6 / 21
離宮の歪みと、職人の目は誤魔化せない
しおりを挟む
「……おかしいですね」
離宮の廊下を雑巾がけしていた私が呟くと、横でハタキをかけていた馬頭が首を傾げた。
「へ? 何がおかしいんで?」
「この花瓶です。昨日は廊下の縁から一寸(約3センチ)の場所に置いてあったのに、今は一寸二分になっています」
「は、はぁ……? そんくらいのズレ、誰かがぶつかったんじゃないですか?」
「いいえ。ぶつかったなら底の埃が乱れます。でも、これは一度持ち上げられて、慎重に戻された形跡がある」
私は目を細めた。 それだけではない。
波旬様の書斎にある書類の山も、上から三冊目の順番が入れ替わっていた。
台所の食材の減り方も、計算より僅かに早い。 決定的なのは――今朝、波旬様の脱ぎ捨てた着物を畳んだ時、微かに「嗅ぎ慣れない獣の臭い」がしたことだ。
「誰かいますね。この離宮に、私たち以外の『誰か』が」
私が断言すると、馬頭は青ざめ、牛頭は「お、お化けか!?」と震え上がった。(自分たちも鬼のくせに)。
「波旬様には?」
「まだ言っていません。波旬様は細かい変化には無頓着ですから、言っても『気のせいだろ』と笑われるだけです」
私は腕まくりをした。 私の管理する領域を、許可なく荒らす不届き者は許さない。 職人のプライドに懸けて、尻尾を出させてやりましょう。
◆
その夜。 私は波旬様の寝室へ続く廊下に、一つだけ「仕掛け」をしておいた。
深夜、丑三つ時。 シン……と静まり返った離宮に、微かな足音が響いた。
天井裏か? いや、床下だ。 姿は見えない。気配を完全に消している。相当な手練れのようだ。
侵入者は、波旬様の寝室の前で立ち止まった。
(……フフフ、今日も『うつけ王子』の寝顔を拝んで、情報を持ち帰るとするか)
見えない何者かが、障子に手を掛けようとした、その瞬間。
パキィィィィィン!!
甲高い音が廊下に響き渡った。 「ギェッ!?」 何もない空間から、カエルのような潰れた悲鳴が上がる。
「――掛かりましたね」
私は襖を勢いよく開け放ち、カンテラの光を浴びせた。
そこには、透明化が解けて尻餅をついている、猿のような、猫のような、奇妙な小妖怪がいた。 その足元には、私が仕掛けておいた「金継ぎされた平皿」が踏まれている。
「な、なんだこれ!? ただの皿じゃねえか! なんでこんな音が!」
「ただの皿じゃありません」
私は仁王立ちで見下ろした。 「それは『鴬張り』の原理を応用して、踏むと音が鳴るようにヒビを金継ぎした、特製の防犯鳴皿です!」
「はぁ!? なんだそりゃ!」
「騒々しいな……何事だ」
騒ぎを聞きつけて、寝室から波旬様が不機嫌そうに出てきた。 寝ぼけ眼だった彼は、廊下に転がる小妖怪を見た瞬間、目を覚ました。
「……あ? てめぇは、『潜り猿(もぐりざる)』か」
「ヒィッ! は、波旬様!?」
小妖怪――潜り猿は、脱兎のごとく逃げ出そうとした。 壁を蹴り、天井へ飛び上がる。速い!
「逃がしません!」 私は懐から、修理用の「釘」を取り出し、投擲した。
シュッ!
釘は潜り猿の長い尻尾を貫き、天井の梁(はり)に縫い止めた。
「ギャアアアッ!」
「ナイスコントロールだ、巴」
波旬様がニヤリと笑い、ぶら下がった猿の首根っこを掴んで引きずり下ろした。
◆
広間に拘束された潜り猿は、牛頭と馬頭に囲まれてガタガタと震えていた。
「へへっ、観念しな。俺たちの目は誤魔化せても、巴様の目は誤魔化せねえんだよ」
「花瓶のズレ数ミリを見抜くなんて、変態的な眼力だからな~」
「誰が変態ですか」
私は咳払いをして、波旬様に向き直った。
「波旬様。この者、数日前から離宮に出入りし、貴方の動向を探っていたようです」
「ああ。気配を消すのが上手い種族だが……まさか俺の寝室まで入り込んでたとはな」
波旬様は冷たい目で猿を見下ろした。
「で? 誰の差し金だ」
「い、言えねえ! 言ったら俺が殺される!」
「ほう。俺に殺されるのと、そいつに殺されるの、どっちが怖いか試してみるか?」
波旬様の掌に、バリバリと黒い雷が走る。
「ヒィィッ! 言います! 言いますからぁ!」
猿は涙目で、裏にいる主人の名前を叫んだ。
「れ、廉浄(れんじょう)様だ! 第二皇子、廉浄様のご命令で、兄上の……波旬様の『弱点』を探れと言われたんだぁ!」
その名が出た瞬間、場の空気が凍りついた。 波旬様の瞳から、ふっと感情が消える。
「……廉浄、か。また性懲りもなく」
やっぱり。 波旬様の「うつけ」の仮面の下にある真実――そして、身体の「ヒビ」という秘密。 それを暴こうとする執拗な影。 弟君の魔の手は、もうここまで伸びていたのだ。
離宮の廊下を雑巾がけしていた私が呟くと、横でハタキをかけていた馬頭が首を傾げた。
「へ? 何がおかしいんで?」
「この花瓶です。昨日は廊下の縁から一寸(約3センチ)の場所に置いてあったのに、今は一寸二分になっています」
「は、はぁ……? そんくらいのズレ、誰かがぶつかったんじゃないですか?」
「いいえ。ぶつかったなら底の埃が乱れます。でも、これは一度持ち上げられて、慎重に戻された形跡がある」
私は目を細めた。 それだけではない。
波旬様の書斎にある書類の山も、上から三冊目の順番が入れ替わっていた。
台所の食材の減り方も、計算より僅かに早い。 決定的なのは――今朝、波旬様の脱ぎ捨てた着物を畳んだ時、微かに「嗅ぎ慣れない獣の臭い」がしたことだ。
「誰かいますね。この離宮に、私たち以外の『誰か』が」
私が断言すると、馬頭は青ざめ、牛頭は「お、お化けか!?」と震え上がった。(自分たちも鬼のくせに)。
「波旬様には?」
「まだ言っていません。波旬様は細かい変化には無頓着ですから、言っても『気のせいだろ』と笑われるだけです」
私は腕まくりをした。 私の管理する領域を、許可なく荒らす不届き者は許さない。 職人のプライドに懸けて、尻尾を出させてやりましょう。
◆
その夜。 私は波旬様の寝室へ続く廊下に、一つだけ「仕掛け」をしておいた。
深夜、丑三つ時。 シン……と静まり返った離宮に、微かな足音が響いた。
天井裏か? いや、床下だ。 姿は見えない。気配を完全に消している。相当な手練れのようだ。
侵入者は、波旬様の寝室の前で立ち止まった。
(……フフフ、今日も『うつけ王子』の寝顔を拝んで、情報を持ち帰るとするか)
見えない何者かが、障子に手を掛けようとした、その瞬間。
パキィィィィィン!!
甲高い音が廊下に響き渡った。 「ギェッ!?」 何もない空間から、カエルのような潰れた悲鳴が上がる。
「――掛かりましたね」
私は襖を勢いよく開け放ち、カンテラの光を浴びせた。
そこには、透明化が解けて尻餅をついている、猿のような、猫のような、奇妙な小妖怪がいた。 その足元には、私が仕掛けておいた「金継ぎされた平皿」が踏まれている。
「な、なんだこれ!? ただの皿じゃねえか! なんでこんな音が!」
「ただの皿じゃありません」
私は仁王立ちで見下ろした。 「それは『鴬張り』の原理を応用して、踏むと音が鳴るようにヒビを金継ぎした、特製の防犯鳴皿です!」
「はぁ!? なんだそりゃ!」
「騒々しいな……何事だ」
騒ぎを聞きつけて、寝室から波旬様が不機嫌そうに出てきた。 寝ぼけ眼だった彼は、廊下に転がる小妖怪を見た瞬間、目を覚ました。
「……あ? てめぇは、『潜り猿(もぐりざる)』か」
「ヒィッ! は、波旬様!?」
小妖怪――潜り猿は、脱兎のごとく逃げ出そうとした。 壁を蹴り、天井へ飛び上がる。速い!
「逃がしません!」 私は懐から、修理用の「釘」を取り出し、投擲した。
シュッ!
釘は潜り猿の長い尻尾を貫き、天井の梁(はり)に縫い止めた。
「ギャアアアッ!」
「ナイスコントロールだ、巴」
波旬様がニヤリと笑い、ぶら下がった猿の首根っこを掴んで引きずり下ろした。
◆
広間に拘束された潜り猿は、牛頭と馬頭に囲まれてガタガタと震えていた。
「へへっ、観念しな。俺たちの目は誤魔化せても、巴様の目は誤魔化せねえんだよ」
「花瓶のズレ数ミリを見抜くなんて、変態的な眼力だからな~」
「誰が変態ですか」
私は咳払いをして、波旬様に向き直った。
「波旬様。この者、数日前から離宮に出入りし、貴方の動向を探っていたようです」
「ああ。気配を消すのが上手い種族だが……まさか俺の寝室まで入り込んでたとはな」
波旬様は冷たい目で猿を見下ろした。
「で? 誰の差し金だ」
「い、言えねえ! 言ったら俺が殺される!」
「ほう。俺に殺されるのと、そいつに殺されるの、どっちが怖いか試してみるか?」
波旬様の掌に、バリバリと黒い雷が走る。
「ヒィィッ! 言います! 言いますからぁ!」
猿は涙目で、裏にいる主人の名前を叫んだ。
「れ、廉浄(れんじょう)様だ! 第二皇子、廉浄様のご命令で、兄上の……波旬様の『弱点』を探れと言われたんだぁ!」
その名が出た瞬間、場の空気が凍りついた。 波旬様の瞳から、ふっと感情が消える。
「……廉浄、か。また性懲りもなく」
やっぱり。 波旬様の「うつけ」の仮面の下にある真実――そして、身体の「ヒビ」という秘密。 それを暴こうとする執拗な影。 弟君の魔の手は、もうここまで伸びていたのだ。
0
あなたにおすすめの小説
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
処刑台の皇妃、回帰して復讐を誓う ~冷酷公爵と偽りの婚約者~ おまえたちは許さない!
秦江湖
ファンタジー
皇妃エリアーナは、夫である皇帝アランと、たった一人の親友イザベラの策略により、無実の罪で処刑される。
民衆に罵られ、アランの冷酷な目とイザベラの嘲笑を「始まりの景色」として目に焼き付けながら絶命した彼女は、しかし、処刑の記憶を持ったまま三年前の過去に回帰する。
「おまえたちは許さない」
二度目の人生。
エリアーナの目的はただ一つ、自分を陥れた二人への完璧な復讐。
彼女はまず、アラン(皇太子)からの婚約内示を拒絶。そして、アラン最大の政敵である「北の冷血公爵」ルシアン・ヴァレリウスに接触する。
1周目で得た「未来の知識」を対価に、エリアーナはルシアンに持ちかける。
「貴方様には帝国の覇権を。わたくしには復讐の舞台を。そのための『契約婚約』を――」
憎悪を糧に生きる皇妃と、氷の瞳を持つ公爵。
二人の偽りの婚約の行く末は……
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた
下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。
ご都合主義のハッピーエンドのSSです。
でも周りは全くハッピーじゃないです。
小説家になろう様でも投稿しています。
靴屋の娘と三人のお兄様
こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!?
※小説家になろうにも投稿しています。
彼は亡国の令嬢を愛せない
黒猫子猫
恋愛
セシリアの祖国が滅んだ。もはや妻としておく価値もないと、夫から離縁を言い渡されたセシリアは、五年ぶりに祖国の地を踏もうとしている。その先に待つのは、敵国による処刑だ。夫に愛されることも、子を産むことも、祖国で生きることもできなかったセシリアの願いはたった一つ。長年傍に仕えてくれていた人々を守る事だ。その願いは、一人の男の手によって叶えられた。
ただ、男が見返りに求めてきたものは、セシリアの想像をはるかに超えるものだった。
※同一世界観の関連作がありますが、これのみで読めます。本シリーズ初の長編作品です。
※ヒーローはスパダリ時々ポンコツです。口も悪いです。
※新作です。アルファポリス様が先行します。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
女王は若き美貌の夫に離婚を申し出る
小西あまね
恋愛
「喜べ!やっと離婚できそうだぞ!」「……は?」
政略結婚して9年目、32歳の女王陛下は22歳の王配陛下に笑顔で告げた。
9年前の約束を叶えるために……。
豪胆果断だがどこか天然な女王と、彼女を敬愛してやまない美貌の若き王配のすれ違い離婚騒動。
「月と雪と温泉と ~幼馴染みの天然王子と最強魔術師~」の王子の姉の話ですが、独立した話で、作風も違います。
本作は小説家になろうにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる