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本編
パーティに同伴するうさぎ
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「パーティへの出席ですか」
「ああ。あまりマルスを貴族の集まりに出したくないんだがな」
季節がまた少し過ぎて、秋になった。
えっちの前にベッドに座って、お出かけが楽な季節になりましたねーなんて雑談をしていたら、トール様がめちゃくちゃ言いにくそうに、「収穫祭のパーティに同伴してほしい」と呟いた。
「魔力過多症は、貴族界ではなかなかに肩身が狭くてな。その伴侶だ。パーティで楽しめるような空気にはならないと思う…」
それでも、どうしても断れない類のものなのだろう。
「まあ、それでなくても俺庶民ですしねぇ」
ちょっとずつ、一応貴族のマナーは教えてもらっているものの、所詮は付け焼き刃。
そして、残念ながら俺は見目麗しいタイプでもない。
嫌な思いをすることになるのが必須、ということだろう。
「壁の花になれるように頑張ればいいですか?」
「基本的に俺がそばにいる」
「やだ、トール様ったら、俺きゅんってしちゃう♡」
冗談めかしてそう言ったが、普通に本気できゅんってしたので、そのままトール様にキスをする。
「トール様が嫌な思いしてるの見てるのは嫌ですけどね。俺はわりと図太いので安心してください」
「……、俺の嫁さんはかっこいいな」
「超絶男前の旦那さんがいるので負けてられませんしね?」
そう笑うと、トール様は形のいい眉を少し下げてから、ふふっと笑った。
***
そこからしばらく、基本的なマナーのおさらいなどをして、あっという間にパーティ当日。
わりと遠い街でのパーティだったので、道中3泊くらいの旅行が間に挟まっていた。
パーティへの出席がメインだが、もう一つ、トール様の魔力暴走を抑えるために同伴する必要があったというのも一緒に行く理由の一つだったらしい。
防音の効いた素敵なお宿でした。満喫したよね。
基本的にトール様は遠出しないが、俺が来るまで、今までは遠出の必要があれば空の魔力補填用ディルドを箱で持っていき、それに魔力を吸わせながら誤魔化し誤魔化し過ごしていたらしい。領地内だとまだ他の方法もとれるのだそうだが、旅先でうっかり暴発はできないから。
なんというか、本当に苦労してきたんだなトール様…、と思うと、その話を聞いた夜は思わずかなりご奉仕してしまった。
それはそれとして。
「ねえ、サリー」
「なんでしょう?」
「おれ、いま、総額いくら…?」
「聞きたいですか?」
「いえ、やめておきマス」
俺は男なので、女性のようにドレスばーんとか、煌びやかな宝飾品いっぱーい、とはならないものの、肌触りでわかる。俺が身に纏っている正装、これ、とんでもなくいい生地を使った服であることが……。
トール様が普段用意してくださる私服も、基本モノが良いので、だいぶ慣れてきていたが、これは恐らく、桁が違う。
タイピン一つでも俺の平均月収なんて軽く超えるだろう。
総額を聞いたら一歩も動けなくなりそうだったので、気になったけど聞くのはやめた。
あと、明らかに着慣れてないというか、服に着られてる感が拭えないが、それはもう、どうしようもないので諦めるしかないよね。
そんなふうにサリーと雑談しつつ髪などを整えてもらっていたら、トール様がやってきた。マルス、と扉を開けた瞬間、その麗しさに思わずふらっと倒れそうになって、慌ててトール様が飛んできて支えてくれる。
「大丈夫か!?」
「う…」
「マルス…?」
「俺の旦那様が美し過ぎて眩暈が……」
「なんだそれは」
トール様は少し呆れたように笑うが、普段は質はいいがラフな格好をしていることの多い旦那様の、きちっとした正装。
破壊力が違う。
後ろに撫でつけられた髪型はまず色っぽいし、切れ長でまつげの長い瞳も、形のいい高い鼻も、奇跡のバランスといえる輪郭も、もう、もう。
「いや本当、トール様って格好いいです」
「はは、マルスも似合っているぞ。個人的には、いつもの作業着が一番似合っていて可愛らしいが」
「!! なんですかその殺し文句!!聞いたことないですよ、今言う!?」
俺が一番好きな格好を、一番似合って可愛いとかもう、もう。
中身もイケメンな俺の旦那様。
これで仕事もできるんだぜ。
なのに、魔力過多症であるというだけで、貴族界では爪弾きモノだという。貴族怖い。
さてパーティだ。
どうやら、エスコート、というものがあるらしい。
男性同士でも?と聞くと、してもしなくてもいいが、今回はくっついておいてほしいとのことだったので、差し伸べられた手にそっと手を重ねる…という練習から腕を組む練習、一応ダンスもやった。
この国では同性婚は別に珍しくはないが、貴族の間だとこういう場やダンスなどで、どちらが妻、つまり女性側の動きをするのかというので揉めることも多いのだとか。
俺の場合は、問答無用で妻だったが、貴族が揉めるのはあれだ。今まで身につけてきたマナーを全部真っ白にしなくちゃいけないから、というのが大きな問題らしいので、そういうものがない俺、勝ち組妻である。
「マルス、案外緊張してないな」
「未知数すぎて緊張という概念まで辿り着いてないだけですけどね」
「はは。まあ、ちゃちゃっと挨拶して早々に帰ろう」
普段は聞かない「ちゃちゃっと」という言葉に思わず笑ってしまうが、エスコートされながら潜った扉の向こうの空気に、なるほど、これはちゃちゃっと帰らないと胃がやられるやつだ、と納得した。
突き刺さる、冷たい視線。
こんなに見目麗しいトール様だというのに、誰1人頬を染めたり見惚れる様子もない。
貴族間における『魔力過多症』というマイナス要素が、どれほどのものか、というのを目の当たりにして、ちょっとびっくりした。
「すまない」
「なんで謝るんです。このマルス、トール様をこんな視線の中に1人で放り込まずにすんで、妻として誇らしいっすよ」
「……ほんとに格好いいな、マルス」
トール様を見る冷たい視線の間に、同情や、同じように蔑む視線が俺の方にも投げられる。
魔力欠乏症は、可哀想にと憐れまれることは多いが蔑まれることはない。
庶民の間では、魔力過多症は滅多にいないから、大変らしい…というイメージくらいのことが多いと思う。少なくとも、俺たちが暮らしていた地域にはこんな差別存在しなかった。
「うーん。トール様」
「どうした?」
「今日、帰ったらいっぱいシましょうね」
「!?」
ご奉仕しますんで、と続けたら、トール様少し赤くなった後、楽しげに笑って「楽しみにしてる」と返してくれた。
あとにね、楽しみがあるとしんどいことも頑張れるものです。俺、精一杯トール様を悦ばせてみせますとも。
***
どうしてもしなくちゃけない挨拶というのを済ませた後(すげぇ嫌そうな顔された。なら呼ぶなよって思うけど、なんかこう、いろいろややこしい関係があるらしい)、1人だけ別に挨拶をしないといけない人がいる、と言われて、どうやら俺は待機のようだったから、トール様に頼んでいくつかの料理と一つ飲み物を用意してもらって壁際に立った。
パートナー以外は連れて来られない決まりがあるようなので、俺は今、ひとりぼっち。
1人になった俺に、興味津々という顔と、嫌悪の顔と、哀れみの顔をした人たちが、ちらりちらりと視線を投げかけてくる。
いや、それはどうでもいいんだけど、思ったよりご馳走が美味しくなくてちょっとションボリだ。お酒は美味しいけど。
あれかな。
我が屋敷のシェフの腕が良すぎるんだなきっと。舌が肥えたに違いない。
そんなことをぼんやり考えていたら、突然ツカツカツカ、と早足でこちらに近づいてくる男がいた。酔っているのか赤ら顔でちょっとだけ足元がおぼつかないその男は、手に持ったグラスの中身を俺に向かって勢いよくぶちまけた。
髪や服から、ワインがぼたぼたと床に落ちていく。
「魔力過多症というだけで最低なのに、まさか庶民を娶るとは、貴族の恥知らずが!!お前もついてくるなよ目障りなんだよ!」
「……わぁ」
なんかお芝居みたいなこと言われているという事実にもびっくりしたし、総額いくらかわからないこのお洋服がどえらいことになったことにも若干放心してしまった。
トール様が俺に弁償しろというわけもないが、勿体なさすぎる。ワインのシミは取れないんだぞー…。
ちょっとむかついたので、言い返すことにしよう。
「正式に招待された客に対して、ワインをぶちまけるあなたのような存在は、貴族の中では目障りにはならないんでしょうか?」
「は?」
「いえ、ほら私は庶民なもので。貴族の皆様のマナーには、気に入らないやつにはワインをぶっかけよう!的な作法があるのかと」
あるわけないと思ったけど、やっぱり無いよね。
目の前の男は赤い顔をさらに赤くして「バカにしやがって」と俺の胸ぐらを掴んだ…ところで、トール様が登場した。
「私の伴侶に何をしているんだ」
俺の胸ぐらを掴んだ腕が、軽く捻りあげられる。
トール様かっこいいー。やだ、惚れ直しちゃう。
トール様が文句を重ねようとしたところで、会場の警備が来て、その男を連れて行った。トール様はちょっと不満げだったけれど、こういう場合主催の采配に文句は言えないみたいね。
給仕が差し出してくれたタオルで、雑にワインを拭う。
ふと周りを見回すと、トール様への冷たい視線はまだあるけれど、それよりも、若干俺への同情や男への軽蔑のような視線が増えて、なんかちょっと。
「らっきー」
「?」
「いえ、ワインばっしゃーんのおかげでトール様への嫌みな顔が、ちょっと減ったので」
笑うと、トール様がなんとも言えない顔をして、そのあと、着替えもないからさっさと帰ろう、と馬車までエスコートしてくれた。
「嫌な思いをさせて済まなかった」
「あ、大丈夫です。まったくダメージ受けてないので」
正真正銘事実だ。
「だが……」
「どっちかというと、この服にシミがついてしまうであろう事実のほうが、メンタルダメージでかいですね。絶対高いのに…」
「ああ、その素材はシミになりにくいんだ。俺の服もそう。こういうことは珍しくないから、特殊な素材を使うようにしている」
「く、苦労してますね、トール様」
「慣れたがな。…それより」
シミにならないなら何より!!
更に謝罪しようとするトール様の唇を、唇で塞ぐ。
そのまま、舌を捻じ込んで、トール様の弱いところをちろちろ舐めて見せる。
「んっ!?く…、は…ッ」
「さっきも言いましたけど、俺はノーダメージです、トール様」
馬車の揺れでうまく続けられなかったので、おとなしくキスをやめて、つつつ、とトール様の唇を撫でる。
「そんなことより。ね、今日はどんなふうにシましょうか?俺正直、そっちが楽しみすぎて早く帰りたかったので、思いの外早く帰る口実ができて嬉しいです」
服の上から、胸をさすって、首にチュッと小さくキスをした。
「…ッま、マルス、まだだめだ」
「知ってます」
ずっと馬車で座席に膝立ちは危ないからね。おとなしく横に座る。
「楽しみにしててくださいね。俺、頑張りますンで」
「ッッッ」
屋敷に戻った後、驚いた顔で迎えてくれたサリーやチャコに、風呂の準備を急いでもらって。
それはもう、濃厚な、濃厚な夜を過ごしましたとさ。
はあ、…トール様、えろかったあ…。
最っ高…。
「ああ。あまりマルスを貴族の集まりに出したくないんだがな」
季節がまた少し過ぎて、秋になった。
えっちの前にベッドに座って、お出かけが楽な季節になりましたねーなんて雑談をしていたら、トール様がめちゃくちゃ言いにくそうに、「収穫祭のパーティに同伴してほしい」と呟いた。
「魔力過多症は、貴族界ではなかなかに肩身が狭くてな。その伴侶だ。パーティで楽しめるような空気にはならないと思う…」
それでも、どうしても断れない類のものなのだろう。
「まあ、それでなくても俺庶民ですしねぇ」
ちょっとずつ、一応貴族のマナーは教えてもらっているものの、所詮は付け焼き刃。
そして、残念ながら俺は見目麗しいタイプでもない。
嫌な思いをすることになるのが必須、ということだろう。
「壁の花になれるように頑張ればいいですか?」
「基本的に俺がそばにいる」
「やだ、トール様ったら、俺きゅんってしちゃう♡」
冗談めかしてそう言ったが、普通に本気できゅんってしたので、そのままトール様にキスをする。
「トール様が嫌な思いしてるの見てるのは嫌ですけどね。俺はわりと図太いので安心してください」
「……、俺の嫁さんはかっこいいな」
「超絶男前の旦那さんがいるので負けてられませんしね?」
そう笑うと、トール様は形のいい眉を少し下げてから、ふふっと笑った。
***
そこからしばらく、基本的なマナーのおさらいなどをして、あっという間にパーティ当日。
わりと遠い街でのパーティだったので、道中3泊くらいの旅行が間に挟まっていた。
パーティへの出席がメインだが、もう一つ、トール様の魔力暴走を抑えるために同伴する必要があったというのも一緒に行く理由の一つだったらしい。
防音の効いた素敵なお宿でした。満喫したよね。
基本的にトール様は遠出しないが、俺が来るまで、今までは遠出の必要があれば空の魔力補填用ディルドを箱で持っていき、それに魔力を吸わせながら誤魔化し誤魔化し過ごしていたらしい。領地内だとまだ他の方法もとれるのだそうだが、旅先でうっかり暴発はできないから。
なんというか、本当に苦労してきたんだなトール様…、と思うと、その話を聞いた夜は思わずかなりご奉仕してしまった。
それはそれとして。
「ねえ、サリー」
「なんでしょう?」
「おれ、いま、総額いくら…?」
「聞きたいですか?」
「いえ、やめておきマス」
俺は男なので、女性のようにドレスばーんとか、煌びやかな宝飾品いっぱーい、とはならないものの、肌触りでわかる。俺が身に纏っている正装、これ、とんでもなくいい生地を使った服であることが……。
トール様が普段用意してくださる私服も、基本モノが良いので、だいぶ慣れてきていたが、これは恐らく、桁が違う。
タイピン一つでも俺の平均月収なんて軽く超えるだろう。
総額を聞いたら一歩も動けなくなりそうだったので、気になったけど聞くのはやめた。
あと、明らかに着慣れてないというか、服に着られてる感が拭えないが、それはもう、どうしようもないので諦めるしかないよね。
そんなふうにサリーと雑談しつつ髪などを整えてもらっていたら、トール様がやってきた。マルス、と扉を開けた瞬間、その麗しさに思わずふらっと倒れそうになって、慌ててトール様が飛んできて支えてくれる。
「大丈夫か!?」
「う…」
「マルス…?」
「俺の旦那様が美し過ぎて眩暈が……」
「なんだそれは」
トール様は少し呆れたように笑うが、普段は質はいいがラフな格好をしていることの多い旦那様の、きちっとした正装。
破壊力が違う。
後ろに撫でつけられた髪型はまず色っぽいし、切れ長でまつげの長い瞳も、形のいい高い鼻も、奇跡のバランスといえる輪郭も、もう、もう。
「いや本当、トール様って格好いいです」
「はは、マルスも似合っているぞ。個人的には、いつもの作業着が一番似合っていて可愛らしいが」
「!! なんですかその殺し文句!!聞いたことないですよ、今言う!?」
俺が一番好きな格好を、一番似合って可愛いとかもう、もう。
中身もイケメンな俺の旦那様。
これで仕事もできるんだぜ。
なのに、魔力過多症であるというだけで、貴族界では爪弾きモノだという。貴族怖い。
さてパーティだ。
どうやら、エスコート、というものがあるらしい。
男性同士でも?と聞くと、してもしなくてもいいが、今回はくっついておいてほしいとのことだったので、差し伸べられた手にそっと手を重ねる…という練習から腕を組む練習、一応ダンスもやった。
この国では同性婚は別に珍しくはないが、貴族の間だとこういう場やダンスなどで、どちらが妻、つまり女性側の動きをするのかというので揉めることも多いのだとか。
俺の場合は、問答無用で妻だったが、貴族が揉めるのはあれだ。今まで身につけてきたマナーを全部真っ白にしなくちゃいけないから、というのが大きな問題らしいので、そういうものがない俺、勝ち組妻である。
「マルス、案外緊張してないな」
「未知数すぎて緊張という概念まで辿り着いてないだけですけどね」
「はは。まあ、ちゃちゃっと挨拶して早々に帰ろう」
普段は聞かない「ちゃちゃっと」という言葉に思わず笑ってしまうが、エスコートされながら潜った扉の向こうの空気に、なるほど、これはちゃちゃっと帰らないと胃がやられるやつだ、と納得した。
突き刺さる、冷たい視線。
こんなに見目麗しいトール様だというのに、誰1人頬を染めたり見惚れる様子もない。
貴族間における『魔力過多症』というマイナス要素が、どれほどのものか、というのを目の当たりにして、ちょっとびっくりした。
「すまない」
「なんで謝るんです。このマルス、トール様をこんな視線の中に1人で放り込まずにすんで、妻として誇らしいっすよ」
「……ほんとに格好いいな、マルス」
トール様を見る冷たい視線の間に、同情や、同じように蔑む視線が俺の方にも投げられる。
魔力欠乏症は、可哀想にと憐れまれることは多いが蔑まれることはない。
庶民の間では、魔力過多症は滅多にいないから、大変らしい…というイメージくらいのことが多いと思う。少なくとも、俺たちが暮らしていた地域にはこんな差別存在しなかった。
「うーん。トール様」
「どうした?」
「今日、帰ったらいっぱいシましょうね」
「!?」
ご奉仕しますんで、と続けたら、トール様少し赤くなった後、楽しげに笑って「楽しみにしてる」と返してくれた。
あとにね、楽しみがあるとしんどいことも頑張れるものです。俺、精一杯トール様を悦ばせてみせますとも。
***
どうしてもしなくちゃけない挨拶というのを済ませた後(すげぇ嫌そうな顔された。なら呼ぶなよって思うけど、なんかこう、いろいろややこしい関係があるらしい)、1人だけ別に挨拶をしないといけない人がいる、と言われて、どうやら俺は待機のようだったから、トール様に頼んでいくつかの料理と一つ飲み物を用意してもらって壁際に立った。
パートナー以外は連れて来られない決まりがあるようなので、俺は今、ひとりぼっち。
1人になった俺に、興味津々という顔と、嫌悪の顔と、哀れみの顔をした人たちが、ちらりちらりと視線を投げかけてくる。
いや、それはどうでもいいんだけど、思ったよりご馳走が美味しくなくてちょっとションボリだ。お酒は美味しいけど。
あれかな。
我が屋敷のシェフの腕が良すぎるんだなきっと。舌が肥えたに違いない。
そんなことをぼんやり考えていたら、突然ツカツカツカ、と早足でこちらに近づいてくる男がいた。酔っているのか赤ら顔でちょっとだけ足元がおぼつかないその男は、手に持ったグラスの中身を俺に向かって勢いよくぶちまけた。
髪や服から、ワインがぼたぼたと床に落ちていく。
「魔力過多症というだけで最低なのに、まさか庶民を娶るとは、貴族の恥知らずが!!お前もついてくるなよ目障りなんだよ!」
「……わぁ」
なんかお芝居みたいなこと言われているという事実にもびっくりしたし、総額いくらかわからないこのお洋服がどえらいことになったことにも若干放心してしまった。
トール様が俺に弁償しろというわけもないが、勿体なさすぎる。ワインのシミは取れないんだぞー…。
ちょっとむかついたので、言い返すことにしよう。
「正式に招待された客に対して、ワインをぶちまけるあなたのような存在は、貴族の中では目障りにはならないんでしょうか?」
「は?」
「いえ、ほら私は庶民なもので。貴族の皆様のマナーには、気に入らないやつにはワインをぶっかけよう!的な作法があるのかと」
あるわけないと思ったけど、やっぱり無いよね。
目の前の男は赤い顔をさらに赤くして「バカにしやがって」と俺の胸ぐらを掴んだ…ところで、トール様が登場した。
「私の伴侶に何をしているんだ」
俺の胸ぐらを掴んだ腕が、軽く捻りあげられる。
トール様かっこいいー。やだ、惚れ直しちゃう。
トール様が文句を重ねようとしたところで、会場の警備が来て、その男を連れて行った。トール様はちょっと不満げだったけれど、こういう場合主催の采配に文句は言えないみたいね。
給仕が差し出してくれたタオルで、雑にワインを拭う。
ふと周りを見回すと、トール様への冷たい視線はまだあるけれど、それよりも、若干俺への同情や男への軽蔑のような視線が増えて、なんかちょっと。
「らっきー」
「?」
「いえ、ワインばっしゃーんのおかげでトール様への嫌みな顔が、ちょっと減ったので」
笑うと、トール様がなんとも言えない顔をして、そのあと、着替えもないからさっさと帰ろう、と馬車までエスコートしてくれた。
「嫌な思いをさせて済まなかった」
「あ、大丈夫です。まったくダメージ受けてないので」
正真正銘事実だ。
「だが……」
「どっちかというと、この服にシミがついてしまうであろう事実のほうが、メンタルダメージでかいですね。絶対高いのに…」
「ああ、その素材はシミになりにくいんだ。俺の服もそう。こういうことは珍しくないから、特殊な素材を使うようにしている」
「く、苦労してますね、トール様」
「慣れたがな。…それより」
シミにならないなら何より!!
更に謝罪しようとするトール様の唇を、唇で塞ぐ。
そのまま、舌を捻じ込んで、トール様の弱いところをちろちろ舐めて見せる。
「んっ!?く…、は…ッ」
「さっきも言いましたけど、俺はノーダメージです、トール様」
馬車の揺れでうまく続けられなかったので、おとなしくキスをやめて、つつつ、とトール様の唇を撫でる。
「そんなことより。ね、今日はどんなふうにシましょうか?俺正直、そっちが楽しみすぎて早く帰りたかったので、思いの外早く帰る口実ができて嬉しいです」
服の上から、胸をさすって、首にチュッと小さくキスをした。
「…ッま、マルス、まだだめだ」
「知ってます」
ずっと馬車で座席に膝立ちは危ないからね。おとなしく横に座る。
「楽しみにしててくださいね。俺、頑張りますンで」
「ッッッ」
屋敷に戻った後、驚いた顔で迎えてくれたサリーやチャコに、風呂の準備を急いでもらって。
それはもう、濃厚な、濃厚な夜を過ごしましたとさ。
はあ、…トール様、えろかったあ…。
最っ高…。
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