冥界の金継ぎ花嫁 ~うつけな閻魔王子の「ヒビ」は、私が愛で直します~

秦江湖

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【第二部開始】極寒の焦熱地獄と、温泉リゾート化計画

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「……ハックシュンッ!!」

 私の盛大なくしゃみが、白銀の世界に響き渡った。  視界を埋め尽くすのは、猛吹雪。  凍てつく風が頬を切り、まつ毛が凍りつきそうだ。

「……おい、巴。大丈夫か」  隣を歩く波旬(はじゅん)様が、自分の羽織を脱いで私に掛けてくれた。  彼の体温がじんわりと染みてくる。ありがたいけれど、状況がおかしい。

「波旬様……地図を確認してください。ここは本当に『焦熱(しょうねつ)地獄』なんですか?」 「ああ。間違いなく、地獄で一番暑いとされるエリアだ。……はずなんだがな」

 波旬様も呆れたように、雪に埋もれた看板を蹴り飛ばした。  そこには『ようこそ焦熱地獄へ! 年中無休で燃えてます』と書かれているが、今はツララがぶら下がっている。

 閻魔大王から命じられた「七つの大災害」の修復。  その第一弾として私たちが訪れたのは、地獄の熱源管理所でもあるこの場所だったのだが……。

「うぅぅ……さ、寒いでげすぅ……」 「牛タンが……冷凍牛タンになっちまう……」

 同行した牛頭(ごず)と馬頭(めず)は、既に青ざめてガタガタ震えている。夜狐(やこ)さんは狐の姿に戻り、私の首にマフラーのように巻き付いて暖を取っていた。

「とにかく、管理人に話を聞きましょう。あそこの詰め所に明かりが見えます」

   ◆

 管理小屋に入ると、そこはさらに悲惨な光景だった。  筋肉隆々の赤鬼たちが、一つの小さな石油ストーブを囲んで、小さく丸まっているのだ。

「お、お待ちしておりました……波旬様……」  現場監督の赤鬼が、鼻水を垂らしながら出迎えてくれた。 「こ、この通り、一ヶ月前から熱源である『紅蓮(ぐれん)火山』の火が消えちまいまして……今や罪人を焼くどころか、俺たちが凍死寸前でして……」

「火山の火が消えるだと?」  波旬様が眉をひそめる。 「地獄の地脈は生きているはずだ。燃料切れじゃあるまいし」 「へぇ。それが……火口にある『巨大な蓋(ふた)』が錆びついて、完全に閉まっちまったんでさぁ」

 話を聞くと、こうだ。  紅蓮火山には、火力を調整するための巨大な金属製の蓋がある。  それが経年劣化で歪み、先日の地震でガチャン!と閉まったまま、開かなくなってしまったらしい。  熱が外に出られないため、地表は極寒になり、逆に地下では……。

「……まずいですね」  私は顔色を変えた。 「地下で熱とガスが溜まり続けているなら、いつ大爆発してもおかしくありません」 「な、なんですって!?」 「現場を見に行きましょう。急がないと、このエリアごと消し飛びますよ!」

   ◆

 私たちは吹雪をついて、山頂の火口へと向かった。  そこには、直径五十メートルはある巨大な鉄の蓋が、岩盤に噛み込むようにして鎮座していた。  隙間からシュー、シューと高温の蒸気が漏れ出し、不気味な唸り声を上げている。

「どけ、巴。俺がぶっ壊してやる」  波旬様が大太刀を構えた。 「待ってください! 今無理やり開けたら、急激な減圧でマグマが噴き出します! 全員黒焦げですよ!」 「じゃあどうすんだ! このままじゃ爆発待ちだぞ!」

 私は蓋に駆け寄り、手袋を外して、熱を帯びた鉄肌に触れた。 (……視(み)える)  内部の圧力、鉄の歪み、そして、地下を流れる膨大な熱湯の脈動。  確かに危険な状態だ。でも、この膨大なエネルギーをただ逃がすのは勿体ない。

 私の脳裏に、ある「設計図」が閃いた。

「……波旬様。牛頭、馬頭」  私はニヤリと笑った。職人の悪い顔だ。 「ただ直すだけじゃ面白くありません。このピンチを利用して、ここを地獄一番の『観光地』に変えちゃいましょう」

「は? 観光地?」 「ええ。この蓋に、パイプを通して圧力を分散させるんです。そして、そのパイプの先には――」

 私は雪原を指差した。

「極上の『源泉かけ流し大露天風呂』を作ります!」

「「「はぁぁぁ!?」」」

「地獄の鬼も、罪人も、たまには骨休めが必要です。この熱エネルギーを使えば、灼熱地獄は『温泉天国』に生まれ変わります。……どうですか、旦那様?」

 私が提案すると、波旬様はキョトンとし、やがて腹を抱えて笑い出した。 「ハハハッ! 傑作だ! 処刑場を温泉にするだと? お前、やっぱり頭のネジが飛んでやがる!」  彼は私の肩を抱き寄せた。 「いいぜ、乗った! 俺の力で岩盤をくり抜いてやる。最高の風呂を作って、親父殿の度肝を抜いてやろうぜ!」

 こうして、前代未聞の「灼熱地獄・温泉化プロジェクト」が幕を開けた。  しかし私たちはまだ知らなかった。  その温泉工事が、地底に眠る「別の厄介なモノ」まで掘り起こしてしまうことを――。

混浴パニックと、地底のヌシ
「――極楽ぅ……」

 私が設計し、波旬(はじゅん)様が掘り当てた『焦熱地獄・大露天風呂』は、完成するなり大盛況となっていた。  凍えていた赤鬼たちは涙を流して湯に浸かり、雪見酒を楽しんでいる。  猛吹雪だった極寒の地獄は、湯気と活気に満ちた温泉天国へと生まれ変わったのだ。

 そして。  一般開放エリアから少し離れた、岩陰の貸切風呂。  そこには、妙な沈黙が漂っていた。

「…………」 「…………」

 乳白色の湯気が立ち込める中、私と波旬様は、微妙な距離を保って湯に浸かっていた。  いわゆる、混浴である。

「……おい、巴」  波旬様が、顔を真っ赤にして(お湯のせいだけではないだろう)口を開いた。 「なんで俺とお前が一緒に入ってんだ。牛頭(ごず)たちは向こうだろ」 「仕方ありません。こっちは源泉に一番近くて温度が高いんです。貴方の『ヒビ』のメンテナンスには、これくらいの熱湯で代謝を上げないと」

 私は湯浴み着(タオル)姿で、ざぶざぶと彼の方へ近づいた。  波旬様はビクリと肩を震わせ、後ずさる。 「ち、近寄るな。のぼせる」 「あら、魔王様ともあろうお方が、たかがお風呂でのぼせるんですか?」 「お前のせいだ、バカ!」

 彼はバシャッと湯を掛けてきたが、その目はどこか泳いでいる。  普段はあんなに傲慢なのに、こういう時は初心(うぶ)な反応をする。そのギャップが可愛らしくて、私はつい意地悪をしたくなった。

「失礼しますね。……傷の具合、診せてください」  私は彼の隣に座り、その逞しい胸板に触れた。  濡れた褐色の肌。その上を走る金色の継ぎ目。  湯気で湿った金継ぎは、普段よりも艶めかしく輝いている。

「……んッ」  波旬様が小さく喉を鳴らした。 「熱いですか?」 「……逆だ。お前の手が、冷たくて気持ちいいんだよ」

 彼は観念したように岩に背を預け、私の手に身を委ねた。  指先で亀裂をなぞるたび、彼の硬い筋肉がピクリと反応する。  湯気が視界を遮り、世界には水の音と、互いの吐息だけが響く。

「なぁ、巴」  不意に、波旬様の手が伸びてきて、私の濡れた髪を耳に掛けた。  金色の瞳が、至近距離で私を捕らえる。

「俺は、お前が思ってるほど『いい子』じゃねえぞ」 「……え?」 「こんな無防備な格好で、男の肌を触り回して……。俺がいつまでも、ただの『患者』でいると思うなよ」

 彼の顔が近づく。  熱い。お湯の熱さとは違う、痺れるような熱が身体の芯を走る。  彼の唇が、私の唇に触れるか触れないかの距離まで迫り――。

「……波旬、様……」  私が目を閉じた、その瞬間だった。

 ゴゴゴゴゴゴゴッ……!!

 地響きと共に、湯船の底から凄まじい振動が伝わってきた。 「な、何だ!?」 「地震!?」

 バッシャァァァン!!  大量の湯飛沫を上げて、水面から巨大な「何か」が飛び出した。  それは、全身が真っ赤に茹で上がった、超巨大な「タコ」だった。

『――アヅイィィィィィッ!!』

 タコが叫んだ。いや、正確には念話が頭に響いてきた。

『誰ダァ! ワシノ寝床ニ、熱湯ヲ注ギ込ンダ不届き者ハァァ!!』 「タ、タコが喋った!?」 「チッ、いいところを……!」  波旬様が舌打ちをして私を庇うように抱き寄せた。 「あいつは『焦熱のヌシ』、マグマ・クラーケンだ! 普段は地底で寝てるはずだが……」

『貴様ラカ! ワシヲ茹デダコニスル気カ! 許サヌ、食ッテヤルゥゥ!』

 ヌシは怒り狂い、太い触手を振り上げた。  せっかくの甘い雰囲気は台無しだ。  波旬様のこめかみに、青筋が浮かぶ。

「……おい、タコ野郎」  波旬様は私を岩場に座らせると、ゆっくりと立ち上がった。  その背中からは、地獄の業火よりも熱い殺気が立ち昇っている。

「俺は今、非常に機嫌が悪い。……テメェを本当の『たこ焼き』にしてやるから、覚悟しやがれッ!!」

 かくして。  混浴ロマンスは一転、全裸(腰タオル一枚)の魔王vs巨大タコの、仁義なき温泉バトルへと突入したのだった。

地獄のタコ焼きパーティと、第二の試練
「オラオラオラァ! 俺の『いい雰囲気』を邪魔した罪は重いぞ!!」

 ドガガガガッ!!  波旬(はじゅん)様の鉄拳が、巨大なタコの足に炸裂する。  マグマ・クラーケンこと「焦熱のヌシ」は、必死に八本の足を振り回すが、激怒した魔王様の前ではサンドバッグ同然だった。

『痛イ! 痛イヨォォ! 暴力反対ィィ!』 「うるせえ! テメェは今日から食材だ!」

 波旬様がとどめの大太刀を振りかぶる。  しかし、ヌシは柔らかい。切り裂いてもすぐに再生するし、ヌルヌルと攻撃を受け流してしまう。

「チッ、しぶとい野郎だ!」 「波旬様! 力任せじゃダメです!」

 私は岩陰から叫んだ。  職人の目(アイ)が、ヌシの身体の構造を捉えていた。筋肉の継ぎ目、神経の束、そして魔力の核。どんな生物にも、構造上の「急所(ヒビ)」はある。

「右から三番目の足! 付け根から二尺(約60センチ)の部分に神経が集中しています! そこを突いて!」 「おう、任せろ!」

 波旬様が私の指示通りに、的確に急所を貫いた。  ズプッ! 『ギョエェェェェ!! ソコハ、ソコハ弱点ナノォォォ!!』

 ヌシの動きがピタリと止まり、巨大な身体がズルズルと湯船に沈んだ。  完全ノックアウトだ。

   ◆

 一時間後。  焦熱地獄の広場には、香ばしいソースの香りが充満していた。

「はい、お待たせしました! 地獄名物、ジャンボタコ焼きです!」

 私が改造した「火山の蓋」の一部を鉄板にし、そこでジュージューと焼かれているのは、戦利品となったヌシの足(一本分)だ。  ちなみにヌシ本体は、「もう悪さはしません、温泉の番人になりますぅ」と泣いて詫びたので許してあげた。足もすぐに生えてくるらしい。

「うめぇぇぇ!! なんだこりゃ、中がトロトロだ!」 「ハフハフ! 波旬様、これ最高でげす!」

 湯上がりの牛頭(ごず)と馬頭(めず)、そして赤鬼たちが、ボールのような巨大タコ焼きを頬張っている。  外はカリッ、中は地獄の熱で一気に火を通したためフワフワ。最高の仕上がりだ。

「……ん」  隣に座っていた波旬様が、口を開けて待っている。 「あーん、ですか?」 「両手が塞がってるんだよ(両手にはビールと串焼きを持っている)。……早くしろ」 「はいはい」

 私がタコ焼きを口に運んであげると、彼は満足げに咀嚼し、ニカッと笑った。 「やっぱりお前の料理は最高だ。……ま、あのまま風呂にいるより、こっちの方が健全で良かったかもな」 「あら、続きをご希望でしたか?」 「バッ、バカ言うな! 調子に乗るなよ!」

 耳まで赤くしてビールを煽る魔王様。  その横顔を見ながら、私は幸せな気分でタコ焼きをひっくり返した。  こうして、最初の試練「焦熱地獄」の修復は、温泉リゾートとグルメという形で大成功を収めたのだった。

   ◆

 翌日。  私たちは温泉宿となった焦熱地獄を後にし、次なる目的地へと向かった。

「次は『針山(はりやま)地獄』ですね」  地図を見ながら私が言うと、波旬様の表情が少し曇った。

「ああ。あそこは……少々厄介だぞ」 「厄介? また何かが壊れているんですか?」 「壊れているというか……『腐っている』んだ」

 数時間後。  私たちはその場所に到着し、言葉を失った。

 そこは、見渡す限りの「剣の山」だった。  本来なら、鋭利な刃の山が罪人たちを待ち受ける場所。  しかし今、目の前に広がっているのは――。

「……うわぁ」  赤錆(あかさび)だ。  山を覆う無数の刃が、すべて赤茶色に錆びつき、ボロボロに朽ち果てている。  風が吹くと、鉄粉が舞い上がり、鉄錆の臭いが鼻をつく。

「ひぃぃ……助けてくれぇ……」  麓(ふもと)の方から、弱々しい声が聞こえた。  見れば、そこで働く獄卒たちが、身体中に包帯を巻いて倒れ込んでいる。

「これは……破傷風?」  私が駆け寄ると、鬼の一人が震える手で錆びた槍を指差した。 「波旬様……もう限界です……。手入れをしてもすぐに錆びちまう……。罪人を追い立てるどころか、俺たちが錆の毒で全滅しちまいます……」

 波旬様が、近くの剣を指先で弾いた。  ボロッ、と刃が崩れ落ちる。 「このエリアの空気そのものが『酸化』の呪いを帯びてやがる。……巴、お前の金継ぎで、この山全部の錆を止められるか?」

 私は山を見上げた。  東京タワー数千個分はある鉄の量だ。 「……一つ一つ直していたら、百年かかりますね」

 私は腕組みをした。  物理的な修復では間に合わない。もっと根本的な、この環境そのものを変える「化学反応(ケミストリー)」が必要だ。

「……波旬様。あの山頂に、雷を落とせますか?」 「あ? 雷? まあ、俺の全力なら黒雷を落とせるが」 「それでいきましょう」

 私の瞳がキラリと光った。 「錆び(酸化)の逆は、還元です。……科学と魔術を融合させた、大規模な『電気メッキ修復作戦』を行います!」

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