冥界の金継ぎ花嫁 ~うつけな閻魔王子の「ヒビ」は、私が愛で直します~

秦江湖

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血の池地獄の美白革命

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「臭っ……! 鉄の臭いがすごいです」


 第四の目的地、「血の池地獄」に到着した私は、鼻をつまんだ。  目の前に広がるのは、煮えたぎる真っ赤な泥の湖。  ボコッ、ボコッという不気味な泡音と共に、鼻を刺すような鉄錆と硫黄の臭いが立ち込めている。


「ここは本来、罪人をこの池に沈めて煮込む場所だが……」  

 波旬様が周囲を見渡して首を傾げた。

 「なんだ? 今日はやけに女が多いな」


 そうなのだ。  池のほとりには、角の生えた般若や、蛇の髪を持つ濡女(ぬれおんな)など、地獄の女性妖怪たちが大勢集まっていた。  彼女たちは、池から掬った赤い泥を、必死に顔や腕に塗りたくっている。


「また肌が荒れたわ!」 

「なんで!? この泥を塗れば、血色のいい『愛され赤肌』になれるって噂なのに!」 

「痛い! ヒリヒリするぅ!」

 阿鼻叫喚の女子会状態だ。



「……なるほど。状況が見えました」  


 私は彼女たちの肌を見て、溜息をついた。  職人の目から見れば一目瞭然だ。  彼女たちの肌はボロボロ。原因は、その泥の「粒子の粗さ」と「強すぎる酸性」だ。


「ちょっと貴女たち! ストップです!」


 私が声を上げると、泥パック中の般若さんがギロリとこちらを睨んだ。

 「あぁ? 何よ人間。私たちの『美活』の邪魔をする気?」 

「美活? 自傷行為の間違いでしょう。そんな粗い泥を擦り込んだら、角質が削れて肌が死にますよ」


 私は道具袋から試験管を取り出し、池の泥を採取して振ってみせた。 

「見てください。砂利と鉄分が分離していない。これじゃあヤスリで顔を洗っているようなものです」 

「な、なんですってぇ!?」 

「じゃあどうすればいいのよ! 来週、閻魔庁の合コンがあるのよ!」


 女妖たちが詰め寄ってくる。その迫力に、さすがの波旬様も「お、俺は女の争いには関わらねえぞ」と後ずさった。


「ふふん。任せてください」  私は腕まくりをした。 

「私が、この劇薬のような血の池を、極上の『高級エステ泥(クレイ)』に変えてみせましょう!」



   ◆



「斬鉄さん! 出番です!」

 『フン。次は誰を斬ればいい?』  

 宙に浮いた俺様刀、斬鉄がやる気満々で近寄ってきた。


「何も斬りません。……回ってください」 

『は?』 

「この泥の樽の中で、超高速回転して『遠心分離機』になってください。不純物を飛ばして、クリーミーな微粒子だけを残すんです!」


『き、貴様……! この最強の魔剣に向かって、ミキサーになれと言うのか!?』 

「嫌ですか? 波旬様の役に立ちたくないんですか?」 

『……ぐぬぬ。小賢しい女め!』


 斬鉄は文句を言いながらも、波旬様に「やってやれ」と命じられると、樽の中で猛烈な回転を始めた。  ギュイイイイイーン!!  凄まじい遠心力。砂利やゴミが弾き飛ばされ、樽の中には、滑らかでキメの細かい、極上の赤いペーストだけが残った。


「仕上げです! ここに『中和剤(重曹)』と『保湿オイル(椿油)』を投入!」


 私が調合した液体を混ぜ合わせると、ドス黒かった赤泥が、艶やかなピンク色のクリームへと変化した。


「完成! 特製『血の池・美肌クレイパック』です!」


   ◆


「すごーい! トロトロ!」 

「塗った瞬間からしっとりするわ!」 

「キャーッ! 洗い流したら肌がワントーン明るくなってる!」


 効果は劇的だった。  私の特製パックを体験した般若さんは、カサカサだった肌がゆで卵のようにツルツルになり、「これなら合コンでモテモテよ!」と狂喜乱舞している。  噂を聞きつけた女妖たちで、血の池には長蛇の列ができていた。



「……おい巴。なんかここ、俺の知ってる地獄と違うんだが」  

 波旬様が、エステサロンと化した池を眺めて呆れている。

 「いいじゃないですか。女性が綺麗になれば、地獄も華やぎます」


 私は余ったパックを指に救い、波旬様の頬にペタリと塗った。

 「あ? 何しやがる」 

「旦那様もどうですか? 最近、戦い続きでお肌がお疲れのようですし」

 「い、いらねえよ! 男がパックなんて……」


 彼が顔を背けようとした時、パックを拭き取った部分の肌が、驚くほどスベスベになっているのに気づいた。 

「……む。悪くねえ感触だな」 

「でしょう? 今夜は全身やってあげましょうか?」 

「ばっ……! 調子に乗るな!」


 顔を真っ赤にする魔王様。  その横で、泥まみれになった斬鉄が『俺様も磨け! ピカピカにしろ!』と騒いでいる。


 こうして、ただ恐ろしいだけだった血の池地獄は、冥界一の「美の聖地」へと生まれ変わった。  ……まあ、美しくなった女妖たちが、逆に男たちを追い回すようになったのは、また別の話だけれど。
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