冥界の金継ぎ花嫁 ~うつけな閻魔王子の「ヒビ」は、私が愛で直します~

秦江湖

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氷の弟と、呪われた血の記憶

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「ひぃぃぃ! 許して! 許してくだせぇ波旬様ぁ!」


 離宮の広間。  天井から逆さ吊りにされた小妖怪――潜り猿は、涙と鼻水を撒き散らしながら命乞いをしていた。  波旬様は、腕を組み、冷ややかな目で見上げている。


「うるせえ。泣くな汚らしい」 

「へいッ! 泣き止みます! ……グスッ」 

「で? 廉浄の野郎は、俺の何を調べてこいと言った?」


 波旬様がドスを利かせると、猿は震え上がってペラペラと喋り出した。


「は、はいッ! 『兄上は魔力の暴走で身体がボロボロのはずだ。その証拠を掴んでこい』と! あと『最近、妙な人間の女を飼っているようだが、弱点になり得るか見極めろ』とも……!」

 「ほう」  

 波旬様の眉がピクリと動く。  私の方をチラリと見て、鼻を鳴らした。 

「俺の身体のヒビのことはともかく、巴。お前、完全にナメられてんぞ。『妙な女』だとよ」

「失礼しちゃいますね。せめて『優秀な職人』と言っていただきたいです」 

「違げえだろ。『弱点』になり得るか、だ。……つまり、お前を人質に取れば俺が動揺すると踏んでやがる」


 波旬様は凶悪な笑みを浮かべ、バチバチと指を鳴らした。 


「……上等じゃねえか。あのクソガキ、一度教育してやる必要がありそうだな」



   ◆



 潜り猿を「着払いの小包」として廉浄様の元へ送り返した後。  波旬様は縁側に座り、月を見上げて酒を煽っていた。  いつもの傲慢な態度は鳴りを潜め、どこか沈んだ空気が漂っている。


「……波旬様」  

 私はお猪口を持って隣に座った。

 「廉浄様とは、そんなに仲が悪いのですか?」 

「悪いなんてもんじゃねえよ。あいつは俺のことが生理的に無理で、俺はあいつの『潔癖さ』が鼻につく。……殺し合いの一歩手前だ」 

「ご兄弟なのに?」 

「兄弟だからこそ、だ」


 波旬様は自嘲気味に笑い、自分の手首の血管を指先でなぞった。


「俺とあいつは、母親が違う」 

「母親……ですか」 

「ああ。廉浄の母親は、名門の鬼族の姫君だ。純血のエリート、歩くブランド品だな」  


 彼は盃を干し、ドンと床に置いた。 


「対して俺の母親は、地獄の最下層で罪人を喰らっていた『名もなき化け物』だ」


「……え」  予想外の言葉に、私は息を呑んだ。


「親父殿――閻魔大王が、若い頃の気まぐれで手を出したんだとよ。生まれた俺は、王族の血と、化け物の血が混ざった『雑種』だ」  


 波旬様は、自分の胸の金継ぎされた傷跡を叩いた。 


「俺が人の何倍も瘴気を吸い込めるのも、身体が耐えきれずにヒビ割れるのも、その『卑しい血』のせいだそうだ。……廉浄にとっちゃ、俺が次期王の座にいること自体が、我慢ならねえ汚点なんだよ」

 なるほど。 血統による絶対的な差別意識。  廉浄様がスパイを使ってまで波旬様の「崩壊」を暴こうとしているのは、兄を失脚させ、汚れた血を排除するためなのだ。


「……くだらないですね」  

 私がぽつりと呟くと、波旬様が目を丸くした。 

「なに?」 

「血がどうとか、出身がどうとか。そんなものは『素材』の違いに過ぎません」  


 私は彼の胸に手を当てた。  ドクン、と力強い鼓動が伝わってくる。


「陶器だってそうです。きめ細かい粘土もあれば、荒々しい土もある。それぞれに適した焼き方があって、それぞれの美しさがある。……貴方は、とても頑丈で、温かい、いい『素材』ですよ」 

「……お前なぁ、人を土くれと同列に語るな」

 「褒めてるんです。廉浄様がどれだけ高貴な生まれか知りませんが、泥水をすすってでも誰かを守ろうとする貴方の方が、私はずっと『上等』だと思います」


 私が真っ直ぐに見つめると、波旬様は言葉を詰まらせ、それからバッと顔を背けた。  耳が、真っ赤だ。


「……チッ、口の減らねえ女だ。職人の分際で、魔王を説教すんな」 

「ふふ、図星ですか?」 

「うっせえ! 酒だ、酒持ってこい!」



 照れ隠しに怒鳴る彼を見て、私はクスリと笑った。  この人が「雑種」だというなら、私が何度でも直して、純金よりも価値のある器にしてみせる。  そう決意を新たにした、その時だった。


 ドォォォォン!!


 突然、離宮の入り口付近で爆音が響き渡った。  地面が揺れ、酒瓶が倒れる。


「な、なんだ!? 敵襲か!?」

 「波旬様!」  


 庭先から、傷だらけの牛頭が転がり込んできた。 


 「た、大変でげす! 正門が! 正門が爆破されやした!」

 「あぁ? どこの命知らずだ!」


 波旬様が立ち上がり、殺気を放つ。  その時、爆煙の向こうから、涼やかな声が響き渡った。


『――ご機嫌よう、兄上。夜分遅くに失礼しますよ』


 数えきれないほどの松明の明かり。  そして、整然と並んだ武装した鬼の軍団。  その先頭に、優雅に扇子を仰ぐ銀髪の青年が立っていた。



「……廉浄」 

「部下が世話になったようで。兄上の『ボロボロのお身体』を案じて、見舞いに来て差し上げましたよ」  廉浄様は、氷のような蒼い瞳で私たちを見据え、口元だけで笑った。


「さあ、検分の時間です。……その薄汚い離宮ごと、綺麗に『浄化』して差し上げましょう」



 スパイ戦は終わりだ。  ついに、正面からの「戦争」が始まろうとしていた。



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