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1・魔王、異世界に逃げる。
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「やってしまった……」
その日。
勇者が殺された。
一人の魔族によって、あっけなく。
〇
デュマークという魔族がいた。
とにかく争いごとが嫌いで、勉学や研究が大好きであった。
その結果を発表することもなく、実践こそはすれど表に出すことは決してしなかった。
存在を知るものもほとんどおらず、またその住処である塔があることさえも知らぬ者のほうが多かった。
そして、その存在を知る一部の魔族たちも『逃げ腰の情けない奴』という認識で終わっており、誰もが彼に対して関心を持つことはなかった。
それはデュマークにとって、とても有難いことであった。
邪魔されることなく、好きなことができる。
塔の内部を魔術や技術で快適にし、常に趣味に没頭できる。
最高の環境で一生を過ごす……つもりだった。
ある日、勇者が塔に侵入してきた。
「やっぱり裏ボスがいたんだな! 死ねえ!」
そんな言葉と共に、デュマークは不意打ち気味に斬りかかられ――。
「……え?」
反射的に魔力の塊をぶつけ、殺してしまったのだった。
〇
そして、今に至る。
デュマークは絶望していた。
上半身が存在しない勇者の遺体を前で、苦悶の声と顔でうろたえていた。
この世界には、とある言い伝えがある。
『勇者を殺した魔族は、魔王としてその力と責に目覚める』というものであった。
そしてデュマークはそれが事実であるということを事前に調べて知っていた上、現在進行形で事実をその身で体験していた。
魔王になったものは魔族を率いて、人族と戦う使命に『駆られていく』というものがある。
ある魔族の話では『穏やかで人族との関係をよくしたいと動いていた魔族が魔王になった途端、殺戮者になった』という前例も多々とある。
要は『人格さえも魔王となっていく』という呪いのようなものだ。
同時に勇者もまたそういうもので、こちらは『乗り移られる』というようなものであることもデュマークは長年の研究で導き出していた。
だからこそ。
デュマークは出来うる限り、関わらないように隠れて、ひっそりと生きていた。
それが一瞬で水の泡と化してしまったのである。
「最悪だ……魔王になってしまった……最悪だ……」
彼の絶望は計り知れなかった。
溢れ出てくる力と新たな知識と共に、ひどい衝動が奥底から滲み出てくる。
デュマークは、この世界において頂点だ。
彼以上に強い存在はいないほどである。
彼の強さは数千年前から、変わっておらず、そして誰も知ってはいない。
当人も含めて――ただ。
観測する立場が違えば知っている存在はいる。
「あら、デュマくん……勇者殺しちゃったのね」
音もなく、その女性は彼の前に現れた。
五体投地で嘆いていたデュマークは、その声に顔を素早く上げた。
「……女神ミアス!」
「他人行儀ね。昔みたいにミアス姉さんって言ってくれてもいいのに」
「……いろんな事実を知った以上、貴女のことを気軽に呼べませんよ。これが限界です」
「あら寂しい」
女神ミアス。
この世界を生み出した存在であり、先の魔王と勇者のシステムを管理している神様であった。
デュマークがまだ若造と呼べるほどの頃に、ふらりと彼の前に現れて、それ以降仲良くしていたが、デュマークが真実を知ってからは会う回数が減っていき、ここ数百年は会っていなかった。
数百年ぶりの再会である。
「このままじゃ魔王になっちゃうわね、デュマーク」
「……女神の力で、どうにかできませんか?」
「無理よ。それは私が生み出したシステムじゃないから……この世界より前の世界の根幹に埋められているものだから無理に排除しようとすると世界が崩壊しちゃうわ」
「もういっそ壊してくださいよ……いやだ、僕はただ静かに研究したかっただけなのに……」
さめざめと泣き始めるデュマークをミアスは優しく抱きしめる。
「……打つ手がない、というわけじゃないわ」
その言葉にデュマークは泣き止み、胸元から彼女を見上げた。
「私が管理している『もう一つの世界に転移』するのよ」
「……観測はしていましたが、やはり貴女の世界だったのですね」
デュマークはミアスの抱擁から離れ、真剣でわずかに力を取り戻した顔を女神へ向けた。
「え、観測してたの?……さすがねデュマーク」
「女神ミアス。それで転移する方法とは?」
「簡単、私が飛ばすわ……この塔ごとね」
「!!」
「同時にこの世界に貴方がいた事実を消します」
「……よろしいのですか、そこまで一個人に入れ込んで」
デュマークの疑問はもっともであり、しかし、その言葉にミアスは小さく笑いながら。
「ええ。いいのよ。私は女神である前に、あなたのお姉ちゃんだから」
そういって女神はデュマークですら見たことのない陣を彼の足元に展開する。
一瞬で知的好奇心に駆られたデュマークは、何とかその衝動を抑えてミアスに再び視線を移す。
「……ありがとう、女神ミアス。この礼は必ず返します」
「律儀すぎるわ貴方。ああ、でも一つ転移のために必要な制約があるのよ」
「……?」
「どうか、もう一つの私の世界の――」
陣が強く輝き、その場には、何一つ存在しなくなった。
ただ、深い深い、魔族領の森の中に、何かがあったであろう不自然な空き地が残った。
取り残された女神ミアスは夜空を見上げ、その先にある一際に輝く星を見る。
「ごめんね、そして、お願いします……デュマくん」
意識が飛ぶ。
そして気が付いた時には、何もない荒野の真ん中に彼と塔が建っていた。
デュマークは転移される間際に聞いた女神の一言を頭の中で反芻し続けていた。
『どうか、もう一つの私の世界の『救世主』になって』
その日。
勇者が殺された。
一人の魔族によって、あっけなく。
〇
デュマークという魔族がいた。
とにかく争いごとが嫌いで、勉学や研究が大好きであった。
その結果を発表することもなく、実践こそはすれど表に出すことは決してしなかった。
存在を知るものもほとんどおらず、またその住処である塔があることさえも知らぬ者のほうが多かった。
そして、その存在を知る一部の魔族たちも『逃げ腰の情けない奴』という認識で終わっており、誰もが彼に対して関心を持つことはなかった。
それはデュマークにとって、とても有難いことであった。
邪魔されることなく、好きなことができる。
塔の内部を魔術や技術で快適にし、常に趣味に没頭できる。
最高の環境で一生を過ごす……つもりだった。
ある日、勇者が塔に侵入してきた。
「やっぱり裏ボスがいたんだな! 死ねえ!」
そんな言葉と共に、デュマークは不意打ち気味に斬りかかられ――。
「……え?」
反射的に魔力の塊をぶつけ、殺してしまったのだった。
〇
そして、今に至る。
デュマークは絶望していた。
上半身が存在しない勇者の遺体を前で、苦悶の声と顔でうろたえていた。
この世界には、とある言い伝えがある。
『勇者を殺した魔族は、魔王としてその力と責に目覚める』というものであった。
そしてデュマークはそれが事実であるということを事前に調べて知っていた上、現在進行形で事実をその身で体験していた。
魔王になったものは魔族を率いて、人族と戦う使命に『駆られていく』というものがある。
ある魔族の話では『穏やかで人族との関係をよくしたいと動いていた魔族が魔王になった途端、殺戮者になった』という前例も多々とある。
要は『人格さえも魔王となっていく』という呪いのようなものだ。
同時に勇者もまたそういうもので、こちらは『乗り移られる』というようなものであることもデュマークは長年の研究で導き出していた。
だからこそ。
デュマークは出来うる限り、関わらないように隠れて、ひっそりと生きていた。
それが一瞬で水の泡と化してしまったのである。
「最悪だ……魔王になってしまった……最悪だ……」
彼の絶望は計り知れなかった。
溢れ出てくる力と新たな知識と共に、ひどい衝動が奥底から滲み出てくる。
デュマークは、この世界において頂点だ。
彼以上に強い存在はいないほどである。
彼の強さは数千年前から、変わっておらず、そして誰も知ってはいない。
当人も含めて――ただ。
観測する立場が違えば知っている存在はいる。
「あら、デュマくん……勇者殺しちゃったのね」
音もなく、その女性は彼の前に現れた。
五体投地で嘆いていたデュマークは、その声に顔を素早く上げた。
「……女神ミアス!」
「他人行儀ね。昔みたいにミアス姉さんって言ってくれてもいいのに」
「……いろんな事実を知った以上、貴女のことを気軽に呼べませんよ。これが限界です」
「あら寂しい」
女神ミアス。
この世界を生み出した存在であり、先の魔王と勇者のシステムを管理している神様であった。
デュマークがまだ若造と呼べるほどの頃に、ふらりと彼の前に現れて、それ以降仲良くしていたが、デュマークが真実を知ってからは会う回数が減っていき、ここ数百年は会っていなかった。
数百年ぶりの再会である。
「このままじゃ魔王になっちゃうわね、デュマーク」
「……女神の力で、どうにかできませんか?」
「無理よ。それは私が生み出したシステムじゃないから……この世界より前の世界の根幹に埋められているものだから無理に排除しようとすると世界が崩壊しちゃうわ」
「もういっそ壊してくださいよ……いやだ、僕はただ静かに研究したかっただけなのに……」
さめざめと泣き始めるデュマークをミアスは優しく抱きしめる。
「……打つ手がない、というわけじゃないわ」
その言葉にデュマークは泣き止み、胸元から彼女を見上げた。
「私が管理している『もう一つの世界に転移』するのよ」
「……観測はしていましたが、やはり貴女の世界だったのですね」
デュマークはミアスの抱擁から離れ、真剣でわずかに力を取り戻した顔を女神へ向けた。
「え、観測してたの?……さすがねデュマーク」
「女神ミアス。それで転移する方法とは?」
「簡単、私が飛ばすわ……この塔ごとね」
「!!」
「同時にこの世界に貴方がいた事実を消します」
「……よろしいのですか、そこまで一個人に入れ込んで」
デュマークの疑問はもっともであり、しかし、その言葉にミアスは小さく笑いながら。
「ええ。いいのよ。私は女神である前に、あなたのお姉ちゃんだから」
そういって女神はデュマークですら見たことのない陣を彼の足元に展開する。
一瞬で知的好奇心に駆られたデュマークは、何とかその衝動を抑えてミアスに再び視線を移す。
「……ありがとう、女神ミアス。この礼は必ず返します」
「律儀すぎるわ貴方。ああ、でも一つ転移のために必要な制約があるのよ」
「……?」
「どうか、もう一つの私の世界の――」
陣が強く輝き、その場には、何一つ存在しなくなった。
ただ、深い深い、魔族領の森の中に、何かがあったであろう不自然な空き地が残った。
取り残された女神ミアスは夜空を見上げ、その先にある一際に輝く星を見る。
「ごめんね、そして、お願いします……デュマくん」
意識が飛ぶ。
そして気が付いた時には、何もない荒野の真ん中に彼と塔が建っていた。
デュマークは転移される間際に聞いた女神の一言を頭の中で反芻し続けていた。
『どうか、もう一つの私の世界の『救世主』になって』
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