13 / 21
【第二部開始】極寒の焦熱地獄と、温泉リゾート化計画
しおりを挟む
「……ハックシュンッ!!」
私の盛大なくしゃみが、白銀の世界に響き渡った。 視界を埋め尽くすのは、猛吹雪。 凍てつく風が頬を切り、まつ毛が凍りつきそうだ。
「……おい、巴。大丈夫か」 隣を歩く波旬(はじゅん)様が、自分の羽織を脱いで私に掛けてくれた。 彼の体温がじんわりと染みてくる。ありがたいけれど、状況がおかしい。
「波旬様……地図を確認してください。ここは本当に『焦熱(しょうねつ)地獄』なんですか?」 「ああ。間違いなく、地獄で一番暑いとされるエリアだ。……はずなんだがな」
波旬様も呆れたように、雪に埋もれた看板を蹴り飛ばした。 そこには『ようこそ焦熱地獄へ! 年中無休で燃えてます』と書かれているが、今はツララがぶら下がっている。
閻魔大王から命じられた「七つの大災害」の修復。 その第一弾として私たちが訪れたのは、地獄の熱源管理所でもあるこの場所だったのだが……。
「うぅぅ……さ、寒いでげすぅ……」 「牛タンが……冷凍牛タンになっちまう……」
同行した牛頭(ごず)と馬頭(めず)は、既に青ざめてガタガタ震えている。夜狐(やこ)さんは狐の姿に戻り、私の首にマフラーのように巻き付いて暖を取っていた。
「とにかく、管理人に話を聞きましょう。あそこの詰め所に明かりが見えます」
◆
管理小屋に入ると、そこはさらに悲惨な光景だった。 筋肉隆々の赤鬼たちが、一つの小さな石油ストーブを囲んで、小さく丸まっているのだ。
「お、お待ちしておりました……波旬様……」 現場監督の赤鬼が、鼻水を垂らしながら出迎えてくれた。 「こ、この通り、一ヶ月前から熱源である『紅蓮(ぐれん)火山』の火が消えちまいまして……今や罪人を焼くどころか、俺たちが凍死寸前でして……」
「火山の火が消えるだと?」 波旬様が眉をひそめる。 「地獄の地脈は生きているはずだ。燃料切れじゃあるまいし」 「へぇ。それが……火口にある『巨大な蓋(ふた)』が錆びついて、完全に閉まっちまったんでさぁ」
話を聞くと、こうだ。 紅蓮火山には、火力を調整するための巨大な金属製の蓋がある。 それが経年劣化で歪み、先日の地震でガチャン!と閉まったまま、開かなくなってしまったらしい。 熱が外に出られないため、地表は極寒になり、逆に地下では……。
「……まずいですね」 私は顔色を変えた。 「地下で熱とガスが溜まり続けているなら、いつ大爆発してもおかしくありません」 「な、なんですって!?」 「現場を見に行きましょう。急がないと、このエリアごと消し飛びますよ!」
◆
私たちは吹雪をついて、山頂の火口へと向かった。 そこには、直径五十メートルはある巨大な鉄の蓋が、岩盤に噛み込むようにして鎮座していた。 隙間からシュー、シューと高温の蒸気が漏れ出し、不気味な唸り声を上げている。
「どけ、巴。俺がぶっ壊してやる」 波旬様が大太刀を構えた。 「待ってください! 今無理やり開けたら、急激な減圧でマグマが噴き出します! 全員黒焦げですよ!」 「じゃあどうすんだ! このままじゃ爆発待ちだぞ!」
私は蓋に駆け寄り、手袋を外して、熱を帯びた鉄肌に触れた。 (……視(み)える) 内部の圧力、鉄の歪み、そして、地下を流れる膨大な熱湯の脈動。 確かに危険な状態だ。でも、この膨大なエネルギーをただ逃がすのは勿体ない。
私の脳裏に、ある「設計図」が閃いた。
「……波旬様。牛頭、馬頭」 私はニヤリと笑った。職人の悪い顔だ。 「ただ直すだけじゃ面白くありません。このピンチを利用して、ここを地獄一番の『観光地』に変えちゃいましょう」
「は? 観光地?」 「ええ。この蓋に、パイプを通して圧力を分散させるんです。そして、そのパイプの先には――」
私は雪原を指差した。
「極上の『源泉かけ流し大露天風呂』を作ります!」
「「「はぁぁぁ!?」」」
「地獄の鬼も、罪人も、たまには骨休めが必要です。この熱エネルギーを使えば、灼熱地獄は『温泉天国』に生まれ変わります。……どうですか、旦那様?」
私が提案すると、波旬様はキョトンとし、やがて腹を抱えて笑い出した。 「ハハハッ! 傑作だ! 処刑場を温泉にするだと? お前、やっぱり頭のネジが飛んでやがる!」 彼は私の肩を抱き寄せた。 「いいぜ、乗った! 俺の力で岩盤をくり抜いてやる。最高の風呂を作って、親父殿の度肝を抜いてやろうぜ!」
こうして、前代未聞の「灼熱地獄・温泉化プロジェクト」が幕を開けた。 しかし私たちはまだ知らなかった。 その温泉工事が、地底に眠る「別の厄介なモノ」まで掘り起こしてしまうことを――。
混浴パニックと、地底のヌシ
「――極楽ぅ……」
私が設計し、波旬(はじゅん)様が掘り当てた『焦熱地獄・大露天風呂』は、完成するなり大盛況となっていた。 凍えていた赤鬼たちは涙を流して湯に浸かり、雪見酒を楽しんでいる。 猛吹雪だった極寒の地獄は、湯気と活気に満ちた温泉天国へと生まれ変わったのだ。
そして。 一般開放エリアから少し離れた、岩陰の貸切風呂。 そこには、妙な沈黙が漂っていた。
「…………」 「…………」
乳白色の湯気が立ち込める中、私と波旬様は、微妙な距離を保って湯に浸かっていた。 いわゆる、混浴である。
「……おい、巴」 波旬様が、顔を真っ赤にして(お湯のせいだけではないだろう)口を開いた。 「なんで俺とお前が一緒に入ってんだ。牛頭(ごず)たちは向こうだろ」 「仕方ありません。こっちは源泉に一番近くて温度が高いんです。貴方の『ヒビ』のメンテナンスには、これくらいの熱湯で代謝を上げないと」
私は湯浴み着(タオル)姿で、ざぶざぶと彼の方へ近づいた。 波旬様はビクリと肩を震わせ、後ずさる。 「ち、近寄るな。のぼせる」 「あら、魔王様ともあろうお方が、たかがお風呂でのぼせるんですか?」 「お前のせいだ、バカ!」
彼はバシャッと湯を掛けてきたが、その目はどこか泳いでいる。 普段はあんなに傲慢なのに、こういう時は初心(うぶ)な反応をする。そのギャップが可愛らしくて、私はつい意地悪をしたくなった。
「失礼しますね。……傷の具合、診せてください」 私は彼の隣に座り、その逞しい胸板に触れた。 濡れた褐色の肌。その上を走る金色の継ぎ目。 湯気で湿った金継ぎは、普段よりも艶めかしく輝いている。
「……んッ」 波旬様が小さく喉を鳴らした。 「熱いですか?」 「……逆だ。お前の手が、冷たくて気持ちいいんだよ」
彼は観念したように岩に背を預け、私の手に身を委ねた。 指先で亀裂をなぞるたび、彼の硬い筋肉がピクリと反応する。 湯気が視界を遮り、世界には水の音と、互いの吐息だけが響く。
「なぁ、巴」 不意に、波旬様の手が伸びてきて、私の濡れた髪を耳に掛けた。 金色の瞳が、至近距離で私を捕らえる。
「俺は、お前が思ってるほど『いい子』じゃねえぞ」 「……え?」 「こんな無防備な格好で、男の肌を触り回して……。俺がいつまでも、ただの『患者』でいると思うなよ」
彼の顔が近づく。 熱い。お湯の熱さとは違う、痺れるような熱が身体の芯を走る。 彼の唇が、私の唇に触れるか触れないかの距離まで迫り――。
「……波旬、様……」 私が目を閉じた、その瞬間だった。
ゴゴゴゴゴゴゴッ……!!
地響きと共に、湯船の底から凄まじい振動が伝わってきた。 「な、何だ!?」 「地震!?」
バッシャァァァン!! 大量の湯飛沫を上げて、水面から巨大な「何か」が飛び出した。 それは、全身が真っ赤に茹で上がった、超巨大な「タコ」だった。
『――アヅイィィィィィッ!!』
タコが叫んだ。いや、正確には念話が頭に響いてきた。
『誰ダァ! ワシノ寝床ニ、熱湯ヲ注ギ込ンダ不届き者ハァァ!!』 「タ、タコが喋った!?」 「チッ、いいところを……!」 波旬様が舌打ちをして私を庇うように抱き寄せた。 「あいつは『焦熱のヌシ』、マグマ・クラーケンだ! 普段は地底で寝てるはずだが……」
『貴様ラカ! ワシヲ茹デダコニスル気カ! 許サヌ、食ッテヤルゥゥ!』
ヌシは怒り狂い、太い触手を振り上げた。 せっかくの甘い雰囲気は台無しだ。 波旬様のこめかみに、青筋が浮かぶ。
「……おい、タコ野郎」 波旬様は私を岩場に座らせると、ゆっくりと立ち上がった。 その背中からは、地獄の業火よりも熱い殺気が立ち昇っている。
「俺は今、非常に機嫌が悪い。……テメェを本当の『たこ焼き』にしてやるから、覚悟しやがれッ!!」
かくして。 混浴ロマンスは一転、全裸(腰タオル一枚)の魔王vs巨大タコの、仁義なき温泉バトルへと突入したのだった。
地獄のタコ焼きパーティと、第二の試練
「オラオラオラァ! 俺の『いい雰囲気』を邪魔した罪は重いぞ!!」
ドガガガガッ!! 波旬(はじゅん)様の鉄拳が、巨大なタコの足に炸裂する。 マグマ・クラーケンこと「焦熱のヌシ」は、必死に八本の足を振り回すが、激怒した魔王様の前ではサンドバッグ同然だった。
『痛イ! 痛イヨォォ! 暴力反対ィィ!』 「うるせえ! テメェは今日から食材だ!」
波旬様がとどめの大太刀を振りかぶる。 しかし、ヌシは柔らかい。切り裂いてもすぐに再生するし、ヌルヌルと攻撃を受け流してしまう。
「チッ、しぶとい野郎だ!」 「波旬様! 力任せじゃダメです!」
私は岩陰から叫んだ。 職人の目(アイ)が、ヌシの身体の構造を捉えていた。筋肉の継ぎ目、神経の束、そして魔力の核。どんな生物にも、構造上の「急所(ヒビ)」はある。
「右から三番目の足! 付け根から二尺(約60センチ)の部分に神経が集中しています! そこを突いて!」 「おう、任せろ!」
波旬様が私の指示通りに、的確に急所を貫いた。 ズプッ! 『ギョエェェェェ!! ソコハ、ソコハ弱点ナノォォォ!!』
ヌシの動きがピタリと止まり、巨大な身体がズルズルと湯船に沈んだ。 完全ノックアウトだ。
◆
一時間後。 焦熱地獄の広場には、香ばしいソースの香りが充満していた。
「はい、お待たせしました! 地獄名物、ジャンボタコ焼きです!」
私が改造した「火山の蓋」の一部を鉄板にし、そこでジュージューと焼かれているのは、戦利品となったヌシの足(一本分)だ。 ちなみにヌシ本体は、「もう悪さはしません、温泉の番人になりますぅ」と泣いて詫びたので許してあげた。足もすぐに生えてくるらしい。
「うめぇぇぇ!! なんだこりゃ、中がトロトロだ!」 「ハフハフ! 波旬様、これ最高でげす!」
湯上がりの牛頭(ごず)と馬頭(めず)、そして赤鬼たちが、ボールのような巨大タコ焼きを頬張っている。 外はカリッ、中は地獄の熱で一気に火を通したためフワフワ。最高の仕上がりだ。
「……ん」 隣に座っていた波旬様が、口を開けて待っている。 「あーん、ですか?」 「両手が塞がってるんだよ(両手にはビールと串焼きを持っている)。……早くしろ」 「はいはい」
私がタコ焼きを口に運んであげると、彼は満足げに咀嚼し、ニカッと笑った。 「やっぱりお前の料理は最高だ。……ま、あのまま風呂にいるより、こっちの方が健全で良かったかもな」 「あら、続きをご希望でしたか?」 「バッ、バカ言うな! 調子に乗るなよ!」
耳まで赤くしてビールを煽る魔王様。 その横顔を見ながら、私は幸せな気分でタコ焼きをひっくり返した。 こうして、最初の試練「焦熱地獄」の修復は、温泉リゾートとグルメという形で大成功を収めたのだった。
◆
翌日。 私たちは温泉宿となった焦熱地獄を後にし、次なる目的地へと向かった。
「次は『針山(はりやま)地獄』ですね」 地図を見ながら私が言うと、波旬様の表情が少し曇った。
「ああ。あそこは……少々厄介だぞ」 「厄介? また何かが壊れているんですか?」 「壊れているというか……『腐っている』んだ」
数時間後。 私たちはその場所に到着し、言葉を失った。
そこは、見渡す限りの「剣の山」だった。 本来なら、鋭利な刃の山が罪人たちを待ち受ける場所。 しかし今、目の前に広がっているのは――。
「……うわぁ」 赤錆(あかさび)だ。 山を覆う無数の刃が、すべて赤茶色に錆びつき、ボロボロに朽ち果てている。 風が吹くと、鉄粉が舞い上がり、鉄錆の臭いが鼻をつく。
「ひぃぃ……助けてくれぇ……」 麓(ふもと)の方から、弱々しい声が聞こえた。 見れば、そこで働く獄卒たちが、身体中に包帯を巻いて倒れ込んでいる。
「これは……破傷風?」 私が駆け寄ると、鬼の一人が震える手で錆びた槍を指差した。 「波旬様……もう限界です……。手入れをしてもすぐに錆びちまう……。罪人を追い立てるどころか、俺たちが錆の毒で全滅しちまいます……」
波旬様が、近くの剣を指先で弾いた。 ボロッ、と刃が崩れ落ちる。 「このエリアの空気そのものが『酸化』の呪いを帯びてやがる。……巴、お前の金継ぎで、この山全部の錆を止められるか?」
私は山を見上げた。 東京タワー数千個分はある鉄の量だ。 「……一つ一つ直していたら、百年かかりますね」
私は腕組みをした。 物理的な修復では間に合わない。もっと根本的な、この環境そのものを変える「化学反応(ケミストリー)」が必要だ。
「……波旬様。あの山頂に、雷を落とせますか?」 「あ? 雷? まあ、俺の全力なら黒雷を落とせるが」 「それでいきましょう」
私の瞳がキラリと光った。 「錆び(酸化)の逆は、還元です。……科学と魔術を融合させた、大規模な『電気メッキ修復作戦』を行います!」
私の盛大なくしゃみが、白銀の世界に響き渡った。 視界を埋め尽くすのは、猛吹雪。 凍てつく風が頬を切り、まつ毛が凍りつきそうだ。
「……おい、巴。大丈夫か」 隣を歩く波旬(はじゅん)様が、自分の羽織を脱いで私に掛けてくれた。 彼の体温がじんわりと染みてくる。ありがたいけれど、状況がおかしい。
「波旬様……地図を確認してください。ここは本当に『焦熱(しょうねつ)地獄』なんですか?」 「ああ。間違いなく、地獄で一番暑いとされるエリアだ。……はずなんだがな」
波旬様も呆れたように、雪に埋もれた看板を蹴り飛ばした。 そこには『ようこそ焦熱地獄へ! 年中無休で燃えてます』と書かれているが、今はツララがぶら下がっている。
閻魔大王から命じられた「七つの大災害」の修復。 その第一弾として私たちが訪れたのは、地獄の熱源管理所でもあるこの場所だったのだが……。
「うぅぅ……さ、寒いでげすぅ……」 「牛タンが……冷凍牛タンになっちまう……」
同行した牛頭(ごず)と馬頭(めず)は、既に青ざめてガタガタ震えている。夜狐(やこ)さんは狐の姿に戻り、私の首にマフラーのように巻き付いて暖を取っていた。
「とにかく、管理人に話を聞きましょう。あそこの詰め所に明かりが見えます」
◆
管理小屋に入ると、そこはさらに悲惨な光景だった。 筋肉隆々の赤鬼たちが、一つの小さな石油ストーブを囲んで、小さく丸まっているのだ。
「お、お待ちしておりました……波旬様……」 現場監督の赤鬼が、鼻水を垂らしながら出迎えてくれた。 「こ、この通り、一ヶ月前から熱源である『紅蓮(ぐれん)火山』の火が消えちまいまして……今や罪人を焼くどころか、俺たちが凍死寸前でして……」
「火山の火が消えるだと?」 波旬様が眉をひそめる。 「地獄の地脈は生きているはずだ。燃料切れじゃあるまいし」 「へぇ。それが……火口にある『巨大な蓋(ふた)』が錆びついて、完全に閉まっちまったんでさぁ」
話を聞くと、こうだ。 紅蓮火山には、火力を調整するための巨大な金属製の蓋がある。 それが経年劣化で歪み、先日の地震でガチャン!と閉まったまま、開かなくなってしまったらしい。 熱が外に出られないため、地表は極寒になり、逆に地下では……。
「……まずいですね」 私は顔色を変えた。 「地下で熱とガスが溜まり続けているなら、いつ大爆発してもおかしくありません」 「な、なんですって!?」 「現場を見に行きましょう。急がないと、このエリアごと消し飛びますよ!」
◆
私たちは吹雪をついて、山頂の火口へと向かった。 そこには、直径五十メートルはある巨大な鉄の蓋が、岩盤に噛み込むようにして鎮座していた。 隙間からシュー、シューと高温の蒸気が漏れ出し、不気味な唸り声を上げている。
「どけ、巴。俺がぶっ壊してやる」 波旬様が大太刀を構えた。 「待ってください! 今無理やり開けたら、急激な減圧でマグマが噴き出します! 全員黒焦げですよ!」 「じゃあどうすんだ! このままじゃ爆発待ちだぞ!」
私は蓋に駆け寄り、手袋を外して、熱を帯びた鉄肌に触れた。 (……視(み)える) 内部の圧力、鉄の歪み、そして、地下を流れる膨大な熱湯の脈動。 確かに危険な状態だ。でも、この膨大なエネルギーをただ逃がすのは勿体ない。
私の脳裏に、ある「設計図」が閃いた。
「……波旬様。牛頭、馬頭」 私はニヤリと笑った。職人の悪い顔だ。 「ただ直すだけじゃ面白くありません。このピンチを利用して、ここを地獄一番の『観光地』に変えちゃいましょう」
「は? 観光地?」 「ええ。この蓋に、パイプを通して圧力を分散させるんです。そして、そのパイプの先には――」
私は雪原を指差した。
「極上の『源泉かけ流し大露天風呂』を作ります!」
「「「はぁぁぁ!?」」」
「地獄の鬼も、罪人も、たまには骨休めが必要です。この熱エネルギーを使えば、灼熱地獄は『温泉天国』に生まれ変わります。……どうですか、旦那様?」
私が提案すると、波旬様はキョトンとし、やがて腹を抱えて笑い出した。 「ハハハッ! 傑作だ! 処刑場を温泉にするだと? お前、やっぱり頭のネジが飛んでやがる!」 彼は私の肩を抱き寄せた。 「いいぜ、乗った! 俺の力で岩盤をくり抜いてやる。最高の風呂を作って、親父殿の度肝を抜いてやろうぜ!」
こうして、前代未聞の「灼熱地獄・温泉化プロジェクト」が幕を開けた。 しかし私たちはまだ知らなかった。 その温泉工事が、地底に眠る「別の厄介なモノ」まで掘り起こしてしまうことを――。
混浴パニックと、地底のヌシ
「――極楽ぅ……」
私が設計し、波旬(はじゅん)様が掘り当てた『焦熱地獄・大露天風呂』は、完成するなり大盛況となっていた。 凍えていた赤鬼たちは涙を流して湯に浸かり、雪見酒を楽しんでいる。 猛吹雪だった極寒の地獄は、湯気と活気に満ちた温泉天国へと生まれ変わったのだ。
そして。 一般開放エリアから少し離れた、岩陰の貸切風呂。 そこには、妙な沈黙が漂っていた。
「…………」 「…………」
乳白色の湯気が立ち込める中、私と波旬様は、微妙な距離を保って湯に浸かっていた。 いわゆる、混浴である。
「……おい、巴」 波旬様が、顔を真っ赤にして(お湯のせいだけではないだろう)口を開いた。 「なんで俺とお前が一緒に入ってんだ。牛頭(ごず)たちは向こうだろ」 「仕方ありません。こっちは源泉に一番近くて温度が高いんです。貴方の『ヒビ』のメンテナンスには、これくらいの熱湯で代謝を上げないと」
私は湯浴み着(タオル)姿で、ざぶざぶと彼の方へ近づいた。 波旬様はビクリと肩を震わせ、後ずさる。 「ち、近寄るな。のぼせる」 「あら、魔王様ともあろうお方が、たかがお風呂でのぼせるんですか?」 「お前のせいだ、バカ!」
彼はバシャッと湯を掛けてきたが、その目はどこか泳いでいる。 普段はあんなに傲慢なのに、こういう時は初心(うぶ)な反応をする。そのギャップが可愛らしくて、私はつい意地悪をしたくなった。
「失礼しますね。……傷の具合、診せてください」 私は彼の隣に座り、その逞しい胸板に触れた。 濡れた褐色の肌。その上を走る金色の継ぎ目。 湯気で湿った金継ぎは、普段よりも艶めかしく輝いている。
「……んッ」 波旬様が小さく喉を鳴らした。 「熱いですか?」 「……逆だ。お前の手が、冷たくて気持ちいいんだよ」
彼は観念したように岩に背を預け、私の手に身を委ねた。 指先で亀裂をなぞるたび、彼の硬い筋肉がピクリと反応する。 湯気が視界を遮り、世界には水の音と、互いの吐息だけが響く。
「なぁ、巴」 不意に、波旬様の手が伸びてきて、私の濡れた髪を耳に掛けた。 金色の瞳が、至近距離で私を捕らえる。
「俺は、お前が思ってるほど『いい子』じゃねえぞ」 「……え?」 「こんな無防備な格好で、男の肌を触り回して……。俺がいつまでも、ただの『患者』でいると思うなよ」
彼の顔が近づく。 熱い。お湯の熱さとは違う、痺れるような熱が身体の芯を走る。 彼の唇が、私の唇に触れるか触れないかの距離まで迫り――。
「……波旬、様……」 私が目を閉じた、その瞬間だった。
ゴゴゴゴゴゴゴッ……!!
地響きと共に、湯船の底から凄まじい振動が伝わってきた。 「な、何だ!?」 「地震!?」
バッシャァァァン!! 大量の湯飛沫を上げて、水面から巨大な「何か」が飛び出した。 それは、全身が真っ赤に茹で上がった、超巨大な「タコ」だった。
『――アヅイィィィィィッ!!』
タコが叫んだ。いや、正確には念話が頭に響いてきた。
『誰ダァ! ワシノ寝床ニ、熱湯ヲ注ギ込ンダ不届き者ハァァ!!』 「タ、タコが喋った!?」 「チッ、いいところを……!」 波旬様が舌打ちをして私を庇うように抱き寄せた。 「あいつは『焦熱のヌシ』、マグマ・クラーケンだ! 普段は地底で寝てるはずだが……」
『貴様ラカ! ワシヲ茹デダコニスル気カ! 許サヌ、食ッテヤルゥゥ!』
ヌシは怒り狂い、太い触手を振り上げた。 せっかくの甘い雰囲気は台無しだ。 波旬様のこめかみに、青筋が浮かぶ。
「……おい、タコ野郎」 波旬様は私を岩場に座らせると、ゆっくりと立ち上がった。 その背中からは、地獄の業火よりも熱い殺気が立ち昇っている。
「俺は今、非常に機嫌が悪い。……テメェを本当の『たこ焼き』にしてやるから、覚悟しやがれッ!!」
かくして。 混浴ロマンスは一転、全裸(腰タオル一枚)の魔王vs巨大タコの、仁義なき温泉バトルへと突入したのだった。
地獄のタコ焼きパーティと、第二の試練
「オラオラオラァ! 俺の『いい雰囲気』を邪魔した罪は重いぞ!!」
ドガガガガッ!! 波旬(はじゅん)様の鉄拳が、巨大なタコの足に炸裂する。 マグマ・クラーケンこと「焦熱のヌシ」は、必死に八本の足を振り回すが、激怒した魔王様の前ではサンドバッグ同然だった。
『痛イ! 痛イヨォォ! 暴力反対ィィ!』 「うるせえ! テメェは今日から食材だ!」
波旬様がとどめの大太刀を振りかぶる。 しかし、ヌシは柔らかい。切り裂いてもすぐに再生するし、ヌルヌルと攻撃を受け流してしまう。
「チッ、しぶとい野郎だ!」 「波旬様! 力任せじゃダメです!」
私は岩陰から叫んだ。 職人の目(アイ)が、ヌシの身体の構造を捉えていた。筋肉の継ぎ目、神経の束、そして魔力の核。どんな生物にも、構造上の「急所(ヒビ)」はある。
「右から三番目の足! 付け根から二尺(約60センチ)の部分に神経が集中しています! そこを突いて!」 「おう、任せろ!」
波旬様が私の指示通りに、的確に急所を貫いた。 ズプッ! 『ギョエェェェェ!! ソコハ、ソコハ弱点ナノォォォ!!』
ヌシの動きがピタリと止まり、巨大な身体がズルズルと湯船に沈んだ。 完全ノックアウトだ。
◆
一時間後。 焦熱地獄の広場には、香ばしいソースの香りが充満していた。
「はい、お待たせしました! 地獄名物、ジャンボタコ焼きです!」
私が改造した「火山の蓋」の一部を鉄板にし、そこでジュージューと焼かれているのは、戦利品となったヌシの足(一本分)だ。 ちなみにヌシ本体は、「もう悪さはしません、温泉の番人になりますぅ」と泣いて詫びたので許してあげた。足もすぐに生えてくるらしい。
「うめぇぇぇ!! なんだこりゃ、中がトロトロだ!」 「ハフハフ! 波旬様、これ最高でげす!」
湯上がりの牛頭(ごず)と馬頭(めず)、そして赤鬼たちが、ボールのような巨大タコ焼きを頬張っている。 外はカリッ、中は地獄の熱で一気に火を通したためフワフワ。最高の仕上がりだ。
「……ん」 隣に座っていた波旬様が、口を開けて待っている。 「あーん、ですか?」 「両手が塞がってるんだよ(両手にはビールと串焼きを持っている)。……早くしろ」 「はいはい」
私がタコ焼きを口に運んであげると、彼は満足げに咀嚼し、ニカッと笑った。 「やっぱりお前の料理は最高だ。……ま、あのまま風呂にいるより、こっちの方が健全で良かったかもな」 「あら、続きをご希望でしたか?」 「バッ、バカ言うな! 調子に乗るなよ!」
耳まで赤くしてビールを煽る魔王様。 その横顔を見ながら、私は幸せな気分でタコ焼きをひっくり返した。 こうして、最初の試練「焦熱地獄」の修復は、温泉リゾートとグルメという形で大成功を収めたのだった。
◆
翌日。 私たちは温泉宿となった焦熱地獄を後にし、次なる目的地へと向かった。
「次は『針山(はりやま)地獄』ですね」 地図を見ながら私が言うと、波旬様の表情が少し曇った。
「ああ。あそこは……少々厄介だぞ」 「厄介? また何かが壊れているんですか?」 「壊れているというか……『腐っている』んだ」
数時間後。 私たちはその場所に到着し、言葉を失った。
そこは、見渡す限りの「剣の山」だった。 本来なら、鋭利な刃の山が罪人たちを待ち受ける場所。 しかし今、目の前に広がっているのは――。
「……うわぁ」 赤錆(あかさび)だ。 山を覆う無数の刃が、すべて赤茶色に錆びつき、ボロボロに朽ち果てている。 風が吹くと、鉄粉が舞い上がり、鉄錆の臭いが鼻をつく。
「ひぃぃ……助けてくれぇ……」 麓(ふもと)の方から、弱々しい声が聞こえた。 見れば、そこで働く獄卒たちが、身体中に包帯を巻いて倒れ込んでいる。
「これは……破傷風?」 私が駆け寄ると、鬼の一人が震える手で錆びた槍を指差した。 「波旬様……もう限界です……。手入れをしてもすぐに錆びちまう……。罪人を追い立てるどころか、俺たちが錆の毒で全滅しちまいます……」
波旬様が、近くの剣を指先で弾いた。 ボロッ、と刃が崩れ落ちる。 「このエリアの空気そのものが『酸化』の呪いを帯びてやがる。……巴、お前の金継ぎで、この山全部の錆を止められるか?」
私は山を見上げた。 東京タワー数千個分はある鉄の量だ。 「……一つ一つ直していたら、百年かかりますね」
私は腕組みをした。 物理的な修復では間に合わない。もっと根本的な、この環境そのものを変える「化学反応(ケミストリー)」が必要だ。
「……波旬様。あの山頂に、雷を落とせますか?」 「あ? 雷? まあ、俺の全力なら黒雷を落とせるが」 「それでいきましょう」
私の瞳がキラリと光った。 「錆び(酸化)の逆は、還元です。……科学と魔術を融合させた、大規模な『電気メッキ修復作戦』を行います!」
0
あなたにおすすめの小説
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
処刑台の皇妃、回帰して復讐を誓う ~冷酷公爵と偽りの婚約者~ おまえたちは許さない!
秦江湖
ファンタジー
皇妃エリアーナは、夫である皇帝アランと、たった一人の親友イザベラの策略により、無実の罪で処刑される。
民衆に罵られ、アランの冷酷な目とイザベラの嘲笑を「始まりの景色」として目に焼き付けながら絶命した彼女は、しかし、処刑の記憶を持ったまま三年前の過去に回帰する。
「おまえたちは許さない」
二度目の人生。
エリアーナの目的はただ一つ、自分を陥れた二人への完璧な復讐。
彼女はまず、アラン(皇太子)からの婚約内示を拒絶。そして、アラン最大の政敵である「北の冷血公爵」ルシアン・ヴァレリウスに接触する。
1周目で得た「未来の知識」を対価に、エリアーナはルシアンに持ちかける。
「貴方様には帝国の覇権を。わたくしには復讐の舞台を。そのための『契約婚約』を――」
憎悪を糧に生きる皇妃と、氷の瞳を持つ公爵。
二人の偽りの婚約の行く末は……
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた
下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。
ご都合主義のハッピーエンドのSSです。
でも周りは全くハッピーじゃないです。
小説家になろう様でも投稿しています。
靴屋の娘と三人のお兄様
こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!?
※小説家になろうにも投稿しています。
彼は亡国の令嬢を愛せない
黒猫子猫
恋愛
セシリアの祖国が滅んだ。もはや妻としておく価値もないと、夫から離縁を言い渡されたセシリアは、五年ぶりに祖国の地を踏もうとしている。その先に待つのは、敵国による処刑だ。夫に愛されることも、子を産むことも、祖国で生きることもできなかったセシリアの願いはたった一つ。長年傍に仕えてくれていた人々を守る事だ。その願いは、一人の男の手によって叶えられた。
ただ、男が見返りに求めてきたものは、セシリアの想像をはるかに超えるものだった。
※同一世界観の関連作がありますが、これのみで読めます。本シリーズ初の長編作品です。
※ヒーローはスパダリ時々ポンコツです。口も悪いです。
※新作です。アルファポリス様が先行します。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
女王は若き美貌の夫に離婚を申し出る
小西あまね
恋愛
「喜べ!やっと離婚できそうだぞ!」「……は?」
政略結婚して9年目、32歳の女王陛下は22歳の王配陛下に笑顔で告げた。
9年前の約束を叶えるために……。
豪胆果断だがどこか天然な女王と、彼女を敬愛してやまない美貌の若き王配のすれ違い離婚騒動。
「月と雪と温泉と ~幼馴染みの天然王子と最強魔術師~」の王子の姉の話ですが、独立した話で、作風も違います。
本作は小説家になろうにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる