冥界の金継ぎ花嫁 ~うつけな閻魔王子の「ヒビ」は、私が愛で直します~

秦江湖

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黒縄地獄と、恐怖のバンジージャンプ

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「――ヒィィィィッ!!」 

「助けてくれぇぇ! 紐が、紐が切れるぅぅ!」


 第五の目的地、「黒縄(こくじょう)地獄」に到着した私たちは、谷底から響き渡る悲鳴に出迎えられた。  そこは、底が見えないほど深い断崖絶壁が続く、暗く険しい渓谷だった。  本来ならば、罪人たちはこの谷に渡された一本の「黒い縄」を渡り、強風に煽られながら対岸へ向かうという罰を受ける場所だ。

 しかし、現状はもっとお粗末だった。

 プツンッ! 「うわぁぁぁぁ……ッ!!」

 目の前で、罪人が渡っていた縄が真ん中から切れ、真っ逆さまに谷底へ落ちていった。


「……酷い整備不良だな」  

 波旬様が、切れた縄の断面を見て眉をひそめた。

 「黒縄は『鋼鉄の蜘蛛の糸』で編まれているはずだ。そう簡単に切れるもんじゃねえぞ」 

「いえ、見てください。湿気と瘴気で繊維が腐っています」


 私が触れると、黒い縄はボロボロと崩れ落ちた。  谷の管理人である蜘蛛男が、泣きながら飛んできた。


「も、申し訳ありやせん波旬様ぁ! 最近の長雨で縄が腐っちまいまして……。張り替えても張り替えても、すぐに切れちまうんでさぁ」 

「これじゃあ罰にならねえだろ。落ちた罪人を引き上げる手間ばっかかかりやがって」


 波旬様が呆れている横で、俺様刀の斬鉄がフワフワと浮いてきた。


『フン。いっそ俺様が全ての縄を切り落としてやろうか? そうすれば誰も渡れまい。解決だ』 

「バカ言わないでください。それじゃ地獄が閉鎖です」


 私は腕組みをして、断崖を見下ろした。  深さは約二百メートル。落ちればただでは済まないが、地獄の罪人は死なないですぐに再生する。  問題は、「縄が切れる」という恐怖が、「ただの事故」になってしまっていることだ。  もっと、こう……「計算された恐怖」と「爽快感」が必要だ。


「……そうです」  私の脳内で、設計図が組み上がった。

 「管理人さん。腐った縄は全部捨ててください。代わりに、私が調合する『ゴム樹液』と『強化繊維』で、新しい縄を作ります」


「え? 丈夫な縄にするんですかい?」

 「いいえ。『伸び縮みする縄』にします」

 私はニヤリと笑った。 

「ただ渡るだけじゃつまらないでしょう? ここは、地獄一番の『絶叫スポット』に変えます!」


   ◆


 数時間後。  断崖絶壁には、真新しいジャンプ台が設置されていた。  そこから伸びるのは、私が開発した特製の極太ゴムロープだ。

 「足にこの紐をつけて、この谷底へダイブするんです。地面スレスレでビヨーンと跳ね返る、究極のスリル体験ですよ」

 罪人たちは「えぇぇ……」「渡るより怖そう……」と震え上がっている。  当然だ。未知の恐怖こそが最高のスパイスなのだから。


「まずは安全性のテストが必要です。……波旬様、お願いします」  

 私が振り返ると、波旬様がギクリと固まった。 

「は? 俺かよ」 

「当然です。ここには貴方以上に頑丈なテスターはいませんから」 

「チッ……しょうがねえな。俺は高所恐怖症じゃねえし、こんなもん余裕だ」


 波旬様は強がっているが、少し顔が引きつっている。  私はこっそり笑いながら、彼の腰と、自分の腰にハーネスを装着した。


「……おい、なんでお前まで着けてんだ」

 「『カップル用ハーネス』のテストも兼ねてますから。二人で飛べば怖くないですよ?」 

「なっ、怖がってねえよ!」


 私が挑発すると、彼はムキになって私の腰をグイと抱き寄せた。

 「いいぜ。泣いてもしらねえぞ、巴。……しっかり掴まってろ」 

「はい、旦那様」


 私たちはジャンプ台の先端に立った。  足元には、目が眩むような奈落が広がっている。  心臓が早鐘を打つ。でも、背中に回された波旬様の腕が、力強くて温かい。


「行くぞ! 3、2、1……!」

 ――ヒュオオオオオッ!!


 私たちは空へ飛び出した。  重力が消える浮遊感。そして、猛烈なスピードで迫りくる谷底。

 「きゃああああッ!」 

 地面に激突する――と思った瞬間。  グググンッ!!  ゴムロープが限界まで伸び、強烈な力で私たちを空へと引き戻した。


「――っ!?」  視界が反転し、再び空へ舞い上がる。  まるで空を飛んでいるような、不思議な感覚。


「ハハハッ! なんだこれ、すげえ!」  

 波旬様が子供のように笑った。  空中でバウンドしながら、私たちは密着したまま互いの顔を見合わせた。  風で乱れた髪。高揚した頬。そして、少し潤んだ金色の瞳。

 ドクン、と心臓が跳ねた。  これは恐怖のドキドキか、それとも――。


「……おい、巴」  

 波旬様が、空中で私の額に自分の額をコツンと合わせた。 

「悪くねえな、これ。……お前と落ちるなら、地獄の底でも楽しそうだ」


 その言葉は、どんな愛の囁きよりも熱くて。  私はゴムの反動に任せて、彼の首に強く腕を回した。 「……私もです。どこまでもご一緒しますよ」


   ◆


『……ケッ。空中でイチャついてんじゃねえよ』


 ジャンプ台の上で、取り残された斬鉄がシラけた声を出した。

 『おい、俺様も投げろ! 俺様もあのビヨンビヨンするやつを切り裂いてみたい!』 

「斬鉄さんは刃物だから禁止です! ゴムが切れちゃいます!」


 こうして、黒縄地獄は「恐怖のバンジー体験」として大ブレイクした。  スリルを求めて行列を作る罪人たちと、それを見て「次は俺と飛ぶか?」と少し嬉しそうな波旬様。  地獄の景色が、また一つ明るく変わった瞬間だった。


 さあ、残る試練はあと二つ。  次なる場所は、耳を塞ぎたくなるような「騒音」が支配する場所だというが――?



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