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「カフェインと恋は効きすぎる」(5~10分程度、女性)
カフェインと恋は効きすぎる
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「はぁ……今日も残業か」
私は深いため息をつきながら、会社近くのカフェに駆け込んだ。夜の八時、閉店間際だというのに、中にはまだ数人の客が残っていて、カウンター越しに店員がせっせとコーヒーを淹れている。
「いらっしゃいませー。いつものですか?」
顔を上げると、バリスタの彼が笑顔を向けてきた。
……そう、この店に通う理由は八割方この人である。
会社の近くに新しくできたこのカフェ。最初はなんとなく立ち寄っただけなのに、気づけば残業帰りの私のルーティンになってしまった。
理由は簡単。イケメンだから。
黒縁メガネの下の涼しい目元、きれいに整えられた黒髪、そして無駄に長いまつ毛。しかも気さくで、コーヒー豆の説明まで楽しそうにしてくれる。まるで少女漫画から飛び出してきたような店員さん。
ただし、問題がひとつ。
「いつも、カフェイン強めでいいんですか? 眠れなくなりません?」
……そう。私の体はとても正直で、彼のコーヒーを飲むと眠れなくなるのだ。
「だ、大丈夫です! どうせ帰っても仕事の続きですから!」
強がって答えながらも、心の中では(今日も寝不足確定……)と泣きそうになる。
カップを受け取って席に向かおうとすると、彼がひょいと身を乗り出してきた。
「そういえば、明日お休みですよね?」
「えっ? な、なんで知ってるんですか」
「名札に書いてある出勤予定、いつも会計のとき見えちゃうんです。俺、シフト確認するから」
……そんなの、気づかなかった。
「もしよかったら、明日うちの試飲会に来ませんか? 常連さん限定でやるんです。無料でいろんな豆が飲めますよ」
「えっ……!」
脳内で警報が鳴り響く。試飲会。つまり、彼と仕事抜きで会えるチャンス。けど問題は、カフェインだ。絶対に夜眠れなくなるやつ。でも……。
「い、行きます!」
口が勝手に返事をしていた。
⸻
翌日。
おしゃれなカフェの一角で、彼がカップを差し出してきた。
「この豆は酸味が強いので、ちょっと驚くかもしれません」
私はおそるおそる口をつける。酸っぱい……けど、不思議とフルーツみたいで美味しい。
「すごい……! なんか恋の味がしますね」
気づけば口をついて出た言葉に、私は慌てて手で口を押さえた。
やってしまった。女子力ゼロの比喩を。
しかも「恋の味」って……。
「恋の味、か……」
彼が小さく笑う。
「じゃあ、この苦いやつは失恋ですかね」
「う、うわ、恥ずかしいからやめてください!」
二人で笑い合うと、心臓がドクンと鳴った。
⸻
試飲会が終わって、店を出るとすっかり夜だった。
「送りますよ」
彼が当然のように並んで歩いてくる。街灯に照らされた横顔が、あまりに近すぎて、頭が真っ白になった。
「あの、さっきの……恋の味って言葉」
彼が急に口を開いた。
「俺、ちょっと嬉しかったです」
「え?」
「だって、もしかして……そういう意味なのかなって」
私の顔が一気に熱くなる。
「ち、違います! いや、違わないかもしれないですけど! あーもう!」
うまく言葉が出てこない。すると彼が、少し照れたように笑って、こう言った。
「じゃあ、今度は恋の味じゃなくて、恋そのもの……試してみません?」
……もう、カフェインどころじゃなく眠れそうにない。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「彼氏レンタル、延長料金つき」
⸻
「彼氏レンタルサービスって、本当にあるんだ……」
アラサーOLの私は、半信半疑で申し込んでしまった。理由は単純。実家に帰省すると必ず母に「まだ彼氏いないの?」と聞かれるから。
そしてやって来た“レンタル彼氏”は――
「どうも、今日一日、彼氏役を務めさせていただきます、健人です」
……想像以上に爽やかだった。俳優みたいな笑顔に、つい見惚れてしまう。
「え、えっと……よろしくお願いします」
そうして始まった“偽彼氏デート”。母に見せるためにツーショット写真を撮ったり、一緒にランチをしたり。意外と自然で、通行人にまで「素敵なカップルですね」と言われてしまった。
(やばい……これ、普通にときめく)
だけど彼はプロ。あくまでお仕事。心を乱してはいけない。そう思っていたら――
「延長します?」
「えっ」
「追加料金で、もう少し彼氏役やりますよ」
営業スマイルを浮かべながら差し出されるプラン表。延長30分につき5,000円。
……完全にホストクラブのシステムだ。
「い、いや、大丈夫です! これ以上はお金が……!」
「そうですか。じゃあ、今のうちに“彼氏っぽいこと”しておきます?」
彼はそう言うと、突然私の頭をポンと撫でた。
――ズキュン。
心臓が破裂するかと思った。
「な、なにしてるんですか!」
「彼氏っぽいことです」
「それは確かにそうだけど!」
必死で動揺を隠す私を見て、彼はイタズラっぽく笑った。
「じゃ、今日のところはこれで。……本当の彼氏になったら、延長料金はいりませんから」
去っていく背中を見送りながら、私は気づいた。
――あれ、これってただの営業トーク? それとも……?
結局、実家に帰った私は母にこう言われた。
「アンタ、やっと顔色が明るくなったわね。彼氏できた?」
……答えに詰まって、私はごまかすように笑った。
私は深いため息をつきながら、会社近くのカフェに駆け込んだ。夜の八時、閉店間際だというのに、中にはまだ数人の客が残っていて、カウンター越しに店員がせっせとコーヒーを淹れている。
「いらっしゃいませー。いつものですか?」
顔を上げると、バリスタの彼が笑顔を向けてきた。
……そう、この店に通う理由は八割方この人である。
会社の近くに新しくできたこのカフェ。最初はなんとなく立ち寄っただけなのに、気づけば残業帰りの私のルーティンになってしまった。
理由は簡単。イケメンだから。
黒縁メガネの下の涼しい目元、きれいに整えられた黒髪、そして無駄に長いまつ毛。しかも気さくで、コーヒー豆の説明まで楽しそうにしてくれる。まるで少女漫画から飛び出してきたような店員さん。
ただし、問題がひとつ。
「いつも、カフェイン強めでいいんですか? 眠れなくなりません?」
……そう。私の体はとても正直で、彼のコーヒーを飲むと眠れなくなるのだ。
「だ、大丈夫です! どうせ帰っても仕事の続きですから!」
強がって答えながらも、心の中では(今日も寝不足確定……)と泣きそうになる。
カップを受け取って席に向かおうとすると、彼がひょいと身を乗り出してきた。
「そういえば、明日お休みですよね?」
「えっ? な、なんで知ってるんですか」
「名札に書いてある出勤予定、いつも会計のとき見えちゃうんです。俺、シフト確認するから」
……そんなの、気づかなかった。
「もしよかったら、明日うちの試飲会に来ませんか? 常連さん限定でやるんです。無料でいろんな豆が飲めますよ」
「えっ……!」
脳内で警報が鳴り響く。試飲会。つまり、彼と仕事抜きで会えるチャンス。けど問題は、カフェインだ。絶対に夜眠れなくなるやつ。でも……。
「い、行きます!」
口が勝手に返事をしていた。
⸻
翌日。
おしゃれなカフェの一角で、彼がカップを差し出してきた。
「この豆は酸味が強いので、ちょっと驚くかもしれません」
私はおそるおそる口をつける。酸っぱい……けど、不思議とフルーツみたいで美味しい。
「すごい……! なんか恋の味がしますね」
気づけば口をついて出た言葉に、私は慌てて手で口を押さえた。
やってしまった。女子力ゼロの比喩を。
しかも「恋の味」って……。
「恋の味、か……」
彼が小さく笑う。
「じゃあ、この苦いやつは失恋ですかね」
「う、うわ、恥ずかしいからやめてください!」
二人で笑い合うと、心臓がドクンと鳴った。
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試飲会が終わって、店を出るとすっかり夜だった。
「送りますよ」
彼が当然のように並んで歩いてくる。街灯に照らされた横顔が、あまりに近すぎて、頭が真っ白になった。
「あの、さっきの……恋の味って言葉」
彼が急に口を開いた。
「俺、ちょっと嬉しかったです」
「え?」
「だって、もしかして……そういう意味なのかなって」
私の顔が一気に熱くなる。
「ち、違います! いや、違わないかもしれないですけど! あーもう!」
うまく言葉が出てこない。すると彼が、少し照れたように笑って、こう言った。
「じゃあ、今度は恋の味じゃなくて、恋そのもの……試してみません?」
……もう、カフェインどころじゃなく眠れそうにない。
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「彼氏レンタル、延長料金つき」
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「彼氏レンタルサービスって、本当にあるんだ……」
アラサーOLの私は、半信半疑で申し込んでしまった。理由は単純。実家に帰省すると必ず母に「まだ彼氏いないの?」と聞かれるから。
そしてやって来た“レンタル彼氏”は――
「どうも、今日一日、彼氏役を務めさせていただきます、健人です」
……想像以上に爽やかだった。俳優みたいな笑顔に、つい見惚れてしまう。
「え、えっと……よろしくお願いします」
そうして始まった“偽彼氏デート”。母に見せるためにツーショット写真を撮ったり、一緒にランチをしたり。意外と自然で、通行人にまで「素敵なカップルですね」と言われてしまった。
(やばい……これ、普通にときめく)
だけど彼はプロ。あくまでお仕事。心を乱してはいけない。そう思っていたら――
「延長します?」
「えっ」
「追加料金で、もう少し彼氏役やりますよ」
営業スマイルを浮かべながら差し出されるプラン表。延長30分につき5,000円。
……完全にホストクラブのシステムだ。
「い、いや、大丈夫です! これ以上はお金が……!」
「そうですか。じゃあ、今のうちに“彼氏っぽいこと”しておきます?」
彼はそう言うと、突然私の頭をポンと撫でた。
――ズキュン。
心臓が破裂するかと思った。
「な、なにしてるんですか!」
「彼氏っぽいことです」
「それは確かにそうだけど!」
必死で動揺を隠す私を見て、彼はイタズラっぽく笑った。
「じゃ、今日のところはこれで。……本当の彼氏になったら、延長料金はいりませんから」
去っていく背中を見送りながら、私は気づいた。
――あれ、これってただの営業トーク? それとも……?
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