37 / 446
第6章 転校生と黄昏時の悪魔【過去編】
第33話 転校生と黄昏時の悪魔 1
しおりを挟む今から遡ること、10年前──
それは、隆臣がもうすぐ小学5年生になろうという春のことだった。
寒い冬が終わりを告げ、春休みを間近に控えた暖かい3月上旬。
そんな頃に、突如ふりかかった『最悪の事態』に、隆臣はひどく頭を悩ませていた。
「母さん! なんで転校しなきゃならないんだよ!」
キッチンで料理をしていた母の美里にに当時10歳の隆臣が声を荒らげた。母親譲りの赤毛に髪に、父親譲りの凛々しい顔立ち。
だが、今では冷静な隆臣も、この頃はそれなりにやんちゃで活発な子供らしい子だった。
「……ごめんね、隆臣。お父さん、このまま警視庁で働くことになりそうなの。いつまでも単身赴任って訳にもいかないし、中学に上がる前に転校するなら、今のタイミングが一番いいかとおもって……だから申し訳ないけど、春からはあっちの小学校に通ってくれないかな?」
酷く怒った顔をする息子を見つめ、美里が、申し訳なさそうに応えた。
隆臣とて、親の事情がわからないわくではなかった。だが、この頃の隆臣はまだ子供で、そんな親の事情を簡単に納得できるはずもなく
「今まで通り、単身赴任でいいじゃん。親父なんて、いてもいないようなもんだし……!」
「ちょっと、隆臣!?」
怒り任せに父の暴言を吐くと、隆臣はフンと母から顔を背けた。
隆臣の父である『橘 昌樹』は、警視庁に勤める刑事だった。
昌樹は隆臣が小学3年の時、警視庁への移動が決まり、それから2年間単身赴任を続けている。
傍から見たら、立派な父かもしれない。
だが、隆臣にとっての父は、休みの日でも事件とあれば現場に赴き、家族のことはほったらかしにする。
そんな薄情な父でしかなく……
隆臣はそんな父が、どうにも好きになれずにいた。
「最悪だ。今さら転校なんて…」
「大丈夫よ。隆臣なら、あっちの小学校でも、ちゃんとお友達作れるわ。でも、お友達を作りたいなら、そんな顔してちゃダメよ」
「じゃぁ、どんな顔しろって言うんだよ」
「そうね。やっばり、お友達を作りたいなら、まずは笑顔かな? 笑顔で話しかけたら、きっとみんな隆臣のこと好きになってくれるわ!」
「……」
母のその場しのぎのような言葉が、隆臣を更にいらだたせる。
母は、わかっていない。
新しい学校で、また一から人間関係を築いていかなくてはならない、その『不安』と底しれない『重圧』に
「俺……笑顔とか、苦手なんだけど…」
母に聞こえないように、そう、小さく呟くと、隆臣は深く深くため息をついた。
目の前に現れた 「転校」という大きな試練。
だが、この転校をきっかけに、隆臣は、後の親友となる「神木 飛鳥」と出会うことになる──
◇◇◇
「はい。今日からみんなと一緒に勉強をすることになりました。橘 隆臣くんです!」
4月──隆臣は、今まさに、その試練の時を迎えていた。
教壇の前に立つのは、担任である女の先生。20代後半くらいの明るく活発そうなその先生は、元気な声を発しながら、黒板にスラスラとチョークを走らせていた。
「転校生だー」
橘 隆臣──と、黒板に書かれた文字を見つめながら、クラスの生徒がヒソヒソと話をする。
刺さるようなクラスメイトの視線を感じながら、隆臣はその居心地の悪さに思わず眉をしかめる。
緊張で心臓が爆発しそうだ。
早く席につきたい。
だが、そんな隆臣の思いとは裏腹に
「せっかくだから、橘くんも挨拶しよっか!」
担任の先生は、あまりにも理不尽な提案をしてきた。
(あ、挨拶?)
ニコニコとこちらを見下ろす先生を見上げ、隆臣はその額にじわりと汗をかく。
めちゃくちゃ気を抜いていた。
名前を紹介されたあとは、もう席につくだけだと思っていた。
それなのに──
(あ、挨拶って何を言えばいいんだ?趣味とか、好きなモノとか?やべー、何も思いつかねーっ)
もはや、パニックだ。
だが、これを拒否すると、クラスメイトからの心象が悪くなる。
隆臣は、仕方ないと腹を括るとクラス中の生徒が見つめる中
「た、橘です。宜しく……お願ぃ……します…っ」
ギュッとランドセルを握りしめると、隆臣はそう言いはなった。
だが、そのなんの捻りのない自己紹介を聞いて、教室内は当然のごとく静まり返る。
空気が重い。
視線が痛い。
そして、明らかにみんな続きの言葉をまっている。
だが、悪いが、この先の言葉などはなく、でも、それでもあまりに沈黙が続くものだから、隆臣は母が言っていた「笑顔で」という言葉を思い出すと、その後クラスメイトにむけて、にへッと不器用な笑顔を向けた。
「…………」
だが、その笑顔を見た瞬間、クラスメイトは凍りつく。
よほど、威圧的な笑顔だったのか、生徒たちは
「ねぇ、なんか怖くない?」
「不良……とかじゃないよね?」
「ダメだよ、聞こえちゃう…」
ヒソヒソと聞こえてくる話し声。それを聞いて隆臣は
(あれ?なんか、反応が……)
「あー、ちょっと緊張してたのかな~」
すると、横にいた担任の先生が再び明るい声を上げて
「みんな~橘君はとってもいい子だから、ちゃんと仲良くしてねー!」
(ちゃんと!?)
予期せぬ忠告されら隆臣は絶句した。
(え!? もしかして、俺怖いやつだと思われた!? 母さん、笑顔全然ダメじゃん!!)
どうやら、あの天然の母親の言うことを真面目に実行したばかりに、とんでもないことになってしまったらしい。
隆臣は、転校早々にボッチ確定ではないと、胸の中に小さな不安が過ぎるが
「あ、橘くんは、二列目の一番後ろの席ね。あと教科書届くまでは、隣の席の子に見せてもらって」
「…………」
と、そんな隆臣の不安には目もくれず、横にたつ担任は、また笑顔で座る席を指定してきた。
まさか、こんな怖い奴認定されたような状態で、隣の席の奴から教科書を見せてもらうなんて
(……最悪だ)
もはや、気持ちはブルー通り越して、ダークだった。
だが、隆臣はその後、渋々担任が指さした自分の席に視線を移すと
「──え?」
その瞬間、隆臣は目を見開いた。
縦一列に並んだ一番後ろの窓際の席。
黒や茶色の髪の色に紛れ、突如目に飛び込んできたのは、一際目立つ
──“金色"の髪だった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
158
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる