冥界の金継ぎ花嫁 ~うつけな閻魔王子の「ヒビ」は、私が愛で直します~

秦江湖

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地獄の台所事情と、胃袋の修復

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離宮の朝は、絶叫で幕を開けた。

「ギャァァァァァッ!!」 「うわぁぁぁ! 巴様ぁぁ! 助けてくだせぇ!!」

 私が寝床から飛び起きると、台所の方から牛頭(ごず)と馬頭(めず)の悲鳴が聞こえてきた。  敵襲か。私は枕元に置いていた工具袋をひっ掴み、廊下を走った。

「どうしました! 敵ですか!?」


 「ち、違いますぅ! こいつが、こいつが噛み付いてきやがって!」


 台所では、牛頭が尻餅をつき、馬頭が包丁を持って震えていた。  彼らの視線の先には――まな板の上で暴れまわる、紫色の巨大な「大根」があった。  いや、大根ではない。手足が生えていて、不気味な顔がついている。


「……なんですか、これ」 

「『マンドラゴラ大根』でげす! 波旬(はじゅん)様の朝飯を作ろうとしたんですが、皮を剥こうとしたら噛みつかれて……!」 

「包丁が全然通らねぇんですよぉ! 硬すぎて!」


 見れば、馬頭が持っている包丁は、刃こぼれだらけで錆びついている。  これでは食材が切れないのも無理はない。むしろ、切られる食材への冒涜だ。

「……貸して」 

「へ?」 

「道具を貸しなさい。こんなナマクラで料理なんて、食材が可哀想です」


 私の職人スイッチが入った。  私は馬頭から包丁を奪い取ると、砥石をセットし、水桶から水を垂らした。

シュッ、シュッ、シュッ、シュッ。

 静寂なリズムが台所に響く。  私は呼吸を整え、刃の角度を指先で感じ取る。  錆を落とし、歪みを正し、鉄の目を覚まさせる。  ただの包丁研ぎではない。私の魔力を微量に練り込みながら、鋼の分子レベルでの結合を「修復」していくのだ。

「す、すげぇ……」 

「ボロボロの包丁が、鏡みてぇに光ってやがる……」

 十分後。  私は研ぎ澄まされた包丁を構え、暴れるマンドラゴラ大根に向き合った。

「さあ、覚悟」 

「ギャッ!?」

トン、トン、トン、トン!    目にも止まらぬ早業だった。  大根が悲鳴を上げる暇もなく、それは美しい輪切りになり、千切りになり、大人しく鍋の中へと収まっていく。 


「ついでにこの竈も! 火力が安定していませんね。通風孔が煤(すす)で詰まっています!」 


 私は金槌で竈を叩き、風の通り道を調整した。  ボッ! と火の勢いが増し、青く美しい炎が鍋を包む。


「うわぁ、いい匂い……」 

「これ、本当にあの凶暴な大根か?」


 出汁の香りが漂い始めた頃。  台所の入り口に、不機嫌オーラを纏った「魔王」が現れた。


「……あぁ? 朝っぱらから何騒いでやがる」


 波旬様だ。  寝起きらしく、黒髪はボサボサ。着物の帯も緩みきって、胸元の「金継ぎ」が無防備に晒されている。  彼は大きな欠伸をしながら、鍋を覗き込んだ。


「なんだこりゃ。毒の煮込みか?」

 「失礼なことを言わないでください。お味噌汁です」 

「味噌? 人間界の泥水か」

 「泥水かどうか、その舌で確かめてみては?」


 私は炊きたての白米(地獄米だが、ふっくら炊き上げた)と、大根の味噌汁、そして『火の鳥の卵』で作った黄金色の出汁巻き卵を盆に乗せ、彼の前に差し出した。


「……ケッ。俺は人間のメシなんか食わねえぞ」 

 波旬様は文句を言いながらも、箸を手に取った。  そして、出汁巻き卵を一切れ、口に放り込む。

 モグ、モグ……。

 彼の動きが止まった。  金色の瞳が、カッと見開かれる。


「……おい」 

「はい」

 「なんだこれは」

 「卵焼きです」

 「知ってる! 俺が聞いてんのは、なんでこんなにフワフワなんだってことだ! 俺が今まで食ってたのはゴム草履だったのか!?」

波旬様は猛烈な勢いで箸を動かし始めた。  白米をかきこみ、味噌汁をすする。 


「熱ッ! 美味ッ! ……なんだこの汁、身体に染みやがる……!」

 「包丁を研いで繊維を壊さずに切ったので、味がよく染みているんです。それに、竈の火加減も直しましたから」 

「道具を直しただけで、メシの味が変わるのか……?」 

「当然です。料理もまた、職人の技ですから」



 私が胸を張ると、波旬様は空になった茶碗を私に突き出した。


「……おかわり」 

「ふふ、お気に召したようで」 

「勘違いするな! 毒見だ、毒見! まだ安全確認が済んでねえから、あと三杯は食う!」 

「はいはい、素直じゃないですねぇ」

私が二杯目をよそっていると、背後から視線を感じた。  牛頭と馬頭、そしていつの間にか起きてきた夜狐さんが、涎を垂らしてこちらを見ている。


「あのぉ……巴様……」 

「あっしらの分は……」 

「あら、私も味見くらいしてあげてもよくってよ?」


 私が苦笑して「みんなの分もありますよ」と言おうとした瞬間。  

ドン! と波旬様がテーブルを叩いた。


「やらんぞ」 

「「「へ?」」」

 「これは俺のメシだ。巴は俺の専属だ。つまり、こいつが作ったものは全部俺のもんだ」  


     波旬様は卵焼きの皿を抱え込み、子供のように部下たちを威嚇した。

 「お前らは外の雑草でも食ってろ」

「そ、そんなぁ~! 波旬様のケチぃぃ!」

 「鬼ぃ! 悪魔ぁ! 閻魔ぁ!」 

「うるせえ! 文句ある奴は地獄の果てまで吹っ飛ばすぞ!」


 ギャーギャーと騒ぐ魔王と部下たち。  私は湯気の立つ台所で、ふっと笑みをこぼした。


(……なんだか、賑やかだな)


 実家では、食事はいつも無言だった。  父の顔色を伺い、音を立てないように息を殺して食べるだけの時間。  けれどここは違う。  こんなにも騒がしくて、乱暴で……温かい。


「巴! 何ボーっとしてる! 三杯目だ!」 

「はいはい、ただいま」

私は空の茶碗を受け取った。  


     波旬様の顔色は、昨日よりもずっと良く見えた。  

     美味しい食事は、身体のヒビを内側から埋める「金継ぎ」になるのかもしれない。  

     そんなことを思いながら、私は鍋の底を優しくかき混ぜた。





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