、そんな隆臣の思いとは裏腹に

「せっかくだから、橘くんも挨拶しよっか!」

 担任の先生は、あまりにも理不尽な提案をしてきた。

(あ、挨拶?)

 ニコニコとこちらを見下ろす先生を見上げ、隆臣はその額にじわりと汗をかく。
 
 めちゃくちゃ気を抜いていた。

 名前を紹介されたあとは、もう席につくだけだと思っていた。

 それなのに──

(あ、挨拶って何を言えばいいんだ?趣味とか、好きなモノとか?やべー、何も思いつかねーっ)

 もはや、パニックだ。

 だが、これを拒否すると、クラスメイトからの心象が悪くなる。

 隆臣は、仕方ないと腹を括るとクラス中の生徒が見つめる中

「た、橘です。宜しく……お願ぃ……します…っ」

 ギュッとランドセルを握りしめると、隆臣はそう言いはなった。

 だが、そのなんの捻りのない自己紹介を聞いて、教室内は当然のごとく静まり返る。

 空気が重い。
 視線が痛い。

 そして、明らかにみんな続きの言葉をまっている。

 だが、悪いが、この先の言葉などはなく、でも、それでもあまりに沈黙が続くものだから、隆臣は母が言っていた「笑顔で」という言葉を思い出すと、その後クラスメイトにむけて、にへッと不器用な笑顔を向けた。

「…………」

 だが、その笑顔を見た瞬間、クラスメイトは凍りつく。

 よほど、威圧的な笑顔だったのか、生徒たちは
 
「ねぇ、なんか怖くない?」
 
「不良……とかじゃないよね?」

「ダメだよ、聞こえちゃう…」

 ヒソヒソと聞こえてくる話し声。それを聞いて隆臣は

(あれ?なんか、反応が……)

「あー、ちょっと緊張してたのかな~」

 すると、横にいた担任の先生が再び明るい声を上げて

「みんな~橘君はとってもいい子だから、ちゃんと仲良くしてねー!」
 
(ちゃんと!?)

 予期せぬ忠告されら隆臣は絶句した。

(え!? もしかして、俺怖いやつだと思われた!? 母さん、笑顔全然ダメじゃん!!)

 どうやら、あの天然の母親の言うことを真面目に実行したばかりに、とんでもないことになってしまったらしい。

 隆臣は、転校早々にボッチ確定ではないと、胸の中に小さな不安が過ぎるが

「あ、橘くんは、二列目の一番後ろの席ね。あと教科書届くまでは、隣の席の子に見せてもらって」

「…………」

 と、そんな隆臣の不安には目もくれず、横にたつ担任は、また笑顔で座る席を指定してきた。

 まさか、こんな怖い奴認定されたような状態で、隣の席の奴から教科書を見せてもらうなんて

(……最悪だ)

 もはや、気持ちはブルー通り越して、ダークだった。

 だが、隆臣はその後、渋々担任が指さした自分の席に視線を移すと

「──え?」

 その瞬間、隆臣は目を見開いた。

 縦一列に並んだ一番後ろの窓際の席。

 黒や茶色の髪の色に紛れ、突如目に飛び込んできたのは、一際目立つ

 ──“金色"の髪だった。

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