西伊豆の廃屋から東京のタワマンへ。美しき食人鬼たちは、人間を喰らって愛を成す

秦江湖

文字の大きさ
15 / 69

吠える番犬、凍る鎖(2)

しおりを挟む
 西伊豆の海岸線を走る覆面パトカー。  ワイパーが激しく往復し、叩きつける雨粒を弾き飛ばしている。  助手席に座る俺は、ダッシュボードに足を投げ出し、忌々しげに舌打ちをした。  

「……クソッ、よく降るな」

 運転席には、相棒の荒田(あらた)がいる。  県警から回されてきた、まだ30代の若造だ。真面目だけが取り柄で、融通が利かないタイプ。俺が一番苦手な手合いだ。

「犬飼さん。到着まであと5分です」 

「ああ」

 「ですが……本当に踏み込むんですか?  所轄の課長からは『周辺の聞き込みと、任意の事情聴取にとどめろ』と言われていますが」


 荒田が不安げにハンドルを握り直す。  俺は鼻で笑って、懐からタバコを取り出した。火はつけずに、ただフィルターを噛む。


「お前、真面目だな。  いいか荒田。行方不明になっているのは二人だ。  しかも一人は東京の探偵だぞ? プロが音信不通になるなんて、ただ事じゃない」

「それはわかりますが……令状がありません。  もし家宅捜索まがいのことをして、相手が弁護士でも立ててきたら、俺たちのクビが飛びますよ」

「誰が『捜索』するなんて言った?」

 俺はニヤリと笑ってみせた。

「俺たちは、心配して様子を見に行くだけだ。  『行方不明者の安否が気になって、居ても立ってもいられなかった』  『玄関先で声をかけたら、中から不審な物音がした』  『緊急避難的な措置として、やむを得ず足を踏み入れた』  ……理由はいくらでも後付けできる」

「そんな無茶な……」 

「相手は、精神を病んだ妹と、足の悪い兄貴の二人暮らしだ。  それに、後見人の叔父ってのは、怪しい金儲けをしてるって噂の俗物だぞ。  少しドスを効かせて脅せば、ビビって何でも喋るさ」


 俺は荒田を言いくるめながら、腹の中で別の算段をしていた。

 ――狙いは、その「叔父」だ。  最近、株で大儲けしているという噂。  もし、探偵や家庭教師の失踪に、この叔父が一枚噛んでいるとしたら?  死体でも見つかれば御の字だ。  逮捕するんじゃない。ネタにするんだ。  『このことを黙っていてやるから、分け前を寄越せ』と取引を持ちかける。  今の俺には、正義より現金が必要なんだ。


「着いたぞ」

 車が坂道を登りきり、錆びた鉄の門の前で停車した。  雨に煙る洋館。  まるで巨大な墓石のように、不気味にそびえ立っている。  窓にはカーテンが引かれ、中の様子は伺えない。

「……嫌な雰囲気ですね」  荒田が身震いをする。

 「地元じゃ『一家心中屋敷』なんて呼ばれてるらしいですが、納得です」

「お化け屋敷だろうが何だろうが、人間が住んでるなら叩けばホコリが出る」


 俺はドアを開け、雨の中へ飛び出した。  革靴が泥に沈む。  ズボンの裾が濡れる不快感を無視して、俺は門を乗り越えた。

「ちょ、犬飼さん! インターホンくらい押してください!」

 「壊れてるかもしれんだろ。行くぞ」


 俺は荒田を急かし、玄関ポーチへと向かった。  重厚な木の扉。  俺はノッカーを掴み、壊れるほどの勢いで叩きつけた。

 ガン! ガン! ガン!

「おい! 警察だ! 開けろ!」

 返事はない。  だが、中に気配があるのはわかる。  俺はさらに声を荒げた。

「中にいるのはわかってるんだぞ!  里見という女性がここに来ただろう! 彼女の家族が心配してるんだ!  開けないなら、公務執行妨害でこじ開けるぞ!」

 もちろん、そんな権限はない。ただのハッタリだ。  だが、世間知らずのガキと、後ろ暗い叔父なら、これで落ちるはずだ。

 ガチャリ。

 数秒後、内側から鍵が開く音がした。  扉が少しだけ開き、隙間から青白い顔をした青年が顔を覗かせた。  兄の静だ。  車椅子に座り、怯えた目で俺たちを見ている。

「……な、なんですか。こんな乱暴な……」

 「静くんだな? 入らせてもらうぞ」

 俺は返事を待たずに、ドアを蹴り開けた。  ドカドカと、泥だらけの靴のまま、磨き上げられた玄関ホールへ踏み込む。  荒田が「あ、失礼します……」と申し訳無さそうについてくる。


 ホールの中は、異様な臭いがした。  古いカビの臭いと、芳香剤の臭い。  そして、わずかに漂う……鉄錆のような、血の臭い。

 ――ビンゴだ。  俺の刑事としての勘が、けたたましく警鐘を鳴らした。  ここには「何か」がある。

「おい、手分けして探すぞ。叔父と、消えた女の痕跡を探せ」 

「は、はい!」


 俺たちは土足のまま、彼らの「城」を蹂躙し始めた。  それが、眠れる怪物の尾を踏む行為だとも知らずに。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。 「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…

処理中です...