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第3話『悪夢の様な天国で』

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『株式会社デモニックヒーローズ』のネットワーク部門の話を聞き終わった俺は、次に演出部門の事を聞いてみる事にした。

「演出部門についてですが、その名の通り、物語を演出する部門でございます」

「物語を演出する?」

「はい。先ほどもお伝えしました通り、昨今は派遣業ばかりでなく、物語作品を映像化して、スポンサーへお届けするという業務がございまして。そちらの物語作品の制作や、制作補助が主な業務ですね。また通常の派遣業も、物語を盛り上げるために、演出を追加する事もございます」

「……あの。もしかして、なんですけど。そのスポンサーが楽しめる様に、危機とかそういうのを演出しろって言ってます?」

「えぇ。その通りです」

俺は思わず真顔になってしまった。

なんだその話はと。

さっき幼い少女が世界の危機に立ち上がったみたいな話をしていたが、そんな勇気と愛情に満ちた子に、悪意ある落とし穴を作れと言っているのだろうか。

正気か? どんな外道だよ。

「も、森藤様のお気持ちはよく分かります! しかし、どうかお話を聞いてください」

「はぁ」

「基本的な立場の話ですが、私たちは世界の平和を求めておりますし、犠牲もなるべく少なくなる様に立ちまわっております。もし、仮に犠牲を出さねばならない時は、弊社の技術で作りました複製体に意識を宿らせまして、その身を犠牲とする事で、世界を平和にするのです。ですから、無用な犠牲を出す事はございません!」

「しかし、先ほど物語を演出すると言ったでは無いですか。死ななければ良いと思っているのでは無いですよね?」

「当然です! 心身共に平穏無事。それこそが弊社の望む未来の形でございます」

「そうですか。ちなみにお聞きしたいのですが、今、これから私がその業務に携わるとして、どの様な物語があるのでしょうか?」

「現在ですか? 現在はですね……」

「……」

「昨今スポンサーが、普通の物語も良いが、珍しい物語も見たいというアンケートが集まっておりまして、いくつか施策を打っているのですが、上手くいっていない箇所もあり、そちらの演出に参加していただきたいのです」

「ほう? 普通ではない珍しい物語とは」

「そうですね。例えば、スローライフ物とかでしょうか」

「スローライフ物?」

何かネット上に転がってる小説みたいな単語が出てきて、俺は思わずオウム返しに言葉を返す。

「そうです。いつも勧善懲悪ばかりではスポンサーも飽きるかと思いまして、試作的に行ったのが、スローライフ物と呼ばれる演出物語になります」

「……」

「一応その時のキャストは弊社から出しておりまして、見た目は不快感の少なさから人間の少女を選びました。物語の概要としては錬金術の工房を営みながら、ふわっとした問題を、ふわっと解決する。みたいな物語を提供しました所、思っていたよりも反応が良かったのです。しかしスローライフ物は思っていたよりも差別化を図るのが難しく、難航しておりまして、特に問題となっているのが、メインキャストの精神状態ですね。このままで良いのか。何か派手な事をやった方が良いのではないかと悩んでおります」

クリエイターの悩みか?

と思わず口に出したくなったが、何とか喉の奥に引っ込めた。

何故なら、アラミージさんは酷く真剣な顔で悩んでいたからだ。

しかし、今話を聞いた中では、その話が一番気になるのが確かだ。

ネット上の小説を読み漁っていた事もあるし、その手の話をリアルに見る事が出来るというのも面白そうではある。

少なくとも幼い魔法少女に胸糞する話よりは遥かにマシだ。

という訳で、俺はアラミージさんに話を通して、その演出部門とやらに顔を出してみる事にするのだった。



アラミージさんの背に付いて、玄関から外に出た瞬間、俺は見知らぬ世界に立っていた。

どう考えても現代の科学力では難しそうな、空を飛ぶ車であったり、ビルの外にあるボタンを押すだけで目的の階へ一瞬で移動する装置など。

未来でも出来るか分からない世界観だ。

「これ、凄いですね。どういう技術なんですか?」

「あぁ、転移魔法を歯車に連動させまして、該当の階を押した瞬間に、歯車が回って、魔法式を構築し、構築と同時に魔力が流れ込んで、魔法が発動する仕組みですね」

「へぇ」

ニコニコと説明されたが、こんな物。へぇ。以外なんと言えば良いか分からんよ。

歯車の方は何となく想像出来るけど、何やねん。魔法式って。

「さて、この奥の部屋が演出部門の、物語演出部署、第七異世界課ですね」

「なるほど」

もはやさっきから頷く機械になっていた俺は、アラミージさんの背を見ながら歩いて、その扉の向こうへと足を踏み入れた。

そして、俺はすぐに部屋から外へと飛び出すのだった。

「っ!!?」

「あれ? どうしました? 森藤様」

「いや、別に、大した事は無いんですけど」

「はぁ。大した事が無いのなら良いのですが」

「えぇ。まったく。本当に」

俺は深呼吸を繰り返して、とんでもない速さで脈を打っている心臓を落ち着かせてから、再び部屋の中に一歩踏み込んだ。

瞬間。俺の視界に色とりどりの光が突き刺さる。

俺は声にこそ出さないが、そのあまりにも美しすぎる光景に心の中で悲鳴を上げた。

ここは、天国だ!!

しかし、常人には生きていけぬ、天国である!!

なるほど。天国は死者にしかたどり着けないとはよく言ったものだ。

確かにな!

こんな綺麗な場所を直視したら、人では生きていけないだろう。

「アラミージさん? こんにちは。本日は何かございましたか?」

「あぁ。ほら、以前、スローライフの今後をどうするか悩んでいたでしょう? それで、相談に乗ってくれそうな人を見つけたので、お連れしました」

「えぇ!? 本当ですか!?」

「ありがとうございます! アラミージさん!」

「という事は、そちらの方が!」

アラミージさんが俺の前からスッと横に動いた瞬間、俺にいくつもの視線が突き刺さった。

とは言っても、その視線に悪意などは少しも入っていない。

善意だけだ。喜び、嬉しさ、感謝。

俺が不快になる様な感情は何もない。何一つ。

だが、だというのに、俺は逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。

「あの、お名前、聞いても良いですか?」

「お話をするなら、お茶を入れますね」

「では私がお菓子を用意しますね」

「少々お待ちください。お客様。今テーブルの上を片付けますからね」

「えと、はい」

俺は緊張に凍り付いたまま、まるで整備されていないロボットの様に、固い動きで頷いた。

駄目だ。

緊張する。

いや、話には聞いていた。聞いていたのだ。

不快感のない様に人間の女の子を役者にしていると。

不快感? バカ言ってんじゃないよ。

ここに居るのは天使だ。見ただけで目が潰れてしまう様な美少女だ。

しんどい。

この部屋の中に、モブオブモブみたいな俺が立っている事がしんどい。

辛うじてフツメンみたいな顔面偏差値の男が居ていい空間じゃねぇのよ。

許される男はキラキラ系イケメン騎士だけ。

人には分相応な世界があるというが、まさにこれがそういう事なのだろうと思う。

俺はこの場所に相応しくないのだ。

そう俺の全身にある細胞全てが叫んでいる。

今までアニメやら、ゲームやら、漫画やら、小説やらで、美少女ハーレムとか羨ましいぜ。なんて思っていたが、とんでもない!

俺には無理だ。

この空間で生きていく事が、無理。

だってさ。想像してみてくれよ。

この部屋の中、居るだけで何か甘い良い匂いがしててさ、空気とか透き通ってる様な気すらするし、何となく明るい様な感じなんだぜ?

それなのに、俺が吐く息はそういう空気じゃない訳じゃん?

呼吸すら出来んだろ。

汚れてしまう。

気持ち的にはあれだ。

透き通った綺麗な湖に泥を投げ込む様な気持ち。

それを嬉しいとか、楽しいって感じる様な奴じゃ無きゃ、ここに立つ事は難しいだろう。

しかし、逃げ出す事も、それはそれで出来ない。

俺は前と後ろから押しつぶされて、なるべく呼吸をしない様にしながら準備とやらが終わるまで立ち尽くすのだった。
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