人生初の友達ができたので一緒に世界救ってきます (せかます)

す!ず!は!

文字の大きさ
123 / 193
章1

菓子とゴリ押しと必勝法(4)

しおりを挟む
 部屋に招かれた透は、マリウスに言われるまま椅子に腰かけた。

 細やかな装飾彫刻がなされた木製の椅子である。
 掘られた場所には宝石らしきものが埋め込まれている。

 これ、日本に持っていったらものすごい金額になるんじゃないだろうか。
 傷でもつけてしまったら弁償できる気がしない。

「トール。あのうるさい女は今日は一緒じゃないのか?」

 透が椅子に対して恐々としていることなどつゆ知らず、マリウスが話し始めた。

 頷いて、あらかじめ用意していたメモを見せる。
 ルイーザは所用のため同行できなかった旨の書かれたページだ。

「君は、口がきけないのか?」

 次のページに喋れないことも書いていたが、こういう態度を取っていれば普通は気付く。
 こちらにも頷きを返した。
 次のページは無駄になってしまった。

「そうか。何かの病か?」

 喋れないことに対する言い訳は、詩絵里たちにちゃんと考えてもらっている。
 首を振ると、「筆談はできるか?」と彼が大きめの紙を持ってきてくれた。

 メモ帳ではなく用意された方の紙に、覚えたての拙い書き文字で記していく。

 ――魔法の影響で、喋れない体になっています。

 嘘はついていない。
 この書き方では、一生喋ることができないのか一時的に声が出せないのか、判断がつけられないというだけだ。

「魔力障害か。僕の姉上もそうだった。声ではなく、目が見えなかったのだがな」

 マリウスには、キャパシティを超えた魔力を生まれ持ってしまったがために視力を失った姉がいる……という設定もルイーザから聞いている。

 だからこそ、「魔法の影響で」という事情説明がマリウス相手には都合がよかったというわけだ。

「まあ、意思疎通ができるなら何でも構わない。菓子は何を持ってきたんだ?」

 ルイーザのアドバイス通り、二回目の貢ぎ物はパウンドケーキだ。
 クッキーの時にチョコチップを珍しがっていたので、生クリームで溶かしたチョコレートを使ってコーティングしてある。

 持参したナイフで切り分け、紙皿で渡すと、マリウスの目が輝いた。

「これは……」

 チョコレートです。
 どうぞ。

 いくらルイーザやフランクから説明を受けていたとはいえ、口頭説明でしかない。
 ゲームでヒロインが作ったパウンドケーキなど透は知らないので、これで彼が満足するかどうかは未知数だ。

 しばし反応を見ていたが、無言で皿を差し出された。
 おかわりっぽい? もう一切れ渡してみる。
 嫌な顔ひとつせず、秒で食べられていく。

 成功かな。
 成功でいいよねたぶん。

 何度か無言のおかわりが続いて、気付けばパウンドケーキは完食。
 はっと我に返ったマリウスがごほんと咳ばらいをする。

「これは、ケーキか?」

 頷く。
 この世界のお菓子事情もよく知らないけれど、まあ転生者がいることだし、ケーキくらい発明されているだろう。

「先日のクッキーの時も思っていたことだが、この茶色いものは何なんだ? 砂糖を焦がした味ではないな」

 これは、ジェスチャーでは説明のしようがない。

 テーブルの上に置かれている紙に、チョコレートの原材料をつづっていく。

「製法は……トールの家の秘伝だろうな。うちの傘下の商会に卸してもらうことは可能だろうか」

 少量なら日本で買ってくることもできるが、そのあたりは詩絵里に任せきりだ。
 ルイーザもどう思うか知れない。

 自分の一存ではどうしようもないことを紙に書き記す。

 その夜は、乙女ゲームらしい甘い雰囲気などかけらもないまま商談に終わってしまった。



 マリウスに見送られて屋敷から出る。
 しばらく歩いたあたりで、住宅地の屋根の上から人影が降り立った。

 勝宏だ。

「もう誰も見てないし、一緒に居ていいよな」

 屋敷からは既に周囲の建物で死角になる位置だ。
 もし透の出自をマリウスに疑われていたとしても、尾行などがあれば超ステータスの勝宏が気付かないはずもない。

 透が頷く前に、勝宏は隣を歩き出した。
 宿までの道すがら、女体化が解けて声も戻ってくる。

「あの、詩絵里に聞いたんだけど、さ」

「うん」

「透、俺のこと、す、好き……?」

 なんだか改まった様子で、勝宏が問いかけた。

 ひとつひとつ、選ばれていったのだろう言葉たちが彼の声色から伺える。

 ここで取り繕って本心を言わないのは、勝宏に悪い。

「大好きだよ」

 思っていたよりもずっと簡単に、気持ちは言葉になった。

 いつか勝宏が言ったみたいに、一緒に小さな飲食店でも開いて、このまま偽りの世界で生きていくのもいいかもなあなんて、思うくらいには。

 勝宏が息を呑んだ。泣いてしまわないように、少しだけ空へ視線を外す。

「だから、勝宏には、幸せになってくれないと俺は困る……かな」

「……あー、うん……」

 頭上には、本物みたいな星空が広がっている。
 気のない返事が聞こえてきたのは、勝宏も今通り過ぎて行った流れ星を目で追っていたからかもしれない。

「俺は、透の作る飯食べてる時が、一番幸せだ」

 勝宏が隣に並ぶ。
 二人して口を半分開けた間抜けな顔で星空を見ている。

 ルイーザあたりに目撃されたら、「なんですかその口? 開けなくても空なんて見れるじゃないですか」とか指摘されそうだけど。

「そういうの、好きな人に言ってあげなよ」

「言ってるよ」

「誰にでも言っちゃだめだよ。勝宏の言葉は、きっと皆本気にしちゃうから」

 他人を受け入れるのがあまり得意ではない透でさえそうなのだから、誰だって本気にするだろう。

 以前勝宏が話していた、暖簾に腕押しの状態というのもおそらく、その辺が原因に違いない。

「……本気にしてくれればいいのに」

 ああ、まだ暖簾に腕押しの関係は続いてるんだな。

 拗ねて尖らせた彼の唇に、いま、触れてみたいと思ってしまった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

転生したらBLゲームのホスト教師だったのでオネエ様になろうと思う

ラットピア
BL
毎日BLゲームだけが生き甲斐の社畜系腐男子凛時(りんじ)は会社(まっくろ♡)からの帰り、信号を渡る子供に突っ込んでいくトラックから子供を守るため飛び出し、トラックに衝突され、最近ハマっているBLゲームを全クリできていないことを悔やみながら目を閉じる。 次に目を覚ますとハマっていたBLゲームの攻略最低難易度のホスト教員籠目 暁(かごめ あかつき)になっていた。BLは見る派で自分がなる気はない凛時は何をとち狂ったのかオネエになることを決めた オチ決定しました〜☺️ ※印はR18です(際どいやつもつけてます) 毎日20時更新 三十話超えたら長編に移行します メインストーリー開始時 暁→28歳 教員6年目 凛時転生時 暁→19歳 大学1年生(入学当日) 訂正箇所見つけ次第訂正してます。間違い探しみたいに探してみてね⭐︎ 11/24 大変際どかったためR18に移行しました 12/3 書記くんのお名前変更しました。今は戌亥 修馬(いぬい しゅうま)くんです

俺、転生したら社畜メンタルのまま超絶イケメンになってた件~転生したのに、恋愛難易度はなぜかハードモード

中岡 始
BL
ブラック企業の激務で過労死した40歳の社畜・藤堂悠真。 目を覚ますと、高校2年生の自分に転生していた。 しかも、鏡に映ったのは芸能人レベルの超絶イケメン。 転入初日から女子たちに囲まれ、学園中の話題の的に。 だが、社畜思考が抜けず**「これはマーケティング施策か?」**と疑うばかり。 そして、モテすぎて業務過多状態に陥る。 弁当争奪戦、放課後のデート攻勢…悠真の平穏は完全に崩壊。 そんな中、唯一冷静な男・藤崎颯斗の存在に救われる。 颯斗はやたらと落ち着いていて、悠真をさりげなくフォローする。 「お前といると、楽だ」 次第に悠真の中で、彼の存在が大きくなっていき――。 「お前、俺から逃げるな」 颯斗の言葉に、悠真の心は大きく揺れ動く。 転生×学園ラブコメ×じわじわ迫る恋。 これは、悠真が「本当に選ぶべきもの」を見つける物語。 続編『元社畜の俺、大学生になってまたモテすぎてるけど、今度は恋人がいるので無理です』 かつてブラック企業で心を擦り減らし、過労死した元社畜の男・藤堂悠真は、 転生した高校時代を経て、無事に大学生になった―― 恋人である藤崎颯斗と共に。 だが、大学という“自由すぎる”世界は、ふたりの関係を少しずつ揺らがせていく。 「付き合ってるけど、誰にも言っていない」 その選択が、予想以上のすれ違いを生んでいった。 モテ地獄の再来、空気を読み続ける日々、 そして自分で自分を苦しめていた“頑張る癖”。 甘えたくても甘えられない―― そんな悠真の隣で、颯斗はずっと静かに手を差し伸べ続ける。 過去に縛られていた悠真が、未来を見つめ直すまでの じれ甘・再構築・すれ違いと回復のキャンパス・ラブストーリー。 今度こそ、言葉にする。 「好きだよ」って、ちゃんと。

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

魔王の息子を育てることになった俺の話

お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。 「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」 現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません? 魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。 BL大賞エントリー中です。

穏やかに生きたい(隠れ)夢魔の俺が、癖強イケメンたちに執着されてます。〜平穏な学園生活はどこにありますか?〜

春凪アラシ
BL
「平穏に生きたい」だけなのに、 癖強イケメンたちが俺を狙ってくるのは、なぜ!? 夢魔の血を隠して学園生活を送るフレン(2年)は、見た目は天使、でも本人はごく平凡に過ごしたい派。
なのに、登校初日から出会ったのは最凶の邪竜後輩(1年)!?
幼馴染で完璧すぎる優等生騎士(3年)に、不良ワーウルフの悪友(同級生)まで……なぜかイケメンたちが次々と接近してきて―― 運命の2人を繋ぐ「刻印制度」なんて知らない!恋愛感情もまだわからない! 
それでも、騒がしい日々の中で、少しずつ何かが変わっていく。 個性バラバラな異種族イケメンたちに囲まれて、フレンの学園生活は今日も波乱の予感!?
甘くて可笑しい、異世界学園BLラブコメディ! 毎日更新予定!(番外編は更新とは別枠で不定期更新) 基本的にフレン視点、他キャラ視点の話はside〇〇って表記にしてます!

溺愛の加速が尋常じゃない!?~味方作りに全振りしたら兄たちに溺愛されました~

液体猫(299)
BL
毎日AM2:10分に予約投稿。   【《血の繋がりは"絶対"ではない。》この言葉を胸にクリスがひたすら愛され、大好きな兄と暮らす】  アルバディア王国の第五皇子クリスは冤罪によって処刑されてしまう。  次に目を覚ましたとき、九年前へと戻っていた。    巻き戻す前の世界とは異なるけれど同じ場所で、クリスは生き残るために知恵を振り絞る。  かわいい末っ子が過保護な兄たちに可愛がられ、溺愛されていく。  やり直しもほどほどに。罪を着せた者への復讐はついで。そんな気持ちで新たな人生を謳歌する、コミカル&シリアスなハッピーエンド確定物語。  主人公は後に18歳へと成長します(*・ω・)*_ _)ペコリ ⚠️濡れ場のサブタイトルに*のマークがついてます。冒頭のみ重い展開あり。それ以降はコミカルでほのぼの✌ ⚠️本格的な塗れ場シーンは三章(18歳になって)からとなります。

処理中です...