冥界の金継ぎ花嫁 ~うつけな閻魔王子の「ヒビ」は、私が愛で直します~

秦江湖

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【第一部完結】冥界大夜会と、月下のダンス

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その夜、閻魔庁(えんまちょう)の大広間は、目が眩むような光に満ちていた。  天井には巨大なシャンデリア。壁には金箔の装飾。  そして、着飾った貴族の鬼や、艶やかな女妖たちがグラスを片手に談笑している。

「……うぅ、胃が痛い」  会場の入り口で、私はドレスの裾を握りしめて立ち尽くしていた。  今の私は、一見すると「ただの黒い布」を巻きつけただけの地味な女だ。周囲の煌びやかさに圧倒され、足がすくむ。

「おい巴、何をビビってやがる」  隣には、修復した正装を凛々しく着こなした波旬(はじゅん)様がいる。 「堂々としてろ。お前は俺の連れだぞ」 「そ、そうは言いましても……マナーとか、よく分かりませんし……」  私が小さくなっていると、前方から涼やかな声が降ってきた。

「……無様ですね。借りてきた猫のように背を丸めて」

 銀髪の貴公子――第二皇子・廉浄(れんじょう)様だった。  彼は敗北の色など微塵も見せず、優雅に扇子を揺らしている。 「れ、廉浄様……」 「兄上のパートナーを務める者が、そのような貧相な顔では困ります。……いいですか、よくお聞きなさい」

 廉浄様は、通りがかりの給仕の盆から、骨付きの鶏肉をひょいとつまみ上げた。  そして、ナプキンも使わず、素手でそれを口へと運んだ。

「――っ!?」  私が驚愕する前で、彼は優雅に肉を噛みちぎり、指についた脂を舐め取った。  本来なら野蛮な行為だ。けれど、彼がやると、それがまるで「最新の作法」であるかのように洗練されて見える。

「真の王族とは、マナーになど縛られぬものです」  廉浄様はニヤリと笑った。 「小物はフォークの角度や順序を気にしますが、王は『自分がルール』だ。……肉を手で裂こうが、皿を舐めようが、王がやればそれが『正解』になる。兄上の隣に立つのなら、それくらいの図太さを持ちなさい」

 目から鱗が落ちた。  そうだ。私の旦那様は、地獄のルールをねじ曲げてでも私を守ってくれる魔王だ。私が縮こまってどうする。

「……勘違いしないでくださいね」  廉浄様はフンと顔を背けた。 「貴女が恥をかくと、皇族である私の品位まで下がるから言っているだけです」 「ふふ。……ありがとうございます、義弟(おとうと)さん」 「なっ、誰が義弟ですか!」

 彼の不器用な激励のおかげで、私の肩から力が抜けた。  よし、行ける。

   ◆

 私たちが会場の中央へと進んだ、その時だった。

「――あら? 皆様、ご覧になって!」

 甲高い声が響き渡った。  人垣が割れ、極彩色の光を放つドレスを纏った蜘蛛御前(くもごぜん)が現れた。  彼女は勝ち誇った顔で、私を扇子で指し示した。

「波旬様がお連れになった『愛しい人』とやらを楽しみにしていたのですけれど……まさか、お葬式の帰りですの?」

 ドッ、と会場から失笑が漏れる。 「本当だ、真っ黒だぞ」「地味な娘だな」「やはり人間など、美的センスが皆無なのだろう」  蜘蛛御前は、見せつけるように自身の『虹色蜘蛛のドレス』を翻した。 「可哀想に。私のこの輝きを見て、恥ずかしくて色が褪せてしまったのかしら? オホホホ!」

 高笑いが響く。  けれど、私はもう怯まなかった。  波旬様が、不敵な笑みで私の腰を抱き寄せる。

「……吠えるなよ、三流。格の違いってやつを教えてやる」  波旬様が合図を送る。  音楽が変わった。静謐(せいひつ)なワルツだ。

「行くぞ、巴」 「はい、旦那様」

 私が一歩、足を踏み出した瞬間。  ふわり、と黒いドレスの裾が舞った。

 ――キラキラキラキラ……ッ!

 会場の空気が凍りついた。  私の動きに合わせて、漆黒の布地の中に、無数の「星」が瞬き始めたのだ。  波旬様の魔力で織り込まれた星空が、私のステップに合わせて流れ、星座を描き、天の川となって揺らめく。

「な、なんだあれは!?」 「星だ……ドレスの中に、夜空があるぞ!」 「動くたびに星座が変わる……なんて幻想的なんだ!」

 会場の照明すら霞むほどの、神秘的な輝き。  それは派手なだけの虹色とは違う、深淵なる宇宙の美しさだった。

「な、な……っ!?」  蜘蛛御前は絶句し、後ずさった。  彼女のドレスは確かに綺麗だが、私の「動く星空」の前では、ただの安っぽい包装紙にしか見えなかった。 「私の虹色が……霞んで……! キーッ!」  彼女は悔しさのあまり、持っていた扇子をバキリとへし折った。

 私たちは、呆然とする彼女を尻目に、フロアの中央で踊り続けた。  波旬様の胸の「金継ぎ」が、私のドレスの星明かりと共鳴し、黄金色に優しく発光する。

「……綺麗だ」  波旬様が、耳元で囁く。 「お前の光で、俺の傷まで輝いて見える。……やっぱりお前は、俺だけの修復師(パートナー)だ」 「貴方が魔力を込めてくれたおかげですよ。……誰よりも素敵です、波旬様」

 会場中から、惜しみない拍手喝采が巻き起こった。  それは、私たちが冥界に認められた瞬間だった。

   ◆

 ダンスが終わると、重々しい声が響いた。

「――見事だ」

 玉座に座る巨躯の老人。閻魔大王が、ゆっくりと拍手をした。  その威圧感に、会場が静まり返る。  波旬様と私は、大王の御前へと進み出た。

「面白い見世物だったぞ、波旬。それに、人間の娘よ」  大王の鋭い眼光が私を射抜く。 「息子の暴走を止め、あまつさえその『傷』を美へと変える器量……。ただの人間ではないようだな」 「……お褒めに預かり恐悦です」 「だが!」  ドン! と大王が杖を突いた。

「次期閻魔大王の妃となるには、民の『信頼』が必要だ。ダンスが上手いだけでは、冥界の王族は務まらぬ」  大王は、懐から一枚の古びた地図を取り出し、私たちに放った。

「これは、太古より冥界に放置されている『七つの大災害』の地図だ」 「……七つの大災害?」 「ああ。火力が消えかけた『灼熱の釜』、崩れ続ける『賽(さい)の河原』、針が錆びついた『剣山』……。歴代の職人が匙を投げた、地獄の欠陥箇所だ」

 大王はニヤリと笑った。 「その『修復』の力で、これら全てを直し、民の暮らしを救ってみせよ。……さすれば、余が直々に二人の婚姻を認め、盛大な祝言を挙げてやろうではないか!」

 会場がどよめく。  それは実質的な、「地獄巡りの旅」への命令だった。  無理難題だ。けれど……。

 私は地図を拾い上げ、隣の波旬様と顔を見合わせた。  彼は、悪戯小僧のようにニカッと笑っている。

「面白ぇ。……やってやろうじゃねえか、巴」 「はい。私の金継ぎで直せないものなんてありません」

 私は大王に向き直り、高らかに宣言した。

「謹んでお受けいたします! 全て完璧に直して、世界一の花嫁になってみせますから、覚悟していてください!」

 こうして、私たちは新たな旅へと足を踏み出すことになった。  目指すは地獄の果て。  うつけな魔王様と、金継ぎ花嫁の「お直し道中」は、まだ始まったばかりだ!

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