【R-18】魔力が無いと生きていけないので、婚約者になりました。

佐山ぴよ吉

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本編

斑雪-3

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(side:春成)

 幸が僕の探し物の事を知ったら、どんな顔をするだろうか。
 悲しい顔をするだろうか。自分の過去と向き合って。
 それとも、僕の執着心を笑うだろうか。
 それとも、無表情だろうか。
 “私の問題じゃありません”と。
 それでも、僕は──その問題をすべて自分に引き受けたかった。

 夜の空間は静かだった。
 情報層の奥で、魔術式が青く燃える。

 宮間家のデータベースはすべて解析した。
 収益記録、研究ログ、古い通信。
 そのどれにも『探し物』に関する直接の記述はなかった。

 だが、空白の間に黒い溝がある。
 
 最初はその溝が何なのか分からなかった。
 溝の淵に、蝶がふわりと止まる。

 エラー警告が響き渡る。

 〈PermissionError("Insufficient mana privileges.")〉操作権限がありません

 ───有り得ない。宮間の主幹制御権はこちらにある。
 蝶の翅を広げ、溝を覆う。
 権限をこちらに書き換える魔術式スクリプトを直接入力する。
 ブツブツと途切れながらメッセージが現れる。

 〈Input:Dimensions“code”〉コードを入力してください


 魔術封印式には基本的に3型構造のコードを必要とするものが多い。
 魔力型、紋型、式型の3つの型。
 魔力型と紋型は宮間のものであると確定している。

 ──あとひとつ。
 式は、どこにある?


 転移式を展開する。
 世界が反転し、光の粒が縦に流れる。


 夜明け前のオフィスビルは、いつも無機質だ。
 まだ誰もいない社屋へ転移する。
 自動ドアが音もなく開き、照明がゆっくりと立ち上がる。
 規則的に並んだ照明の中を歩きながら、頭の中で数式を並べ直す。

 あの時の、情報層での襲撃。
 記録ログをリプレイし、パケットの経路をトレースし、暗号署名を照合した。
 結果は同じ───攻撃者の識別コードは、宮間防御式。

 つまり、自社の意思が僕を排除したということだ。

「……やはり、内部プロセスからの感染か」

 呟いた瞬間、背後から足音がした。
 振り向くと、琉香がタブレットを抱えて立っていた。

「はる兄、また徹夜ぁ?」

 分厚い黒縁メガネに、2つ結びの長い髪が揺れる。
 毛先はポップなピンク色に染まっている。
 今彼女がはまっている漫画のキャラクターと同じなのだそうだ。
 一見すれば高校生くらいの少女とも取れる外見の妹は、呆れ顔で言った。
 こう見えても成人している。
 海外のサイバー工科大学を首席で卒業し、昨年宮間グループ基幹通信事業部の技術開発部の一端に加わった。
 だが4月からこの国の大学院に通っており、身分的にはまだ学生だ。

 瑠香は帰国するなり数ヶ月で社内ネットワークの管理権限をハイジャックし、バックエンドのセキュリティプロトコルを独自改修、社内AI群の最適化まで一人で完結させている。
 最近はルーチン処理に飽き、独自ドメインでの研究を考えていたようだが、幸の存在を知ってからは明らかに態度が変わった。
 宮間独自の情報層階層宮間クラスタに独自のトンネルを掘り、幸のデータパターンを断片的に監視しているのを僕は知っている。

「睡眠時間は3時間。それぐらいで十分だ」
「十分じゃないよ。はる兄は物理層の耐久値は平均より高くても、ニューロンの再同期率は人間標準なんだから」

 瑠香はため息をつき、デスクに腰をかけた。
 彼女は宮間家の中でもっとも“機械寄り”の存在だ。
 人の感情より、データの揺らぎを先に読む。

「はる兄、昨日のログ全部トレースしたよ。攻撃式の発信ノードは──“家の防衛核コア・ファイアウォール”だった」
「防衛核……つまり、本社中枢の演算炉だな」
「うん。外部侵入じゃない。内部命令トリガーだよ。しかも、署名は──“宮間吉野”」

 指先が止まる。
 以前にも直面した情報。
 けれど、再度聞くと胸の奥が冷たくなる。

「……やはり吉野が、僕に攻撃命令を出したと?」
「形式上はね。けど、変なんだ。メイン鍵と、上書きされた“影鍵シャドウコード”のペア構成だった」
「“署名ごと乗っ取られた”──つまり、誰かに操作された、ということか」
「そう。演算ログのフラクタルパターンを解析したら、署名の再構築式に“魔術干渉痕”があった」

 琉香はタブレットをスワイプし、ホログラム上に青白い数列を展開した。
 光の中に、かすかな“手癖”が浮かぶ──術式の筆跡。

「識別結果、確率98.3%。……“七方涼介”の魔術式構文だと思う」

 その名を聞いた瞬間、空気が重くなる。
 七方涼介──母親の元同僚。
 遺伝子工学の権威であり、数年前、研究倫理委員会の糾弾を受けて国外逃亡したはずだ。
 奴が今、再び表舞台に出ているということか。

「……七方が動いているなら、目的は1つだ」
「“母様”?」
「そうだ」
「あいつ……まだ母様のストーカーしてるの? もう居なくなってから19年も経つのに」

 七方は宮間研究所在籍中、母親への業務外での執拗な連絡や付きまといから最終的には宮間本家から接触禁止命令を受けていた。
 研究者としては一定の功績を上げていたため、宮間はどうにか餌をちらつかせながら飼い殺しにできないかと思案を続けていた。
 結局のところ母親が行方不明になってから、奴は宮間からも表舞台からも姿を消した。
 今でも奴の過去の論文は国内外で引用されているが、新しい論文は発表されていなかった。
 研究を辞めたのだと、誰もが思っていた。

「母様を追っている七方が、尻尾を出した。これはおそらく母様の研究絡みの案件だ」
「──母様の研究も……“幸ねえ”に繋がってる……」

 琉香の瞳が、一瞬だけ痛ましげに揺れた。

 彼女は幸を“幸ねえ”と呼びながらも、どこか遠慮がある。
 それは、魔力を持たない彼女に対する優しさであり、同時にシステム的警戒でもあった。
 彼女が幸を最初に認識した頃、「リアルつばさたんだ~♡」などと言っていた。
 つばさとは今琉香が嵌っている漫画のヒロインで、魔力なしの設定の登場人物であるらしい。

 漫画を借りてみると、確かにたれ目の愛らしい外見と、背中に天使のような羽が生えている様子は幸の雰囲気と一致している。
 しかしこのヒロイン、ことある事に悪の幹部に連れ去られてはヒーローが救いに来るまでに蹂躙の限りを尽くされてしまう。
 少年誌であるため直接的な表現はないが。
 挙句の果てに現在は悪の幹部の元締めの悲惨な過去が露呈し、彼と最終的に結ばれそうな展開になっている。

 琉香はまた何か“幸”に“つばさ”を投影しているのかもしれない。


 とにかく、七方が動いているのであれば、そこに僕の“探し物”がある可能性は高い。

「はる兄、吉ねえは操られてるだけの可能性が高い。方法は分からないけど……。とにかく吉ねえに会った方がいい。情報層の中の吉ねえに」
「……わかった。だがその前に───」

 情報層で見た光景が、脳裏に焼きついて離れない。
 あれは確かに、吉野の姿だった。
 彼女が何をしていたのか、なぜ宮間の防衛式が僕を排除したのか。

 答えを知るために、次の日の午後、吉野と社屋で2人きりになった。

「……SIとはいつから関係があった?」
「何の事ですか?」
「惚けるな。一昨日どうしてあそこにいた」
「……? 何の、事でしょうか……」

 僕は眉をひそめた。

 ──覚えていないのか。

 確かに、あれは吉野だった。
 幻覚でなければ。

 部屋の空気が静かに張り詰めていた。
 いつもは吉野と業務事項を交わすだけの職務室が、今は尋問室のように感じる。

「……吉野」
「はい」

 彼女はまっすぐ僕を見た。
 瞳の奥には曇りも焦りもない。
 だが、その無垢さが逆に、恐ろしく感じる瞬間がある。

「2日前、情報層でお前の魔術署名鍵が使われた。SIグループの中枢に直接アクセスできる権限をお前が持っているようだ」

 吉野は数秒間、ぽかんとした顔をしていた。
 そして、ゆっくり首を傾げる。

「……それは、どういう意味でしょうか?」

 その声音があまりに自然で、嘘を吐いているようには到底思えなかった。

「記録を確認した。防衛核の認証をお前の魔力コードが突破していた。七方涼介の魔術痕跡を含むデータ層に、お前の干渉痕が残っていたんだ」
「七方……?」

 吉野は目を伏せ、両手を組む。
 考え込む仕草──いや、考えている“ふり”か……?

 魔力を指先に流す。
 式が展開する音が、空気の中にかすかに響く。

「春成様……?」

「嘘を見抜く《審律式》だ。抵抗するな。抵抗すれば神経層を焼く」

 彼女は何も言わずにただ、目を閉じてうなずいた。

 光が走る。
 空間に薄く魔術陣が浮かび、吉野の神経演算層をなぞるように光が流れる。
 脳波、呼吸、心拍、微弱魔力の変動。
 そのどれにも“嘘”の波形は現れなかった。

 ──本当に、知らない?

「吉野。2日前の午前4時頃お前はどこにいた?」
「いつも通り、自室で睡眠を」
「何か“夢”を見た覚えは?」
「……夢?」

 一瞬、光が揺れた。
 審律の式が“異常値”を検出する。

 吉野の瞳が揺れる。


「たしかに……数日前から、同じ夢を見ます……」
「どんな夢だ」
「記憶の追体験です。幼い頃の……」

 ほんの1秒、彼女の脳波が他者干渉の波形を描いた。

 僕は息を呑む。

「……誰か、入ってるな」

 吉野が目を見開く。

「え……?」
「吉野、今すぐ情報層へ入れ」

 青白く光る空間へ転移する。

 蝶の姿で、吉野の額に留まる。
 ──座標指定。対象は、吉野。
 転移魔術を使うと、吉野の体から霊体のように全く同じ体が浮き上がる。

 その瞬間、もう1人の彼女の額のあたりに小さな赤い光が瞬いた。
 まるで内側から“データの残滓”が浮かび上がるように。

 符号列がちらつく。
 そこに刻まれていた署名は──

 “Yoshino/Replica.α”

 脊髄が凍る。
 2日前の未明、情報層にいた吉野は……コピー体。

「……お前じゃなかったんだな」

 呟くと、吉野は怯えたように眉を寄せた。

「これは……私? 春成様……? 私、何か……」
「いや、もういい」

 物理層へと戻る。
 魔術式を解除すると、複製体は消えた。
 物理層への干渉はできないようだ。
 吉野はそのまま座り込み、肩で息をしていた。
 尋問式は相手の精神を削る。
 彼女にとっては、理由も分からぬまま痛みだけを受けたはずだ。

 それでも、吉野は涙を見せなかった。
 いつものように微笑み、ただ小さく言った。

「もし私の存在が幸様に危険を曝すのであれば……すぐに排除してください、春成様。幸様の、事だけを……どうか、お願いいたします。あの方は──私たち家族の、光です」

 その言葉の純粋さに、胸の奥のどこかが、鈍く軋んだ。
 僕は片膝を付いて吉野の目線を合わせ、頭を軽く撫でた。

「疑いをかけてすまなかった。痛かっただろう。あの頃の夢も……お前にとっては悪夢だ。吉野、もしお前が再び同じ夢を見たら……すぐに僕を呼べ」
「……はい、春成様……はる兄」
 
 僕を攻撃したのが、吉野の意思ではない。
 そう分かっただけで胸をなで下ろす。

 僕は、弟妹達に恨まれても仕方のない事をしている。
 その自覚はある。
 だから世界で1番、この弟妹達を恐れている。
 そして同時に、愛おしいと思う。


 瑠香を呼び寄せる。
 宮間本家の情報層階層──
 中枢ルートコアが、微かに軋んだ。

 それは、侵入ではない。
 “再起動”に近い。
 吉野の魔術署名鍵と完全に同一の波形が、内部から展開を始めた。
 瑠香の端末が甲高い警告音を上げる。

「はる兄、来たよ……! “Yoshino/Replica.α”、完全起動した!」
「……やはり、七方は残していったか」

 僕は情報層へと滑り込む。

 蝶の翅のような、頼りない僕のアバターが青白い演算空間に現れた瞬間、空間の奥で、重力が“ひしゃげた”。
 現れたのは、吉野だった。

 だが、違う。

 彼女の魔力構造は、物理層の吉野よりも鋭く、硬く、殺意に最適化されている。
 拳の周囲に展開された戦闘術式は、戦闘一族の御代家すら凌ぐレベルの“殴るためだけの構造”。

 ──物理戦闘型の“完全模倣”。

 しかも、こちらを抹消しようとしている。
 コピー体が空を蹴る。
 空間が割れ、衝撃が波となって迫る。

「っ……!」

 蝶の翅がひしゃげ、1撃で吹き飛ばされた。
 情報層の構造体を割り、視界がノイズに染まる。

 ──無理だ。
 ここでは、僕は戦えない。
 蝶に毛が生えた程度の戦闘力しかない。
 コピー体の吉野が距離を詰め、拳を振り抜く。
 その瞬間、空間の“裏側”が弾けた。

「はる兄、そこ!!」

 瑠香の声。
 次の瞬間、情報層の座標構造そのものが書き換えられ、吉野の拳が空間の裏に突き抜けて消えた。
 瑠香が、空間座標を一瞬だけ“折り畳んだ”。

「瑠香……」
「戦わなくていい! はる兄は“式”だけ撃って!!」

 僕は歯を食いしばり、蝶の翅を広げる。
 戦闘でも破壊でもない。

 封印だ。

 式を瑠香の補助演算に重ねる。
 魔術構文を、コピー体の座標へ直接流し込む。

 コピー体が初めて、眉を寄せた。

「……はる兄……?」

 その声は、吉野の声だった。
 だが、構文が吉野の存在座標を分解し始める。

「……違う。お前は吉野じゃない」

 瑠香の演算支援が最大出力になる。

「はる兄、今!!」

 僕は、最後の封印鍵を叩き込んだ。
 青白い光が爆ぜ、コピー体の輪郭がデータ粒子へと崩れていく。
 データの軌跡を読む。


「これは……そうか、七方は……」
「そう。七方は、私たちの“製造”に関わってる。宮間の道具の、“製造”……」
 
 その言葉を遮るように、瑠香の頭をぐしゃりと撫でる。

 たとえ少しばかり歪んだ形をしていたとしても。
 それが禁忌を踏み抜いた技術で作られたものであったとしても。

「お前たちは、道具じゃない。僕の家族だ」

 少しだけ陰を落とした瑠香の目が、こちらを向いた。
 僕と同じ瞳の色。

 物理層へと戻る。
 吉野は医務室の小さなベッドの上で眠っている。
 瑠香と、吉野の頭を同時に撫でる。
 瑠香は目を細めて、ベッドに突っ伏して寝そうになっていた。
 無理もない。情報層内で魔術を連発していたのだ。

 眠る妹達の頭を撫でながら、弟達の事も思い出す。


 ──もうすぐ、あいつも帰ってくる頃だな。
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