異界冒険譚シリーズ 【エリカ編】-迷い子の行く先-

とーふ(代理カナタ)

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第9話『それでも、苦しんでいる人が、まだ居るんです』

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王都全体に広がっているという感染症を治す為、多くの町を歩いていた私だったが、王都で病を治している最中に、リヴィアナ様も同じ病気になっているという話を聞いた。

それほど多くを話した訳では無いけれど、アルバート殿下やその弟さんに愛されているリヴィアナ様が、病で苦しんでいるというのはきっと心苦しい事だろう。

それなら、私は行くべきだ。それを解決する力を持っているのだから。

「ジェイドさん。ちょっと無茶を言っても良いですか?」

「おー。構わないぞ。チビ共は連れていけねぇが」

「えー」

「なんでー?」

「そりゃ危ないからだ。どっかに隠れてろ。良いな」

「うー」

「エリカお姉ちゃん。気を付けてね」

「うん。私は大丈夫だよ!」

そして、リゼットちゃんとコゼットちゃんには隠れてもらい、私はジェイドさんと一緒に王城へと向かう事にした。

「よりによって王城かよ」

「申し訳ございません。あの場所に、苦しんでいる方が居るという話を聞いてしまいましたので」

「そうかい。なら、今度から町を出歩く際には、耳を塞ぎながら歩くことだ」

困った様に笑うジェイドさんに私は曖昧な笑顔を返しながら、ジェイドさんの助言を受けて、見つかりにくい夜に王城へ向かう事になった。



歩いている人もすっかり減った夜遅く、大きな獣となったジェイドさんの背中に乗りながら、夜の王都を駆け、私たちは王城へと降り立った。

ジェイドさんには隠れていてもらい、まずは王城で苦しんでいる使用人さんたちや、騎士さんの病室にこっそり入って癒し、内緒にして貰いながら城の中を進む。

そして、ほぼ全ての隔離室を確認し、病人全てを癒した私は、いよいよリヴィアナ様の部屋に忍び込もうと、城の中を一人コソコソと動き回っていた。

しかし。

「エリカ嬢」

「っ!!? アルバート殿下!? どうしてここに!?」

「前にも言っただろう? この城は私の庭だ。ここで起きている事は全て把握していると」

「……」

「これからリヴィの所へ行くのだろう? 案内しよう」

「は、はい」

いつも会う時とは違い、覇気のない様子のアルバート殿下に付いて王城を歩き、リヴィアナ様の部屋を目指す。

アルバート殿下は表面上とても優しい方なので、慕われているのか、すれ違う人たちは皆頭を深く下げていた。

「ここだ」

そして、王城の一番奥地にあったリヴィアナ様の部屋で、アルバート殿下は扉に手をかけて大きく息を吐いた。

「エリカ嬢」

「は、はい」

「リヴィを、リヴィアナを、頼む」

扉から一度手を離し、私に向き直って深く頭を下げるアルバート殿下に、私はただ、分かりましたとだけ小さく返すのだった。

そして部屋の中へ入り、ベッドの上で苦しんでいるリヴィアナ様の下へ向かう。

「っ! アルバート殿下」

「構わなくていい。ただ、道を開けてくれ」

私はベッドまで歩いている途中に、顔を赤くして辛そうな顔をしていたメイドさんたちの腕を掴んで、癒しの魔術を使ってゆく。

きっとリヴィアナ様の病気がうつったのだろう。

それでも、苦しくてもリヴィアナ様の為に働いていたのだ。

私が知っている以上に、リヴィアナ様は多くの人から慕われているという事なのかもしれない。

私は苦しそうに荒い呼吸を繰り返すリヴィアナ様の体にそっと触れて、リゼットちゃん達の時と同じ様にリヴィアナ様に魔力を注ぎ込んだ。

そしてそれを癒しの力に変えて、リヴィアナ様の中に巣食う病気を消し去ってゆく。

「……ぁ」

「リヴィ!」

「にい、さま?」

「あぁ、そうだ。私だ。兄様だ!」

「そう。わたし、たすかったのね」

「そうだ。彼女が、エリカ嬢が治してくれたんだ」

「エリカ……?」

眠ったまま私を見つめるリヴィアナ様に、私も視線を返す。

そして少しの間見つめ合った後、リヴィアナ様が疲れているであろう体で小さく笑った。

「なんだ。やっぱり本物の、聖女様なんじゃない。わたしに、嘘を吐いたのね」

「嘘では」

「なんでもいいわ。衛兵。居るんでしょう? 彼女を拘束して」

「っ! そ、それは」

「これは命令よ」

「リヴィ。今は寝なさい。エリカ嬢にはまた会えるから」

「兄様。兄様も分かっているんでしょう? 彼女の力は絶大です。その力を知れば、誰もが彼女を欲するでしょう。でも、イービルサイド家じゃ守り切れない。王族で、王城でこのまま抱え込まないと」

「しかしな」

私は声こそ荒げていないが、言い争いの様になっている二人からそっと離れて部屋から出て行こうとした。

しかし、扉の前には何人かのメイドさんが立っており、苦しそうな顔で首を横に振っていた。

ならと私は連絡用に用意しておいた魔術を使い、ジェイドさんに来てもらいつつ、ベランダの方へ走る。

このまま捕まる訳にはいかない。

まだ病気で苦しんでいる人は居るのだ。

「っ! 逃がさないで!!」

後ろからリヴィアナ様の声がするが、私は何とかギリギリガラスの扉を開けて、外に飛び出し、捕まる前にとベランダから大空へと飛び込んだ。

「聖女様!!!」

「じぇ、ジェイドさん!!」

大声でジェイドさんの名前を呼んで、私は何とか大きな狼になったジェイドさんの背中に落ちて、助かった。

間一髪という奴である。

「っ、あぶねぇな! 何やってんだお前は!」

「も、申し訳ございません。でも」

「エリカ!!」

空中を駆けるジェイドさんの背中に乗りながら、私は聞こえてきたリヴィアナ様の声に振り返り、ジェイドさんにお願いしてベランダの近くへ移動する。

「リヴィアナ様。申し訳ございません。私は」

「これから、どこへ行くつもり?」

「……北部へ行きます」

「あそこはこれから雪が積もってまともに動けなくなる。魔物だって出る。死ぬわよ」

「それでも、苦しんでいる人が、まだ居るんです」

「少数は切り捨てろ! どの道あそこは重要な拠点じゃない! 王もあの地を捨てる決断をした! だから、そんな死んだ土地を救うより、王城に残って、未来への準備をしろ! もはやお前以外に王妃として相応しい人間は居ない。王族に連なる者となるのであれば!」

「リヴィアナ様。私は頭の良い人間ではありません。だから感情でしか語れません。その上で言います。リヴィアナ様の仰った場所はまだ生きています。助かる命があります。助けられる命がいます。それを捨てて私は明日を笑って迎える事は出来ません」

「エリカ!! 戻りなさい! エリカ!!」

「行きましょう。ジェイドさん」

私はジェイドさんにお願いして空を駆ける。

リヴィアナ様の泣きそうな声に背を向けて、走る。

そして、リゼットちゃんとコゼットちゃんを迎えに行き、全員で防寒用の服を来て北の大地を目指すのだった。



長い時間を掛けてたどり着いた北の大地では、大雪の中を進む事になったが、ジェイドさんの体は温かく、私たちは吹雪の度に全員で物陰に隠れ、温め合って何とか過ごした。

吹雪が消えればまた北を目指す。

そんな事を何度も繰り返して、私たちはようやく最北端の町にたどり着くのだった。

そして町の人たちを癒し、領主様のお屋敷へと向かう。

門番の人に話をして中に入れてもらい、順番に病を治してゆく。

「もう大丈夫ですよ」

「はぁ……はぁ……せいじょ、さま?」

「聖女ではありませんが、病気はこれで治ります。どうぞ楽にしてください」

「あり、がとうございます」

辛そうにしていた顔が安らいでいくのを確認し、私は次に女の子の方へ向かった。

そして、いつもと同じ様に癒しの魔術を使って病気を癒してゆく。

「……あなたは」

「通りすがりの人間です」

「イービルサイドの、聖女様、ですよね? エリカ様」

「いや、あの」

「貴女は、こんな捨てられた町にも来てくださったんですね。こんな」

「こんな町ではありませんよ。皆、この町を愛している。この町で生まれ、この町で生きる事に誇りを持っている。そうでしょう?」

「……ぅ、ぁ、ぁぁ」

「泣かないでください。町で多くの人とお話ししました。皆、この町が好きなのだと言っていました。そして、リーザ様の事も敬愛していると。自分が病で苦しい状況にあるのに、自分よりもリーザ様を優先して欲しいと言っている方も居ました。皆、この町が、リーザ様の事が好きなのでしょう。いい所だと私は思います」

私はリーザ様の頬を伝う涙を拭って、最後で構わないと言われたこのヘイムブル伯爵家の奥様の所へ向かう。

そして、子供たちに比べると比較的軽かった奥様を治して、家を出ようとするのだった。

「これからどこへ向かわれるのですか?」

「酒場にまだ病で苦しんでいる方が居ますから、そちらへ向かいます」

「そうですか。エリカさん。いいえ。聖女様。この度は我がヘイムブル領の領民を救ってくださり、ありがとうございます」

ベッドに座ったまま深々と頭を下げる奥様と、その横に座りながら共に頭を下げるご当主様に私も頭を下げた後、家を出て酒場へと向かった。

そして病気と一緒に魔物退治で出来たという怪我も治してゆく。

結局全てが終わったのは明け方になってからの事だった。

この町に到着したのが前日の夕方であった事を考えると、一晩中治療をしていた事になる。

そう考えると、なんだか一気に疲れが体を襲ってしまうのだった。

「おっと。あぶねぇな。大丈夫か?」

「……だいじょうぶ、です」

「そりゃ大丈夫って顔じゃねぇな。このまま帰らず、どっかで宿にでも入るか」

「聖女様の使いの方。それなら酒場の上に泊っていくと良い。この町で一番安全な場所だ。何せ俺らが聖女様に指一本触れさせねぇからな」

「そうかい。なら」

「お待ちなさい」

キリっとした凛々しい声に私は閉じかけていた瞼を開いて、目の前の景色を見る。

そこには朝陽に照らされた白銀の世界で、多くの人を引きつれながら立つ一人の女性が居た。

雪に覆われた世界にあっても、その輝きを放ち続ける銀色の髪は、その凛々しい表情もあり、とても神々しい物に見える。

しかし、疲れが酷く私は目をゆっくりと閉じてしまう。

今すぐにでも眠りの世界へ旅立てそうだ。

「見たところ。貴女方が救国の聖女とそのお連れの方ですわね?」

「アンタは?」

「私は、ジュリアーナ・セイオニス・レンゲント。国に見捨てられた盟友を救うべくこの地に来た者ですわ。例の病の特効薬も持ってきたのですが、どうやら不要になった様ですわね」

「……」

「なるほど。イービルサイドの聖女。噂以上の方でしたか。まさかここまでいらっしゃるとは思いませんでしたわ。本当にグリセリアやイービルサイドには勿体ない御方。貴女が私の領地に現れていれば、また違った未来もあったでしょうに」

私は何かが頬を撫でる感触に薄く目を開いた。

そして、女神様の様な柔らかい微笑みを浮かべている人を見て、私も笑う。

「……このままというのも、面白くないですわね。少し頑張ってみましょうか」

それから私はジェイドさんの温かい腕の中で、静かに深い眠りの海に沈んでゆくのだった。
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