【R-18】魔力が無いと生きていけないので、婚約者になりました。

佐山ぴよ吉

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本編

雪華-2

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(side:春成)

「──君の名前は」
ゆきって言います。この白い雪じゃなくて、しあわせって書いて……幸です」
「……幸。そうか。しあわせ……幸せ、か。その通りだな」
「えっ?」
「いや、なんでも無い」
「あの……お客様、ですよね? おじいちゃん……康成先生の所にはもう行かれましたか? ご案内します」

 何も知らない幸は康成の元へと再び案内した。僕は、彼女に案内されるがまま付いて行った。
 康成はしたり顔で笑っていたと思う。
 幸はどこかへ駆けて行ってしまった。
 自然と芳香の行方を追いそうになるのを堪えた。

「彼女は……貴方の──どんな関係なんだ」
「何者でもありませんよ。幸は、幸だ。誰の所有物でもない」
「彼女はいつからここにいるんだ」
「幸の事が気になりますかな」
「──宮間にとっては重大な事実だ。統括本部の者として知る必要がある」
「その必要はありません。彼女の所属は宮間グループではない。この研究所の嘱託研究員だ。所長として、個人情報をお伝えする事はできかねます故」
「御託はいい。ならば“宮間”として聞く。質問に答えろ」
「もう御用はお済みでしょう。お務め、お疲れ様でございました」

 気が付くと、麓の鉄柵の外に立っていた。
 転移させられたのだ。
 もう一度研究所へと転移を試みたが、既に結界に阻まれていた。
 衝動的に、鉄柵に拳を打ち付けた。

 考えがまとまらないまま、自宅に戻った。
 彼女の笑顔が脳裏に焼き付いて、その日はなかなか寝付けなかった。


 それからは視察だと言って1ヶ月に一度は見間山に幸の様子を見に行った。
 
 正直、康成が見間山に張った結界をくぐり抜けるのは至難の業だった。
 いや、結界だけならばまだ容易いものだった。

 見間山は3000メートルを超える雪山で、冬には天候が1日で豹変する。
 登山道はなく、獣道を踏み固めたような細い道を、氷の刃のような風が容赦なく削っていく。
 吹雪の中では足跡が一瞬で消え、何度も滑落しかけた。
 それでも、麓に立つたびに、白く霞む山頂付近に灯る研究所の灯を見上げると、心臓の奥で何かが熱を帯びるのを感じた。

 そこに幸がいると思うだけで、脚を止めることができなかった。
 何故、そうまでして。
 何千、何万と脚を進める度に自問した。

 移動魔術なら登山は一瞬だが、たとえ宮間グループ統括本部常務取締役の肩書きがあっても、研究所長の許可証が無ければ麓から貼られている結界の中で魔術を使う事が出来ない。
 所長の泰成は最初以降はそう簡単に視察の許可を出さなかったため、自力で登山するしかなかった。

 途中で息が白く途切れ、視界が真っ白に閉ざされるたびに、「ここまでして行く意味があるのか」と、己の愚かさを笑うこともあった。

 しかし登りきってしまえば、向こうはこちらが施設内に入る事を拒むことは無かった。それが分かってからは毎月休みを作っては登山に勤しんだ。

 普段はそれなりに鍛えているつもりだったが、悪路しかないためたったの100メートル程度登るだけでも移動魔術に慣れてしまった身には堪えた。
 しかも施設内に辿り着いてもほとんど幸と会話を交わす事はできなかった。彼女自身の視察以外にほぼ用事はなかったが、幸は僕の顔を見るとすぐに康成を呼び出して自分は自室へと引き返してしまった。
 康成が僕の正体について彼女に何か教えたのだろう。

 康成に試されているという自覚はあった。
 体力と精神力を。


 その夜の登山は、完全な判断ミスだった。
 昼過ぎまでは快晴だった空が、山腹に差し掛かった途端に豹変した。
 粉雪が吹き荒れ、体温を一気に奪っていく。
 風が頬を叩くたび肌が焼けるように痛み、感覚を失っていった。
 装備は最低限だ。魔力封鎖の結界がある以上、魔術で体温を保つこともできない。
 吐いた息が即座に凍り、まつげに細かな氷が張り付く。
 雪庇を踏み抜けば、一瞬で深い闇の底だ。
 それでも、戻るという選択肢は頭に浮かばなかった。
 何度も登ってきた山なのに、この夜だけは違っていた。
 なぜか、今夜だけは行かなければならない気がした。

 半ば意識が途切れかけた頃、遠くに灯が見えた。
 見間山第18研究所。
 真白な闇の中に、ぽつりと浮かぶひとつの明かり。
 その光だけが、現実のすべてのように思えた。

 扉を叩くと、金属の軋む音とともに、誰かが中から開けた。ここは非常用退避路にもなっており、通用口に魔力を必要としない。
 淡い照明。
 そして、あの声。あの香り。

「……宮間さん? どうして……こんな時間に……」

 幸だった。
 驚きと心配の混ざった瞳で、僕を見上げていた。
 雪に濡れた髪が頬に張り付き、息も絶え絶えだった僕の手を、彼女は何のためらいもなく取った。

「冷たい……っ、手が、こんなに……!」

 その瞬間、全身が強ばった。
 幸の手が、あまりにも温かかった。
 たったそれだけのことで、凍りついていた体が一気に解けていくような錯覚を覚えた。

 幸は僕を研究棟の暖房室まで案内すると、無言でタオルを差し出した。
 小さな手が、僕の袖口から落ちる雪を払う。
 それを見ながら、心のどこかで自分を叱責する。

 ──違う。ただの好意の錯覚だ。命の危険を感じた後に誰かの温もりに触れれば、それが恋だと錯覚してしまうだけの現象だ。

 ──……恋、だと?

 ──恋。この僕が。恋愛など、脳のホルモンバランスが引き起こす錯覚だ。生理現象だ。

 けれど、理屈をどれだけ並べても、心臓の鼓動は静まらなかった。

「少し……無茶をしたようだ」
「おじい……康成先生に、怒られますよ。あなたは……宮間グループの、偉い方なんでしょう?」

 叱るような口調なのに、彼女の声はどこか震えていた。
 それが寒さのせいなのか、それとも別の理由なのか、僕には分からなかった。
 体温を確かめるように頬を撫でる手を無意識に掴むと、彼女ははっと息を飲んでやんわりと手を振りほどいた。

 彼女が去った後、室内の温度が少し下がった気がした。
 外の風の音とストーブの唸りだけが残る。

 窓の外を見ると、吹雪はすでに止んでいた。
 雲間から月が覗き、白い雪面が淡く光っている。

 あの夜、僕はようやく理解した。
 なぜ自分が、何度もこの山に登りたくなるのか。

 ──あの光を見たいからだ。
 見間山の灯りではなく、研究所の窓辺に立つ、彼女の光を。


 いつの間にか、意識を失っていた。
 目を覚ますと、淡い光がカーテンの隙間から差し込んでいた。
 毛布に包まれた身体が、ようやく人の温度を取り戻している。
 寝返りを打つと、部屋の奥に人影があった。

「ようやく目が覚めましたかな」

 康成が、湯気の立つカップを手にして椅子に腰かけていた。
 皺を寄せた、ひょうひょうとした笑み。
 けれど、その目は笑っていなかった。

「……無断で来たことを、怒っているのか」
「怒ってはおりません。ただ──お前の愚かさに、感心している」

 康成ははっきりとそう言って、ゆっくりと立ち上がる。
 足音が床を軋ませるたびに、空気がわずかに重くなる。

 康成は、本音を剥き出しにさせた言葉使いのまま続けた。

「見間山は、誰のための山か分かっているな?」
「……幸のため、だろう」
「違う。“幸のような者たち”のためだ。お前のような若造がピクニック気分で登ってくる場所じゃない。私がこの場所で魔石の研究を続けているのは、お前のような愚か者を排除する為だ」

 そう言いながら、康成は窓の外を見た。
 吹雪はすっかり止み、白い稜線の上に朝日が差している。

「だが──それでも来た」
「ああ。僕には、確かめたいことがあった」
「確かめたい? 何をだ」

 問い詰めるような声。
 言葉に詰まった。
 何を確かめたかったのか、明確な答えなどない。
 ただ、あの夜、あの灯りに引き寄せられたことだけは確かだった。

「……ただ、見たかったんだ。あの子の……無事な顔を」

 康成は息を吐き、静かに笑った。
 その笑みには、ほんのわずかな哀しみが混ざっていた。

「お前は本当に愚かだな。けれど、葵も、私も──かつてはそうだった」

 その言葉に、胸がひりついた。
 葵。その名を康成が口にするのを聞くのは初めてだった。

「私は、あの日からお前がここに来ることを予想していた。人は“触れてはいけないもの”ほど求める。お前の母親がそうであったようにな」

 康成の目が僕を射抜いた。
 何もかもを見透かすような、静かな目。
 その中に、わずかな興味と、深い怒りが同居していた。

「お前は宮間の血を引いている。だが、それだけではない。お前は“魔術師”だ。だからこそ、あの子に惹かれる」

 康成は背を向け、ドアノブに手をかけた。
 扉を開けながら、低く言い残す。

「あの子を欲するなら、世界を敵に回す覚悟を持ちなさい。そうでなければ、あの子の手を取るな」

 ドアが静かに閉ざされた。

 残された部屋に、かすかに残る香り──
 それは、コーヒーと、それを淹れたであろう彼女の香り。

「──美味い……」

 あの時のコーヒー以上に美味いものを、今までに口にしたことが無い。


 幸は、見間山に来るまで粗悪な研究所で動物のように扱われていたという。
 幸に関わらず、魔力無しを取り巻く環境は常に危険と悪意に満ちている。
 そんな世の中で、康成は僕が本当に幸を託すに値する男かどうかを見極めていたのかもしれない。

 もしくは宮間家への当てつけだったのだろう。
 葵と自分を引き裂いた宮間家に、自分と同じ苦しみを味わせるための。

 それはてきめんに僕を苦しませた。
 苦しくなる程度に、僕は幸に惹かれていた。
 声をまともに交わしたのも、最初の1度と、あの晩だけなのに。
 あの一瞬の温もりが今も手の中に残っている。

 冬の中に唯一咲いたようなその芳香に、僕は完全に囚われてしまった。


「私は、宮間を憎んでいる」

 康成は研究所の自室でそう言い遺した。

「私と葵を引き裂いた、兄を。宮間を。そして何よりも、葵を取り戻せなかった自分を」

 康成は、僕に幸の鍵紋を引き渡す為のある交換条件を持ち出した。
 今際の際に。
 鍵紋は引き渡す者が居ないまま元の所有者が亡くなれば、保護機関ORPAへ引き渡される事になる。

「これは、私からの……宮間への呪いだ」

 葵の遺骨を届けたあの日から、およそ3年と9ヶ月後の事だった。
 

 結果として康成は僕を幸を託す者として選んだ。
 交換条件を、僕は呑んだ。
 幸を僕に託した後、程なくして康成は息を引き取った。 

 魔力無しを囲うことに、子供の頃に感じた恐ろしさも憤りももはやない。
 しかし、康成の最期を見届けてから僕の中には別の恐怖が芽生えた。

 ──幸を失う事。

 間違いなく、幸を失えば、僕は壊れる。

 魔力なし達は、宮間の血を持つ者達をこうも簡単に狂わせてしまう。
 それでも僕は……───

 
 幸は研究所の移動という名目で僕のマンションに居を移した。
 幸が見間山に思い入れがある事は分かっていたが、それ以上幸を見間山に置いておく理由は無かった。

 魔力無しではない正妻を娶れという声もあった。

 それを黙らせるために、正式に婚約を結んだ。
 反対の声は当然あったが、何よりも父の反対が無かったためそれ以上表立って声を上げる者はいなかった。

 幸と半ば強引に婚約を結んだその日から、その体を抱いた。

 初めて繋いだ手を引いてベッドに招き入れ、初めて体を抱き締めて、そのまま衣服を脱がした。
 魔力を押し込めるようにして唾液を流し込み、幸を魔力酔いの状態にして体の自由を奪った。
 もちろん幸は抵抗した。
 しかし、それは僕の手を止める理由にはならなかった。
 快楽の為の行為ではなかったからだ。

 康成に、そして見間山に固く守られていた幸の芳香は、誰の魔力にも犯されていないまま、純粋だった。

 魔力無しの芳香は、性交する相手の魔力の匂いに染まる。父や祖父の相手をしていた魔力無しには、おぞましさを感じる程奴等の匂いが染み付いていた。

 幸は、彼女達と同じ魔力無しとは微塵も思えない程、全てが美しかった。
 あの日に見た、青白く輝く見間山の雪の景色のように。


 最初に見た幸の性器には、見るに堪えない傷が付いていた。それは人為的に付けられたものに違いなかった。
 それでも、見間山にいた6年間のうちに治癒した方なのだろう。
 そして、処女では無かった。
 しかし、幸の空白の魔力回路の中に誰かが入り込んだ記録は無く、純粋な芳香を保っていた。
 幸の処女膜は様々な機器によって実験の最中に喪失したのだった。
 
 見間山の研究所での幸の治療記録を見て、生まれて初めて身が千切れそうになるほどの憎悪の感情に囚われた。もちろん、傷の元凶に対してだ。
 拘束具による四肢の傷は康成が癒した。
 しかし今も幸の体の内側には、沢山の傷がついている。

 それでも、出会った頃から、そして今も、変わらず幸は美しい。

 幸を抱く度に、幸の性器の内部の治癒を行った。
 幸の卵巣は殆ど機能していなかった。
 たとえどんなに高位な治癒魔術を使ったとしても1度に治すことはできないだろう。
 完治する確率も低い。
 そこで、内部から、そして複数回に分けて少しずつ治癒魔術をかける事にした。
 僕は治癒魔術は専門ではないが、患部に直接施術することができれば何とか対応できそうだった。
 独学では難しい為専門家にも何度もアドバイスを貰った。

 もっと早く治癒を終わらせなければとも思うのだが、行為の最中はこのまま幸と永遠に繋がっていたいという思いに支配されてしまう。自身の下半身と忍耐力との戦いに日々苛まれている。
 それに治療より先に、僕には優先したいものがあった。

 幸と、2人でいられる時間だ。

 2人きり・・・・の蜜月は短いと、予感があった。
 僕は幸を、独りで愛し抜くことが出来ない呪いにかかっているから。


 その呪いの効力は、弟達各々が幸を認識したときから。
 期間は、僕が死ぬまで。

 康成は幸を引き渡す為の交換条件として、僕と幸にそれぞれ呪い──曰く、魔術契約を与えた。


 兄弟全員で幸を護り、愛する事。

 それが僕に結ばれた契約だった。
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