冥界の金継ぎ花嫁 ~うつけな閻魔王子の「ヒビ」は、私が愛で直します~

秦江湖

文字の大きさ
3 / 21

地獄のビフォーアフターと、熱烈な信者たち

しおりを挟む
「というわけで、今日からこいつらが俺の代わりだ」

 翌朝。  波旬様は、二匹の鬼を私の前に放り出した。  昨日、門番をしていた赤鬼と青鬼だ。彼らはガタガタと震えながら、互いに抱き合って怯えている。

「牛頭(ごず)、馬頭(めず)。今日からお前らはこの女……巴の部下だ。掃除でも洗濯でも、こいつの言うことには絶対服従しろ。いいな?」


 「ひ、ひぃぃぃ! 承知いたしましたぁッ!」


 「殺さないでぇぇ! 俺たちはまだ食べ頃じゃありませんんん!」



 二匹は涙目で絶叫し、床に額を打ち付けている。  波旬様はそれを見て「ケッ、情けねえ奴らだ」と鼻を鳴らし、ひらひらと手を振った。


 「じゃあな巴。俺は親父殿への報告がある。……帰ってくるまでに少しは綺麗にしておけよ?」  


     そう言い残し、彼は黒い雲に乗って閻魔庁の本殿へと出かけていった。



 残されたのは、荒れ果てた離宮と、怯える二匹の鬼。そして私。  私は腕まくりをして、腰に襷をキリリと締めた。



「さて、と」  私が一歩近づくと、牛頭と馬頭が「ああっ、来ないで!」と後ずさる。 


「安心してください。取りませんし、食べません。……あなたたち、お名前は?」 

「お、俺は牛頭……でげす」 

「あ、あっしは馬頭……」 

「そうですか。牛頭さん、馬頭さん。まずはその散らかった酒瓶を片付けてください。それから床の水拭き。窓を開けて空気を入れ替えますよ」 


 私が淡々と指示を出すと、二匹はキョトンと顔を見合わせた。 

「……へ? そんだけでいいんで?」 

「はい。まずは環境整備からです。さあ、動く!」  


私が手を叩くと、二匹は慌てて動き出した。




   ◆



 掃除を始めて数刻。  離宮は見違えるように片付き始めていた。  牛頭は力持ちで、重い家具を軽々と動かしてくれる。馬頭は意外と器用で、細かい部分の雑巾がけが上手い。 


「すごいですね。二人とも、とても筋がいいですよ」  


     私が褒めると、彼らは「えっ……」と照れくさそうに頬(と鼻先)を赤らめた。

 「ほ、褒められたのなんて、生まれて初めてだ……」 

「波旬様には毎日『役立たず』って蹴られてたのに……」


 そんな時だった。 「――何をしているのかしら、騒々しい」  凛とした、鈴を転がすような声が響いた。  

     現れたのは、豪奢な着物を纏った美女だ。頭には狐の耳、ふわりとした尻尾が揺れている。  彼女は長いキセルをふかしながら、値踏みするように私を一瞥した。


「あ、夜狐(やこ)姐さん!」  


     馬頭が小声で教えてくれる。彼女はこの離宮を取り仕切る女官長らしい。 


「貴女が噂の『人間』ね。波旬様の気まぐれで置かれているそうだけど……ここは高貴な方のお住まいよ。人間の小娘が好き勝手していい場所じゃないわ」  


      ツン、と顔を背ける仕草も絵になる。典型的な「お局様」の登場だ。  本来なら縮こまるところだが、私の目は彼女の「手元」に吸い寄せられていた。



「……あの」

 「何? 言い訳なら聞かなくってよ」 

「そのキセル、雁首(がんくび)のところが緩んでいませんか?」  


     夜狐さんがピクリと反応した。

 「……よく分かったわね。ええそうよ、お気に入りの羅宇(らう)キセルなのだけど、先日落としてしまって……吸い心地が悪くてイライラしているの」 

「貸してください。直します」 

「はあ? 人間ごときが、妖具を直せるわけ……」



 彼女の言葉が終わる前に、私は懐から愛用の道具を取り出した。  緩んだ接合部に、素早く「麦漆(むぎうるし)」を塗り込み、微細な隙間を埋める。仕上げに指先から少量の魔力を流し込み、金粉をサラリと撒いた。  所要時間、わずか三分。   


「はい、どうぞ。吸ってみてください」  


     手渡されたキセルを見て、夜狐さんは目を見開いた。  接合部には美しい金のラインが入り、まるで最初からそういう意匠だったかのように格上げされている。  

     彼女は震える手でキセルを口に運んだ。  一服、紫煙を燻らせる。 


「……ッ!」  その瞬間、彼女の狐耳がピン! と立ち上がり、頬が紅潮した。 


「す、凄い……! 通りが全然違うわ! 新品……いえ、新品だった頃より味がまろやかになっている! 嘘、これ貴女がやったの!?」 


「ええ。空気の通り道を少し調整しておきました」  


      私が何でもないことのように答えると、夜狐さんはガバッと私の両手を握りしめた。


「巴様……っ!」 

「え?」 

「なんて素晴らしいの! 私、こんなに器用で粋な方、初めて見ましたわ! ああ、私の簪も、帯留めも、全部見ていただきたいわ!」  



     さっきまでの冷ややかな態度はどこへやら。彼女の尻尾は千切れんばかりに振られている。 


「牛頭! 馬頭! あんたたち何ボサッとしてるの! 巴様にお茶をお持ちして! 一番上等な茶葉よ!」

 「へ、へいッ!」



   ◆



 夕刻。  波旬様が帰還した時、離宮は異様な光景になっていた。

「……おい。これは何の騒ぎだ」

 そこには、ピカピカに磨き上げられた床。  そして、直された武具を身に着けて「かっけぇ! 俺ら強そう!」とポーズを取る牛頭と馬頭。  さらに、「巴様、こちらの干菓子も召し上がって♡」と、甲斐甲斐しく私の世話を焼く夜狐さんの姿があった。



「おかえりなさいませ、波旬様」  


     私が雑巾を持ったまま出迎えると、波旬様はあんぐりと口を開けた。 


「お前……たった半日で俺の部下を全員タラし込んだのか?」 

「人聞きが悪いですね。信頼関係を『修復』しただけです」 

「……チッ」  


     波旬様は面白くなさそうに舌打ちをすると、夜狐さんにへばりつかれている私を睨んだ。


 「おい夜狐。その女は俺の専属だ。気安く触るな」 


「あら、減るものではありませんわ。それに巴様は、波旬様にはもったいないくらいのお方です」


 「なんだと?」



 火花が散る二人。  その真ん中で、私は困ったように微笑むしかなかった。  どうやら私の「金継ぎ」生活は、予想以上に賑やかなものになりそうだ。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

処刑台の皇妃、回帰して復讐を誓う ~冷酷公爵と偽りの婚約者~ おまえたちは許さない!

秦江湖
ファンタジー
皇妃エリアーナは、夫である皇帝アランと、たった一人の親友イザベラの策略により、無実の罪で処刑される。 民衆に罵られ、アランの冷酷な目とイザベラの嘲笑を「始まりの景色」として目に焼き付けながら絶命した彼女は、しかし、処刑の記憶を持ったまま三年前の過去に回帰する。 「おまえたちは許さない」 二度目の人生。 エリアーナの目的はただ一つ、自分を陥れた二人への完璧な復讐。 彼女はまず、アラン(皇太子)からの婚約内示を拒絶。そして、アラン最大の政敵である「北の冷血公爵」ルシアン・ヴァレリウスに接触する。 1周目で得た「未来の知識」を対価に、エリアーナはルシアンに持ちかける。 「貴方様には帝国の覇権を。わたくしには復讐の舞台を。そのための『契約婚約』を――」 憎悪を糧に生きる皇妃と、氷の瞳を持つ公爵。 二人の偽りの婚約の行く末は……

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。 ご都合主義のハッピーエンドのSSです。 でも周りは全くハッピーじゃないです。 小説家になろう様でも投稿しています。

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

彼は亡国の令嬢を愛せない

黒猫子猫
恋愛
セシリアの祖国が滅んだ。もはや妻としておく価値もないと、夫から離縁を言い渡されたセシリアは、五年ぶりに祖国の地を踏もうとしている。その先に待つのは、敵国による処刑だ。夫に愛されることも、子を産むことも、祖国で生きることもできなかったセシリアの願いはたった一つ。長年傍に仕えてくれていた人々を守る事だ。その願いは、一人の男の手によって叶えられた。 ただ、男が見返りに求めてきたものは、セシリアの想像をはるかに超えるものだった。 ※同一世界観の関連作がありますが、これのみで読めます。本シリーズ初の長編作品です。 ※ヒーローはスパダリ時々ポンコツです。口も悪いです。 ※新作です。アルファポリス様が先行します。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

女王は若き美貌の夫に離婚を申し出る

小西あまね
恋愛
「喜べ!やっと離婚できそうだぞ!」「……は?」 政略結婚して9年目、32歳の女王陛下は22歳の王配陛下に笑顔で告げた。 9年前の約束を叶えるために……。 豪胆果断だがどこか天然な女王と、彼女を敬愛してやまない美貌の若き王配のすれ違い離婚騒動。 「月と雪と温泉と ~幼馴染みの天然王子と最強魔術師~」の王子の姉の話ですが、独立した話で、作風も違います。 本作は小説家になろうにも投稿しています。

処理中です...