私の心臓をつかむあなたの手が冷たくも温かい~収穫祭~

秦江湖

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薬物混入事件・千尋

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    あっという間に一華の周りに人だかりができた。


    福山先生はじめ集まったみんなに挨拶していた一華は、幹事の由利に耳打ちすると由利が私の方を指さした。


    一華はこちらを見て満面の笑みを見せるとまっすぐ駆け寄ってきた。

「千尋!」

「一華!一華ね!」

「うん!会いたかったよ千尋!」


    十三年ぶりに握った一華の手は、しなやかで白魚の様に冷たかった。


「見違えたよ一華!素敵になったね!」

「ありがとう!ほら、背も伸びたよ」

「見ればわかるって」


    屈託のない笑顔で言う一華に返した。
中学時代の一華は小柄でバスケをやっている私より20センチ以上は低かった。

    それが今は私が見上げている。


「芸術家なんてすごいよ!おめでとう!頑張ったんだね!」

「ありがとう……千尋に言われるのが一番うれしい」


    こうして話していると、どんどんあの頃に戻るような気がした。

「心配したんだよ……どうして黙っていなくなったりしたの?」

「ごめんなさい……あんなことがあって私自身、全然整理がつかなくって……本当にごめん」

「いいの!こっちこそごめんなさい!そうだよね……あんなことあったんだから」


    一華は首をふって微笑んだ。

    それから果歩と愛と言葉を交わすと、一華は私を料理が並べてあるテーブルの方へ連れて行った。


「ねえ、見て見て。ここにあるの私が作ったの。全部じゃないけど、これとこれと……あとこれも」

「これを一華が!ホテルの人が作ったものと思ってた」


    一華の指した料理はどれもが雑誌やテレビで見るような、それこそ一流のレストランで出されるような感じのものばかりだった。

「朝からやってたから疲れちゃった」

    一華は言いながら肩を回すと笑みを見せた。

「どれか召し上がって。千尋の口に合えばいいけど」

「そうね。じゃあこれにしようかな。いただきます」


目についた肉料理を皿に取った。


「それは牛のすね肉を白ワインソースで煮込んだものなの」

    肉が箸でつまむといとも簡単に切れた。

    一口大になったものを口にする。


    すね肉は口でとろけるような柔らかさ、白ワインの香りが食欲をそそり、ソースにも肉と一緒に煮込まれた野菜の旨味が凝縮されていて複雑な味わいだ。


「美味しい!私、こんなに美味しいお肉料理食べたの初めて!」

「ほんと?良かった!千尋に喜んでもらえて!」


    一華の手作りを一通り口にしてから、ドリンクとスープがあるテーブルに行った。

「もしかしてこれも一華が?」

「ううん。こちらは全部ホテルから出されたもの。私が作ったのはさっきのだけ」と、言いながら「こっちの方がさっきの料理に合うわ」そう言って一華は三つあるスープから一つを選んでよそってくれた。


「それにしても凄いよねぇ……一華はなにをしてるの?絵を描いているの?」

「絵も描くけど、メインは彫刻」

「彫刻!あの石とか木を彫る」

    私の知識では彫刻で思い浮かぶのはダビデ像や考える人、あとはミロのビーナスとか、仏像とか、石や木を削り、彫るものだった。

    しかし一華のやっているのは粘土による彫刻だという。


「中学のときに初めて作ったけど、それ以来ハマっちゃって」

「あのときの作品なら覚えてる!全国コンクールで最優秀賞をとったもんね」


    あのときは学校中が大騒ぎになった。

    いじめを無視していた教師達や生徒が、掌を返して一華を持て囃したのだから。


「そのおかげで、引っ越してからパリへ留学の話がきたの」

「凄いよね。それで世界的な芸術家にまでなるんだから。まさに絵に描いたようなサクセスストーリーじゃない」

「そんな。やめてよ」

    一華は照れくさそうに笑って手をふった。

「あれ?」

「どうしたの千尋」

「なんかさっきからすてきな香りがして……今ちょっと気になって」

「私かも」

たしかに一華から漂ってくる香りだ。

「ううん。とても良い香りだなって思って。どこのフレグランス?」

「自分で調合したの」

それを聞いてまた驚いた。

「一華って、なんでもできるんだね」


    芸術的才能の他にも、作る料理もプロ顔負けの美味しさだし、平凡な私からは才能の塊に見えた。



    それからも話していると何人かがスープやドリンクを取りにきた。

    皆が一華に声をかけていく。

    昔では考えられなかったことだが、私は嬉しかった。


    一華は私に勧めたのとは別のスープを口にすると、ウエイターから白ワインを二つ受け取ると、私に一つ渡した。

    一華の香水が鼻先に香る。


「良かったら今度家に遊びに来てよ」

「パリの家へ?」

「いいえ。これからは日本に腰を落ち着けようと思って去年買ったの」


    聞けば都内でも郊外に近い場所だ。
都内から少し外れた方が静かで敷地も広く、自分の創作に向いていると一華は言った。


    連絡先を交換すると、私は一華を果歩と愛に引き合わせた。

    二人はまるで芸能人とでも話すかのように緊張している。

    一華は笑顔を絶やさない。


    ずっと見ていて思ったが、一華の一挙手一投足は洗練されていた。

    さっき私にスープをよそってくれたときも、なんでもない動作なのに美しい所作に見えた。


    時を経て再開した一華は、もう住む世界が違うのだと思うと、喜びの中に微かな寂しさを感じてしまう。


「一華……どうしたの?」

    いつの間にか一華の陶磁器のような白い肌に汗が浮かんできていた。

「あれ……なんだろう……」

    困惑した表情を見せた一華は、次の瞬間には美しい顔を苦しそうに歪めると、テーブルに手をついてそのまま倒れ込んでしまった。

「一華!どうしたの!?大丈夫!?」

    意識はあるものの、一華は脂汗を浮かべて私の呼びかけにうめくように答えるだけだった。


    ガシャーン!


    ふいに後ろの方で食器が割れる音と一緒に悲鳴が上がった。

    見ると何人か倒れている。

「なにこれ?」

「どうなってんの?」

    私と一緒に一華を介護しようとしゃがみこんでいた果歩と愛が、あまりのことにへたりこんだ。


    さっきまでの喜びに満ちていた宴が一転して阿鼻叫喚の場となった。


    私は今、目の前でなにが起きているのか理解できなかった。




    会場には救急隊と警察官が来ていた。

    倒れた人達は、皆意識はあったが念のために病院へ運ばれた。


    私を含め、無事だったクラスメイトは会場から出ないように警察に言われて残っている。

「どうしたんだろうね?食中毒とか?」

「まさか毒でも入れられてた?」


    果歩と愛が話している中、私は一華のことを気にしていた。

    大丈夫だろうか?


    すると刑事と思わしき人と話していたクラスメイトが私の名前を出した。

「橋本さんがスープの近くに一番いたよね!」

「そうだ!橋本さんがいた!」


    刑事たちが私を見る。


    スープ?   いったい何の話をしていたのだろう?


    さっきの惨事はスープに原因があるのか?


    確かに私はスープとドリンクが置かれたテーブルの側で一華と話し込んでいた。

「ちょっと何言ってんのあんたたち!」

「千尋は関係ないって!」


    果歩と愛は庇うが、刑事が二人、私の方へ歩いてきた。


    自分の鼓動がどんどん早くなる。


    これは現実なのだろうか?  悪い夢でも見ているのではないかと、今置かれている状況を疑った。


    どこかでこれが現実と思えない、どこかふわふわした感覚がある。



    同時に、一華のことを思い浮かべた。

    中学時代に語らっていた一華を。


    笑顔がなかった一華は、一緒にいるうちに私には笑顔を見せるようになった。


    その笑顔を鮮烈に思い出していた。
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