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第10話『大丈夫。私はどこにも行かないよ』
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国中を走り回り、何とか手に届く範囲の人を癒していた私だったが、病気に対する特効薬が出来たという事で、久しぶりにイービルサイド家へ向かってジェイドさんと一緒に歩いていた。
本当はジェイドさんが一気に連れて行ってくれるという事だったけれど、それは断ったのだ。
だって、私はご当主様の言いつけを破って外へ飛び出してしまったから。
きっと酷く怒られるだろうと思ったのだ。
怒られるだけならまだいい。もしかしたら家を追い出されてしまうかもしれない。
そうなれば、私はこの世界で独りぼっちだ。
独りぼっちは、とても寂しいし、怖い。
だから、まだ家族という関係で繋がっているこの時間を少しでも伸ばしていたい。
そう考えていたのだが、イービルサイド領に入ってすぐ、私は見慣れた騎士さんに危険物を扱うかの様な仕草で保護され、そのままお屋敷に連行されてしまうのだった。
ジェイドさんやリゼットちゃんとコゼットちゃんも、一緒にお屋敷に付いて行く事になったが、三人は特に嫌がる様な様子もなく、一緒に付いて来てくれるのだった。
「随分と久しぶりだな。エリカ」
「……はい。そうなりますね」
「私がお前に言った事は覚えているか?」
「時が来るまで家から出るなと」
「そうだな。私は確かにそう言った。そしてお前にも伝わっている。しかしおかしいな。私はお前と随分久しぶりに顔を合わせる様な気がしているのだが、これはどういう事かな」
「あの……私が言いつけを破って勝手に国中を巡っていたからです」
「そうだな。その通りだ。それで、どこの誰が今回は悪いのか。お前には分かるか? エリカ」
「私が、全面的に悪いです」
「分かっているのなら良い。なら次に私が言う事も分かるな?」
「えと……この家から出て行け。でしょうか」
ご当主様は私の回答に大きなため息を吐くと、あまり見たことがないジト目で私を見据えた後、ゆるやかに口を開いた。
「まずはアリスの所へ行け。その後は部屋で謹慎。そして遅れている勉強をしろ。それがお前の役目だろう? 己の役目すら忘れたか」
「で、ですが、私は勝手な事をして」
「エリカ。自分の娘が自らが誇れる行動をしたのだ。それを非難する親がどこにいる。まぁ、親の忠告を無視して危険な場所へ向かった事に関しては決して褒められる事では無いがな」
「ご当主様」
「父と呼べ。アリスもそう言っていた筈だ。そして無論私もそうなる事を望んでいる」
「……お父様」
「エリカ。よくぞ苦しむ民の為に決断したな。お前の決断は尊いものだ。私はお前を娘として迎え入れてこれほど誇らしい日はない」
「っ! お、とうさま!」
「よく頑張った。エリカ。お前は私の誇りだ」
私は年甲斐もなくお父様に抱き着いて、泣いていた。
そんな私をお父様は優しく抱きしめてくれて、私は前の世界では得られなかった温もりを知るのだった。
もしかしたらずっと、こんな風に誰かに認めて貰いたいと考えていたのかもしれない。
そしてひとしきり泣いた後、私はアリスちゃんに会うべくアリスちゃんの部屋へ向かうのだった。
外から木製の扉をノックして中の様子を伺う。
『……』
が、返事はない。
私は失礼しますとだけ言って、アリスちゃんの部屋に入った。
しかし、暗い。
部屋の中には重苦しい空気が流れていて、私は思わず部屋から出そうになったが、部屋の中央にあるベッドの上に、膝を抱えたアリスちゃんが居るのを見つけて、私は何とか逃げ出さずに踏みとどまる事が出来たのだった。
そして、アリスちゃんの居るベッドに近づいて、すぐ近くに座った。
「アリスちゃん」
「……なに?」
「えっと、その……ただいま?」
「……おかえりなさい」
アリスちゃんはあまり話したい状態じゃ無いのかもしれない。
そう考えて私はベッドから立ち上がろうとしたが、腕を掴まれてそのままベッドに引っ張られてしまった。
「っ! わわっ」
「行っちゃ、だめっ!」
アリスちゃんが私をベッドに倒した後、そのまま私の上に乗っかって、肩や腕を押さえつけた。
別にこんな事をしなくても、私はもう当分どこへも行かないのだけれど。
それを伝えてもアリスちゃんには響かないだろう。
「アリスちゃん。泣かないで」
「誰の、せいで、泣いてると思ってるの!」
「私だよね。ごめん」
「ごめんじゃないよ!」
「そうだよね。ごめん」
アリスちゃんは、いよいよ我慢が出来なくなったのか、私に乗っかったままポロポロと涙を流す。
その涙を拭いたいと手を伸ばそうとしたが、残念ながら魔術まで使われているのか私の体はピクリも動く事は無かった。
「アリスちゃん」
「お、お母様の時も! 私、何も、出来なくて、私、前世の知識があるのに、何も、なにも!」
「……アリスちゃん」
「恵梨香ちゃんまで居なくなっちゃうって思ってたら、辛くて、苦しくて、だから、だから、わたし」
「大丈夫。私はどこにも行かないよ」
「……ぇ?」
「だって。私、アリスちゃんのお姉ちゃんだもん。どこにも行かない。ずっとアリスちゃんの傍に居るよ。確かに少し遠出したりする時もあるかもしれないけど、それでも必ずアリスちゃんの所に帰ってくる。約束するよ」
「……ほんとうに?」
「うん。約束」
「えへへ。約束」
涙を流しながら、それでも安心したような笑顔を浮かべるアリスちゃんは本当に可愛らしい姿だった。
そして、そんな姿を見たからこそ、私はちゃんとまたここに帰って来ようと思えるのだった。
この世界に出来た。私の大切な家族の所へ。
それから少しして、すっかり泣き止んだアリスちゃんと私は手を繋ぎながらベッドに仰向けで寝て色々な話をしていた。
私が国中を旅してきた話や、ジェイドさんに乗って空中を走り回った事。そしてリゼットちゃんとコゼットちゃんという可愛い子達と出会った事。
アリスちゃんはローズ様と停戦協定を結んだという事だったり、リヴィアナ様が家に来てその相手をしたという話をしてくれた。
話す事はいっぱいある。
そして、私は色々な話をアリスちゃんとする中で一つの衝撃的な話を聞く事になった。
「さっきポロっと言っちゃったんだけど、実はね。私、前世の記憶があるんだ」
「前世の記憶……?」
「あっ、こんな事急に言われても困るよね! でも、その、信じられないかもしれないけど、本当の事なんだ」
「そうなんだ。不思議な事もあるんだね」
「しんじて、くれるの?」
「うん。だって、私もよその世界からこの世界に来たんだよ? 生まれ変わりも異世界から迷い込んでくるのも、同じくらい不思議な話だし。そういう事もあるんじゃないかな」
「……そっか。そういえば、恵梨香ちゃんって異世界から、来たんだったね」
「もー。忘れてたの?」
「うん。忘れちゃってた。何だかずっと前から一緒に居るような気がしてたから」
「そっか。確かに言われてみると、そんな気もする」
「でしょー? 何だか不思議な感じだね」
「うん」
「それでさ。私、実はね。前世でも大切な人を見殺しにしちゃったんだよ」
「……えっ」
「妹みたいに思っている子がいてさ。その子が両親とかお兄さんお姉さんに虐められてるのを知ってたけど、何も出来なかった。ううん。違うね。何もしなかったんだよ。ただ、何も知らないフリをして、話をする事しか出来なかったんだ」
「それは……でも、それで見捨てたって事にはならないよ。その子だって、きっと、アリスちゃんと話が出来て救われたかもしれない」
私は自分の過去を思い出しながら、そうアリスちゃんに伝えた。
そうだ。どんなに苦しい状況でも、優しくしてくれる人が居れば救われる。少なくとも私はそうだった。
「……うん」
「だからアリスちゃんが気にする事じゃ」
「でもさ。私、知ってたんだよ」
「え?」
「あの子が、いつも川の近くに居た事をさ。だから、あの日も、危ないって言えば良かった。でも、私、関わる勇気が無くて、あの子は……川に流されて、居なくなっちゃったんだよ」
「アリスちゃん」
私はもはやアリスちゃんの名前を呼ぶ事しか出来なかった。
でも、繋いでいるアリスちゃんの手を握り締めて、私はここに居ると伝える。
そして私と同じ様な経験をしているアリスちゃんに、寄り添ったまま夜を明かすのだった。
どこにでも悲劇は転がっているのだ。
例えどんな世界であろうとも。
本当はジェイドさんが一気に連れて行ってくれるという事だったけれど、それは断ったのだ。
だって、私はご当主様の言いつけを破って外へ飛び出してしまったから。
きっと酷く怒られるだろうと思ったのだ。
怒られるだけならまだいい。もしかしたら家を追い出されてしまうかもしれない。
そうなれば、私はこの世界で独りぼっちだ。
独りぼっちは、とても寂しいし、怖い。
だから、まだ家族という関係で繋がっているこの時間を少しでも伸ばしていたい。
そう考えていたのだが、イービルサイド領に入ってすぐ、私は見慣れた騎士さんに危険物を扱うかの様な仕草で保護され、そのままお屋敷に連行されてしまうのだった。
ジェイドさんやリゼットちゃんとコゼットちゃんも、一緒にお屋敷に付いて行く事になったが、三人は特に嫌がる様な様子もなく、一緒に付いて来てくれるのだった。
「随分と久しぶりだな。エリカ」
「……はい。そうなりますね」
「私がお前に言った事は覚えているか?」
「時が来るまで家から出るなと」
「そうだな。私は確かにそう言った。そしてお前にも伝わっている。しかしおかしいな。私はお前と随分久しぶりに顔を合わせる様な気がしているのだが、これはどういう事かな」
「あの……私が言いつけを破って勝手に国中を巡っていたからです」
「そうだな。その通りだ。それで、どこの誰が今回は悪いのか。お前には分かるか? エリカ」
「私が、全面的に悪いです」
「分かっているのなら良い。なら次に私が言う事も分かるな?」
「えと……この家から出て行け。でしょうか」
ご当主様は私の回答に大きなため息を吐くと、あまり見たことがないジト目で私を見据えた後、ゆるやかに口を開いた。
「まずはアリスの所へ行け。その後は部屋で謹慎。そして遅れている勉強をしろ。それがお前の役目だろう? 己の役目すら忘れたか」
「で、ですが、私は勝手な事をして」
「エリカ。自分の娘が自らが誇れる行動をしたのだ。それを非難する親がどこにいる。まぁ、親の忠告を無視して危険な場所へ向かった事に関しては決して褒められる事では無いがな」
「ご当主様」
「父と呼べ。アリスもそう言っていた筈だ。そして無論私もそうなる事を望んでいる」
「……お父様」
「エリカ。よくぞ苦しむ民の為に決断したな。お前の決断は尊いものだ。私はお前を娘として迎え入れてこれほど誇らしい日はない」
「っ! お、とうさま!」
「よく頑張った。エリカ。お前は私の誇りだ」
私は年甲斐もなくお父様に抱き着いて、泣いていた。
そんな私をお父様は優しく抱きしめてくれて、私は前の世界では得られなかった温もりを知るのだった。
もしかしたらずっと、こんな風に誰かに認めて貰いたいと考えていたのかもしれない。
そしてひとしきり泣いた後、私はアリスちゃんに会うべくアリスちゃんの部屋へ向かうのだった。
外から木製の扉をノックして中の様子を伺う。
『……』
が、返事はない。
私は失礼しますとだけ言って、アリスちゃんの部屋に入った。
しかし、暗い。
部屋の中には重苦しい空気が流れていて、私は思わず部屋から出そうになったが、部屋の中央にあるベッドの上に、膝を抱えたアリスちゃんが居るのを見つけて、私は何とか逃げ出さずに踏みとどまる事が出来たのだった。
そして、アリスちゃんの居るベッドに近づいて、すぐ近くに座った。
「アリスちゃん」
「……なに?」
「えっと、その……ただいま?」
「……おかえりなさい」
アリスちゃんはあまり話したい状態じゃ無いのかもしれない。
そう考えて私はベッドから立ち上がろうとしたが、腕を掴まれてそのままベッドに引っ張られてしまった。
「っ! わわっ」
「行っちゃ、だめっ!」
アリスちゃんが私をベッドに倒した後、そのまま私の上に乗っかって、肩や腕を押さえつけた。
別にこんな事をしなくても、私はもう当分どこへも行かないのだけれど。
それを伝えてもアリスちゃんには響かないだろう。
「アリスちゃん。泣かないで」
「誰の、せいで、泣いてると思ってるの!」
「私だよね。ごめん」
「ごめんじゃないよ!」
「そうだよね。ごめん」
アリスちゃんは、いよいよ我慢が出来なくなったのか、私に乗っかったままポロポロと涙を流す。
その涙を拭いたいと手を伸ばそうとしたが、残念ながら魔術まで使われているのか私の体はピクリも動く事は無かった。
「アリスちゃん」
「お、お母様の時も! 私、何も、出来なくて、私、前世の知識があるのに、何も、なにも!」
「……アリスちゃん」
「恵梨香ちゃんまで居なくなっちゃうって思ってたら、辛くて、苦しくて、だから、だから、わたし」
「大丈夫。私はどこにも行かないよ」
「……ぇ?」
「だって。私、アリスちゃんのお姉ちゃんだもん。どこにも行かない。ずっとアリスちゃんの傍に居るよ。確かに少し遠出したりする時もあるかもしれないけど、それでも必ずアリスちゃんの所に帰ってくる。約束するよ」
「……ほんとうに?」
「うん。約束」
「えへへ。約束」
涙を流しながら、それでも安心したような笑顔を浮かべるアリスちゃんは本当に可愛らしい姿だった。
そして、そんな姿を見たからこそ、私はちゃんとまたここに帰って来ようと思えるのだった。
この世界に出来た。私の大切な家族の所へ。
それから少しして、すっかり泣き止んだアリスちゃんと私は手を繋ぎながらベッドに仰向けで寝て色々な話をしていた。
私が国中を旅してきた話や、ジェイドさんに乗って空中を走り回った事。そしてリゼットちゃんとコゼットちゃんという可愛い子達と出会った事。
アリスちゃんはローズ様と停戦協定を結んだという事だったり、リヴィアナ様が家に来てその相手をしたという話をしてくれた。
話す事はいっぱいある。
そして、私は色々な話をアリスちゃんとする中で一つの衝撃的な話を聞く事になった。
「さっきポロっと言っちゃったんだけど、実はね。私、前世の記憶があるんだ」
「前世の記憶……?」
「あっ、こんな事急に言われても困るよね! でも、その、信じられないかもしれないけど、本当の事なんだ」
「そうなんだ。不思議な事もあるんだね」
「しんじて、くれるの?」
「うん。だって、私もよその世界からこの世界に来たんだよ? 生まれ変わりも異世界から迷い込んでくるのも、同じくらい不思議な話だし。そういう事もあるんじゃないかな」
「……そっか。そういえば、恵梨香ちゃんって異世界から、来たんだったね」
「もー。忘れてたの?」
「うん。忘れちゃってた。何だかずっと前から一緒に居るような気がしてたから」
「そっか。確かに言われてみると、そんな気もする」
「でしょー? 何だか不思議な感じだね」
「うん」
「それでさ。私、実はね。前世でも大切な人を見殺しにしちゃったんだよ」
「……えっ」
「妹みたいに思っている子がいてさ。その子が両親とかお兄さんお姉さんに虐められてるのを知ってたけど、何も出来なかった。ううん。違うね。何もしなかったんだよ。ただ、何も知らないフリをして、話をする事しか出来なかったんだ」
「それは……でも、それで見捨てたって事にはならないよ。その子だって、きっと、アリスちゃんと話が出来て救われたかもしれない」
私は自分の過去を思い出しながら、そうアリスちゃんに伝えた。
そうだ。どんなに苦しい状況でも、優しくしてくれる人が居れば救われる。少なくとも私はそうだった。
「……うん」
「だからアリスちゃんが気にする事じゃ」
「でもさ。私、知ってたんだよ」
「え?」
「あの子が、いつも川の近くに居た事をさ。だから、あの日も、危ないって言えば良かった。でも、私、関わる勇気が無くて、あの子は……川に流されて、居なくなっちゃったんだよ」
「アリスちゃん」
私はもはやアリスちゃんの名前を呼ぶ事しか出来なかった。
でも、繋いでいるアリスちゃんの手を握り締めて、私はここに居ると伝える。
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