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豪華客船と、深海の守護獣
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北方の凍てつく港に、その「異形」は浮かんでいた。
群島諸国エル・リリィへと向かうために用意された船。特使が乗ってきた小型艇では全員が乗り切れないため、ベルグラード三兄弟が「妹の船旅を最高の思い出にする」という名目で、わずか数日で突貫造船した魔導客船である。
「……何だ、あの趣味の悪い動く城は」
港に立ったゼノスが、眉間に深い皺を刻んで吐き捨てた。
目の前に鎮座するのは、白大理石のような外装に金細工が施され、マストの代わりに巨大な魔導クリスタルが輝く超大型客船。船首には、これでもかとばかりに誇らしげな金文字で**『クイーン・アデリーン号』**と刻まれている。
「ふん、公爵。嫉妬は見苦しいぞ。これは長男の私が防御装甲を、シルヴェスターが最新の高速エンジンを、そしてファビアンが最高級の調度品を監修した、文字通りの『ベルグラードの誇り』だ」
マクシミリアンが胸を張る。ゼノスの脳内には、すぐさま冷酷な殺意が響き渡り、アデリーンの頭をクラクラさせた。
『……あの船首、今すぐ氷山をぶつけて粉砕してやりたい。アデリーンの名を冠していいのは、私の公爵城だけで十分だ……。何がクイーン・アデリーン号だ、あいつらを一人ずつ船底に縛り付けて、海水の温度を確かめさせてやる……』
「ゼ、ゼノス様……。お兄様たちも好意でやってくださったのですから。……とても、綺麗なお船ですわ」
アデリーンが慌てて彼の袖を引くと、ゼノスは一瞬で「無愛想な仏頂面」から「恋に落ちた少年の顔」へと表情を切り替えた。
「アデリーンがそう言うなら、沈めるのは半分だけにしておこう」
「全部残してくださいまし!」
1. 終わらない「隣の部屋」戦争
乗船後、最初の紛争は「部屋割り」で勃発した。
客船の中央、最も豪華なスイートルーム――アデリーンの私室。その両隣を誰が占拠するか。
「当然、婚約者である私が隣だ。夜間にアデリーンが不安になった時、すぐ側にいなければならない」
ゼノスが当然のように言い放つ。
「笑わせるな、公爵。航海中の不祥事――特にお前のような狼から妹を守るのが兄の務めだ。アデリーンの両隣は、私とシルヴェスターで固める」
マクシミリアンが聖剣を半分抜きながら対抗する。
「……魔導的な観点からも、不測の事態に備えて僕の結界室が隣接しているべきだよ」
シルヴェスターが眼鏡を光らせる。
『……こいつら、本当に殺そう。アデリーンと夜の海を眺めながら、月明かりの下でお前の甘い声を独占しようと計画していた私の数日間を返せ……。殺す。今すぐ船を凍らせて密室を作ってやる……』
ゼノスのドロドロに煮詰まった独占欲がテレパシーで直撃し、アデリーンは真っ赤になってマリエッタの背後に隠れた。
「……もう、アデリーンの隣は私とスノウ(仔狼)でいいじゃないですか。ねえ?」
マリエッタの妥当な提案により、ようやく戦争は一時休戦となった。ゼノスは「……覚えていろ、義兄共」と、心の声ではない、本物の呪詛を吐きながら自分の部屋へと引き下がった。
2. 深海からの不協和音
夜。クイーン・アデリーン号が満月の照らす洋上を滑るように進んでいた。
アデリーンは一人、甲板の縁に立ち、暗い海面を見つめていた。
(……聴こえる。昼間よりも、ずっとはっきりと)
海の底から、巨大な歯車が噛み合わずに軋んでいるような、重苦しい不協和音が響いてくる。特使が言っていた「神の歌」の暴走。それはこの広大な海全体を、ゆっくりと、けれど確実に毒しているようだった。
「……潮風が冷たい。あまり外に出るなと言っただろう」
背後からゼノスが現れ、彼女の肩を大きな外套で包み込んだ。
魂が繋がっているため、言葉を交わさずともアデリーンの不安がゼノスに伝わり、逆にゼノスの「世界で一番お前を愛している」という圧倒的な肯定感がアデリーンを優しく癒やす。
「ゼノス様……。この海の底で、何かが苦しんでいますわ。私、助けてあげたいのです」
「お前の望みなら、海の底を凍らせてでも引きずり出してやろう。……だが、今は私だけを見ていろ。他のものの声に耳を貸すお前を見ると……狂いそうになる」
ゼノスが彼女の顎を指先で持ち上げ、熱い視線を絡める。月明かりに照らされた彼の顔は恐ろしいほど美しく、アデリーンの心拍数が跳ね上がる。その拍動がまた、ゼノスに筒抜けになり、彼の瞳をさらに暗い独占欲で染めていく。
「アデリーン……。愛している、私の……」
彼がそのまま、彼女の唇に触れようとした、その瞬間だった。
――ズ、ズゥゥゥゥゥン!!
豪華客船の底から、雷鳴のような衝撃が走り抜けた。
「何だ!? 敵襲か!?」
マクシミリアンたちが部屋から飛び出してくる。
海面が巨大な噴水のように盛り上がり、そこから「白銀の毛」に覆われた、山のような巨体が姿を現した。
3. もふもふの襲来
それは、巨大な海豹(アザラシ)のような姿をした、神秘的な守護獣だった。
だが、その白く美しいはずの毛並みは所々黒ずみ、瞳は苦しみによって真っ赤に充血している。
「グルゥゥゥゥ……オォォォォォン!!」
守護獣が放った咆哮は、凄まじい「音波の衝撃」となって船を襲った。
シルヴェスターが咄嗟に展開した魔導障壁が、守護獣の不協和音と共鳴を起こし、ガラスが砕けるような音を立てて粉砕される。
「くっ、僕の魔法が……音で打ち消された!? アデリーン、下がって!」
だが、守護獣の狙いは最初から決まっていた。
それは、船上で最も清らかな「音」を放っている存在。
守護獣は荒波を蹴立てて船体に乗り上げると、驚愕で動けないアデリーンを、巨大な――そして恐ろしく「もふもふ」とした前脚で、そっと、けれど力強く掬い上げた。
「……え? あ、温かい……?」
「アデリーン!! その汚い手で、私の女に触れるな!!」
ゼノスが絶叫し、氷の剣を振りかざす。
だが、守護獣はゼノスの攻撃をその巨体で受け流すと、アデリーンを抱えたまま、海中ではなく**「空中の霧」**の中へと猛スピードで泳ぎ去ってしまった。
「……アデリーン!!」
ゼノスの魔力が爆発し、周囲の海が一瞬で数百メートル先まで氷結する。
だが、霧の向こうへ消えた守護獣とアデリーンの姿は、もうどこにもなかった。
「……殺す。……あの獣、皮を剥いで絨毯にしてやる。……お兄様たち、今すぐ船を出せ! 彼女を取り戻すまで、この海をすべて凍らせてやる!!」
一方、攫われたアデリーンは――。
守護獣の背中の、雲のような柔らかい毛並みに埋もれながら、その首筋をそっと撫でていた。
「……苦しいのね。大丈夫よ、私が今、あなたの『音』を整えてあげるから」
恐怖よりも先に、調律師としての使命感が勝る。
攫われた先は、地図にない珊瑚の迷宮。そこで彼女を待っていたのは、群島諸国の「裏」の歴史を司る、孤独な精霊だった。
群島諸国エル・リリィへと向かうために用意された船。特使が乗ってきた小型艇では全員が乗り切れないため、ベルグラード三兄弟が「妹の船旅を最高の思い出にする」という名目で、わずか数日で突貫造船した魔導客船である。
「……何だ、あの趣味の悪い動く城は」
港に立ったゼノスが、眉間に深い皺を刻んで吐き捨てた。
目の前に鎮座するのは、白大理石のような外装に金細工が施され、マストの代わりに巨大な魔導クリスタルが輝く超大型客船。船首には、これでもかとばかりに誇らしげな金文字で**『クイーン・アデリーン号』**と刻まれている。
「ふん、公爵。嫉妬は見苦しいぞ。これは長男の私が防御装甲を、シルヴェスターが最新の高速エンジンを、そしてファビアンが最高級の調度品を監修した、文字通りの『ベルグラードの誇り』だ」
マクシミリアンが胸を張る。ゼノスの脳内には、すぐさま冷酷な殺意が響き渡り、アデリーンの頭をクラクラさせた。
『……あの船首、今すぐ氷山をぶつけて粉砕してやりたい。アデリーンの名を冠していいのは、私の公爵城だけで十分だ……。何がクイーン・アデリーン号だ、あいつらを一人ずつ船底に縛り付けて、海水の温度を確かめさせてやる……』
「ゼ、ゼノス様……。お兄様たちも好意でやってくださったのですから。……とても、綺麗なお船ですわ」
アデリーンが慌てて彼の袖を引くと、ゼノスは一瞬で「無愛想な仏頂面」から「恋に落ちた少年の顔」へと表情を切り替えた。
「アデリーンがそう言うなら、沈めるのは半分だけにしておこう」
「全部残してくださいまし!」
1. 終わらない「隣の部屋」戦争
乗船後、最初の紛争は「部屋割り」で勃発した。
客船の中央、最も豪華なスイートルーム――アデリーンの私室。その両隣を誰が占拠するか。
「当然、婚約者である私が隣だ。夜間にアデリーンが不安になった時、すぐ側にいなければならない」
ゼノスが当然のように言い放つ。
「笑わせるな、公爵。航海中の不祥事――特にお前のような狼から妹を守るのが兄の務めだ。アデリーンの両隣は、私とシルヴェスターで固める」
マクシミリアンが聖剣を半分抜きながら対抗する。
「……魔導的な観点からも、不測の事態に備えて僕の結界室が隣接しているべきだよ」
シルヴェスターが眼鏡を光らせる。
『……こいつら、本当に殺そう。アデリーンと夜の海を眺めながら、月明かりの下でお前の甘い声を独占しようと計画していた私の数日間を返せ……。殺す。今すぐ船を凍らせて密室を作ってやる……』
ゼノスのドロドロに煮詰まった独占欲がテレパシーで直撃し、アデリーンは真っ赤になってマリエッタの背後に隠れた。
「……もう、アデリーンの隣は私とスノウ(仔狼)でいいじゃないですか。ねえ?」
マリエッタの妥当な提案により、ようやく戦争は一時休戦となった。ゼノスは「……覚えていろ、義兄共」と、心の声ではない、本物の呪詛を吐きながら自分の部屋へと引き下がった。
2. 深海からの不協和音
夜。クイーン・アデリーン号が満月の照らす洋上を滑るように進んでいた。
アデリーンは一人、甲板の縁に立ち、暗い海面を見つめていた。
(……聴こえる。昼間よりも、ずっとはっきりと)
海の底から、巨大な歯車が噛み合わずに軋んでいるような、重苦しい不協和音が響いてくる。特使が言っていた「神の歌」の暴走。それはこの広大な海全体を、ゆっくりと、けれど確実に毒しているようだった。
「……潮風が冷たい。あまり外に出るなと言っただろう」
背後からゼノスが現れ、彼女の肩を大きな外套で包み込んだ。
魂が繋がっているため、言葉を交わさずともアデリーンの不安がゼノスに伝わり、逆にゼノスの「世界で一番お前を愛している」という圧倒的な肯定感がアデリーンを優しく癒やす。
「ゼノス様……。この海の底で、何かが苦しんでいますわ。私、助けてあげたいのです」
「お前の望みなら、海の底を凍らせてでも引きずり出してやろう。……だが、今は私だけを見ていろ。他のものの声に耳を貸すお前を見ると……狂いそうになる」
ゼノスが彼女の顎を指先で持ち上げ、熱い視線を絡める。月明かりに照らされた彼の顔は恐ろしいほど美しく、アデリーンの心拍数が跳ね上がる。その拍動がまた、ゼノスに筒抜けになり、彼の瞳をさらに暗い独占欲で染めていく。
「アデリーン……。愛している、私の……」
彼がそのまま、彼女の唇に触れようとした、その瞬間だった。
――ズ、ズゥゥゥゥゥン!!
豪華客船の底から、雷鳴のような衝撃が走り抜けた。
「何だ!? 敵襲か!?」
マクシミリアンたちが部屋から飛び出してくる。
海面が巨大な噴水のように盛り上がり、そこから「白銀の毛」に覆われた、山のような巨体が姿を現した。
3. もふもふの襲来
それは、巨大な海豹(アザラシ)のような姿をした、神秘的な守護獣だった。
だが、その白く美しいはずの毛並みは所々黒ずみ、瞳は苦しみによって真っ赤に充血している。
「グルゥゥゥゥ……オォォォォォン!!」
守護獣が放った咆哮は、凄まじい「音波の衝撃」となって船を襲った。
シルヴェスターが咄嗟に展開した魔導障壁が、守護獣の不協和音と共鳴を起こし、ガラスが砕けるような音を立てて粉砕される。
「くっ、僕の魔法が……音で打ち消された!? アデリーン、下がって!」
だが、守護獣の狙いは最初から決まっていた。
それは、船上で最も清らかな「音」を放っている存在。
守護獣は荒波を蹴立てて船体に乗り上げると、驚愕で動けないアデリーンを、巨大な――そして恐ろしく「もふもふ」とした前脚で、そっと、けれど力強く掬い上げた。
「……え? あ、温かい……?」
「アデリーン!! その汚い手で、私の女に触れるな!!」
ゼノスが絶叫し、氷の剣を振りかざす。
だが、守護獣はゼノスの攻撃をその巨体で受け流すと、アデリーンを抱えたまま、海中ではなく**「空中の霧」**の中へと猛スピードで泳ぎ去ってしまった。
「……アデリーン!!」
ゼノスの魔力が爆発し、周囲の海が一瞬で数百メートル先まで氷結する。
だが、霧の向こうへ消えた守護獣とアデリーンの姿は、もうどこにもなかった。
「……殺す。……あの獣、皮を剥いで絨毯にしてやる。……お兄様たち、今すぐ船を出せ! 彼女を取り戻すまで、この海をすべて凍らせてやる!!」
一方、攫われたアデリーンは――。
守護獣の背中の、雲のような柔らかい毛並みに埋もれながら、その首筋をそっと撫でていた。
「……苦しいのね。大丈夫よ、私が今、あなたの『音』を整えてあげるから」
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