「無能」と捨てられた少女は、神の愛し子だった――。 凍てつく北の地で始まる、聖獣たちと冷徹公爵による「世界一過保護な」逆転生活。

秦江湖

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地獄の晩餐会と、乙女の作戦

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 その夜、ノースガル公爵城の大食堂は、建国以来、最も「騒がしく、かつ豪華な」空気に包まれていた。

 普段は黒石を基調とした質実剛健な食卓が、兄たちが持ち込んだ黄金の刺繍入りのクロスで覆われ、その上にはルミナリス王宮から運び出された最高級の銀食器が並んでいる。

「……あのお、アデリーン。本当に大丈夫かしら。このテーブルの上、魔力と殺気が渦巻いていて、お料理の味がしなさそうなのだけれど……」

 アデリーンの隣で、新調したドレスに身を包んだマリエッタが小声で囁いた。彼女の視線の先には、一触即発の四人の男たちが並んでいる。

「大丈夫よ、マリエッタ。私がなんとかするわ」

 アデリーンは微笑んだが、その頬はわずかに引きつっていた。
 晩餐会が始まる直前、席順を巡って早くも嵐が起きたのだ。

「アデリーンの隣は、長兄である私が座るのが道理だ」と主張するマクシミリアン。
「いいや、僕が彼女に栄養学に基づいた最高の一口を運ぶべきだ」と割り込むシルヴェスター。
「まあまあ、末っ子の僕が一番アデリーンの話し相手に向いているよ?」と微笑むファビアン。

 そして――。
「……私の城で、私の婚約者の隣を譲る馬鹿がどこにいる」
 と、氷点下の声を出すゼノス。

 結局、アデリーンが**「マリエッタを私の右隣に、ゼノス様を左隣に。お兄様方はその向かい側に」**という「乙女の作戦①:物理的距離の確保」を提案することで、ようやく着席にこぎつけたのだった。

「さあ、お食事を始めましょう。ノースガルの料理長が、皆さんのために腕を振るってくれたのですから」

 アデリーンが合図を送ると、温かなスープが運ばれてきた。
 だが、食事が始まっても兄たちの攻勢は止まらない。

「アデリーン、ルミナリスでよく食べていたあの蜂蜜のケーキを覚えているかい? 君のために、王宮のパティシエを一人、輸送隊に拉致……おっと、同行させてきたよ。明日作らせよう」

 ファビアンが優雅にスプーンを運びながら言う。

「余計な世話だ」
 ゼノスが低く応戦する。
「アデリーンは今、ノースガルの雪解け水で育った新鮮な果実を好んでいる。過去の遺物に固執するな」

「ほう。過去の遺物、か。……しかし公爵、君は彼女が幼い頃、雷を怖がって私の部屋に逃げ込んできた時の、あの愛らしい泣き顔を知っているのかな?」

 マクシミリアンが挑発的に目を細めた。ゼノスの手が、思わずフォークを折りそうなほどに強まる。

「……知らんな。だが、現在の彼女が、私の腕の中で安らかに眠っている時の顔なら、毎日見ている」

「「「…………っ!!」」」

 兄三人の動きが止まった。殺気が一気に膨れ上がり、食堂の温度が急降下する。マリエッタが「ひっ」と短い悲鳴を上げてアデリーンの影に隠れた。

(……ああ、もう! これじゃ、せっかくの食事が台無しだわ!)

 アデリーンは意を決して、隠し持っていた「乙女の作戦②」を発動させることにした。彼女は銀の扇子を広げ、精霊たちにそっと語りかける。

「皆さん、デザートの前に、私から一つお見せしたいものがありますの」

 アデリーンが扇子を一振りすると、食堂のシャンデリアの光がふわりと弱まり、代わりにテーブルの中央に、青白い光を放つ小さな「氷の粒」が舞い降りた。
 それはアデリーンが『調律』した、氷晶花の蜜を凍らせたシャーベットだった。

「これは、私がこの国で見つけた、新しい奇跡の一部です。……お兄様方、私がルミナリスで孤独だった時、皆さんが守ろうとしてくれたことは知っています。でも、今の私は、この寒いけれど温かいノースガルで、精霊たちと、そしてゼノス様と共に生きることで、初めて自分の『声』を見つけられたのです」

 アデリーンの透き通った瞳が、兄たちを真っ直ぐに見つめた。

「過去の私を愛してくれて、ありがとう。でも、今の幸せな私を、どうか信じて認めてくれませんか?」

 アデリーンの切実な言葉に、兄たちは言葉を失った。
 彼らは、自分たちが守れなかった――いいえ、守るために手放した妹が、自分たちの知らないところでこれほど強く、美しく成長していたことを突きつけられたのだ。

「……ふん。……アデリーンに免じて、今夜のところは引こう」

 マクシミリアンが、降参するようにワイングラスを置いた。シルヴェスターも、ファビアンも、少しだけ寂しげに、けれど誇らしげに妹を見つめ、静かにデザートを口に運んだ。

 晩餐会が終わり、アデリーンとマリエッタが部屋へ引き上げた後のことだ。
 食堂には、ゼノスと三人の兄たちだけが残された。

「……さて。公爵」
 マクシミリアンが、先ほどまでの「兄の顔」を捨て、騎士団長としての峻厳な表情でゼノスを睨んだ。

「査定はまだ終わっていない。……アデリーンを二度と泣かせないと、貴様の魂に誓えるか。もし彼女の指先一つでも傷つくようなことがあれば、我らベルグラード家は、たとえ地の果てまでも貴様を追い詰め、その心臓を貫くだろう」

 ゼノスは無言で立ち上がり、腰の剣の柄に手をかけた。

「誓うまでもない。……彼女は私の命、そのものだ。彼女を傷つける者がいれば、それが神であろうとお前たちであろうと、私はこの氷壁にその身を刻むだろう」

 四人の視線が火花を散らす。
 だが、そこには先ほどのような不毛な争いではなく、一人の女性を愛し抜くと決めた男たちの、奇妙な連帯感とライバル意識が宿っていた。

「……よかろう。今の言葉、忘れるなよ」

「……ふぅ。なんとか終わったわね」

 自室の前の廊下で、アデリーンは大きく息を吐いた。隣でマリエッタが「もう寿命が縮まったわよ」と笑っている。

「おやすみなさい、マリエッタ。明日からは、もう少し静かになるといいのだけれど」

「ええ、おやすみ。アデリーン」

 友人を送り出し、アデリーンが自分の部屋のドアに手をかけようとした、その時。
 背後から大きな影が忍び寄り、彼女を包み込むように抱きしめた。

「……ゼノス様!?」

「……疲れた。……あいつら、本当に厄介だな」

 ゼノスがアデリーンの首筋に顔を埋め、子供のように甘えるように囁いた。公爵としての鎧を脱いだ、彼だけの「弱さ」と「執着」。

「仲良くしてくださって、ありがとうございます。ゼノス様」

「……仲良くなどしていない。ただ、認めさせただけだ。……お前は、誰にも渡さないと」

 ゼノスはアデリーンの顎をそっと持ち上げると、月の光の下で、深く、熱い「おやすみ」の接吻を贈った。

 翌朝。
 アデリーンが窓を開けると、城の庭の一部が跡形もなく消え、そこには兄たちが持ち込んだ資材で**『アデリーン専用・超豪華離宮(ルミナリス様式)』**の基礎が勝手に打ち込まれていた。

「……お兄様たち、早すぎるわよ!!」

 朝一番のアデリーンの絶叫が、ノースガルの空に響き渡った。
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