冥界の金継ぎ花嫁 ~うつけな閻魔王子の「ヒビ」は、私が愛で直します~

秦江湖

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地獄のドレス選びと、恋のライバル登場!?

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「だ、ダメですぅぅぅ!! 間に合いませんんん!」


 平和が戻ったはずの離宮に、夜狐さんの悲鳴が響き渡った。  大広間では、色とりどりの布地が山のように積まれている。  閻魔大王主催の「冥界大夜会」まで、あと三日。  私たちは今、最大の危機に直面していた。



「何がダメなんですか、夜狐さん」 

「生地よ! ドレスの生地が足りないの!」  


  夜狐さんは涙目で、ボロボロに虫食いされた絹布を広げた。 

「波旬様のパートナーとして恥ずかしくない、最高級の『天女の羽衣』を使おうと思ったのに……保管庫の防虫剤が切れてて、全部『衣類喰い』にやられちゃってるわ!」 

「あらら……見事な穴あきですね」 

「笑い事じゃないわよ巴ちゃん! 今から発注しても、職人の手織りだと一ヶ月はかかるわ。これじゃあ、貴女はボロ布を纏って出席することになっちゃう!」



 それは困る。  私が笑われるのはいいが、波旬様の顔に泥を塗るわけにはいかない。


 「職人の手織りが間に合わないなら、機械を使えばいいのでは?」 

「普通の機械じゃダメなの! この『天女の羽衣』を織れるのは、三途の川の向こうにある『織姫の機織り機』だけ。でも、あれは百年前に壊れて動かないって……」


「……壊れている?」  

 私の職人アンテナがピクリと反応した。 

「動かないなら、直せばいいだけです。その機織り機、どこにありますか?」



   ◆



 私たちが「機織り機を直しに行こう」と相談していた、その時だった。


「――あら、波旬様。相変わらずむさ苦しい場所に住んでいらっしゃるのね」


 甘ったるい、けれど棘のある声が玄関から響いた。  現れたのは、派手な着物を着崩した、妖艶な美女だった。  背中からは、蜘蛛の足のような装飾(いや、本物の足か?)が伸び、真っ赤な唇が艶めかしく歪んでいる。


「……ゲッ。蜘蛛御前(くもごぜん)か」  


 奥から出てきた波旬様が、あからさまに嫌そうな顔をした。

 「何の用だ。俺は今、忙しいんだが」 

「つれないお言葉。大夜会の前に、ご挨拶に伺っただけですわ。……まさか、パートナーが決まっていなくて焦っていらっしゃるのではないかと思いまして」


 蜘蛛御前と呼ばれた女性は、波旬様の腕に馴れ馴れしく絡みついた。


 「もしよろしければ、この私がご一緒して差し上げてもよろしくてよ? 西の地獄を統べる私の家柄なら、閻魔王子の隣に立っても釣り合いが取れますもの」


 彼女はそこで初めて、横に控えていた私に気づいた。  上から下まで、じろじろと値踏みするような視線。


「……あら? 何かしらこの貧相な人間は。新しい使用人?」

 「あ? こいつは俺の……」 

「お茶なら結構よ。さっさと下がって頂戴。高貴な方々の会話がおかしくなってしまうわ」


 彼女はフンと鼻を鳴らし、私を追い払うように手を振った。  完全に「眼中にない」という扱いだ。  波旬様のこめかみに青筋が浮かぶ。


「てめぇ、俺の巴になんて口を……」


「お待ちください、波旬様」  

 私は一歩前に出た。  怒る波旬様を手で制し、ニッコリと営業スマイルを浮かべる。


「ご挨拶が遅れました。私はこの離宮の管理と、波旬様の『専属修復師』を任されております、巴と申します」

 「修復師? ああ、壊れたガラクタを直す貧乏人の仕事ね」  


 蜘蛛御前は扇子で口元を隠して笑った。 


「それで? まさかその薄汚い格好で、夜会に出るつもりじゃありませんわよね?」


 彼女は自分の着物を広げて見せた。  それは、光の加減で虹色に輝く、見たこともないほど豪華な織物だった。 


「ご覧なさい。これは『虹色蜘蛛』の糸で織らせた最高級品よ。貴女のような人間が一生かかっても触れることすらできない代物だわ」

「へぇ……」  


 私はその着物に近づき、まじまじと観察した。  確かに素材はいい。虹色蜘蛛の糸は希少だ。  でも。 


「……惜しいですね」 

「は?」 

「素材は一級品ですが、織り目が荒い。縦糸の張力が均一じゃないから、光の反射にムラが出ています。これでは、せっかくの虹色が台無しだ」 

「な、なんですって!?」 

「それに、背中の縫製も甘い。これだと激しく踊った時に裂けますよ? ……今のうちに直しておいた方がいいのでは?」



 私が淡々と指摘すると、蜘蛛御前の顔が真っ赤になった。 


「無礼者! 人間風情が、私のドレスにケチをつける気!?」

 「事実を申し上げたまでです」

 「キーッ! 波旬様! こんな生意気な女、即刻処刑してくださいまし!」


 喚き散らす蜘蛛御前に対し、波旬様は冷ややかな目を向けた。


 「……おい、蜘蛛女。俺の女の審美眼は絶対だ。そいつが『甘い』って言うなら、テメェのドレスは雑巾以下なんだよ」 

「っ!? 波旬様まで……!」 

「失せろ。俺の隣を歩けるのは、俺が認めた『本物』だけだ」



 波旬様の殺気に押され、蜘蛛御前は後ずさった。 


「……っ、覚えてらっしゃい! 夜会で恥をかかせてやるわ! その貧相な娘が、貴方の横でどんな無様な姿を晒すか、楽しみにしてますことよ!」



 捨て台詞を残し、彼女は嵐のように去っていった。  静寂が戻る。


「……あーあ、買っちゃいましたね、喧嘩」  


私が肩をすくめると、波旬様はニヤリと笑った。


 「売られた喧嘩は買う主義だ。……で、どうするんだ巴。あんなこと言ったからには、あの毒蜘蛛よりもすげぇドレス着ねえと、俺が許さねえぞ」 


「当然です。職人のプライドに懸けて、あんな『ムラだらけの着物』には負けません」


 私は夜狐さんの方を向いた。


 「夜狐さん。案内してください」

 「えっ、どこへ?」 

「決まってるじゃないですか。その壊れた『織姫の機織り機』のところです」



 私は作業袋を担ぎ上げた。


 「伝説の機織り機だろうが何だろうが、私が完璧に直して見せます。そして、あの高飛車な蜘蛛女が腰を抜かすような、最高のドレスを織ってやりましょう!」




伝説の機織り機と、星空のドレス
三途の川のほとり。  彼岸花の咲き乱れる草原の真ん中に、その巨大な機械は打ち捨てられていた。


「うわぁ……これは酷いですね」


 私が思わず声を上げたのも無理はない。  『織姫の機織り機』と呼ばれるそれは、まるで巨大なパイプオルガンと時計仕掛けを融合させたような、複雑怪奇な天界の遺物だった。  しかし今は、歯車は錆びつき、フレームは歪み、動力源である水晶は砕け散っている。



「だから言ったじゃない、巴ちゃん」  


 夜狐さんが肩をすくめた。 


「これは百年前に天界から落ちてきた時に壊れたの。天女様の技術で作られたオーパーツよ? 地獄の鍛冶屋たちが何人も挑んで、匙を投げた代物なのよ」


「へぇ……」  


 私は、逆に目を輝かせた。  錆びついた歯車を撫でる。指先に伝わる、かつてこの機械が刻んでいた精緻なリズムの残響。  壊れているんじゃない。「眠っている」だけだ。


「面白い。燃えてきました」  


 私は道具袋から、愛用の金槌と筆を取り出した。 


「波旬様、そこの大きな歯車を持ち上げてもらえますか? 夜狐さんは、川から『星の砂』を集めてきてください!」



   ◆



 カン! カン! キン!  静寂な三途の川辺に、小気味よい金属音が響き渡る。


「おい巴! ここの噛み合わせはどうだ!」

 「あと三ミリ右です! そこを私の金継ぎで固定します!」

 「注文の多い職人だぜ……!」



 波旬様は文句を言いながらも、その怪力で歪んだフレームを矯正し、私が指示した場所に正確に魔力を流し込んでくれる。  驚いた。彼は破壊専門だと思っていたが、力のコントロールが恐ろしく精密だ。  私の「修復」と、彼の「魔力」。二つが噛み合った時、作業は奇跡的なスピードで進んだ。



 そして、夕暮れ時。  砕けていた動力水晶を、私の金継ぎで美しく繋ぎ合わせた瞬間――。

 ブゥゥゥン……!  低い駆動音と共に、機織り機全体が淡い光を放ち始めた。



「う、動いたぁぁ!? ウソでしょ!?」  

 夜狐さんが腰を抜かす。 

「完璧です。さあ、ここからが本番ですよ」  

 私は機織り機の前に座った。 

「生地を織ります。ですが、普通の糸じゃあの虹色蜘蛛には勝てません」

「じゃあ何を使うんだ?」  


 波旬様が尋ねる。  私は空を指差した。
 

「あれです」  頭上には、地獄特有の、禍々しくも美しい紫色の夜空と、煌めく星々が広がっていた。 


「この『夜空』そのものを織り込みます。波旬様、貴方の魔力で、あの星明かりを糸として紡いでください」

 「ハッ、無茶を言う。……だが、嫌いじゃねえ発想だ」



 波旬様が空に手を掲げる。  彼の指先から黒い魔力が伸び、星々の光を絡め取って、一本の輝く糸へと変換していく。  私はその「星の糸」を受け取り、機織り機に通した。


 トントン、カラリ。トントン、カラリ。


 機を織る。  縦糸に「冥界の闇」を、横糸に「星の光」を。  波旬様から送られてくる魔力は、力強く、それでいて私の指先に馴染むように温かい。  まるで、二人で一つの呼吸をしているみたいだ。


(ああ、楽しい……)  


今まで、誰かのために物を作ることが、こんなに胸を高鳴らせるなんて知らなかった。  これはただのドレスじゃない。  私と、この不器用な魔王様が、初めて二人で作り上げた「世界」だ。



   ◆



 そして、三日後の夜。  ついに「それ」は完成した。


「……すげぇ」  波旬様が、息を呑んで立ち尽くしている。  トルソーに掛けられたドレス。  一見すると、深い漆黒のシンプルなカクテルドレスだ。  だが、私が裾をふわりと揺らすと――。



 キラキラキラ……!  ドレスの中で、星々が流れた。  布地の中に織り込まれた魔力が、見る角度によって星座を描き、天の川のように揺らめくのだ。  まるで、夜空の一部を切り取って纏ったかのような、動く芸術品。



「『星詠みのドレス』です」  私は満足げに頷いた。 


「虹色蜘蛛のドレスは確かに派手ですが、ただ色が混ざっているだけ。こっちは『奥行き』と『物語』があります。……どうですか、旦那様?」



 波旬様は、眩しそうに目を細め、そっと私の頬に触れた。



「……ああ。最高だ」  


 彼はドレスではなく、私を見つめていた。 


「これを着たお前は、きっと地獄のどんな宝石よりも輝く。……あの蜘蛛女が泡を吹く顔が目に浮かぶぜ」


 私たちは顔を見合わせて笑った。  準備は整った。  あとは、あの煌びやかで意地悪な夜会に、このドレスを纏って乗り込むだけだ。


「行きましょう、波旬様。……私たちの『デビュー戦』へ」




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