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第3話『救済は不意に現れる』
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敗者というのは惨めな物である。
ミラという輝きに敗北したママも酷く落ち込んだ様子で歩いていた。
暴力や権力によって苦しめられ、戦場に身を置く事も出来ず、力仕事も出来ず、ただ死んでゆく事しか出来ぬ命を救おうと、立ち上がったママは自分の弱さに震えていた。
どの様な横暴な者にも、娘たちを守るために彼女は立ち上がった。
どの様な危険な者にも、娘たちの為に立ちふさがった。
しかし、そんな彼女の弱点は思わぬ所に落ちていたのである。
そう、彼女にとって守るべき対象。
力なき少女であった。
少女の涙を止めたいと願い、生きてきたママにとって、少女の涙に抗う術は持ち合わせていなかったのだ。
哀れ。
始まる前から敗北が決まっていた勝負であった。
「おー。ここが娼館ですか!」
「あの。ミラ様。あまり楽しい場所でも無いですから、長居はせず、他の楽しい場所へと行きましょう? ね?」
「えー? でも、今はこの娼館が気になっているんです。フィン様も何度も通っていたと書いてありましたし」
ママは見知らぬフィンなる者に心の中で恨み言をぶつけた。
とても表には出せない罵詈雑言を想像の中のフィンにぶつけながら、それでも笑顔でミラに接する。
そして、諦めた様に娼館の中へ連れて行く事にした。
幸いに。という言葉が正しいかは分からないが、今は朝である。
娼館の営業時間は陽が沈んでからというのが定番であり、この店も同じ様な時間から営業を始める。
つまり、今は営業時間外だ。
怪しげな者は居ない。
そこまで思考が至った時、ママは少しだけ気楽な気持ちになった。
もし、メイラー伯爵が怒りのままに攻め込んできたとしても、信頼できる娘たちと共に大切なミラ様の身を守る為に、ここが最適と判断したと伝えようと考えながら、店の中へと入った。
そう。よくよく考えれば、店の中にはママの信頼する人間しか居ない。
外よりもよっぽど安全なのだ。
「帰ったよ」
「あー。ママー。おかえりー」
「ローラ。アンタ。まだ寝てなかったのかい」
「えー? だって、ママが朝からどっかに出掛けちゃったからさー。何かあったのかぁーって。あれ? その子。もしかしてぇ、また拾ってきたのぉ?」
「いや、この子は伯爵様の娘だよ。街へは……えっと、なんで来たんでしたっけ?」
「冒険です!」
「……冒険だそうだ」
「へぇー。ちっちゃいのに、凄いじゃん。ねー。君。なんて名前? あたしはローラ」
「私はミラと言います! ローラさん! よろしくお願いいたします!」
「おー。丁寧だねぇー。はい。よろしくお願いしまーす」
のんびりとした動作のローラにも、ミラは何ら不快感を示すことなく、ニコニコと話をする。
そんなミラの事をローラは気にいったのか、近くに寄っていくとそのまま何の断りもなしに、抱き着いて、抱き上げた。
「……っ!!? ローラ!!」
「うわ、びっくりしたぁー。きゅうに大きな声出さないでよ、ママ」
「いや、ビックリしたのはこっちだよ! 言っただろう!? この子はメイラー伯爵の娘様で!」
「ふぅーん? なんかよく分かんないけど、ミラ。こうやってされるの、イヤ?」
「イヤじゃ無いですよ。ローラさん。それに、何かお花のいい匂いがして、ふわふわします!」
「あー。これ? 香料付けてんだ。ちょっと待って。ミラにも付けてあげるよ」
「ちょっ!! ローラ!」
「あー。ここじゃ騒がしいから、向こうに行こっかー」
「ローラぁぁああ!!」
ママの叫びも虚しく、ミラを抱きかかえたままローラは奥の部屋に走っていった。
いつも通り、足元はフラフラと怪しく、その背中をドタドタと追いかけながらも、ママは心配そうにミラを揺らす度に不安げな声を漏らす。
そして、そんな騒がしいママに、寝ていた娘たちも何事かと起きてくるのだった。
「はい。ここが、化粧台ー」
「おー。すごい。色々ありますねー」
「へへ。いらしゃーい。どんな感じにしますー?」
「オススメで!」
「あ、あぁ……良いかい? 取り返しのつかない事はするんじゃないよ? 髪を、整えるだけで良い。切ったりとか結んだりとか、しちゃ駄目だからね」
「もー。ママは心配性だなぁ。ローラにおまかせだよ」
「あぁ、あぁ……あぁ!!?」
騒ぐママに、起きてきた娘たちは先ほどまで眠っていたせいか、眠そうに欠伸をする。
そして、欠伸をしながらもママの異常行動に何事かと話し合うのだった。
「何? どうしたの? ママ」
「分かんない。朝っぱらからどっかに出掛けたかと思ったら、帰ってきて、コレ」
「多分ローラの前で座ってる子が原因だよね? 見た事ない子だし」
「なんか凄い綺麗な子だし。もしかして、どっかの貴族の子とか?」
「貴族の子が何で娼館なんかに来るのよ」
「捨て子とか? 国が滅んで幼い姫様だけ逃げ出した! とか?」
「あんたロマンス本の読みすぎ」
「分かんないじゃん。ここから王子とのラブロマンスが始まるかもしれないじゃん!」
「娼館から始まるラブロマンスはどうなの?」
「私は嫌いじゃ無いけどね。夢があるし」
あははと適当な会話で盛り上がりながら、ローラの玩具となっているミラを見て笑う。
それからひとしきりミラの見た目を弄って遊んでいたローラだったが、流石に仕事服を着せようとした段階でママが止め、ミラは一端の休憩を貰う事にした。
「ふぃー。少し疲れちゃいました」
「お、お疲れ様です。ミラ様」
もはやボロボロのママを不思議そうな顔で見ながら、満足そうに眠っているローラの頭を撫でるミラ。
そして、そんなミラ達の元へ、一人の少女がお茶を淹れてやってきた。
「はい。お茶ですよ」
「あぁ、ありがとね。ペリア」
「いえいえ。はい。お客様もどうぞー」
「ありがとうございます。……? その包帯は」
「「っ」」
ミラの言葉に、ぺリアとママが同時に固まった。
そう。ぺリアはミラの姿から貴族の子であると察しており、以前された様な暴力を振るわれるのではないかと怯えたからであり、ママはミラが包帯を付けた者に飲み物を渡された事で不機嫌になったのではないかと心配したからだ。
しかし、両者の不安に意味は無かった。
何故なら、ミラは指を動かしながらあれやこれやと考えており、ごめんなさいと言うと、ぺリアの包帯で包まれた手を取ったからだ。
ぺリアはビクッと震えながらも、貴族に逆らったらもっと酷い事をされると身を固くする。
「確か、アメリア様のご意識をお借りすれば、命を使わずとも、周囲の魔力だけで魔術の実現が出来る……でしたね。私の魔力はまだ少ないですが。試してみる価値はありそうです。ぺリアさん!」
「はっ、はぃっ」
「一つだけ試してみたい事があるのですが、良いでしょうか!?」
「ど、どうぞ!」
震えながら、逆らえぬ相手だとぺリアは瞼を強く閉じて、これから来る苦痛を覚悟して涙を流す。
しかし、次の瞬間に訪れたのは痛みではなく、まるで陽だまりの中にいる様な温かさであった。
「……っ」
何が起きているのかと、恐る恐る目を開くと、目の前には切り傷と火傷と病気や毒によってボロボロになった手を優しく撫でながら光の魔術を使うミラの姿であった。
額に汗を滲ませ、必死な表情で、何かをしている。
いや、何かではない。
癒しているのだ。
それは癒しの魔術であった。
少しずつではあるが、ぺリアの肌が癒えてゆく。
表面だけでは無い。何年も内側から感じていた燃える様な痛みと疼きが消えてゆくのだ。
「あぁ」
ぺリアはその光景を見た事があった。
無論それは現実のものではない。子供が読む絵本だ。
苦しみ、嘆く民の元に、優しき光と、心を持って舞い降りる聖女様のお話だ。
「……聖女様」
夢物語だと。縋りつきたい気持ちを捨てて、暗い現実の中で生きていたぺリアの瞳に涙が溢れる。
決して自分には来ないと、諦めていた想いが、閉じ込めていた感情が、ミラの光に溶かされ、涙となって流れ落ちるのだった。
ミラという輝きに敗北したママも酷く落ち込んだ様子で歩いていた。
暴力や権力によって苦しめられ、戦場に身を置く事も出来ず、力仕事も出来ず、ただ死んでゆく事しか出来ぬ命を救おうと、立ち上がったママは自分の弱さに震えていた。
どの様な横暴な者にも、娘たちを守るために彼女は立ち上がった。
どの様な危険な者にも、娘たちの為に立ちふさがった。
しかし、そんな彼女の弱点は思わぬ所に落ちていたのである。
そう、彼女にとって守るべき対象。
力なき少女であった。
少女の涙を止めたいと願い、生きてきたママにとって、少女の涙に抗う術は持ち合わせていなかったのだ。
哀れ。
始まる前から敗北が決まっていた勝負であった。
「おー。ここが娼館ですか!」
「あの。ミラ様。あまり楽しい場所でも無いですから、長居はせず、他の楽しい場所へと行きましょう? ね?」
「えー? でも、今はこの娼館が気になっているんです。フィン様も何度も通っていたと書いてありましたし」
ママは見知らぬフィンなる者に心の中で恨み言をぶつけた。
とても表には出せない罵詈雑言を想像の中のフィンにぶつけながら、それでも笑顔でミラに接する。
そして、諦めた様に娼館の中へ連れて行く事にした。
幸いに。という言葉が正しいかは分からないが、今は朝である。
娼館の営業時間は陽が沈んでからというのが定番であり、この店も同じ様な時間から営業を始める。
つまり、今は営業時間外だ。
怪しげな者は居ない。
そこまで思考が至った時、ママは少しだけ気楽な気持ちになった。
もし、メイラー伯爵が怒りのままに攻め込んできたとしても、信頼できる娘たちと共に大切なミラ様の身を守る為に、ここが最適と判断したと伝えようと考えながら、店の中へと入った。
そう。よくよく考えれば、店の中にはママの信頼する人間しか居ない。
外よりもよっぽど安全なのだ。
「帰ったよ」
「あー。ママー。おかえりー」
「ローラ。アンタ。まだ寝てなかったのかい」
「えー? だって、ママが朝からどっかに出掛けちゃったからさー。何かあったのかぁーって。あれ? その子。もしかしてぇ、また拾ってきたのぉ?」
「いや、この子は伯爵様の娘だよ。街へは……えっと、なんで来たんでしたっけ?」
「冒険です!」
「……冒険だそうだ」
「へぇー。ちっちゃいのに、凄いじゃん。ねー。君。なんて名前? あたしはローラ」
「私はミラと言います! ローラさん! よろしくお願いいたします!」
「おー。丁寧だねぇー。はい。よろしくお願いしまーす」
のんびりとした動作のローラにも、ミラは何ら不快感を示すことなく、ニコニコと話をする。
そんなミラの事をローラは気にいったのか、近くに寄っていくとそのまま何の断りもなしに、抱き着いて、抱き上げた。
「……っ!!? ローラ!!」
「うわ、びっくりしたぁー。きゅうに大きな声出さないでよ、ママ」
「いや、ビックリしたのはこっちだよ! 言っただろう!? この子はメイラー伯爵の娘様で!」
「ふぅーん? なんかよく分かんないけど、ミラ。こうやってされるの、イヤ?」
「イヤじゃ無いですよ。ローラさん。それに、何かお花のいい匂いがして、ふわふわします!」
「あー。これ? 香料付けてんだ。ちょっと待って。ミラにも付けてあげるよ」
「ちょっ!! ローラ!」
「あー。ここじゃ騒がしいから、向こうに行こっかー」
「ローラぁぁああ!!」
ママの叫びも虚しく、ミラを抱きかかえたままローラは奥の部屋に走っていった。
いつも通り、足元はフラフラと怪しく、その背中をドタドタと追いかけながらも、ママは心配そうにミラを揺らす度に不安げな声を漏らす。
そして、そんな騒がしいママに、寝ていた娘たちも何事かと起きてくるのだった。
「はい。ここが、化粧台ー」
「おー。すごい。色々ありますねー」
「へへ。いらしゃーい。どんな感じにしますー?」
「オススメで!」
「あ、あぁ……良いかい? 取り返しのつかない事はするんじゃないよ? 髪を、整えるだけで良い。切ったりとか結んだりとか、しちゃ駄目だからね」
「もー。ママは心配性だなぁ。ローラにおまかせだよ」
「あぁ、あぁ……あぁ!!?」
騒ぐママに、起きてきた娘たちは先ほどまで眠っていたせいか、眠そうに欠伸をする。
そして、欠伸をしながらもママの異常行動に何事かと話し合うのだった。
「何? どうしたの? ママ」
「分かんない。朝っぱらからどっかに出掛けたかと思ったら、帰ってきて、コレ」
「多分ローラの前で座ってる子が原因だよね? 見た事ない子だし」
「なんか凄い綺麗な子だし。もしかして、どっかの貴族の子とか?」
「貴族の子が何で娼館なんかに来るのよ」
「捨て子とか? 国が滅んで幼い姫様だけ逃げ出した! とか?」
「あんたロマンス本の読みすぎ」
「分かんないじゃん。ここから王子とのラブロマンスが始まるかもしれないじゃん!」
「娼館から始まるラブロマンスはどうなの?」
「私は嫌いじゃ無いけどね。夢があるし」
あははと適当な会話で盛り上がりながら、ローラの玩具となっているミラを見て笑う。
それからひとしきりミラの見た目を弄って遊んでいたローラだったが、流石に仕事服を着せようとした段階でママが止め、ミラは一端の休憩を貰う事にした。
「ふぃー。少し疲れちゃいました」
「お、お疲れ様です。ミラ様」
もはやボロボロのママを不思議そうな顔で見ながら、満足そうに眠っているローラの頭を撫でるミラ。
そして、そんなミラ達の元へ、一人の少女がお茶を淹れてやってきた。
「はい。お茶ですよ」
「あぁ、ありがとね。ペリア」
「いえいえ。はい。お客様もどうぞー」
「ありがとうございます。……? その包帯は」
「「っ」」
ミラの言葉に、ぺリアとママが同時に固まった。
そう。ぺリアはミラの姿から貴族の子であると察しており、以前された様な暴力を振るわれるのではないかと怯えたからであり、ママはミラが包帯を付けた者に飲み物を渡された事で不機嫌になったのではないかと心配したからだ。
しかし、両者の不安に意味は無かった。
何故なら、ミラは指を動かしながらあれやこれやと考えており、ごめんなさいと言うと、ぺリアの包帯で包まれた手を取ったからだ。
ぺリアはビクッと震えながらも、貴族に逆らったらもっと酷い事をされると身を固くする。
「確か、アメリア様のご意識をお借りすれば、命を使わずとも、周囲の魔力だけで魔術の実現が出来る……でしたね。私の魔力はまだ少ないですが。試してみる価値はありそうです。ぺリアさん!」
「はっ、はぃっ」
「一つだけ試してみたい事があるのですが、良いでしょうか!?」
「ど、どうぞ!」
震えながら、逆らえぬ相手だとぺリアは瞼を強く閉じて、これから来る苦痛を覚悟して涙を流す。
しかし、次の瞬間に訪れたのは痛みではなく、まるで陽だまりの中にいる様な温かさであった。
「……っ」
何が起きているのかと、恐る恐る目を開くと、目の前には切り傷と火傷と病気や毒によってボロボロになった手を優しく撫でながら光の魔術を使うミラの姿であった。
額に汗を滲ませ、必死な表情で、何かをしている。
いや、何かではない。
癒しているのだ。
それは癒しの魔術であった。
少しずつではあるが、ぺリアの肌が癒えてゆく。
表面だけでは無い。何年も内側から感じていた燃える様な痛みと疼きが消えてゆくのだ。
「あぁ」
ぺリアはその光景を見た事があった。
無論それは現実のものではない。子供が読む絵本だ。
苦しみ、嘆く民の元に、優しき光と、心を持って舞い降りる聖女様のお話だ。
「……聖女様」
夢物語だと。縋りつきたい気持ちを捨てて、暗い現実の中で生きていたぺリアの瞳に涙が溢れる。
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