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本編
風花-2
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(side:泰雅)
「だんなさま……?」
ゆき、と呼ばれたその子は身じろいで起き上がった。
『旦那様』と呼ばれた兄は、床に転がる俺をまたいでゆきちゃんの元へと向かう。
さっきまで何処かに仕事で呼ばれていたのか、かっちりとスーツを着ていたが、上着とネクタイは歩きながら投げ捨てている。
ゆき。
ゆきちゃんか。どんな字の名前なんだろ。由紀? 有希?
「幸、ただいま」
はる兄のその一言に、その声色に、驚きのあまり声が出そうになったが、魔術で口を塞がれていてそれは叶わなかった。
未だかつて、はる兄がこんなにも甘い声色で誰かに囁いた事があっただろうか。
確かにはる兄も俺ほどでは無いが密かに女性人気は高い。
整った顔立ちはきょうだい揃ってだが、低く威圧感のあるバリトンは兄しか持っていない。
社内リモートでの全体会議の際に、その声を生で聴きたいときゃあきゃあ騒いでいる女性群を何度か見たことがある。
しかし兄は浮ついた話どころか、女性に興味があるような話をしていた記憶が無い。
俺の記憶が消されているのか疑うレベルで。
口は塞がれたが、手足は自由だ。俺は片膝立ちになりベッドの中の2人を見つめる。
兄はベッドに端座位になり、ゆきちゃんを抱き寄せた。
わざわざご丁寧に、俺によく見えるポジションでだ。
ゆきちゃんの目には、もう旦那様の姿しか写っていない。
けれども俺はゆきちゃんの両腕に挟まれたおっぱいに釘付けだった。意外と、大きい。
キレイなしずく型の乳房で、乳輪と乳首はぷっくりしてて、色が薄くて。
ゆきちゃんが荒い息をしていると同時に柔らかそうにぷるんぷるんしている。
おっぱいも俺好み……♡
「僕が居ない間、何をしていたんだ?」
そのまま、甘さをたっぷり含んだ声で兄はゆきちゃんに問いただす。
「ごめんなさい……どうしても……がまんできなくて……、ゆびで……」
ゆきちゃんは、小鳥の囀るような小さな声で恥ずかしそうに返した。
こっちが恥ずかしくなってしまう程可愛い。
「指で?」
「……ひとりで、いじってて……」
「どこを?」
「……~~っぁ、あそこを……ああっ!!♡♡」
「どこをだ? ここか?」
兄はゆきちゃんのおまんこに手を伸ばして、指を慣れた手つきで沈めていく。
おい、何処でそんな事覚えたんだ兄よ!
俺に黙ってこっそりAVでも見てたのか!?
「だんなさまっ♡♡んんっ♡」
「気持ち良かったか? 独りでしている時は」
「いやっ♡だんなさま♡♡だんなさまがいいっ♡♡ひとりじゃ、いや……っ♡♡だんなさまのゆびが、いちばんきもちいい……♡♡♡♡」
2人はくちゅくちゅと音を立てながら深いキスを始めた。
もうすっかり2人の世界だ。
ゆきちゃんのナカに入り込んでいる兄の指の動きは段々と激しさを増していく。
「あっ♡♡ああっ♡♡だんなさまっ♡♡だんなさまぁっ♡♡ああんっ♡♡ああっ♡♡」
ゆきちゃんの喘ぎ声がまた俺の下半身を刺激する。
兄はゆきちゃんの中を蹂躙しながら鮮やかな手つきであっという間にベルトを外し、スラックスの前を寛げた。
ううう、さっきの俺、情けない……。たまたまだ、たまたま。
「幸。遅くなって悪かった。さっきの続きをしよう」
「はい……♡♡」
で……デケぇな……!?
スラックスの隙間からばるんっと飛び出てきたそれは、5年ほど前に温泉旅行にきょうだいで出かけた時の記憶を凌駕する程の大きさだった。
まあ、あの時は臨戦態勢じゃない時だったから当然と言えば当然だけど……。
俺のと同じか、もう少しデカいかも……。
長さは同じ位だけど、太さは負けてる気がする……。
ゆきちゃんを見ると、もう目をハートにして旦那様のちんぽに釘付けになっている。ゆきちゃんが胡座をかいている兄に跨ると、ちんぽはゆきちゃんのお臍のあたりまであるのが分かる。
くそ、俺だって、俺だって……。
今まで何ひとつ適うものがなかったはる兄に対して、唯一持っていたアドバンテージだと思っていたものが打ち砕かれていくのを感じた。
別にはる兄と真っ向から張り合う気は無いが、この子の前でだけは何か兄よりも優れたものがないと嫌だ。男のプライド的に。
そのままゆきちゃんが大胆にも兄のちんぽを掴み、ゆっくりと手で先っぽを指で撫でて、自分のナカに嵌め込んでいく。
「だんなさま♡たくさん、きもちよくなってください……♡♡んっ♡♡んっ♡♡あっ♡♡だんなさま♡♡だんなさまぁっ♡♡」
くそっ、エロい……っ
ゆきちゃんの口から漏れ出る甘い声も、びくびく震える身体と一緒に揺れるおっぱいも、全てが俺を夢中にさせている。
たとえその相手が、実の兄だったとしても。
俺のちんぽもすっかり勃起し、中途半端に脱げたスラックスとパンツから頭が見えそうになっていた。
2人が対面座位で体を激しくぶつけ合うのを、記憶に刻みつけるように、眼球にありったけの集中力を送り込んで見詰める。
「ああっ♡♡ああっ♡♡だんなっさまっ♡♡あっ♡♡あっ♡♡」
「ゆき……ゆき……っはあっ……っ……」
はる兄は昔から表情が読めない。
必要最低限しか喋らないし、感情を露わにすることもほとんど無い。
常に冷静沈着で、時には冷徹。
圧倒的な魔力量と魔術操作で、周囲を威圧する。
繋ぎ合わせの俺と違って、産まれながらにして上級魔術師。
そんなはる兄が、今は眉根を寄せて額に汗を滲ませている。
口元からは、時折低く吐息混じりの声が漏れる。
はる兄をそこまで余裕無くさせているのは、やはり間違い無くこの『ゆき』という魔力なしの女の子だ。
ふと、はる兄がぎらりと白金に光らせた目をこちらに向ける。
ゆきちゃんの頭越しに、目がばっちりと合う。
何かを確認するかのように。
俺を見定めるように。
見せ付けられている、という事はもう既に分かっている。しかしこれはただの牽制では無いということを、その視線が物語っている。
ここでただ勝ち誇ったように不敵に笑みを浮かべてくれさえいれば、はる兄の男としての底が知れたかもしれないのに。
ーーーーー
23時半。
寝室では、ゆきちゃんが寝息を立てている。
俺とはる兄はリビングのテーブルで向き合っていた。
向かいのはる兄は、何戦か交えた後にシャワーを浴び、部屋着で少し気だるげだ。
俺はテーブルで頬杖をつき、唇を尖らせて切り出した。
「……この半年間で何があったんだよ」
「婚約した」
「婚約……?」
それは予想を若干下回った回答だった。
まだ結婚していないのか?
ゆきちゃんの左の薬指のアレは、婚約指輪なのか。
「婚約者に、『旦那様』なんて呼ばせてるのか?」
あんなに親密な感じで体を繋ぎ合わせておいて。
真面目な兄の事だから婚前交渉にも厳しいのではないかと思っていたが、違ったようだ。
「そのうち入籍するから問題ない」
「ははーん、そうですか。でも本当に、結婚するつもりあるのか? 魔力なしなんだろ?」
「本気だ。だが、問題が片付いてからだ」
はる兄が何かを選ぶように顎に手を当てて少し考える仕草をした後、何も無い空間から分厚いA4サイズの封筒を取り出した。
「問題?」
はる兄が差し出した封筒を受け取る。
何も書かれていない白い封筒は、一見してただの書類の束を入れているだけのように見える。
中を取り出して内容を見てみる。
“身上調査結果 調査対象:片瀬幸”
中身はそんなご大層なタイトルから始まった。
幸。幸ちゃんか。
“生年月日:2XXX年2月14日
出生地:N県夜方市 夜方市立病院
父:片瀬洋治 母:片瀬那奈──”
書類には、幸ちゃんの個人情報がずらずらとあけすけに並んでいる。ふむふむ。
俺は食い入るように読み込んだ。
全部で53ページ。
写真の中の彼女の表情は、先程と違って嫌に重苦しい表情をしていた。
そして、全て読み終わった頃──
「これを読んでも、僕に協力する気はあるか」
「……──っ……当たり前だろ……」
憎悪から来る吐き気を堪えて声を絞り出す。
報告書の、最後の1文をもう一度読み返す。
「絶対に、探し出す──!」
「いや、それは僕がやる」
「はぁ!?」
「お前は、僕の代わりになれ」
「なっ……!? 代わり……?」
兄が空に向かって指で四角を描いた。すると、1枚の紙が現れる。
魔術契約書。
魔力繊維が織り込まれた魔術紙の上に、血のような赤い文字と線で術式が描かれている。署名の部分は空欄だ。
「泰雅。僕と契約を結べ。絶対に、僕の──宮間春成の味方になれ。裏切るな。そして幸を護れ。その対価として、僕の代わりに幸と過ごす時間をやる」
契約文が術式の上に魔力で焼き付くように刻まれていく。
はる兄は、その契約書をテーブルに置いて俺の前に差し出した。
「……そんなの、別に契約まで結ばなくたって……」
「宮間家に何をされたとしても、そう言えるのか」
「……やっぱり、母様の研究が絡んでるのか」
「十中八九な」
魔術契約書には絶対に履行しなくてはならない内容が書かれている。
書かれた契約の内容を破ったり、契約書を破壊すると契約書に込められた呪いが降りかかる。
ここまでするはる兄の本気度は伝わってくるが……。
「協力はする。でも別に、俺1人だって動く事もできるし。契約なんてしない」
はる兄は、ここではじめて口角を上げた。
まるで悪魔との取引に打ち勝ったように。
───えっ? 何その笑い方。怖っ。
「では交渉決裂だな。幸には今後一切近付くな。全て忘れろ」
「っ! いや、待て。それとこれとは別の問題だろ!? だってはる兄は、幸ちゃんとまだ入籍もしてな──」
「これで、心置きなく」
兄が俺の前に手をかざす。まずい、転移させられる。
咄嗟に転移座標をこの部屋に設定する。マンションのエントランスが一瞬見えて、生ぬるい外気が体を少しだけ撫でた。
まだここを去る訳にはいかない。はる兄には幸ちゃんについて聞かなきゃならないことが山ほどある。
幸ちゃんにも、まだおやすみのチューをしていない。
転移。
セキュリティ解除。
パスコードがもう既に変わっている。
フン。だが甘いな、兄よ。
俺はあんたよりも情報層への干渉は得意なんだ。
まぁこれは、他人がとった杵柄みたいなものだから誇らしくもなんともないけど。
パスは……746169676164656b696e。
解読すると“taiga dekin”……って小学生の喧嘩かよ。
元の位置に戻る。
一瞬の退場の後、再び対峙したはる兄は、思いっきり拳を振りかぶっていた。
あ、まずい油断した──
「幸の唇を奪った分だ!」
右ストレート。
辛うじて首を捻って避ける。ヂッという音と共に兄の拳が右頬を掠める。
やっぱり、バチクソに怒ってるじゃん……。
誰だよ、常に冷静沈着なんて言った奴。俺だよ。
次が来る。
避けて体勢を崩した所に、右ミドルキック。
体幹にもろに衝撃を受けて、倒れ込む。
胃から胃液が迫り上がる。
「ちょ、ちょちょ! タンマタンマ!」
「煩い、1発だけだ。大人しく受け止めろ」
その時俺は直感的に理解した。
はる兄は、俺に契約を断らせようとしていた。
襟首を掴み、更に殴り掛かろうとしてくるはる兄に叫ぶ。
「契約する! 契約するから!」
消えかかっていた魔術契約書が、俺の声に反応して再び赤く輝いた。
「だんなさま……?」
ゆき、と呼ばれたその子は身じろいで起き上がった。
『旦那様』と呼ばれた兄は、床に転がる俺をまたいでゆきちゃんの元へと向かう。
さっきまで何処かに仕事で呼ばれていたのか、かっちりとスーツを着ていたが、上着とネクタイは歩きながら投げ捨てている。
ゆき。
ゆきちゃんか。どんな字の名前なんだろ。由紀? 有希?
「幸、ただいま」
はる兄のその一言に、その声色に、驚きのあまり声が出そうになったが、魔術で口を塞がれていてそれは叶わなかった。
未だかつて、はる兄がこんなにも甘い声色で誰かに囁いた事があっただろうか。
確かにはる兄も俺ほどでは無いが密かに女性人気は高い。
整った顔立ちはきょうだい揃ってだが、低く威圧感のあるバリトンは兄しか持っていない。
社内リモートでの全体会議の際に、その声を生で聴きたいときゃあきゃあ騒いでいる女性群を何度か見たことがある。
しかし兄は浮ついた話どころか、女性に興味があるような話をしていた記憶が無い。
俺の記憶が消されているのか疑うレベルで。
口は塞がれたが、手足は自由だ。俺は片膝立ちになりベッドの中の2人を見つめる。
兄はベッドに端座位になり、ゆきちゃんを抱き寄せた。
わざわざご丁寧に、俺によく見えるポジションでだ。
ゆきちゃんの目には、もう旦那様の姿しか写っていない。
けれども俺はゆきちゃんの両腕に挟まれたおっぱいに釘付けだった。意外と、大きい。
キレイなしずく型の乳房で、乳輪と乳首はぷっくりしてて、色が薄くて。
ゆきちゃんが荒い息をしていると同時に柔らかそうにぷるんぷるんしている。
おっぱいも俺好み……♡
「僕が居ない間、何をしていたんだ?」
そのまま、甘さをたっぷり含んだ声で兄はゆきちゃんに問いただす。
「ごめんなさい……どうしても……がまんできなくて……、ゆびで……」
ゆきちゃんは、小鳥の囀るような小さな声で恥ずかしそうに返した。
こっちが恥ずかしくなってしまう程可愛い。
「指で?」
「……ひとりで、いじってて……」
「どこを?」
「……~~っぁ、あそこを……ああっ!!♡♡」
「どこをだ? ここか?」
兄はゆきちゃんのおまんこに手を伸ばして、指を慣れた手つきで沈めていく。
おい、何処でそんな事覚えたんだ兄よ!
俺に黙ってこっそりAVでも見てたのか!?
「だんなさまっ♡♡んんっ♡」
「気持ち良かったか? 独りでしている時は」
「いやっ♡だんなさま♡♡だんなさまがいいっ♡♡ひとりじゃ、いや……っ♡♡だんなさまのゆびが、いちばんきもちいい……♡♡♡♡」
2人はくちゅくちゅと音を立てながら深いキスを始めた。
もうすっかり2人の世界だ。
ゆきちゃんのナカに入り込んでいる兄の指の動きは段々と激しさを増していく。
「あっ♡♡ああっ♡♡だんなさまっ♡♡だんなさまぁっ♡♡ああんっ♡♡ああっ♡♡」
ゆきちゃんの喘ぎ声がまた俺の下半身を刺激する。
兄はゆきちゃんの中を蹂躙しながら鮮やかな手つきであっという間にベルトを外し、スラックスの前を寛げた。
ううう、さっきの俺、情けない……。たまたまだ、たまたま。
「幸。遅くなって悪かった。さっきの続きをしよう」
「はい……♡♡」
で……デケぇな……!?
スラックスの隙間からばるんっと飛び出てきたそれは、5年ほど前に温泉旅行にきょうだいで出かけた時の記憶を凌駕する程の大きさだった。
まあ、あの時は臨戦態勢じゃない時だったから当然と言えば当然だけど……。
俺のと同じか、もう少しデカいかも……。
長さは同じ位だけど、太さは負けてる気がする……。
ゆきちゃんを見ると、もう目をハートにして旦那様のちんぽに釘付けになっている。ゆきちゃんが胡座をかいている兄に跨ると、ちんぽはゆきちゃんのお臍のあたりまであるのが分かる。
くそ、俺だって、俺だって……。
今まで何ひとつ適うものがなかったはる兄に対して、唯一持っていたアドバンテージだと思っていたものが打ち砕かれていくのを感じた。
別にはる兄と真っ向から張り合う気は無いが、この子の前でだけは何か兄よりも優れたものがないと嫌だ。男のプライド的に。
そのままゆきちゃんが大胆にも兄のちんぽを掴み、ゆっくりと手で先っぽを指で撫でて、自分のナカに嵌め込んでいく。
「だんなさま♡たくさん、きもちよくなってください……♡♡んっ♡♡んっ♡♡あっ♡♡だんなさま♡♡だんなさまぁっ♡♡」
くそっ、エロい……っ
ゆきちゃんの口から漏れ出る甘い声も、びくびく震える身体と一緒に揺れるおっぱいも、全てが俺を夢中にさせている。
たとえその相手が、実の兄だったとしても。
俺のちんぽもすっかり勃起し、中途半端に脱げたスラックスとパンツから頭が見えそうになっていた。
2人が対面座位で体を激しくぶつけ合うのを、記憶に刻みつけるように、眼球にありったけの集中力を送り込んで見詰める。
「ああっ♡♡ああっ♡♡だんなっさまっ♡♡あっ♡♡あっ♡♡」
「ゆき……ゆき……っはあっ……っ……」
はる兄は昔から表情が読めない。
必要最低限しか喋らないし、感情を露わにすることもほとんど無い。
常に冷静沈着で、時には冷徹。
圧倒的な魔力量と魔術操作で、周囲を威圧する。
繋ぎ合わせの俺と違って、産まれながらにして上級魔術師。
そんなはる兄が、今は眉根を寄せて額に汗を滲ませている。
口元からは、時折低く吐息混じりの声が漏れる。
はる兄をそこまで余裕無くさせているのは、やはり間違い無くこの『ゆき』という魔力なしの女の子だ。
ふと、はる兄がぎらりと白金に光らせた目をこちらに向ける。
ゆきちゃんの頭越しに、目がばっちりと合う。
何かを確認するかのように。
俺を見定めるように。
見せ付けられている、という事はもう既に分かっている。しかしこれはただの牽制では無いということを、その視線が物語っている。
ここでただ勝ち誇ったように不敵に笑みを浮かべてくれさえいれば、はる兄の男としての底が知れたかもしれないのに。
ーーーーー
23時半。
寝室では、ゆきちゃんが寝息を立てている。
俺とはる兄はリビングのテーブルで向き合っていた。
向かいのはる兄は、何戦か交えた後にシャワーを浴び、部屋着で少し気だるげだ。
俺はテーブルで頬杖をつき、唇を尖らせて切り出した。
「……この半年間で何があったんだよ」
「婚約した」
「婚約……?」
それは予想を若干下回った回答だった。
まだ結婚していないのか?
ゆきちゃんの左の薬指のアレは、婚約指輪なのか。
「婚約者に、『旦那様』なんて呼ばせてるのか?」
あんなに親密な感じで体を繋ぎ合わせておいて。
真面目な兄の事だから婚前交渉にも厳しいのではないかと思っていたが、違ったようだ。
「そのうち入籍するから問題ない」
「ははーん、そうですか。でも本当に、結婚するつもりあるのか? 魔力なしなんだろ?」
「本気だ。だが、問題が片付いてからだ」
はる兄が何かを選ぶように顎に手を当てて少し考える仕草をした後、何も無い空間から分厚いA4サイズの封筒を取り出した。
「問題?」
はる兄が差し出した封筒を受け取る。
何も書かれていない白い封筒は、一見してただの書類の束を入れているだけのように見える。
中を取り出して内容を見てみる。
“身上調査結果 調査対象:片瀬幸”
中身はそんなご大層なタイトルから始まった。
幸。幸ちゃんか。
“生年月日:2XXX年2月14日
出生地:N県夜方市 夜方市立病院
父:片瀬洋治 母:片瀬那奈──”
書類には、幸ちゃんの個人情報がずらずらとあけすけに並んでいる。ふむふむ。
俺は食い入るように読み込んだ。
全部で53ページ。
写真の中の彼女の表情は、先程と違って嫌に重苦しい表情をしていた。
そして、全て読み終わった頃──
「これを読んでも、僕に協力する気はあるか」
「……──っ……当たり前だろ……」
憎悪から来る吐き気を堪えて声を絞り出す。
報告書の、最後の1文をもう一度読み返す。
「絶対に、探し出す──!」
「いや、それは僕がやる」
「はぁ!?」
「お前は、僕の代わりになれ」
「なっ……!? 代わり……?」
兄が空に向かって指で四角を描いた。すると、1枚の紙が現れる。
魔術契約書。
魔力繊維が織り込まれた魔術紙の上に、血のような赤い文字と線で術式が描かれている。署名の部分は空欄だ。
「泰雅。僕と契約を結べ。絶対に、僕の──宮間春成の味方になれ。裏切るな。そして幸を護れ。その対価として、僕の代わりに幸と過ごす時間をやる」
契約文が術式の上に魔力で焼き付くように刻まれていく。
はる兄は、その契約書をテーブルに置いて俺の前に差し出した。
「……そんなの、別に契約まで結ばなくたって……」
「宮間家に何をされたとしても、そう言えるのか」
「……やっぱり、母様の研究が絡んでるのか」
「十中八九な」
魔術契約書には絶対に履行しなくてはならない内容が書かれている。
書かれた契約の内容を破ったり、契約書を破壊すると契約書に込められた呪いが降りかかる。
ここまでするはる兄の本気度は伝わってくるが……。
「協力はする。でも別に、俺1人だって動く事もできるし。契約なんてしない」
はる兄は、ここではじめて口角を上げた。
まるで悪魔との取引に打ち勝ったように。
───えっ? 何その笑い方。怖っ。
「では交渉決裂だな。幸には今後一切近付くな。全て忘れろ」
「っ! いや、待て。それとこれとは別の問題だろ!? だってはる兄は、幸ちゃんとまだ入籍もしてな──」
「これで、心置きなく」
兄が俺の前に手をかざす。まずい、転移させられる。
咄嗟に転移座標をこの部屋に設定する。マンションのエントランスが一瞬見えて、生ぬるい外気が体を少しだけ撫でた。
まだここを去る訳にはいかない。はる兄には幸ちゃんについて聞かなきゃならないことが山ほどある。
幸ちゃんにも、まだおやすみのチューをしていない。
転移。
セキュリティ解除。
パスコードがもう既に変わっている。
フン。だが甘いな、兄よ。
俺はあんたよりも情報層への干渉は得意なんだ。
まぁこれは、他人がとった杵柄みたいなものだから誇らしくもなんともないけど。
パスは……746169676164656b696e。
解読すると“taiga dekin”……って小学生の喧嘩かよ。
元の位置に戻る。
一瞬の退場の後、再び対峙したはる兄は、思いっきり拳を振りかぶっていた。
あ、まずい油断した──
「幸の唇を奪った分だ!」
右ストレート。
辛うじて首を捻って避ける。ヂッという音と共に兄の拳が右頬を掠める。
やっぱり、バチクソに怒ってるじゃん……。
誰だよ、常に冷静沈着なんて言った奴。俺だよ。
次が来る。
避けて体勢を崩した所に、右ミドルキック。
体幹にもろに衝撃を受けて、倒れ込む。
胃から胃液が迫り上がる。
「ちょ、ちょちょ! タンマタンマ!」
「煩い、1発だけだ。大人しく受け止めろ」
その時俺は直感的に理解した。
はる兄は、俺に契約を断らせようとしていた。
襟首を掴み、更に殴り掛かろうとしてくるはる兄に叫ぶ。
「契約する! 契約するから!」
消えかかっていた魔術契約書が、俺の声に反応して再び赤く輝いた。
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