異界冒険譚シリーズ 【エリカ編】-迷い子の行く先-

とーふ(代理カナタ)

文字の大きさ
1 / 20

第1話『英雄譚に出てくる勇者様の様に、剣を持って、世界を救いたいのです!』

しおりを挟む
人という生き物は、孤独の世界で生きる事は難しいのだろうなと思う。

どれだけ意思が強くとも、死ねない理由があろうとも、誰かとの繋がり無しに生きていく事は出来ない。

それが普通なのだ。

だから、今こうして私が限界を迎えてしまった事も、ごく自然な……当たり前の事なのだろう。

誰も居ない教室で、朱く染められた世界に取り残されて、息苦しさすら覚える程の孤独感に押しつぶされる。

溢れ出た涙に意味は無くて、ただ独り泣く事しか出来ない自分の無力さを世界に示すだけだった。

「……っ、うっ、うぅ」

辛い。なんて言えない。

私の代わりに命を落としてしまったあの人は、もっと辛かっただろうから。

悲しい。なんて言えない。

愛する人を亡くしてしまった人の絶望を見てしまったから。

だから、私は『幸せ』に生きなくてはいけない。『幸せ』にならなくてはいけないのだ。

こんな風に辛そうな顔をして泣くべきじゃない。

それは分かっているのに、一度流れ出した涙を止める事は出来なかった。

それでも必死に声だけは押し殺して、私は……。

「ねぇ」

不意に。誰かの声がした。

もう日も暮れる時間だというのに、誰かの声がする。

そんな訳はないと思いながらも振り返り、目を見開いた。

廊下に繋がるはずの扉の向こうには、一人の少女が立っていたのだ。

その眩いばかりの光を溶かした様な輝く金色の髪に、どこまでも透き通る様な空色の瞳をした少女は、不思議そうに首を傾げて私をジッと見ていた。

そして、まるでおとぎ話に出てくる少女の様な、可愛らしい白いドレスで装飾された、陽の光に輝く白い手を私に向ける。

「大丈夫だよ」

「っ!」

「もう怖くない」

それがどんな意味だったのか分からない。

分からないけれど、私はまるで熱に浮かされた様にフラフラと少女に向けて足を進め、そのまま教室の扉を踏み越えた。

瞬間。私の目を突き刺したのは痛みすら覚える様な強い光で、私の手を掴んだのは柔らかく温かい小さな手だった。

しかし、それを私の頭が理解すると同時に、体は立ち続けている事が難しくなり重力に従って床に倒れていった。

咄嗟に手で支える事も出来ず、私は痛みを覚悟して、体を強張らせた。

でも、思っていた痛みは無くて……何か柔らかい物に受け止められる感触と、頬にあの少女の物であろう手が触れられるだけであった。



まるで夢の様な出来事から、どれくらい経ったのだろうか。

私は幾年かぶりに穏やかな気持ちで、ゆっくりと目を開き体を起こした。

「……ここは?」

気が付くと、私は見知らぬ部屋で寝ていた。

なんて言葉にしても笑える話ではないが、私の心は妙に落ち着いていた。

いや、諦めの気持ちが大きかったのかもしれない。

自分の力で終わる事が出来ないのなら、誰かに終わらせて欲しかったのかもしれない。

だから、あの少女が実は天使様で、何かがあって死んでしまった私を迎えに来たのだと考えても、特に恐怖は無かった。

「ここは、私のお部屋ですよ。お姉さん」

「ふぇ!?」

「おはようございます。お体の方はどうですか?」

「っ! あ、あの、おはよう! ございます! えと、その、元気です!」

「ではお医者様は呼ばなくても大丈夫そうですね」

私は大きな嘘を、吐きました……。

何が落ち着いていただ。あの少女に話しかけられただけで、私は激しく動揺しまともに問答も出来なくなっているでは無いか。

ひとまず落ち着こうと、私は胸に手を当て深呼吸を繰り返した。

「落ち着かれましたか?」

「は、はい。お騒がせしまして、申し訳ございません」

「いえいえ。お気になさらないでください」

少女はそう言って、柔らかく微笑んだ。

かわいい。

テレビでも見た事がないくらい整った顔立ちで、微笑む少女には現実感がなく、まるで人形の様でもある。

しかし現実に動いている訳だし、会話だって出来ている。人形という事も無いだろう。

「そういえば、自己紹介がまだでしたね。私はアリス・シア・イービルサイド。イービルサイド伯爵家の長女となります。それほど大した人間ではありませんが、以後お見知りおきを」

「あ。私は水野恵梨香っていいます! えと、えと! よろしく、お願いします!」

「ふふ。よろしくお願いしますね。しかし、水野恵梨香さんですか。随分と懐かしい響きですね」

「懐かしい、ですか?」

「はい。遠い昔の話ですが、同じ様な名前の方と交流していた事があるのです」

「あ、そうなんですね」

アリスさんと会話をしていて、少しずつ落ち着いてきた私は一つずつ気になっていた事を聞いてみる事にした。

とは言っても、いきなり色々聞くのもマズいだろうし、まずは無難な所から聞いてゆく。

「えと、そのアリス様? のご年齢を聞いてもよろしいでしょうか?」

「そんなにかしこまらないで下さい。アリスで良いですよ。それと、私は本年で12歳となります」

「12! もっと年下かと思って……あっ!」

衝撃過ぎてそのまま口にしてしまい、すぐに口を塞いだが、アリスさんは笑って許してくれるのだった。

かなり失礼な事を口走ってしまったから助かる。

というか、12歳か。見た感じ8歳くらいかと思ってたけど、私と2歳しか違わないとは……。

「ふふ。実は最近その事で悩んでいるんですよね。あまり体が成長しなくて」

「そ、そうなんですね。でも! でも! そのままでもとても可愛らしいので、それはそれで良いかと思いますが!」

「むー。可愛い、ですか。恵梨香様から見て、私、可愛いですか?」

「はい! とても!」

「格好良かったり、しませんか?」

「格好いいというよりは、とても可愛らしいです! 私が見てきた中でこれ以上ないくらい可愛いです!!」

「ガーン!」

アリスさんは衝撃を口にしながら、目に見えて分かりやすく落ち込んでいますというポーズでショックを受けていた。

そんなアリスさんの姿に私は動揺しながら、何かフォローをと口にしようとしたが、何が原因で落ち込んでいるか分からないし、何も言えない。

そしてアリスさんは口を尖らせたまま、私が寝ているベッドの掛布団を指でつつき、いじけた様な声で愚痴を語り始めた。

「幼い頃から、可愛い可愛いと、そればっかり。私は勇者様の様になりたいですのに」

「アリスさんは、その、格好良くなりたい……のですか?」

「はい! そうです! そうなんです! 英雄譚に出てくる勇者様の様に、剣を持って、世界を救いたいのです!」

とても可愛らしい笑みで、夢を語るアリスさんは……残念ながら何年経とうともヒーローよりヒロインの方が向いている様に思う。

成長するにしても、このままの姿で成長してゆくだろうし、そうなれば待っている未来はきっと勇者様よりお姫様だ。

「あ! 無理だなって思ってますね!?」

「いえ! その様な事は!」

「嘘です! こんな小さな体で勇者様になんてなれないって、そういう風に思ってる顔です! 私には分かるんですよ!?」

「あ、いや、その、そのような事は」

「ふーんだ! 恵梨香さんだって、私が将来領地に出てきた魔物を退治し始めたら分かりますから!」

「まもの……? ですか?」

「なんですか!? 危険だから止めろって言うんですか!? 確かに皆さんそう言いますけど、私だってやれば出来るんですからね!?」

「あ、いえ。そうでは無く……その、魔物とは、何でしょうか?」

「ほぇ? 魔物は、魔物だと思うけど」

「……」

頬や背中に汗が流れる感触がする。

それは違和感に気づいてしまったからか。

いや、違う。気づいてはいたのだ。分かってはいた。

だってさっきまで教室に居たハズなのに、気が付いたら知らない部屋で、明らかに異国の人であろうアリスさんと話をしていたのだ、

おかしい。普通な訳が無い。

でも、それでもおかしいと思わなかったのは、彼女と言葉が通じていたからだ。

そして、彼女が私に触れた手が酷く優しくて、懐かしいものであったからだ。

弟が生まれる前の母の様な、温かさがあったからだ。

私はゴクリと唾を飲み込んで、緊張したままアリスさんに一つの問いを向ける事にした。

「一つ。確認しても良いでしょうか?」

「はい。大丈夫ですよ」

「ここは、どこなんでしょうか。国名は……この町の名前は」

「ここですか? ここはヴェルクモント王国にあるイービルサイド領のエボシルという町ですね。イービルサイド領自体はオハド共和国の国境付近に存在する領でして、森と農地ばかりのそれほど発展していない町ですね」

聞いたことのない名前ばかりが飛び出してくる。

どれもこれも、少なくとも私が生きていた世界には無い名前ばかりだ。

いや、もしかしたら私が知らない国というだけかもしれないが……。

「その、オハド共和国というのは」

「オハド共和国は獣人さんの国ですね。東の方に行くと国境がありますので、そこを超えると共和国の国土となります」

魔物の次は獣人と来た。

これが本当に現実なのか。

分からない。

もしかしたら今、私は夢を見ているのかもしれない。

そんな一縷の望みに身を寄せて、私は再びベッドの上に倒れる様に意識を失うのだった。

「恵梨香さん!? 大丈夫ですか!? 恵梨香さん!!?」

どうか、次に目覚めた時にはこの夢が終わり、あの寂しい教室で目を覚まします様にと、ただ、私は祈るのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

処理中です...